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第百二十一話 孤軍奮闘

第百二十一話 孤軍奮闘





『■゛■゛■゛■゛■゛■゛───ッ!!』



 11の雄叫びが束ねられ、自分1人に向けられる。


 それでいい。ただこの身だけを見ろ。後ろの誰も視界に入れるな。


『京ちゃん君、一応聞くが体は』


「まだ戦えます」


 肉体、魔力面での損耗は回復済み。あとは気力と……。


 一瞬だけ左手に視線を向けた後、前へと足を踏み出した。それに合わせる様に、停滞していたファフニールどもの足も動き出す。


 1歩、2歩と歩み、3歩目で地面を蹴って、4歩目でアスファルトを蹴り砕きながら飛翔。最高速で吶喊する。


 対するは11体のファフニール。道幅的に左右へ広がれるのは4体が限界。その全てが、奴らの身の丈ほどもある魔剣を人間1人に振り上げる。


 咆哮と共に繰り出された4本の刃を2度のバレルロールで回避。通り抜け様に中央右側の腕と左側の脇腹を斬りつけた。


『概念干渉』


 メタルシルバーの鱗が纏う魔力を刀身で絡めとり、風と炎の燃料に変換。赤い螺旋を描きながら死線を潜り抜ければ、背後で2体の邪竜が悲鳴と共に横転したのを感じ取る。


 だが4体とも剣と尾で地面を抉りながら急停止。こちらへと反転する。更には前方に控える第2陣が同じく剣を振るってきた。


 それに対し上体を起こして減速でやり過ごし、返す刀が迫る中を踊るようなステップで回避しながら前進。手近な個体の首に剣を叩き込んだ。


 魔力を絡めとりながら食い込んだ刃に炎と風を送り込みながら、長い竜の首を駆け上がる。鋼色の人面のすぐ横を通り過ぎ、そのまま上昇。ビルを超えた辺りで背を曇天に向けた。


 フリューゲルを最大出力で解放。切っ先を地上に向けながら、相手を睨みつける。


 先の邪竜が首を爆ぜさせ、残り10体。矛先が再び合同庁舎へ向く前に片を付けねば……!


「しぃぃ……!」


 歯を食いしばり、口端から息を漏らす。切っ先を敵に向ける姿勢から、『八双』に近い構えへ変えながら急降下。


 迎撃する様にファフニールどもが大口を開けて魔力を収束させる。碌な溜め動作もなく放たれる、深緑色の砲弾。


 ただの毒や呪いにあらず。物理的な破壊力も有した、魔力の塊だ。


 しかし。


「押しとおぉぉぉる!」


 減速はしない。左右へのぶれる様な回避と、きりもみ回転のみで対応。一直線で降下し、軸線を合わせる。


 正面に来た砲弾を風と炎で加速した左の裏拳で殴り飛ばし、邪竜の大口へと突撃。切っ先が前歯を砕き、その奥の喉へと体ごと飛び込んだ。


 後頭部から抜け、地面へと衝突寸前で体を起こして両足を道路に向ける。直後にきた衝撃が完全に伝わりきる前に、フリューゲルを強引に噴かして前進。


 両足が砕けたかと思う程の激痛に、目の端に涙が浮かぶ。だがそれも加速する世界が拭い去った。


『■゛■゛■゛ッ!』


 短い雄叫びと共に、地面を駆けながら飛ぶ自分に斬撃が降ってくる。


 それに剣を掲げて防ぎ、刀身同士で火花を散らせながら足の間へと滑り込んだ。


「はああああ!」


 相手の鍔を叩き割りながら、剣を縦一文字に振るう。他に比べて柔い腹を引き裂き、そこに炎と風を送り込んだ。


 眼前にのたうつ邪竜の尾。それに対し前へ体を転がす事で回避し潜り抜ける。直後、ファフニールの腹部が爆発し首を垂れた。


 前転から右足の爪先を地面に食い込ませ、膝の力だけで跳躍。左足で奴の背に着地し、同時に後頭部へ再度跳躍する。


 狙いを兜に覆われたうなじに定め、渾身の鉄拳。概念干渉も使っての殴打は兜を砕き、骨の隙間に突き刺さる。


 人面な辺りもしやと思ったが、やはりここに骨はない。肉を力尽くで押しのけ指を開き、魔力を最大出力で供給。掌から熱線を放つ。一瞬だけ奴の口腔が光り、直後に貫通した熱線が割れた道路を溶かした。


 その死を確認するより先に、頭を蹴りつけて腕を引き抜きながら斜め方向に急上昇。仲間もろとも叩き割ると繰り出された魔剣が、白くなり始めた後頭部に振り下ろされた。


 残り8!


 背中から道路脇のビルに侵入。とっくに割れていた窓から中へ滑り込み、その辺のデスクを蹴って方向転換。瞬間、4本の剣がオフィスに突き込まれた。


 滅茶苦茶にかき回される建物の中で、剣の隙間に滑り込む。このままではミンチだ。フリューゲルを脱ぎ捨て、魔力を込めながら近くの椅子にかけて外に飛ばす。すぐに燃料は切れるだろうが、数秒もてば十分だ。


 この火災の光だけが頼りの街中では、白いマントはよく目立つ。当然の様に邪竜どもの視線が飛び出した椅子に引き寄せられた刹那、自分もボロボロの床を蹴りつけて外へ。


 横薙ぎの斬撃を手近な邪竜の首へと打ち込み、振りぬく。風を蹴って加速し、後ろを通り過ぎた緑色の砲弾を置き去りに跳んだ。


「っ……!」


 反対側のビルにぶつかる寸前でフリューゲルを掴み、椅子から引きはがす。そのまま壁面を走りながら、素早く肩にマントをかけた。


 追いかけて振るわれる魔剣に建物が崩される中、正面にも邪竜が待ち構えている。


 残り、7体……!


『■゛■゛■゛───ッ!!』


 袈裟懸けに振るわれた巨剣を、横回転で回避。そのまま相手の右目を斬りつけてからの、更にもう1回転で裂けた眼球に左の鉄拳。熱線で脳みそを焼き切る。


 6体!


 全ファフニールが、合同庁舎との間で挟み込む位置にいる。それでも、12個の鋼色をした目玉はこちらに釘付けだ。


 こちらに背中を見せるのならそこを狙ったが、奴らもそれがわかっているらしい。


 フリューゲルで風を放出しながら、概念干渉で足に纏わせた風を土台に急停止。傍から見れば、不可視の壁に足裏からぶつかった様な体勢となる。


 空間が、軋んだ。


「お゛お゛お゛お゛お゛ッッ!!」


 それぞれに剣を構える邪竜の群れへ、正面から突撃。4方から迫る巨剣を避け、間を通り抜けて後列に。


 2振りの刃が、右斜め上と左真横から接近。体を斜めにしてその隙間を通り抜け、目の前にきた右の個体の首へと刺突を打ち込んだ。


 その状態から体ごと横回転。肉を抉り、筋を引き裂く。


 残していった風と炎が爆発し、それを背に横方向へ加速。近くのファフニールへ飛びかかった。


『■゛■゛……!』


 メタルシルバーの左腕が盾の様に掲げられる。衝突寸前でバレルロールをして避ければ、既にこちらを狙って開かれた大口。


 回避は不可能なタイミング。迫る光弾を斜めに籠手で受け、逸らす。


「づぅ……!」


 籠手が割れ金属片が飛び散る中、眼球に剣を突き込み炎と風を流し込む。絶叫が響く中、左掌を鍔に添え横方向に振りぬいた。


 その個体も傷口から爆発を起こしながら倒れたのを、旋回して見届ける。


 残りは、4体……!


「はぁっ、はぁっ……!」


 息が上がる。疲労ではない。酸素が、足りていないのだ。フリューゲルを使っての急制動に体が耐えられていない。


 本当にじゃじゃ馬だな、フリューゲル!だが、だからこそ!


『■゛■゛■゛■゛■゛■゛───ッ!!』


 残る邪竜どもが、がむしゃらに光弾を放ってきた。現在背後には避難所。避けずとも、放置すれば人が死ぬ。


 ならば、打ち払うのみ。


「燃え尽きろっ!」


 球状に膨らみ、刀身を飲み込む炎。大上段で構えた姿勢から、赤い斬撃として振り下ろす。


 道幅を埋め尽くす業火と魔弾が衝突。拮抗は一瞬だけ。強引に全てをかき消し、それでなお勢いは収まらず中央のファフニール2体を燃やした。


 放出は数秒だけ。未だ大気に残る炎の残滓を突き抜け、左端の個体に突撃する。


 迎撃に魔剣を構えようとするが、遅い。首に片手半剣を突き込み、思いっきり捻った。


 ───バキン。


「っ!」


 そんなあっけない音と共に、根本からへし折れる刃。中央の2体が、先の攻防で丸焦げとなって崩れ落ちたのがほぼ同時だった。


 開けた視界で、残る最後の1体と視線があう。黒目などない瞳が、半瞬だけ自分の手元を見た気がした。


『■゛■゛■゛■゛■゛■゛───ッ!』


 雄叫びをあげての、突進。それに対処するより先に、『精霊眼』が予知を出す。


 だが間に合わない。首を抉られた先の個体が、剣を放棄し右手でこの身を掴んできたのだ。


『■゛、■゛■゛……!』


「貴様っ」


 この位置からはその顔は見えない。だが、きっと笑っている。自分を道連れにする事に。


 死に絶えようとする仲間の腕ごと斬り捨てんと、魔剣が袈裟懸けに振るわれた。


「なめる、なぁ!」


 フリューゲルも使っての暴風で拘束を振り払い、瞬時に折れた剣を掲げる。刃渡り10メートルを超える巨剣と、罅割れた鍔が衝突した。


 受け、きれない……!


 鍔も柄も砕け、僅かに減衰した斬撃が右肩を打つ。フリューゲルと胸甲を削る刃から、とんでもない衝撃が全身を駆け抜けた。


塩へと変わっていく先の個体を突き抜け、羽虫の様に地面へと叩きつけられる。


「ぁ、づぅ……!」


 強すぎる衝撃に一瞬意識が飛びかけた。回転する視界。3度目のバウンドでバク転し、足裏を地面につける。


 剣の再構築を、いやその暇はない!


 追撃として繰り出された平突き。それに対しナイフを抜きながら、放たれた切っ先に向かって跳躍した。


 そのまま剣腹を踏みつけ、疾走。フリューゲルの加速も使い、革鎧に包まれた鳩尾へとナイフを突き出す。


 鎧は貫けたが、刃渡りが足りない。鱗こそ割ったものの、肉には浅く刺さっただけだ。


間髪入れずに左腕も柄頭に添えたのと、ファフニールが刀身を翻し剣の背で自分を狙ったのがほぼ同時。


 剣の背で相手の裏腿や背中を狙う『ラップショット』の応用。捨て身の一撃が決まる前に、左手からナイフへと炎と風をありったけ流し込んだ。


 ファフニールの肉体が、内側から焼け焦げていく。


『■゛■゛■゛───ッ!?』


 絶叫と共に、巨大な刀身が頭上を通り過ぎる。激痛か、衝撃か。怪物の狙いが逸れ最期の一太刀は鋼色の鱗を割るに終わった。


 溶け落ちるナイフを手放し、上昇。高度をとって地上を見渡す。


 広いはずの道路も歩道も埋め尽くす、白い結晶。ファフニールの全滅を確認し、荒い息を少しずつ整えていった。


『無事か、京ちゃん君!』


「なん、とか……!」


 アイラさんに答えながら、防具と得物を再構築。最後に大きく息を吐いて、万全の状態へと戻る。


『魔装』はこれで問題ない。だが、他の『装備』は酷使し過ぎた。限界が近い。


 ───特に、『炎馬の指輪』は。


 ランク以上の働きをしてくれているが、本来の許容量を超えた魔力を流し続けている。いつ機能停止してもおかしくない。


 それでも、もう少しだけもってくれ……!


「こちらは問題ありません。エリナさん達は」


『大変だけどだいじょーぶ!』


『どうにかなりそうです!』


「援護に向かいます」


『待った!まだそっちに音が向かってる!対処頼んだ!』


「っ、了解……!」


 エリナさんの言葉に体を反転させながら、真新しい剣を抜く。


 中央合同庁舎を背にして得物を構えれば、確かに接近する敵集団を捕捉した。


 ヨトゥンが4体。その奥にファフニールが10体。まだこんなにいるとは、予想外である。


 だが、魔力反応からして流石にこれでボスモンスターは打ち止めのはずだ。ここまでの数でも十分東京に壊滅的な被害を与えられそうだが、終わりは見えてきた。……と、思いたい。


 もうひと踏ん張りだと、気合を入れ直して、気づく。


 10体の邪竜が動きを止め、互いに巨体を絡み合わせたのだ。



「っ……!?」



 全身に怖気が走る。


 アレはいけない。アレを、そのままにしてはダメだ。


 本能が、精霊眼が告げている。今、死力を尽くして奴らを止めなければならないと。


 さもなければ、死ぬ。


「おおおおおおお!」


 肺の中の空気を全て出し切る様な声をあげ、吶喊。刀身を肩に担ぐようにして構え、最大出力で飛翔する。


『■■■■■■───!』


 立ち塞がるヨトゥン達。槍衾でもする様に穂先をこちらに向け、一斉に突き出す。


 それを邪魔だと風と炎で薙ぎ払い、進路上にいた個体の顔面に左の拳を叩き込んだ。


 アッパー気味の拳が鼻の下を抉り、その下に指輪を通して熱線を撃ち込む。後ろ向きに倒れる巨人を置き去りに、残る3体も捨て置いて、前へ。


 間に合え!間に合え!間に───。



 間に、合わない……!?



『■゛■゛■゛、■゛■゛■゛■゛……』


 ファフニール達が、何かを言った気がした。


 瞬間、絡み合った10体を中心に緑色の竜巻が発生する。それにあおられてバランスを崩しながら、自分は見た。


 強大な邪竜がその身を溶かし、混ぜ合わせ、1つの生命へと変わる瞬間を。


 雄叫びをあげ、こちらの背に氷で包まれた拳を振るう3体の巨人。それらの攻撃を、急上昇で回避する。


 捻り込む様に縦軸で旋回し、視線を緑色の竜巻に向け続けた。


 刹那、壁の様に並んでいた青い巨人どもの体が横一文字に両断される。


 反射的に剣を盾の様に掲げれば、信じられないほどの衝撃が襲ってきた。両腕が悲鳴をあげ、バランスを崩しながらも上方向に受け流す。


「こ、の……!」


 落下しそうになるのを、フリューゲルを噴かせて姿勢制御。地面スレスレで持ち直し、切っ先と両足をアスファルトの道路につけて着地した。


 数メートルほど道路の表面を抉りながら後方に滑走し、停止。すぐさま片手半剣を構え直す自分の視線の先で、遂に竜巻が解けて消えた。


 鋼色の巨体が絡み合ってできた不細工な『卵』は、既にない。



 代わりに、邪竜と比べて小さく。しかし人間とは思えぬ体躯の持ち主が出現する。



 鱗ではない、鋼色の皮膚筋骨隆々とした、生殖器の見当たらない肉体。まるでギリシャ彫刻の様な美しいバランスを崩す、背から生えた巨大な悪魔の翼。


 右腕にはツーハンデッドソードが握られ、その柄と鍔は黄金で形作られ、柄にはめ込まれた青い宝玉が輝いていた。その煌びやかさに反し、刀身は夜を溶かした様に黒い。剣腹に刻まれた文字が、妖しく踊る。


 だが、最も注目を集めるのはその頭だった。


『ギ、ガガガ……!』


『ゲゲゲゲゲゲッ!』


 2メートル半はあろう巨体に生えた、2つの頭。


 その双頭の内、片方はファフニール同様黄金の兜を被っていた。だが、右腕側の頭は顔立ちこそ同じなのに兜をつけていない様だ。


 ───『でかい』は、『強い』。


 物理法則から完全に外れた存在でない限り、これは絶対である。質で凌駕する事はあれど、同格の場合大きな方が有利だ。


 その理屈で言えば、あの怪物は大きく弱体化した様に思える。


 だが、なんだこれは。


 どこか遠くを見つめる、鋼色の瞳。邪竜どもと同じく白目も黒目もない、鋼色の眼球。それを見ているだけで、心臓が鷲掴みにされた様な寒気が背筋を撫でる。


 密度が、違う。


 あれほどの巨体が10も集まり、1つとなった時。その肉体に込められた力はどれほどのものか。


 燃え盛り、魔物の都と化した街。東京。


 その曇天に浮かぶ『魔人』が、ゆっくりと。しかし確実に。



 自分へと、目を向けた。






読んでいただきありがとうございます。

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主人公が強くてにっこり、あと少し気になったんだけど、合体後のドロップってどうなるんだろ?
あまりも絶望的な状況……!
たらふく食べてもう満腹じゃ となったら今までは前菜でこれからメインですとお出しされてきたぜ… 前菜が濃いよー
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