第六章 エピローグ 上
第六章 エピローグ 上
東京都を襲った大氾濫。巨人が跋扈し、竜が雄叫びをあげ、魔人が空を飛んだ日から1週間が経過した。
8月も下旬に入り、気温は非常に高くなっている。地球温暖化は、これだけ世界の常識が崩れた今も猛威を振るっていた。
……あの1件で家を失った人達が、避難所でかなり苦労していると聞く。
ただでさえ東京は人口が多い。いくら『覚醒の日』以降海外に移住する人が増えたとは言え、誰もが外国に生活基盤を新しく作れるわけではないのだ。
ただ、捨てる神あれば拾う神ありとでも言えば良いのか。被害にあった人達への支援は様々な所が行っている。
1番力が入れられていたのは、米国からの支援だった
日本の基地から戦闘機や軍艦を撤退させたりと、段々この国を見捨てる方向に動いていたファッジ・ヴァレンタイン大統領。だが彼も人の子だった様で、この被害に心から涙を流してくれた。
かなりの支援物資と、仮設住宅の設置を約束してくれている。
前大統領以上にアメリカファーストで海外から顰蹙をかっていた人だし、自分もあまり好きではなかった。しかし、今回の件で少しだけ意識を変える事にしよう。
次に、『ウォーカーズ』と『錬金同好会』。
これまた意外な事に、普段表には出たがらない同好会の創設メンバーまで被災地にやってきて復興を手伝っているのだとか。
やはりというか、こういう時こそ錬金術は輝くもので。『ウォーカーズ』と共に、みるみる街を建て直していっている。
そして、無論政府も様々な支援を……しているのだろうけど、他と比べて目立ってはいない。まあ、行政ってそういうもんかもしれないが。
何はともあれ、死者行方不明者合わせて30万人にのぼる大氾濫の傷口は大きいものの、それでも人々はまた前に歩き出す事が出来ていた。
* * *
と、そんな事を有栖川邸で言った所。
「まあ、国民が意外と希望を持てているのもあるのだろうね。物流も死んでいないし」
リビングでアイスコーヒーの入ったコップをストローでかき混ぜながら、アイラさんがそう言った。
氷とコップの内側がぶつかり、カラコロと音を鳴らす。
「希望、ですか」
「うむ。ネガティブな状況や情報に『慣れ』が出始めたのもあるが、ポジティブな情報も同時に出たからね。例えば」
「『Bランク候補』達の活躍ですね」
「……うん。否定はしないが」
アイラさんの言葉に、自分の言葉を被せる。
「奇人変人の集まり。百鬼夜行じみた何かと思っていましたが、いざという時は頼りになる人達でした」
「そうですね。戦闘中は、至極まともな方ばかりで心強かったです」
自分の言葉に、アイラさんの隣でミーアさんが頷く。
それはそうと、残念女子大生その1は本日Tシャツにハーフパンツ姿。その2の方はノースリーブのYシャツにミニスカートである。
白く華奢な腕や、太腿に肉がのりつつも全体のバランスが良い美脚が眩しい。
夏は嫌いだが、こういう所は好きになれそうである。
「戦闘後は、動ける方はそのまま救助活動の手伝いや怪我の治療に向かいましたしね」
「それだけに、その後の弾けっぷりには驚きましたけど……」
「ええ……」
あの戦いの後。自分も数分ほどで意識を取り戻し、瓦礫の中生き残りを探して東京中を歩き回ったものである。
助けられた人もいれば、間に合わなかった人もいた。自分が『心核』の力をもっと使っていれば、救えた命は増えたのだろうか?
……今、考えるべき事じゃない、な。
話を戻すが、力自慢なだけの素人が手伝える範囲の事が終わり、消防の人達が十分に集まった後はそのまま解散となったのである。ヨトゥンやファフニールの全滅も、確認できていたし。
一応赤坂部長から後日感謝状がどうのこうのとは聞いたが、全員疲れていたので聞き流す人は多かった。
問題なのは、その後。
『戦いは終わった。やっと暑苦しい格好から解放される。おっと、ニップレスがずれてしまっている。あのご老人に吸わせた時かな?』
『燃えたとは言えせっかく東京に来たのだ。ハイカラな装いをしなければ。見よ、この褌。実は透かしがあってだな』
『馬車馬の様に働いてわかったわ……私、ちょっと馬になる!人間用の馬具を用意しないと!』
『お嬢様!では500メートルおきに交代でどうでしょうか!?私も馬になりたいです!猫が馬になっちゃいけない法律はありません!』
『ふぅ。さて、俺達は布教活動に戻るとするか』
『今回は即席で同盟を組んだが、これからはまたライバルだぜ』
『誰が真のヘアマスターか……いずれ、決着をつけようぜ!』
『ふぅ。やはり乳首を晒すあの『魔装』は恥ずかしいな。アーマーがあると安心する』
『そうか?私はむしろ、この鍛え抜かれた肉体を衆目に見せびらかしたいが。そう、サンバと共に!』
エトセトラ、エトセトラ。
他にも色んな変態が、各々のリミッターを外し珍走団と化したものである。
あの瞬間の、全てを諦めた様な顔をした赤坂部長の顔は暫く忘れられそうにない。『絶望』って、あそこまで顔に出るもんなんだ……。
「幸い、あの姿の彼らはテレビに撮られる事はありませんでしたが……」
「撮られていたら『不謹慎な悪ふざけ』か『無理に場を明るくしようとしてふざけている人達』扱いだったでしょうね。全員マジなのが、笑えませんが」
どうして、自分以外の『Bランク候補』にまともな奴はいないのか。しかも自覚がない者ばかりで、むしろ己こそ正常で他の候補者ばかり変態と思っている節がある。
隣に座っている自称忍者や残念女子大生その2も、正直アレだし。正気なのは僕だけか。
「まあ、彼らの奮戦もあって世論はダンジョン法の改正に傾いているし、冒険者に対する好感度の上昇も起きているんだ。多少の……多少の?多少の奇行はスルーすべきだろう?」
「自分で疑問符浮かべながら言わないでもらえます?」
アレを『多少の奇行』で済ませるのはだいぶ無理があると思うの。
「しかし。『Bランク候補』と言えば京ちゃん君」
「でもあれですね。どうして、氾濫が起きたんでしょう。6月の末辺りから、もう日本中で空き家の強制調査や見回りの強化が始まっていたのに」
またもアイラさんの言葉に被せ、首を傾げる。
「ねー。本当に不思議だよー。たしか、23区外の農村近くにある森だっけ?でも、そういう所ほど調査の手が入っているって聞いていたのにねー」
今日も着物姿なエリナさんが、机に両肘をついて掌に自身の形の良い顎をのせている。
そしてお胸様も机にのっている。ありがとうございます。
「調べる人も人間だからミスや見落としはあるでしょうし、人手不足もあるんだろうけど。死にかけた側としては、勘弁してくれってなるよね」
「んー。そうなんだけど、なーんか違和感あるんだよねー」
「違和感?」
「……いや。なんでもないや」
「はあ」
悩むように眉を八の字にしていたかと思えば、カラリとした笑みを浮かべるエリナさん。相変わらず、何を考えているかわからない人だ。
「そこに関してはネットでも憶測が飛び交っているね。政府の秘密実験だとも、怠慢だとも言われているよ。偶に、『謎の集団がゲートの出現位置からバラバラに逃げて行った』という書き込みもあったが。ソースのない情報ばかりだね」
「はあ。やっぱり、普通に考えたら人手不足故の見落とし……なんですかねぇ」
「一番『つまらない』のはそうかもね。しかし京ちゃん君。私が先ほど言った希望」
「そういえば───」
「おらぁ!現実を見ろぉ!」
「嫌です!」
アイラさんがタブレットの画面をこちらに見せてくるが、全力で顔をあらぬ方向に逸らす。
逃げたって良いじゃない、人間だもの……!
「認めてしまった方が楽になるよ~?」
「かつ丼食うか、京ちゃん!自白しろおらぁ!」
「僕は屈しない!」
「すみません、どういう状況ですか?」
ミーアさん、貴女はどうかそのままの貴女でいてください。残念は残念でも、比較的マシな残念で……!
あと自白ってなんだ。マジでなんだ。そして何故デスクライトを持っているんだ、エリナさん。
「あの、京太君。個人的には、京太君のスタンスをちゃんと知っておきたいので、早めに現状を理解していただきたいのですが。もう1週間ですし」
「うっす……」
ミーアさんに諭され、いやいやながら視線をタブレットの方へと向けた。
そこには、フリューゲルをたなびかせた少年の背中が映されている。というか、僕だ。自分の後ろ姿とか、なんか違和感を覚えるけど。
アイラさんの選んだその画像には、でかでかとこんな文字が書かれている。
『民を救った謎の騎士!インビジブルニンジャーズとは!?』
「Oh……」
どうして……どうしてこうなった。
「いやぁ、評判良いぞ京ちゃん君。なんだったか。『ここから先には通しません』だったか?まさにヒーローだにぇ!!」
「うっっっざ」
「見せてもらったよ、京ちゃんの忍道!!」
「僕、貴女の事ぶん殴る権利があると思うんだけど」
「!?」
もうね。自分がテレビカメラに映ってしまったのはしょうがないと割り切ろう。
あの時電波はまともに通じていなかったのだが、これを撮ったカメラクルーが後日ネットにアップしたのだ。
流石に肖像権的にどうよとか、そもそも局の機材で撮ったものを勝手にアップするなとか、色々あるけども。そのカメラを構えていたテレビ局の人いわく、
『うるせぇ!俺は運命に出会ったんだ!見てくれよ、俺のアートを!』
との事。どう見ても錯乱しているという事で、今は病院にいるそうだ。
問題は、画像の削除依頼を教授に出してもらったのにネットの海に流れたこれはそこら中でコピーされ、出回っている事である。
「シーちゃんとアーちゃんも印刷してポスターにしてあるんだって!今度見に行こうね!」
「身内にも敵がいやがった……!」
何がアレって、『もう出ちゃったものは良いよね?画像は使わないからさ!』というノリで、色んなメディアで自分のこの時の言葉を放送しているのがマジで辛い。
恥ずかし過ぎるよこんなん!どうしてあの時の僕はこんな事を言ってしまったんだ!そうだね、自分を鼓舞する為と、パニックになっていた人達を安心させる為だね!クソが!
『勇気ある少年の奮闘。彼の驚異的な戦闘能力は!』
『やはりね、冒険者制度は必要なものだったんですよ。私は当初から』
『しかし、動画を見ましたが声からしてまだ10代の可能性が高く』
『インビジブルニンジャーズ。それは、社会の裏で蠢く秘密結社の名前という噂が……!』
『色々と議論すべき事はありますが、これだけはハッキリしています。彼は、そして彼の仲間達は、多くの命を救った。怪物と死にもの狂いで戦って、ね』
お願いだから大真面目に議論とか考察とかしないでほしい。死ぬ。恥ずかしさで。
つうか何だよ秘密結社って。どこのバカだ、自称忍者の妄言を真に受けたバカは。
「あとね。シーちゃんが『フリューゲルの事で話がある。覚悟しておけ』って言っていたよ?」
「うっす……」
顔を手で覆いながら、大山さんの伝言に頷く。
やはり、試作品を半壊させたのを怒られるだろうか。いや、彼女の性格的にその可能性は低い。
大山さんは、道具を潰してでも使い手に生き残れと言うタイプの職人だ。だからこそ、命を預けられる。
「なんか、『説明書に書いていない使い方するな!』だって!」
「うっす……!」
そっちかー。
元々フリューゲルは『加速装置』の様なものであり、飛行は想定されていない。
ただ、説明書を読んで自分が『あれ、これいけんじゃね?』と大出力に任せて飛んでみただけである。
いやぁ、意外といけるもんだなって。『精霊眼』の動体視力と、『概念干渉』による修正。そして『心核』による思考の加速。
色々と組み合わせた結果、ぶっつけ本番とは思えぬ戦果を挙げられたものである。
それはそれとして、製作者には怒られて当然な気がしてきた。
「しかしアレだな。今度の文化祭が楽しみだなぁ、ヒーロー君!色んな人が君の噂を聞きつけてやってくるねぇ。たくさん晴れ舞台を見てもらうと良い!」
「ボイコットしたい……!」
「ダメだよ京ちゃん。もう色んな人にやるって言っちゃったし」
「ちくしょう……!ちくしょう……!」
「何というか、ご愁傷様です」
先生方やら、各クラスやらに、自分が文化祭に出る事は表明済みだ。
ここでサボるのは、流石に世間体が悪い。氾濫のショックで……という言い訳も浮かんだが、それはそれで『最高位の冒険者が精神的に不安定』と思われるのはまずいと社会経験のない身でもわかる。
自分は出自も中身も平々凡々だが、外側は『Bランク冒険者候補』なのだ。流石に、己の戦闘力ぐらいは自覚している。
あの戦いでかなりレベルも上がったし、今なら戦艦だって落とせそうだ。いや、具体的な戦艦の定義も知らんから、ただの勘だけど。
とにかく。自分は、こういうと自惚れっぽいけど強者と呼べる存在だ。そういう存在が発狂して暴れるかもとなったら、ご近所さんも気が気じゃないだろう。
正直、そこまで近隣住民に気を遣うのも面倒だが……何よりエリナさんが文化祭を楽しみにしているのだ。
彼女には、返しきれないほどの恩がある。それを考えれば、女装姿が全国に流れるリスクが何するものぞ!
……わりぃ。やっぱつれぇわ……!
「えっと。京太君的には、今後も有栖川家や林崎家でマスコミの取材は拒否する……という方針で良いのですね?」
「はい……よろしくお願いします……」
「ババ様も最近更にコネが広がったからな!なに、比較的まともなメディアは寄せ付けんよ。アングラな所は知らんがね」
「そういうのはダンジョン庁が動いてくれているらしいよー。あの戦いに参加した『Bランク候補』へのケアだってー」
「……日本の希望とネットで呼ばれている者達の実態を、世間に出したくないだけな気もしますが。色々と、お茶の間には流せない人も候補者には多いので」
スケベ一族が話し合う中、深いため息を吐きだす。
ああ、タイムマシンがあるのならテレビカメラを破壊したい……!どうしてこうなった、本当に。
今の所取材とかは教授達が防いでくれているが、文化祭ではどうなるのやら。お願いだから、変な事にならないといいけど。
遠い目をしてもう1度ため息を吐いていると、視界の端に壁にかけられた時計が入る。
「あぁ、もう時間っぽいです」
「おっと。では今のうちにつけておくか」
そう言って、アイラさんがリモコンでリビングのテレビをつける。
今日ここに集まったのは他でもない。『有栖川教授の研究成果』を、それに関わった者として確認するためだ。家で見ても良いのだが、せっかくだからとお呼ばれしたのである。
あの日、教授はどうにかして東京へ援軍に来ようとしてくれていた。だが、その時は九州の方まで行っていたから間に合わなかったらしい。
彼女はここ最近、北海道から沖縄まで、時には海外の大学や研究所にまで足を運んでいた。
忙しなく色んな大学教授や専門家に会っていたのは、『とある発表』の為だとか。詳しい内容は、まだ聞かされていない。
ただ名だたる研究者達の名前が論文には記載されているらしく、世界中から注目が集まっているとか。ネット上やテレビで発表内容を予測したものが出ているが、確証のあるものはない。
この場でその論文について知っているのは、アイラさんのみである。
その彼女が、机の上にサナさんの入った鳥籠を置いた。数日ぶりなので、籠の隙間から指先をいれて魔力を与えておく。
この子が関わっているだろう事は予測済みだ。となると、やはりその論文とやらは……。
画面がどこかのスタジオから切り替わり、どこかの壇上に。
幾つものカメラがズラリと並ぶ空間へ、有栖川教授が堂々と入ってくる。
スーツ姿の彼女は落ち着いた様子で一礼した後、マイクに桜色の唇を近づけた。
『本日はお集まりいただき、ありがとうございます。これより、ダンジョン内に遺された文明に関する解析結果を発表させていただきます』
ざわり、と。画面の向こうがどよめいた。
アイラさんを除くこちらの面々も、少しだけ驚く。もしやとは思っていたが、本当に解明できたのか。
「一応言うが、全てがわかったわけではないよ。だが、大きな一歩という話さ」
こちらにチラリと視線を向け、アイラさんがニヒルに笑う。
『これから言う事は、もしかしたら信じられない話かもしれません。ですが、幾人もの高名な研究者様達とも議論して出した結論だという事を、先にお伝えします』
有栖川教授が、演台に置かれたパソコンを操作する。
すると、彼女の後ろにあるスクリーンに『ウトゥックのダンジョン』で記録した文章が投影された。
『我々に幾つもの苦難を与えてきた、ダンジョン。それは』
一呼吸おいて、有栖川教授は瞳を閉じた後。
『異世界で栄え、そして滅びたとある帝国の───工場だったのです』
とんでもない『真実』を、語りだした。
読んでいただきありがとうございます。
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