第六章 エピローグ 下
第六章 エピローグ 下
サイド なし
『その国は、海に囲まれた島国でした。国家の形態は、ローマ帝国に近かったと思われます』
『ただし、その国には高度に発達した魔法がありました。異世界でも群を抜いて優秀な魔法使いが多かったのです』
『彼らは強力な魔法を編み出しました。海の塩から、生物を創造する魔法です』
『その魔法を使い、この帝国は大きく支配地域を広げました。大量のモンスターを使役し、陸海空から敵を攻め滅ぼしたのです』
『こうして世界最強の大国となった帝国は、しかし一夜にして滅んでしまいました。他国による攻撃ではなく、自分達の過ちによって』
『世界征服を目前とした帝国は、他国を侵略しなければ経済が回らない状態に陥っていました』
『そうして彼らは、本国にて大規模転移魔法……つまり、異世界への侵攻を企てたのです』
『帝国はその優秀さから、遂に異世界へと繋がる巨大なゲートを創造しました。ですが、これこそが滅亡の引き金だったのです』
『繋がった世界から、嵐が流れ込んできました。魔力を帯びた風雨はゲートをこじ開け、雷が結界を砕き、津波が島を飲み込んだのです』
『帝国本島から脱出した魔法使いは、原初の世界と繋がったのだと書き記しました。世界に大陸がうまれる前の世界に繋がってしまったのだ、と』
『それが正しいかは不明ですが、確実なのは各地にあった帝国の基地と本国との間で連絡も転移もできなくなった事です』
『その後、各地で次の皇帝の座を狙い帝国軍同士での戦闘が発生。更には占領されていた国々や、帝国の脅威にさらされていた国々が帝国軍に攻撃を行いました』
『多くの血が流れた末、帝国軍は完全に消滅しました。彼らは民を殺し過ぎたし、その世界にはまだ人権などの思想はなかったがゆえに』
『ダンジョン……帝国にとっての兵器工場であり採掘場でもあった場所は、忌まわしき場所として出入口を完全に封鎖されました。モンスターが湧き続け、帝国軍以外を襲うからでもあったのかもしれません』
『日本と繋がったゲートと違い、向こう側の出入口は物理的なものでした。だからこそ、物理的な手段で破壊できたのだと思われます』
『そうして、ダンジョンに残された出入口は本国と繋がるはずの転移ゲートのみとなりました。ですが、やはりそれは使用できず』
『ダンジョン内部に残された彼らは、神に祈りを捧げながら死を迎える事しか出来ませんでした』
『以上が、これまでの研究で判明した事です。質問がありましたら、受け付けます』
『───きょ、教授!あまりにも荒唐無稽過ぎます!ダンジョンの真実は、本当に……!』
『我々はその様に判断しています。無論、後日新たな発見によりこの結論が覆る事はあり得るでしょう。しかし、現状はこれがダンジョンを作った存在がたどった歴史として、最も有力な説だと考えています』
『その帝国の様に、日本も消滅する可能性はあるのですか?』
『そちらに関しては不明です。何故日本とゲートが繋がったのか。その理由が解明できていない以上、予測すらたてられません』
『モンスターは何故、我々の神話に出てくる存在とそっくりな姿なのでしょうか?帝国とこの世界に何か繋がりは!?』
『帝国とこの世界との繋がりは不明です。しかし、モンスターの姿や能力が我々の世界にある神話に記されている存在と酷似しているのは、分析心理学における集合的無意識と関係があると考えています』
『ダンジョンの環境、そして残された物品から異世界の住民は地球人と生物学的にほぼ同じ存在だと思われます。魔法などの違いはありますが、物理的に似通った生物なのです』
『一般に人間の想像力とはそれまでの経験や属している集団に伝わる話、神話から影響を受けたものなのですが、そもそも神話の成り立ちも遡れば人間と言う生き物の深層心理に由来すると言えるでしょう』
『……結論のみを言うとすれば、似通った生物が思い浮かべる事は、似通ったものになるという事です。この世界でも、遠く離れた国でありながら共通点の多い神話や物語は多く存在します』
『異世界でもこれは当て嵌まり、帝国は各地の神話にそった怪物を生産。心理的な影響を支配地域に対して狙ったと我々は仮説をたてました』
『では、覚醒者は?なぜ覚醒者は現れたのでしょうか?それに集合的無意識とおっしゃいましたが、覚醒した瞬間頭に流れ込む魔法の知識も集合的無意識からくるのですか?』
『そちらについても、まだ不明な点が多く残っています。まず、先ほど私が述べた集合的無意識と魔法の知識の習得に関しては無関係である可能性が高いと考えています。物語に出てくる集合的無意識と、この場で出て来た集合的無意識は別ものですから』
『帝国はモンスターという大戦力を得ましたが、それだけでは世界征服は難しかったようです。モンスター以外にも、現地で他を圧倒できる戦力を彼らは欲しました』
『それが覚醒者です。大気中に含まれた魔力と龍脈に干渉し、人間の内側に眠っている魂の力を表出化する技術を彼らは編み出しました』
『ダンジョンに覚醒者しか入る事ができないのは、彼らにとって重要な生産拠点であったからでしょう。そして、ダンジョン内に残された術式が日本とゲートで繋がった際に、こちらへ流れてきました』
『結果、適性のあった人間が覚醒したと考えられます。帝国は、ダンジョン内に街を作りそこで子供を産む事もありました。ある程度は結界などで非覚醒者でも生活はできた様ですが、なるべく早めに覚醒させる為ダンジョン内には覚醒を促す機構が組み込まれていたのです』
『そして、魔法の知識に関しても先ほど述べた大気中の魔力と龍脈に関係します。そこに細かく分割した魔法の知識をのせる事で、覚醒した段階で知識の共有が可能。一瞬で即戦力を作る事ができます』
『ただし、これらはあくまで仮説である事をお忘れなきよう。断言できるほどの情報は、まだ出揃っておりません』
『教授。その帝国の名前は、既にわかっているのですか?』
『……この名前を聞いて、そんなバカなと思う方もいるかもしれません。ですが、彼らの文字を読み解いた結果、帝国の名前はこう書かれていました』
『───アトランティス。それが自らの力で溺れた国の名です』
* * *
バーに取り付けられたテレビから流れる映像を、赤坂部長とジャックは静かに眺めている。
グラスを傾けながら、英国の秘密情報部員は一瞬だけ隣の旧友へと視線を向けた。
「酷いじゃないか、ユウスケ。君、既にこの発表の内容を知っていただろう。私と君の仲だというのに、どうして教えてくれなかったんだい?」
「彼女は元々そちらの国の人間だ。てっきり、情報の共有はされていると思ってね」
「別部署なのさ。縦割りに苦労しているのは、君の国だけじゃないんだよ」
視線をテレビに戻しながら、2人は互いの腹を探り合う。
赤坂部長は既に、有栖川教授たちが英国の手から離れている可能性にいきついていた。
そうでなければ説明がつかないほどに、彼女らとMI6とで連携が取れていない。何なら、教授たちが彼らの動きを妨害すらしている。
対してジャック……英国側も、せっかく『インビジブルニンジャーズ』の手綱を英国が握っていると各国が誤解しているのなら、その状態を維持したいと思っていた。それほどまでに、彼女らの戦力は大きくなっている。
元々、元公爵令嬢の抱える私兵として手を出しづらい集団だった。しかし、今やその戦略的価値は計り知れない。
英国は、世界はなめていた。『高レベルの覚醒者集団』が、高い知性と計画性をもち行動した場合の危険度を。
───全て誤解なのだが、もはや誤解で済む話ではない。
力と実績がある段階で、もはや『事実』と言える。矢川京太達は、力を示し過ぎた。
彼女らが否定しようと、世界中の情報機関は『インビジブルニンジャーズ』を社会の影に隠れない不気味な秘密結社として認識する。そう警戒しなければならないと、判断していた。
「それよりユウスケ。酒の1つも頼まないのか?ここはバーだぞ」
「ミルクで結構。この後も仕事ですので。部下が必死に働いているのに、私だけお酒を飲む事はできません」
「真面目だな、君は」
苦笑を浮かべた後、ようやくジャックはその端正な顔を赤坂部長に向ける。
「話は変わるが、遂に国連が動き出したぞ」
「……やはり、ですか」
「中国が随分と押したらしい。日本政府の脆弱さを痛烈に批判し、ダンジョンと覚醒者の管理を国連支配下……実質、中露の影響下に置きたいのだろう」
中露だけではなく、英国も大きく噛んでいるだろうに。
そうツッコミを入れかけたが、赤坂は表情に出さず小さく頷いた。彼が同じ立場でも、どちらに転んでもいい様に動く。
「できれば、今後も『例のダンジョン』は我々だけの秘密にしたいですね」
「勿論だ。我々は親友だからな」
『ミノタウロスのダンジョン』
有栖川教授達が確保した、水晶玉の様な魔道具。これにより、このダンジョン内なら大規模な人員と物資の輸送が可能である。
洋上というのも、ある意味好都合だった。船でしか行けないが、その分情報が洩れづらい。海路も使えるので、人や物の移動もやりようは幾らでもある。
英国としても、この情報はよそに出したくない。
彼らは『どこ』が勝っても、一定以上のメリットがある様に立ち回る。その1つに、日本の勝利も入っていた。
「しかしユウスケ……君も酷い奴だな」
「はて。何のことでしょう?」
「決まっているだろう」
グラスを持った手の人差し指をピンとたて、ジャックは不敵な笑みと共に赤坂を指さした。
「私とこうして語らっているのに、この後また『別の男』と会うんだろう?罪な男だね、君は」
「あいにくと、私は妻子を大切にしています。そちらの気はありませんよ」
「奇遇だね。私もだ」
酒の入ったグラスと、ミルクの入ったグラスが軽くぶつかる。
腹の探り合いは、もう少しだけ行われた。
* * *
米国、ワシントン。
ホワイトハウスの大統領執務室にて、ファッジ・ヴァレンタイン大統領は険しい顔を浮かべていた。
「まだドクター・テスラの遺体は発見できないのか」
「はっ。彼が死亡したのは霞ヶ関である可能性が最も高いのですが、原形を保っていない死体が多く……」
「この際本人はどうでも良い。彼の研究データだけでも回収するのだ」
「はい、大統領」
CIA長官の返答に、ヴァレンタイン大統領が自身の髭を神経質そうに撫でる。
「まったく……彼がいらぬ名誉欲に溺れ、『1番大事な研究データは直接渡しに行く』などと言い出さなければ」
ドクター・テスラと呼ばれる老人は、本人としてはこれまで不遇な環境にいた。
それが一転、周囲から見れば分不相応な。彼自身からすれば正当な評価を得たのである。その結果、他人に自分の成果を奪われるのではないかと。疑心暗鬼に陥っていた。
「現在日本へ送る支援部隊に、精鋭を紛れ込ませています。今しばらくお待ちを」
「ああ。期待しているぞ」
「しかし……」
「なんだね。何か問題でも?」
「……いえ。いくら私の部下達を送り込む為とは言え、ここまで本気の支援をしなくても良かったのでは?」
「何を言っているんだ、君は」
大統領は眉をひそめ、長官を睨みつける。
「そんな事をしたら、更に日本人の死者が増えるだろう。私は彼らに死んでほしいわけではない」
「それは……」
「会見での涙は、嘘ではない。私は日本人の死に本気で悲しみを覚えたのだ」
胸に手をあて、冥福を祈る様に目を閉じるヴァレンタイン大統領。
彼の閉じられた瞳から、一筋の雫が流れた。
「なんという悲劇か。30万もの無辜の命が失われた事に、涙を流さぬわけがなかろう」
「…………」
「これも全て、アカサカという男のせいだ」
目を開けた大統領の目に、強い『義憤』の炎が宿る。
「奴が余計な事をしなければ、中東で安全確実に今回の実験が行えたのだ。あの男が、30万人もの命を奪った。そのくせ、今ものうのうと生きている……!なんという恥知らず……!」
ヴァレンタイン大統領は怒りのまま、机に拳を振り下ろした。
「同盟国の犠牲を無駄にしてはいけない。必ずやフロンティアへの道を開き、その先の全てを手に入れるのだ」
「はい、大統領」
ファッジ・ヴァレンタイン大統領は、正気である。
CIA長官は、上司がどういう人間かをキッチリ調べ上げるタイプだった。ゆえに、ヴァレンタイン大統領の経歴や思想は念入りに確認している。
それゆえに、彼がまったくの素面でこの発言をしているのだと、確信した。
「30万人もの命に、そしてドクター・テスラに報いるのだ……!」
だからこそ恐怖する。この男は、この狂っているとしか思えない状態が正常なのだから。
命を尊びながら、利益の為に平然と踏みにじる。
悲劇の引き金を引いた指で、リスクを勝手に押し付けた同盟国に哀悼の意を文にしたためる。
そのうえで、まだ相手を踏みにじる事をやめるつもりはない。心の防衛反応でもなく、本心から他人に責任転嫁をしたうえで。
この男の矛先がいつ自分に向くかわからない。そもそも、常人の思考では地雷の位置すら予測できないのだ。
嫌な上司を得てしまったと、CIA長官は痛みを感じる腹に向かいかけた腕を気合で押しとどめた。
「それと、もう1つ……確かに『楔はへし折った』のだな?」
「はい。持ち出された楔の残骸は確認済みです。犯人については、現在も調査中です」
「そうか……」
そう呟いて、大統領は背もたれに体重を預けた。
「犯人は間違いなく覚醒者だろう。でなければ、クジラが人間を口にいれたまま潜水もせず機関銃から逃げ惑うなどという奇行に走るわけがない」
「クジラの死体もなかった事から、変身能力かと」
「まったく。本当に退屈させてくれないな、フロンティアの技術は」
そう呟いて、彼はスマホの画面を見た。
映っているのは、スーツを纏ったエルフの女性。3人の孫がいるとは思えぬ、20代半ばにしか見えない美女。
「……より確信したぞ。あの門の先にある土地は、アメリカが開拓すべきものだと」
* * *
神奈川県、某所。
『ウォーカーズ』の本部から駅2つほど離れた場所に、一軒の家がある。周囲には田畑が広がる、平和な町だ。
ごく普通の外観で、そこに住み始めた人物も気のいい男であり、既に周辺住民から親しみをもたれている。
地域と積極的に交流している『ウォーカーズ』の職員というのも、信頼を得る一助となっていた。
───ゆえに、近隣住民は誰も疑っていない。
その家に地下があり、そこでは3人の男女が別々の部屋で違法な尋問を受けているなど。
空も赤らんできた頃、地下室からYシャツ姿の男が上がってくる。
「やあ、ユウスケ。お疲れ様」
「ええ。ありがとうございます、クリス」
ネクタイを緩める赤坂部長に、クリス元大使がアイスティーを差し出す。
それを受け取り、先ほどまで口に出せない様な行いをしていた男は喉を潤した。
「こんな仕事もしているとはな。部下を使うのも上司の役目だぞ?」
「残念ですが、こういう事を任せられる者はアメリカに行ってもらっています。そろそろ帰ってくるはずですが、まだ暫くは私がやらなくてはなりません」
「寝不足のせいで、尋問する側とは思えない顔になっているがな」
「……私も人の子ですので」
腕で頬を伝う汗を拭い、赤坂が小さくため息を吐く。
「貴方から以前教えていただいた話の裏が取れました。そして、それ以上の情報も」
「そいつは何より。だが、人の家であまり血生臭い事をしないでもらいたいものだね。こんな時間にグリルの香りは、あまり良くないな」
「おや。この家の用意は私がしたはずですが。自腹で」
「おっと、日本で言う藪蛇というやつだったか」
苦笑を浮かべ、大仰にクリスが肩をすくめる。
「それで?我が愛しのアメリカは冤罪だったかい?」
「いいえ。真っ黒でした」
「……そうか」
寂しげに、クリス元大使がアイスティーの入ったカップを机に置く。
「残念だ。心の底から」
「心中お察しします」
「……いや。被害を受けているのは君達だ。私を気遣う必要はない」
小さく首を横に振った後、彼は真っ直ぐ赤坂を見た。
「この件が終わり、戸籍の準備もできたら……私はまた、アメリカに帰るよ」
「元の職場に戻るのですか?」
「そうだが、その先を見据えている」
赤坂の問いかけに、クリス元大使はむん、と胸を張った。
ミチミチと、シャツの下で彼の胸筋が音をたてる。
「私は大統領になるぞ、ユウスケ。必ずや、かつてのアメリカを。世界の警察を取り戻してみせる」
「……そうですか。期待はせずに、応援していますよ」
「ふふん。ユウスケも将来は総理の座を狙っているんだろう?ならば、競争だ」
「なら、私が先に総理大臣になったらこの家の代金を3倍の利子つきで請求しましょう」
「言っていろ。私が先に大統領の席について、キッチリ適正価格で返済してやる」
互いに不敵に笑い合った瞬間、クリスのシャツが弾けた。
勢いよく飛んだボタンが、赤坂部長の眉間に直撃する。
「おっと、ボタンが」
「いっっ……!」
豊かな胸毛を出し、カラカラと笑うクリス元大使。対して赤坂部長は、ボタンが直撃した額を押さえて小さくうめく。
「わ、わざとですか……!」
「そんなわけないだろう。面白いとは思っているがな」
「まったく……」
恨みがましくクリス元大使を睨んだ赤坂部長のスマホに、着信があった。
仕事用でもプライベート用でもない、もう1つの用途で使っているスマートフォン。
一瞬で彼の表情が切り替わり、画面に表示された文章に素早く目を通す。
「ふむ、暗号か」
「人のスマホを覗き込まないでいただきたい」
「気にするな。私とお前の仲だろう」
赤坂部長は不満げな声を出すが、その口元は笑っていた。
差出人は、彼が信頼するとある部下。彼女から、無事に作戦が成功した旨が送られてきたのである。
わざと相手の警戒網にかかり、クジラに変身して逃げた彼の娘。機関銃と砲撃に晒され、命からがら口の中のモノを吐き出し、イルカに変身して逃げ延びたのである。
そして、彼女を囮にして『本命』が無事にアメリカを出る事ができた。今はメキシコを経由で移動中と書いてある。
『錬金同好会』は理想の嫁を自分達の手で作り出す為、日夜研究を重ねてきた。
故に───既存の人物から採取した細胞で、偽物の体を作る事も容易い。
多少損壊させて良いのなら、死体の偽装などお手の物。女性の肉体はデータが揃っているのですぐに作れるが、男性の場合は少し時間がかかってしまうのだけが欠点だ。
じきに、ドクター・テスラを名乗る老人の死体も出来上がるだろう。現代科学でも本物と見分けがつかない、完璧な『巨人に踏み潰された死体』が。
「悪人の顔をしているぞ、ユウスケ」
「善人であり続けるだけでは、国を守れませんので」
「違いない。だが、似合わんとだけ言っておこう」
「……肝に銘じておきましょう」
口を『へ』の字にした友人に、赤坂部長は苦笑した。
元々このクリス・マッケンジー駐日大使は、曲がった事が嫌いな男である。それでも、祖国の為に様々な事をしてきた愛国者でもあった。
そんな人物に指摘されては、彼も言い返せない。
「それとな、ユウスケ」
「なんでしょう」
「『ウォーカーズ』で、お前が『権力を傘にラブドールを同好会に注文した』という噂が流れているぞ」
「は?」
「疲れから性欲が暴走したのだろう、哀れな変態扱いされているな。死体の偽造がバレる心配はなさそうだが、近々『ウォーカーズ』の有志がお前にエロ本を支援物資として送ると言っていた。疑われない様に、喜ぶ準備をしておけよ」
元大使の言葉に、そっと赤坂部長は天を見上げた。
クリーム色の天井を眺めながら、彼は呟く。
「勘弁、してください……!」
クリス元大使はその言葉に多くの思いが込められている事を察し、笑うのを必死にこらえながら無言を貫いた。
赤坂の胃がキリキリと音をたてた気がするが、きっと気のせいだろう。
読んでいただきありがとうございます。
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