第百二十四話 裏切り
第百二十四話 裏切り
ケンタウロスのダンジョンに行った日の、夜。
自室にて、ゲーム機を手に画面を睨みつける。
「この、ちょこまかと……!」
『フハハハハハ!遅い!遅いぞ京ちゃん君!』
イヤリングからは残念女子大生の高らかな笑い声が響き、画面では自分の上半身は人型。下半身は戦車のロボットが彼女の機体と戦っていた。
『アーマード牛車───通称、AG』
安倍晴明により並行世界の未来へ飛ばされた松尾は、様々な組織が1つの星で行っている未知のエネルギー源……通称『Gエナジー』の争奪戦へと身を投じる事となった。
元の時代に帰る手がかりを探す為、松尾は人型ロボットのパイロットになり傭兵として活動を始める。
倒した敵ロボットの部品を使い、自分の機体を自由にカスタマイズ。硝煙香る鉄の星で、彼は無事に自宅へ帰る事が出来るのか……!そして、やけに松尾の手に馴染む『Gエナジー』の正体は……!
え?『アーマード●ア』じゃねぇかって?僕の体は闘争を求めていないので、きっと違います。
とにかく。そのゲームでアイラさんとオンラインバトルしているのだが。
「でぇい、当たりさえすれば!落ちろぉ!」
『ふっ、当たらなければどうという事はない!』
彼女が操る軽量級の人型ロボットが縦横無尽に跳び回り、こちらの攻撃を回避し続ける。
マシンガンと大砲をひたすら撃ちまくるが、右へ左へと避けられ逆に相手の二丁拳銃ならぬ、二丁マシンガンとミサイルがこちらの機体を削ってくる。
「つぶ、れろぉ!」
『甘い!』
加速して距離を詰めようとしたが、彼女の機体が側面に回り込み蹴りを放ってくる。
バランスを崩し、無防備な状態に。そこへ軽量級の機体がアクセル全開で突っ込んできたかと思えば、対応する間もなくエネルギーブレードで切り裂かれてしまった。
ライフが0になり、自分の機体が爆散する。
「ぼ、僕の愛機が……!バカな、こいつで数々のミッションをクリアしてきたのに……!」
『くくくく……確かに良い機体だったが、戦場でものを言うのは機動力だよ』
「くそぉ……!ちくしょぉ……!」
『ふふふふ……はーはっはっはっはっ!速度だ!君には速度が足りない!』
『凄いねパイセン!リアルとは全く逆だったよ!』
『ふっ。エリナ君、リアルファイトの話はNGだ。私の自尊心に傷がつく。───勝ち目のない戦いは、しない!』
『はーい』
ゲーム機を机に置き、小さくため息を吐く。
「それで、何ですか。突然『AG』やろうなんて」
『体が闘争を求』
「つまり、今日はこのゲームの気分だったと」
『まあ、それもあるが。練習の意味もあってね」
「練習?」
ゲーム大会にでも出るのかと思ったが、彼女の性格からしてそれはあり得ない。
『今は秘密だよ。しかしアレだなぁ!普段の高速戦闘っぷりから京ちゃん君はかなりの強敵かと思ったが、まさかこんな鈍亀だったとは!全くの期待外れ。それとも私が強すぎちゃったかなぁ!?』
「うっっぜ」
確かに自分は動体視力も、思考速度もスキルの恩恵で向上している。
だが、どうにもコントローラーで何かを動かすとなると、ワンクッション必要になってしまうのだ。
覚醒者は、無意識レベルで力加減が完璧である。寝ぼけて目覚まし時計を粉砕したり、抱きしめた相手を事故でへし折るなんて事も滅多にない。……『0』ではないけど。
だから直感でコントローラーを動かしても、基本的に壊す事はないのだ。ゆえに、このワンクッションは単純に自分がこういう事に不得手だというだけの事。
つらつらと理由を浮かべたが、結局彼女の言う通り『下手くそ』なのである。
それはそれとして。
「ご期待に沿えずすみません、アイラさん」
『いやいや、仕方がないよ。実力差も考えずに戦いを仕掛けた私が悪い。ごめんねぇ、京ちゃんくぅん!ざーこ♡な君を虐めちゃって♡』
「ボッチで寂しい貴女と、きちんと学校に友達がいる僕。練習量に差が出て当たり前ですもんね!」
『コヒュ』
イヤリング越しに、空気を飲む音が聞こえる。
勝った。
『ち、違うし……!私は『†孤高†』であってボッチではないし……!こ、この前だって同じ研究室の女の子とお喋りしたし……!』
「その会話、研究に関する事以外ですか?」
『……ぐず』
「すみません、言い過ぎました」
ガチ泣きを始めた残念女子大生に、冷や汗を流す。
打たれ弱すぎる……!何故その耐久力でマウントを取りにきたのか。
『あー、京ちゃんがパイセン泣かせたー』
「いや、マジすみません。僕の方もマナー違反でした」
『わたしぼっちじゃないもん……!君達がいるもん……!』
「はい。僕もエリナさんも、ミーアさんもいますからね……!」
『でも私も先輩も肉親だから、今の所お友達は京ちゃんだけじゃない?アーちゃんシーちゃんとパイセンって、あんまり話さないし』
『うわあああああああああああ!!』
「エリナさん!今はいけない!今悲しい現実を突きつけてはいけない!」
『あれ?そう言えば京ちゃん、男の子の友達っていないの?』
「コヒュ」
あ、死んだ。今僕の心が死んだ。
椅子から立ち上がってベッドに移動し、その上で体育座りをする。現実って、残酷だ。
『あ、あれ?どうしたの2人。具合悪いの?』
『ぐず、えっぐ……!ヴォエ、グゥゥ……!』
「調子のってすんません……ゴミくずが人語喋って、すんません……」
『本当にどうしちゃったの!?』
ガラスのハートに繰り出された100トンハンマーに、天井を見上げる。
連絡先が変わったのか、電話もメールも通じぬ中学時代の友人達よ。僕は今、猛烈に君達と会いたい……!
「うん、この話はもうやめましょう!ね、別の話をしましょう!」
『そ、そうだね!本当にごめんね!だからパイセン、泣かないで!』
『ウグッ……エグ、ズビ……ヴン゛……』
高校生に慰められ、どうにか再起動する大学生。
その事を一瞬指摘するか迷ったが、やったら1晩中泣いていそうなので自重した。
『パイセンは人気者だよ!綺麗だし、頭も良いし!あと……成績良いし!』
「アイラさんは美人ですよ!それに学校の成績も良いって聞きましたし!」
『……待ちたまえ。君達、もしや私には顔と脳みその出来しかないと言っていないか?』
「……そんな事ないっすよ」
『……そうだよ!!』
『よし、飲むぞ!出でよストゼ□!私を導いてくれ!休肝日なんぞ知った事か!』
「ほ、ほどほどにしてくださいね?」
『これが飲まずにいられるかぁ!サナ君、君はこの京ちゃん君印のクッキーを食べるのだ!』
「……ん?」
どうやら、彼女の近くにサナさんもいるらしい。
だいたいの文字は解読したので、今は精霊の翻訳なしでも『アトランティス』とやらの文章が読めると教授から聞いている。
そう言えば、今後サナさんはどうなるのだろうか。
「サナさんがそこにいるんですか?もしかして、ゲーム中も一緒に?」
『うむ。ここ最近私が『AG』している時は常に隣で観戦しているよ。まあ、彼女の様子はよくわからんが』
「はあ。……もしかして、さっきの『練習』とやらにも関係が?」
『おいおい。私は秘密と言ったぞ?あまり女性の秘密を追及するのは感心しないなー』
「……すみません」
『そんなんだからモテないんだぞ、京ちゃん君!このコミュ障童貞!』
「ご注文はリアルファイトですか?」
『心の底からごめんなさい』
『ん?京ちゃんってモテるよ?』
「えッ!!??」
『声でっっっ』
エリナさんの言葉に、目を限界まで開く。
残念女子大生が『こ、鼓膜が……!私の膜が京ちゃん君に……!』とか抜かしているが、今は無視だ。そんな事より重要な事がある。
「どういう事ですか、エリナさん……!嘘や冗談だったら、僕はそこの残念女子大生みたいに恥も外聞もなく泣きわめきますよ?あの可哀そうな生き物なみの醜態をさらします……!」
『今なんつった?』
『うんっとね。京ちゃんへの取材とかはお婆ちゃまやパパママが止めているんだけど、とあるアナウンサーさんから凄い熱烈なラブコールが来ているんだって』
「ほ、ほうほう」
脳裏に浮かぶのは、この前テレビで見た東京事変に巻き込まれたというダークエルフの女性アナウンサー。自分が中央合同庁舎で戦っていた時、あの場にいたと番組で言っていたのを思い出す。
『覚醒の日』にカメラの前で覚醒した事で有名となり、今や局の看板とも言える人物だ。
ダークエルフだけあってかなりの美人さんだし、スタイルも抜群である。も、もしやあの美人アナウンサーとフラグが……!?
「そ、その人はなんと?取材の依頼ですか?」
『うん。2人きりで、京ちゃんとホテルで独占取材したいって』
「ホテルで!?2人きりの!?独占取材!!」
頭の中で描かれる、美人アナウンサーとの真っピンクな取材風景。
『教えてください、貴方の全て……♡』
『はい!もちろんです!』
『ありがとうございます♡代わりに、私の全ても見せちゃいますね……♡』
するり、と脱ぎすてられるバスローブ。そして照明の下であらわとなる、褐色の豊満な───。
みたいな!みたいなぁ!!
『落ち着け京ちゃん君!』
「あ、耳治ったんですね」
『幸い膜は無事だった。それより京ちゃん君、どうせハニートラップだ!罠だぞ!』
「罠でも良い!罠でも良いんです!!」
『落ち着け!自分が非モテコミュ障クソ童貞だという事を、思い出すんだ!』
「言い過ぎじゃない?」
『……早まるな、京ちゃん君!』
「それでも僕は、ホテルで独占取材を受けたい!たとえ、その先に地獄が待っていたとしても!」
『え、そんなに会いたいの?なんか意外』
「はい!そのアナウンサーは、どんな人ですか!?」
もうほぼ確実にあのダークエルフ。否、ダークエロフな女子アナだろうが、確定情報が欲しい。
そうなれば、自分は心置きなく走り出せる!
『うんとねー。よく異性からセクシーって言われるらしくてー』
「うんうん」
『京ちゃんになら抱かれても良いってぐらい、熱烈なファンでー』
「うんうん!」
『あ、あとお尻に自信があるそうだよ!』
「うんうんうん!」
『そんな感じの自己紹介をしてきた、40代のおじさん!』
「ぱーどぅん?」
『うわクソみてぇな発音』
『40代のおじさん?』
「りありー?」
『リアリー!』
「……そっかー」
深呼吸を1回。ダンジョンで、そして氾濫で戦う直前のルーティーン。
よし、冷静になれた。
「騙したんですね……!貴女は、僕を……!」
『なんの事ぉ!?』
もう、誰も信じられない。
布団を頭まで被り、枕を涙で濡らす。
「僕の心を、純情な男子高校生の心を弄んで……!鬼!悪魔!自称忍者!」
『え?え?その、ごめんなさい?』
『気にするなエリナ君。今、彼にしてやれる事は1つだけだよ』
イヤリング越しに、アイラさんの優しい声が聞こえてきた。
『笑ってやろう!この勘違いコミュ障童貞をなぁ!!フハハハハ!』
「エリナさん。教授にアイラさんが休肝日破ったって言っておいて」
『よくわかんないけど、わかった!』
『待って!待ってくれ!私が悪かった!あやま、げぇ!ババ様ぁ!』
悪は滅びたが、自分の心にも深い傷が残った。
これが、勝利の味。なんてほろ苦く、しょっぱいのだろう。
『あ、結局どうする?会うの?』
「誰が会うか!」
……待てよ?さっきの自己紹介してきたとか、そのアナウンサー大丈夫?東京事変で頭打った?
そういえばファフニールを焼き切った時、40代ぐらいの男の人を助けた気がする。まさかあの人?……なわけ、ないか。
どうせエリナさんか、あるいは彼女に何か吹き込んだアイラさんの悪戯である。
そんな『Bランク候補』なみの変態、そうそういるはずもないしな!
とある日のエリックさん
某男性アナウンサー
「───です。歳は43で、独身。あの『インビジブルニンジャーズ』の彼に独占取材できるのなら、脱ぐ覚悟もできています。特技は尻で割りばしが割れます」
エリックさん
「まるで必要のない覚悟と情報を発信しないでくれるかな!?お帰りはあちらですよ!?」
里奈さん
「この男、強い……!」
エリックさん
「そうだね、癖が強いね!うまい事を言ってやったって顔をするんじゃありません!」
読んでいただきありがとうございます。
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