閑話 とある一般冒険者
※この閑話にて、京太が助けた4人の名前が出てきます。覚えるのが面倒という方のため、一応補足をば。
博 :男の方の猫獣人。
明美 :女の方の猫獣人。博の妹。
省吾 :人間の男。博の幼馴染。
喜利子:人間の女。明美の友達。むせる人とは無関係。
以上です。
※諸事情で山下兄の名前を変更しました。
閑話 とある一般冒険者
サイド なし
「……生きてるって、素晴らしいね」
「だな……」
ダンジョンストアの休憩スペース。そこに、コンビニで買った飲み物を片手に4人の冒険者が暗い雰囲気で座っていた。
パーティーリーダーの、猫獣人の男性。名前は『山下博』、年齢は26歳。
妹の『明美』と、その友人『喜利子』。そして自身の幼馴染である『省吾』でチームを組み活動している。
彼が冒険者になったきっかけは、今の日本では少ないが珍しいとも言えないものだった。
勤めていた会社が潰れたのである。
会社が入っていたビルにダンジョンが発生し、政府により封鎖。元々小さな会社だったので、新しくどこかで始めるよりも、このまま畳んだ方がマシだと社長が判断してしまった。
放り出された社員たちは悲惨としか言えない。博は、その中では幸運な方と言えよう。なんせ覚醒者だったのだから。
覚醒者、その中でも『獣人』は比較的身体能力が高い。反面、聴覚や嗅覚の鋭さで仕事は選ばざるを得ないが。それでも覚醒者の需要はある。なんせ体力がある者が多い。
それでも博が冒険者を選んだ理由は、『憧れ』と『期待』だ。
今でこそ政府がドロップ品を独占しているが、規模を考えるといずれ民間にも開放されるはず。そうなれば非常に大きな市場となるはずだと、彼は考えていた。
彼は就活に失敗してバイト暮らしだった幼馴染の省吾に声をかけ、共に冒険者資格を取る事を決意。そう親に報告した直後、妹とその友達も冒険者を目指していると知る。
パーティーを組むのなら、気心の知れた相手の方が良い。そう考え、彼らは手を組んだ。
試験自体は、そう難しいものでもなかったので4人とも突破。『F』からのスタートである。
それから半年間、彼らは真面目に冒険者をしてきた。
週に3回、少なくとも1回はダンジョンに向かい、経験値とお金を稼いだのである。
──ダンジョン探索は、過酷な肉体労働だ。
2時間近く、怪物が練り歩く迷宮を移動する。しかも明確な安全地帯はなく、休憩はごく短時間なものしか取れない。その上、周囲への警戒も不可欠である。
複数のスケルトンやコボルト相手に、『瞬殺』だの『圧倒』だの出来るはずもなく、1回戦うごとに疲労で重い息が漏れ出るのが常だ。
それでいて稼ぎはあまり良くない。
冒険者は税金面での縛りが比較的緩く、少し前話題になっていた『103万円の壁』なんかも免除されている。だがその代わりとばかりに、『冒険者税』があるので優しくはない。
その上、保険料も高かった。普通の保険では対応しないからと、国が作った冒険者用の保険は毎月結構な額を持って行く。かと言って、戦いを生業にするので入らないという選択肢もない。
民間の保険会社も参入を検討している様だが、ダンジョンも冒険者も新し過ぎる存在だ。まともな会社は慎重な姿勢で、出てくるのは怪しい所ばかり。
それでも彼らは冒険者活動を続け、半年でランクを『E』に上げた。リーダである博も、
『山下博』
LV:6 種族:猫獣人・覚醒者
筋力:21
耐久:20
敏捷:22
魔力:17
と、最初に比べて随分とステータスが成長したものだ。
全員スキルは1つしか持っていないが、明美の友人は『火炎魔法』が使える。1回の探索で撃てる回数は数回だが、それでも有るか無いかで安定感は大きく変わるものだ。敵の数が多い時は、彼女の魔法で確実に1体を倒し頭数を減らしている。
『Eランク』でも安定して活動しており、これまで大きな怪我もなかった。『F』だった頃に比べて、収入も多少はマシになっている。
このまま、『D』にまで上がれるんじゃないか?そう、考えながら今日もダンジョンを探索していた。
……『怪物』と遭遇するまでは。
* * *
『グルルル!!』
「おぉ……!」
唸り声を上げてコボルトが振るった警棒を、博がカイトシールドで防いだ。
膂力も体格も彼が勝っているが、コボルトは獰猛である。我武者羅に放たれる攻撃に、盾を動かす事が出来ない。
隣の省吾も同じく円形の盾を構えてひたすらコボルトの攻撃を耐えていた。その間に明美が狙いを定め、弓矢でコボルトを射貫く。
『ギャッ!』
「このっ!」
更に喜利子が長い杖を棍棒代わりにして、省吾に隠れる様にしながらモンスターを殴打。
女性陣の攻撃で怯んだコボルトを、男性陣が盾で押し込んでそれぞれメイスと斧で倒すのが基本パターンだった。
「ふぅ……」
「お疲れ」
一息ついて、博が袖で汗を拭う。彼の防具はケットル・ハットに、分厚い布の服と革の胸当て程度。後は左手のカイトシールドのみだ。
防御力が不安な分、体力の消耗も比較的少ない。対して省吾の方はバイキングじみた装備をしており、鎖帷子と毛皮の重ね着でかなり暑そうだ。
「ほい、2人とも」
「おう。サンキュー」
「悪いな、明美ちゃん」
「なんのなんの」
明美が、置いてあったリュックから飲み物を取り出して2人に渡した。基本的に彼らは、戦闘時にリュックをその場に置く。山下兄妹が猫獣人なので、足音で敵の接近に気づき易い事もあり荷物を下ろす時間があるのだ。
それでもこれだけ疲れるのだから、『荷物持ち要員が必要だ』と冒険者が集まる掲示板ではよく言われている。
「俺達も『Eランク』に慣れて来たな」
「おう。だが、このランクでも大して稼げなさそうだけどな……」
博の言葉に、省吾が肩をすくめる。
「月に12回潜って、月収がだいたい24万。このまペースで稼げると想定して、年288万。そこから税金なり何なりさっぴくと……」
「確か、200万ぐらいだな」
少し前に試算した結果を口にして、博が苦笑を浮かべる。
「だけど、『D』に上がればその分実入りも増えるって」
「つっても、ランクが上がれば更に敵が強くなるのがなぁ」
「それはしょうがないだろぉ」
そんな会話をしながら、彼らは荷物を背負い直す。
ドロップ品のコインは喜利子が回収し、前衛が休んでいる間は明美が周囲を警戒していた。身体を張ってモンスターを押さえる役の2人への、彼女らなりの気遣いである。
「いっそさぁ。私達も動画デビューする?映像とってさ、後でネットに上げるの」
弓を手に耳をピコピコさせながら、明美が兄たちに話しかけた。
「ほら、私も喜利子ちゃんも顔は悪くないじゃん?メイク落として映れば女子高生っぽく見えるし」
「えぇ……」
巻き込まれた喜利子が露骨に嫌そうな顔をした。
妹からの提案に、博が首を振る。
「ネットを舐めんなよ。変なファンとか、洒落になんねーし。何より動画映え気にしながら戦う余裕ねーわ」
「つうか喜利子ちゃん嫌がってんぞ、明美ちゃん」
「目立つのとか、嫌だし……」
「えー」
……なお、男性陣は口に出さなかったものの、内心で『そもそも覚醒者界隈の顔面偏差値が高いから、平均やちょい上ぐらいじゃ埋もれる』と思っていた。
エルフやハーフエルフ。それに元々美形だったのに更なる磨きがかかった者。
そういった一部の覚醒者が既にテレビで美貌を武器に無双しているぐらいなので、彼女らレベルでは目の肥えた視聴者を釣るのは難しい。
しかしそれを言ったら後ろから矢が飛んできそうなので、兄と幼馴染は揃って目を逸らした。
疲労こそあれど、順調なダンジョン探索。このまま今日の活動も終わると思っていた時。
「……ん?」
「なんだ、この足音」
山下兄妹が、異変に気付いた。
「どうした、2人とも」
「いや、何か妙にでかい足音が……」
「他の冒険者かなぁ」
「マジか。こっちに来てんのか?」
「うん。結構速い。走っているのかも……」
「他の足音は……上手く聞き取れないな」
兄妹の言葉に、省吾が口を『へ』の字にした。
「何にせよ関わりたくねぇな。とっとと移動しよう」
「そうだな。そうした方が」
言いかけた博だが、慌てて音のする方に顔を向ける。
「なんだ、加速したぞ。もうこっちに来る!」
「はぁ?なんで……まさか、トレインじゃ」
「違う、これは───」
『ヴオオオオオオッ!!』
そこからは、語る事も少ない。
彼らはダンジョン内を徘徊していたコボルトロードに運悪く捕捉され、咄嗟に戦闘態勢をとった。
講習では逃げろと言われている相手だが、ボスモンスターなどそうそう出会うものではない。経験の不足が、彼らに抗戦を選択させてしまった。
だが、質も数も負けている戦い。ロードの攻撃を受けるのが精一杯で通常のコボルトを後ろに通してしまい、一発逆転の可能性である喜利子が負傷。
慌てて荷物を捨て逃げ出すも、ここまでの探索でたまった疲労で追いつかれるのは必至だった。
そんな所を、偶然居合わせた他の冒険者に助けられたのである。
* * *
「……天才って、いるもんだよねー」
ぼそりと、明美が呟く。
『今年の4月中旬からなので、半月ほどです』
これだけ強いのだから、若そうなのに自分より長く冒険者をやっているのだろう。そう予測し……否。思いたかった博の問いかけ。助けてくれた彼の答えは残酷なものだった。
才能の壁というのは、どんな業界においてもそびえたつ。
深いため息が、知らず博の口から漏れ出た。
「……俺達、冒険者に向いてないのかなぁ」
「………」
兄の弱音に、明美が視線を逸らす。
自分達が4人がかりで戦って防戦すら出来なかった相手を、年下の後輩が圧倒した。
助けてもらった事には感謝しているし巻きこんだ申し訳なさもあるが、それ以外に何も思わないはずがない。
「つっても、今から冒険者やめるってのもなぁ」
「俺と省吾は、再就職先探しが難しいかもしれない、か……」
政府の方針か、ハローワークに行くと覚醒者はまず冒険者としての道を勧められる。むしろそれ以外の職は中々紹介してもらえない。
そして、『戦闘経験のある者』というのは意外と普通の会社で面接の時に不利なのだ。『社内で暴力沙汰を起こすんじゃないか』と、不安視される。
ネットで職を探すという手もあるが、覚醒者を利用した闇バイトが問題視されている昨今。下手な所に引っかかってしまう可能性は、決して低くない。
彼らの間に、どんよりとした沈黙が流れる。
それを断ち切ったのは、喜利子だった。
「……秘密結社、『インビジブルニンジャーズ』」
助けてくれた冒険者達が名乗った、珍妙すぎる組織名。
明らかに適当なネーミングに、博も混乱したものである。
「ふざけた名前なのに、強かった」
「……ああ。とんでもない『組織』だよ」
友人と兄の言葉に、明美が頬を引き攣らせる。
「え、ちょっと2人とも。まさか信じてるの?絶対嘘だって」
「いや。確かにあの頭のおかしい組織名は即興での嘘だろうけど、秘密結社なのは事実かもしれない」
「はぁ?何言ってるのよ兄さん。秘密結社って……」
そっと、明美は博の頭に触れた。どこかぶつけたのではないかと思ったのである。
妹の手を優しくどかしながら、彼は続けた。
「覚醒者の数は、およそ400万人。ちょっとした国みたいなもんだ」
缶コーヒーを一口すすり、博は考えながら言葉を続ける。
「日本の人口からすればマイノリティーだが、かなりの規模と言える。もしも覚醒者が徒党を組んだら、それこそ国をひっくり返しかねない」
「……否定はしないけど、陰謀論じみてない?」
「そうだな。確かに400万人が一斉に何かをするなんて考えづらい。俺が言いたいのは、それだけ数が多いって事さ。幾つかのコミュニティーが既に作られている可能性は、十分にある」
マイノリティーな立場の者達が、集まって身を守るのは普通の事である。
覚醒者は多い様で少なく、少ない様で多い。超常の力であるスキルや、高い身体能力が重宝される反面、それを危険視する非覚醒者も多いのだ。
それから逃れるために、覚醒者同士でパーティー以上のグループを組むのは不自然ではない。
「幾つかある覚醒者のコミュニティー。その中の1つに、彼らも属しているのかも」
「……まあ、だとしてもあたしらには関係ないけどね」
「それはどうだろうな」
投げやりに言う妹に、博は己の顎を撫で尻尾をゆっくりと揺らしながら自身の考えを告げる。
「俺達も、そういうコミュニティーに入る……あるいは、作るべきかもしれない」
「はあ?」
何を言っているのだと、明美が眉をひそめる。
「これ、『今後の冒険者活動に関する話』だよね?それで何のメリットあんの?ダンジョンに入れるのって、4人が最大じゃん。3人しか同時に入れない所もあるし」
「確かに、パーティーとして入るのはその辺が限界だ。でも、入った後は別だろう?」
「……?」
「博。つまり、中で合流して6人パーティーや8人パーティーを組むって事か?」
「あ、そういう事」
省吾の言葉に、明美が手を叩いて納得する。
「だが、大人数は通路幅の問題で動きづらいし、何よりダンジョン内でどこにいるかもわからない相手と合流するのは現実的じゃないぞ」
「そうじゃん」
続けて納得した明美が、兄の方にドヤ顔で指を向ける。
「ああ。だがそれでも『人数が多い』ってのは力だ。……それに、『インビジブルニンジャーズ』は何らかの手段で誰かと連絡を取っていた」
「なに?それは本当か」
「ねえ。何でもいいけどそのクソダサい名前は言うのやめない……?兄の口からそんな名前が出るだけで恥ずかしいんだけど」
明美の切実な願いは、残念ながら博の耳には届いていなかった。
「たぶん噂に聞く『念話』ってスキルだろう」
「なるほど。人数が揃えば、そういうスキル持ちも集まるかもと」
「勿論、集まらない可能性の方が高い。有用なスキル持ちには、国や企業から既に勧誘が行っているはずだ」
「じゃあダメじゃん」
「だが、それでも試す価値はある。何より人が多いって事は出来る事も多いって事さ。何をするにしても、な。それこそ、ダンジョンに合わせたメンバー組みとか、ノウハウの共有とかさ」
「いや、ノウハウの蓄積とかは政府がやっているっぽいし、メンバー編成がどうのって結局あたしらみたいな弱い奴同士が組むだけで終わらない?」
「そのノウハウのフィードバックは、政府からはほとんどされていない。パーティーの編成だって人それぞれ向き不向きがあるんだ。俺はこのメンバーが最適だと思っているけど、選択肢は広い方が良い。それに、やっぱりダンジョン内で他パーティーと協力できる環境は魅力的だ」
「そんな上手くいくのかなぁ」
「……確かに、博の言う通りかもしれねぇ」
「マ?」
頷いた省吾に、明美が口を大きく広げる。そして、そのまま友人である喜利子に視線を向けた。
「……喜利子ちゃんはどう思う?」
「……悪くないと思う。何なら、『ギルド』でダンジョンを占拠して絶対に合流できる様にすればいいし……」
「ギルドて。ゲームじゃないんだから。しかも発想が悪質プレイヤーのそれだし」
「ははっ。『ギルド』か。その呼び方がしっくりくるかもしれない。まあ、ダンジョンの占拠は洒落にならないけど」
喜利子の言葉に、博が笑みを浮かべる。
「冒険者が集まって活動するんだから、『ギルド』って名乗るのが相応しい。本来の意味としては外れていても、イメージがしやすいし」
「ゲームやアニメで定番だからな。この業界にいる奴なら通じるだろ」
「何より響きが良い……!」
「……言われてみると?」
博が立ち上がり、缶コーヒーを掲げた。
「よし……なら、『ギルド』設立を目指して──その事前準備の為に、今後もダンジョンに潜ろう!なにはともあれ、レベルとお金だ!」
「……それ、いつもと変わんなくね?」
兄の宣言に明美が白い目を向け、他の2人が笑う。
一度不運にも死にかけ、幸運にも生き残った彼ら。それでも冒険者を続けていくという選択は、窮地を脱した興奮と『年下の格上』という劇薬による影響が強かった。
だが、彼らが選んだ道である事に変わりはない。はたして、その先にどの様な未来が待っているのか。
それはまだ、誰も知らない。
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