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閑話 英雄達の背中

閑話 英雄達の背中




サイド なし



「都の防災センターにもモンスターが押し寄せている模様!救援要請が来ています!」


「こちらの意思で動かせる戦力はない!『Bランク候補』に依頼するしか……!」


「長期の籠城は現実的じゃない!とにかく1人でも多く市民を受け入れるんだ!」


「あの!他部署から民間人に見られたくない書類があるとかで、受け入れは……」


「物理的に炎上したくなきゃ、書類だの何だのは隠しながら受け入れろって言っとけ!」


 東京霞ヶ関、合同庁舎。


 モンスターの氾濫に伴い、ダンジョン庁が避難に関して一部指揮権を有していた。


 元々忙しい庁だったが、今は普段の3倍は職員達が脳と足を回転させている。そんな中で、同じく動き回っていた赤坂部長がどうにか自分のデスクに戻ってきた。


 筆談で部下に指示を出しながら、PCの専用チャンネルで官邸の危機管理センターにいる丸井陸将と情報を共有している。


「それでは、『ドラゴンキラー隊』はまだ来られないと」


『ああ。4人ともダンジョン内で間引き作業中だ。魔道具を使い連絡をとり、一時帰還を指示したが時間がかかる。そこからヘリに乗せて東京まで移動となるので、最低でも30分はかかるはずだ。最悪1時間以上』


「そうですか。では、他の自衛隊による救援は?」


 互いに時間が惜しいと、早口で会話する。


『都内にある自衛隊基地は全て戦闘態勢にある。周辺住民の救助で手一杯との報告がきた。既に連絡が途絶えた基地もある。他県の基地からも救援は来ているが、そこら中モンスターだらけだ。強行突破も難しい』


「……皇居の守りは?」


()()()()()()()と、非常時に備え用意した結界装置が守っている。まだ暫くはもつはずだ』


「わかりました。そちらはどうですか、丸井陸将」


『官邸も高い金をかけて結界を構築してある。どうにか持ちこたえるはずだ。……しかし、そちらに救援を回す余裕はない。どうにかこちらまで移動できるか?ある程度なら住民の受け入れができるはずだ』


「不可能です。100メートル移動する間に、何人の市民が犠牲になるかわからない。我々はここで助けを待ちます。幸い、『Bランク候補』達と『ウォーカーズ』が自発的に防衛と救助を手伝ってくれていますから」


 筆談で部下にこの会話を市民に漏らすなと念押ししながら、赤坂部長は続ける。


『国の面目は間違いなくつぶれるな』


「『覚醒の日』以降、ずっとです。今更気にする面子もない」


 苦笑を浮かべる陸将に、赤坂はぶっきらぼうにそう言った。


 その時、強い揺れが庁舎を襲う。それを机にしがみついて耐えた彼に、部下がよろめきながらも報告に来た。


「ボスモンスターと思しき存在が接近!数は10体前後!」


「なに!?一斉にか!?」


 1つのダンジョンにボスモンスターが複数体同時に目撃された例はあるが、2桁というのは異例である。


 驚愕に目を見開く赤坂部長に、部下が息も絶え絶えな様子で言葉を続けた。


「現在、南側から攻撃を受けています!『Bランク候補』達が応戦中!」


『……残念ながらこちらでもボスモンスターを発見した。7体の……仮称ファフニールが結界に取り付き破壊を試みている。救助も受け入れもできそうにない』


「やむをえない。北側から市民を避難させる!道路は使えない可能性が高い。プラン『B-4』で対応を」


「大変です!」


 通常の回線が使えない為、予備電源で動くエレベーターを使ってきたのだろう。


 それでも汗だくになっている職員が、壁に手をつきながら叫んだ。まるで、悲鳴の様に。


「北側からもモンスターの一団を発見!数は14体、全てボスモンスターの可能性があると、冒険者が!」


「なん、だと……!?」


 まだ、彼らは知らない。知るはずもない。『覚醒の日』よりまだたったの2年と4カ月。研究が十分に進んでいるとは言えない、黎明の時代。


 ある一定の条件が整った場合、ボスモンスターと呼ばれる強化個体が出現しやすい事を。それらが、一様に同じ目的地を目指す事態を。



 例えば、そう。『龍脈の合流地点で、大規模な魔力の渦が発生した場合』に起きる事なんて、知る故もなかった。



 戦えば戦うほど、護れば護るほど。艱難辛苦は押し寄せる。


 善意によって、護る為に戦う覚醒者達。彼らに非はない。ただ、運がわるかった。


 龍脈の流れは、非覚醒者でも無意識にだが感じ取れる事がある。そういったパワースポットで、人は繁栄するのだ。


 この国の主要な施設が密集するのは、当たり前だった。



*    *     *



「うわああああああ!?」


「おい、中に、中に入れろよ!」


「ここから離れないと!車はどこ!」


「自衛隊はまだ来ないのかよ!」


 合同庁舎前の広場は、完全にパニックとなっていた。


 我先に建物の中へ入ろうとする者。車を調達しこの場から逃れようとする者。何をすれば良いのかわからず、他者の動きを真似る者。もはや自力では何もできぬと、天を仰いで助けを乞う者。


 三者三様どころではない。バラバラに動く群衆に、警察も消防も対応しきれていなかった。何なら、パニックになった一団に飲まれて自分もただ逃げ惑う存在になり果てた隊員もいる。


「落ち着いて!落ち着いてください!」


「ゆっくりと建物の中に!はぐれないで!」


「列を!列を作ります!それに従ってください!」


「もうだめだ、俺たち死ぬんだ……!」


「おい、滅多な事を言うな!俺たちが挫けたら……!」


「やっぱり私達は死ぬんだわ!皆死ぬのよ!」


「ここから逃げなきゃ!おい、どけよ!」


「やめて!子供がいるの!押さないで!」


「おがぁぁぁざぁん!どごぉぉおおお!?」


 統制の取れなくなった民衆。彼らの理性と倫理が、限界を迎え軋み始める。


「くそっ、こうなったら力づくでも暴れそうな奴は押さえろ!それと子供と老人を保護!壁になってでも彼らが押しつぶされるのは避けるんだ!群衆ドミノだけはさけないと!」


「ギルマス、無茶ですよ!」


「やらなきゃ人が大勢死ぬ!続けぇ!」


「りょ、了解!」


 崩壊を始めた『群れ』に、『ウォーカーズ』が横から雪崩れ込む。


 やけになって、手足を無茶苦茶に動かす者を抱きしめる様に押さえる者。


 親とはぐれたのか、1人で泣き叫ぶ子供を肩車して群衆の上に出す者。


 絶望して座り込んでしまった老人を、抱えて踏みつけられない様にする者。


 真っ先に飛び込んだ猫耳のリーダーに引っ張られる様にして、ギルドのメンバーが物理的に崩れそうだった人の波を堰き止めた。


「お巡りさん!どこへ逃げればいい!」


「え、そ、それは」


「合同庁舎の上に!とにかく上に移動してください!」


 タブレットを上に掲げた、ダンジョン庁の職員が山下に怒鳴るような大声で話しかける。


「うちみたいな施設は、透視や呪殺対策に補強工事で対魔法素材を使っています!外にいるよりは、毒とか呪いにかかりづらいはずです!」


「わかりました!『ウォーカーズ』、総員聞けぇ!住民を建物にいれる!先に入った人から順に上へ向かわせろ!怪我人や子供、老人の補助!庁舎の職員も手伝ってくれる!流れを作るぞ!!」


 普段のストレスでしなびていた声から一転、山下の覇気にあふれた声が群衆全てに届く。


「大丈夫だ!助けは絶対にくる!自衛隊だけじゃない!『秘密結社』も到着済みだ!!」


「……ひみつ、けっしゃ?」


 触発されて瞳に光を取り戻した警官が、彼の言葉にパチクリと目を瞬かせた。


 それに対し、山下は答える事なく明後日の方角を見て呟く。



「頼んだぞ、『インビジブルニンジャーズ』……!」



*    *     *



 中央合同庁舎、南側。


 そこに、ずらりと並ぶ日本最高峰の覚醒者達。既存のランクの、更に1つ上に至る冒険者。


 彼らが睨む先には、道路脇に残された乗用車を蹴散らし、ガードレールや信号機を踏み潰す化け物の群れ。


 黄金の兜に妖しく輝く魔剣を手にした竜どもに、彼らは冷や汗を流しながらも武器を構えた。


「先制攻撃をしかける!」


「応っ!」


「任せろ!」


 モノクルに西洋魔術師の様なローブ姿の、モヒカン男。


 金色の衣装に、深紅の腰布を巻いたインド風の装いをしたアフロ男。


 僧兵に似た姿ながら、頭に巻かれた白袈裟から髪をはみ出させたリーゼント男。


 それぞれ杖を、金剛杵を、錫杖を構えた3人。彼らの全身から、膨大な魔力があふれ出し形を取っていく。


「吹き飛ばせ、『サンダー・ストーム』!」


「悪を焼き尽くす力を、『アグニ』!」


「我らが敵に鉄槌を!『金剛羅刹拳』!」


 地面と水平に巻き起こる雷を纏った嵐。その中心を、超高音の熱線と金色の魔力で構成された拳が飛んでいく。


 戦車を数台纏めてスクラップに変えてもお釣りが出る、大魔法による砲撃。極光と爆炎でファフニール達の姿が隠れ、発生した衝撃波が周囲の建物を大きく揺らした。


 窓ガラスがバラバラと落ちる、爆炎の中心地。ミサイルでも着弾した様な地響きの中、しかしその場に集った強者達は誰1人『これで決着はついた』などと思っていなかった。


「来るぞ」


 モノクルに指を添えたモヒカン男の声をかき消すように、雄叫びが天地を揺らす。



『■゛■゛■゛■゛■゛■゛───ッ!!』



 粉塵を突き破る、鋼の巨体。先頭の4体にこそ焦げ跡や出血が見られるものの、1体とて倒れてはいなかった。


 身も凍るような咆哮をあげる怪物どもを観測し、モヒカン男のモノクルに様々な情報が表示される。


「敵の体表に高密度の結界を感知!腹部を狙え、そこだけ守りが薄い!能力は毒のブレスと呪いの刃!自己再生まである、長期戦は避けろ!」


「おおっ!」


「承知!!」


「殺せぇ!」


 それぞれ答え、あるいは無視し、『Bランク候補』達もまた前進を開始する。


 数で言えば、双方を足しても50に届かぬ小勢のぶつかり合い。この万単位の殺し合いが度々起きる現代では、あまりにも小さな()()



 されど、両雄ともに『神代の英雄と怪物』なれば。



『■゛■゛■゛■゛■゛■゛■゛───ッ!!』


 ファフニールが振り下ろす刃が、アスファルトの地面を粉砕する。ただの一太刀で十数メートル先まで亀裂が走り、地形が作り変えられた。


 それに臆する事なく間合いを詰める、猫耳の生えた執事服の少女。両手に2振りのレイピアを携え、土煙の中を臆する事なく走り抜ける。


「はあ!」


 目にもとまらぬ瞬足でもって鋼色の腕を駆け上がり、少女は刃を閃かせファフニールの顔面を連続で切りつけた。


 目に、鼻に、口に刃を叩き込まれた怪物。されど全て赤い火花を散らすのみで、鮮血が舞う事はない。


 鬱陶しいとばかりに左腕を振るうファフニール。その鼻先を蹴って跳躍して回避した彼女に、魔剣が間髪入れずに追撃をしかけた。


 だが、執事服の少女は空中で器用に身を捻り、双剣を迫る巨剣に合わせて受け流してみせる。


 あらぬ方向に叩きつけられた魔剣。大地を割り砕き盛大に粉塵とアスファルトの破片が舞い上がる中、金色の輝きが弾けた。


「せぇえええい!!」


 金髪をドリルの様に巻いた鎧姿の令嬢が、徒歩にてランスチャージを放ったのだ。


 螺旋が刻まれた穂先が鋼色の鱗に衝突し、激しい火花を散らして回転。剣を握っていた邪竜の親指が、赤黒い血と共に抉り取られた。


『■゛■゛■゛■゛■゛■゛───ッ!!??』


 絶叫をあげるファフニールだが、すぐさま己の指を落とした下手人に毒のブレスを浴びせかけた。


 溜め行動無しの、不意打ちじみた真上からのブレス。それに対し令嬢は対応が間に合わない。


 否、対応の必要を感じていない。


「風よ!」


「光よ!」


 背から妖精の様な羽を生やした、双子の様にそっくりな顔立ちをした中性的な少年達。SMコンビ同士による連携にて、邪悪な息吹は無毒化され令嬢に届く前に打ち消される。


 その隙を逃さぬと、ファフニールの真下へ駆ける猫耳執事。


「やぁぁ!」


 スライディングの要領で地面と腹部との隙間に滑り込むと、彼女はレイピア二刀流でもって柔らかい竜の腹をズタズタに切り裂いた。


 悲鳴をあげてバランスを崩す邪竜。その顔面に、ランスを回転させる令嬢が突撃を慣行する。


「吶っっ喊んんん!!」


 瞳孔を開いた、およそ淑女とは呼べぬ獰猛な笑顔によるランスチャージ。兜のない鎧姿の令嬢が、ファフニールの顔面を文字通り半壊させた。


 また別の個体が、歌劇に出てくるスパルタ兵の様な装いの男性と激しく打ち合う。


「ぬぅん!」


『■゛■゛■゛■゛!!』


 振り下ろされる魔剣を楕円形の盾が打ち返し、返す刀で横から迫る刃を槍の柄が受け流した。


 兜にマント、そしてパンツのみの装い。己の鍛え上げられた筋肉こそが最高の鎧とばかりに、彼は果敢に踏み込み続ける。


 3合、4合と火花を散らす中、ジリジリと互いの間合いが縮まっていった。


 焦れた様に吠えながら両手で握り振るわれた魔剣。それを盾と槍を重ねる様にして受け止めた男の足元が、爆音と共に陥没する。


 ミチミチと全身の筋肉を軋ませながらも、彼は兜の下で高らかに吠えた。


「今だ!!」


「ガアアアアアアアッ!!」


 獣の様な雄叫びをあげ、胸元と腰に布を巻いただけの女性が斧を振りかぶって突撃する。


 褐色の肌に包まれた、スパルタ兵風の男性にも劣らぬ筋骨隆々とした肉体美。女性ながら益荒男と称せるほどの体躯をもった彼女が、渾身の力でファフニールの腹部を下から斬り上げた。


 ずぐり、と刃が食い込み、10メートルを超える邪竜の巨体を持ち上げる。


『■゛■゛■゛■゛■゛■゛───ッ!?』


 数十トンはあろう巨体が、たった1撃でひっくり返された。轟音をあげて転がる巨体が、道路を破壊しながら赤い奇跡を残す。


 斧と槍を互いにぶつけ合い、そして構え直す男女。先ほどのSMコンビ達の方でも、油断なく臨戦態勢が継続された。


 油断する暇などない。何故なら。



『■゛■゛■゛■゛■゛■゛───ッ!!』



 この程度で、邪竜は死なない。


 尋常な生物ならば3度は死ねる傷を負おうとも、彼らは全てが神代の怪物也。


 現代の常識など通じるわけもなく、開かれた傷口が不気味に蠢き出血が既に止まり始めていた。


 何より、対応する冒険者に対し敵の数が多すぎる。


 援護砲撃を行う髪の毛連合の元まで、既に1体のファフニールがやってきていた。


「ちっ!接近戦だ!前衛は任せた!」


「援護は任せろ!」


「後衛は俺のステージだぜ!」



「───全員近接は無理ぃ!!」



 3人が悲鳴をあげて後退をする中、隙間を駆け抜けた2人の男。


「おおおおおお!『ソードブレイク』!」


 黒鉄の西洋甲冑に身を包んだ大男が、タワーシールドで振り下ろされた魔剣を受け止める。


 瞬間、魔力が渦巻き接触面を中心として緑色の刀身に罅が走った。


 それでも完全破壊には至らない。ヨトゥンとファフニールでは、内包する魔力が違う。


 剣を引き再度振りかぶった邪竜。それに対し、甲冑男の背を蹴って老人が跳躍する。


「秘剣───『オオカブト』!」


 空中で全身を捩じりながら放たれた、下からの斬撃。ファフニールの顔面に赤い線が縦に走り、盛大な血しぶきと共に後ろへと倒れ伏した。


 塩の塊に変化する死体を前に、刀身についた血を老いた侍は切り払う。


「ふむ。『概念干渉』を持つ者はそのまま切り捨てよ!その方が仕留めやすい!!」


「大丈夫か、そこの3人。前衛がお求めと見たが?」


 声を張り上げる老人の横で、鎧の男が髪の毛連合に話しかける。


「お、おう。だが良いのか?あんたら、爺さんを抱えていたのを見たが……」


「彼とそのお友達はダンジョン庁に預けてきた。本当は警察に任せるべきだったのだが、どうにも話が通じなくてね」


「まったく。警官が怪物に遭遇した恐怖で飲まれおって。あの一見ナヨナヨとした若人の方が気合の入った男とは……」


 タブレットを抱え、青い顔で応対したダンジョン庁の職員を思い出す老剣士。発狂した老人とその秘書、ついでに護衛の黒服を押し付けられ、彼が吐きそうになっていたのは無視する。


「しかし……いかんな」


 その老剣士が、眼前の戦場を見て目を細めた。


 一進一退の攻防が続く、英雄達と邪竜どもの戦い。拮抗して見えるそれに、彼は渋い顔をする。


「……このままでは押し切られる。各々方、形勢不利と見た味方の援護に集中するぞ。できるのなら、もう2人ほど凄腕が欲しいが」


「凄腕をぉ!お求めかなぁ!!」


 高らかな声が、戦場に木霊する。


 されど、その姿はほとんどの者に見えなかった。不可視の声の主が、ファフニールの1体に飛びかかるのを気配のみで彼らは察知する。


「とりゃあ!」


『概念干渉』の組み込まれた鉤爪が、鋼色の顔面を抉り飛ばす。大量の血を流しながら後退する邪竜の足が、突如氷漬けとなり動きを遮った。


 瞬間、鎖付きの鉄球が横っ面に直撃。こちらもまた『概念干渉』が起動し、首から上を吹き飛ばした。


 現れた2人分の気配と1体のゴーレムに、老人は不敵に笑う。


「ほう。あの時にいたもう2人も来たのか、『インビジブルニンジャーズ』」


「YES!『インビジブルニンジャーズ』、ただいま参上!」


 透明になったまま、意気揚々とポーズをとる林崎エリナ。その傍に、土を固めた足場を浮遊させ移動している三好ミーアが合流する。


「もう2人って……京太君に、もう1人に会ったんですか!?」


「うむ。ご両親を探していると聞いたが、現在地はわからん」


「姉さん!京太君はどこに!無事なんですか!?」


 エルフ耳につけたイヤリングに、疲労を隠せない状態ながら彼女は問いかける。


 返ってきたのは、なんとも歯切れの悪い姉の声だった。


『あー、いや、うん。なんというか』


「ハッキリしてください!無事ですか!助けが必要ですか!?」


『無事だ!問題ない!大丈夫!』


「なら、良いのですが……」


 不安そうに眉をよせるミーアの肩を、鉤爪に覆われたエリナの腕が傷つけない様に裏拳で軽く叩く。


「心配無用だよ、先輩。それより、現状を教えてほしいんですけど良いっすか!」


「承知。北と南よりファフニールと思しき怪物どもに襲撃を受けている。現在、『3人とそれ以外』に分かれて防衛中だ」


「3人って……」


「心配無用。あの娘らは、こと集団戦において我らが束になっても勝てぬと見た」


 頬をひくつかせるミーアに、老人は獰猛な笑みで答える。


「いずれ、手合わせを願いたいものだが……今は眼前の敵に集中するとしよう」


「だねー」


 彼ら彼女らが視線を前方に移せば、やはり激しい攻防が続く邪竜たちとの戦場。


 更には、その奥からヨトゥンの大群が向かってきているのを目が良い者達は察知する。


 だが、その中でも特に五感が優れた者。索敵において右に出る者なしの少女は、更にもう1方向からくる集団に気づいた。


「あっ」


「エリナさん?どうしたんですか?」


「まずいかも」


 不可視の自称忍者の頬に、珍しく汗が伝う。


「西側からも……来ちゃった」



*    *     *



 中央合同庁舎、西側。


 そこから見える光景に、建物へと避難していた人々も。それを助けていた者達も。全員が、ただただ呆然した。


「嘘だろ……」


 そう呟いたのは、誰だったか。警官か、消防隊員か、ギルドメンバーか、避難民か。


 誰だったにせよ、その言葉はこの場にいる全員の気持ちを代弁している。



『■゛■゛■゛■゛■゛■゛───ッ!!』



 この世のものとは思えない、『絶望』がそこにはあった。


 人の顔をもつ、鋼色の邪竜たち。禍々しいその魔力に当てられ、1人。また1人と足が止まっていく。


 指向性をもたない、自然に漏れ出た呪詛でさえそれだった。白目も黒目もない、鋼一色の眼球に見据えられ、彼らの顔に諦めが浮かぶ。


 それは、覚醒者非覚醒者を問わない。一部の者達を除き、『ウォーカーズ』のメンバーでさえ誘導の為に張り上げていた声を潜める。


「止まらないで!逃げろ!逃げるんだ!」


 山下が必死にそう叫び、立ち止まってしまった人々の背を押す。


 だが、彼と数人の『諦めなかった』者達だけでは、とても動かせない。再び人の波を作る事はできず、地に根が張ったかの様に彼らの足が歩き出す事はなかった。


 そんな中で、集団から飛び出す者達がいる。


「ご覧ください!モンスターです!モンスターの群れが、恐ろしい怪物が避難所に向かってきています!」


 カメラを構えた、取材クルー。合同庁舎に集まる予定だった『ウォーカーズ』を撮ろうとしていた彼らもまた、この氾濫に巻き込まれていた。


 カメラの前でマイクを握るアナウンサー。マイクを掲げる音響スタッフ。そんな彼らを追いかけ、ダークエルフの女性アナウンサーが集団から出てくる。


「ちょ、ちょっと先輩たち!まずいですよ!逃げないと!」


「おい、あんたら!逃げろって!聞こえないのか!」


 続いて山下も駆け寄るが、マイクを握った男性アナウンサーは目に涙を浮かべて怒鳴り返した。


「うるせぇ!どうせ皆死ぬんだ!だったら最後に最高の絵を撮ってやる!カメラを止めるな!映し続けろ!」


「おう!」


「馬鹿が!諦めるな!」


「スタッフさんも、ダメですって!」


 山下が強引に音響スタッフとカメラマンを脇に抱え、ダークエルフの女性が先輩アナウンサーを引っ張ろうとする。


 だがアナウンサーは後輩を振りほどくと、地面に落ちたカメラを構えて迫るファフニールの群れを映し続けた。


「ご覧ください!これが我ら最後の報道です!皆さんさようなら!さようなら!ああ、繋がっているかなぁ!届いているかなぁ!死ぬぞ!俺たち、最期に凄いもん撮れたなぁ!!」


 半狂乱になって笑う、男性アナウンサー。彼も助けねばと動く山下だが、既に何もかもが遅かった。


 邪竜達が、巨体に見合わぬ速度で迫っている。アスファルトで舗装された道路を踏み荒らし、邪魔な車両を蹴散らして。


 先頭の1体は、もう彼らが握る巨剣の間合いへと入っていた。


「───ッ!」


「……!……!!」


 山下が、盾を構えようとした。しかし、彼にその刃を防ぐほどの力も技もない。


 アナウンサーが、何かを叫んでいる。しかし、邪竜の雄叫びにかき消されて聞こえない。


 それを見つめる人々が、生存本能に突き動かされてようやくまた逃げ出すも、怪物のブレスの射程範囲。


 彼らは死ぬ運命だ。抗う術もなく、ただ一方的に蹂躙されるしかない。


 全てがスローモーションに見える中。妖しく輝く魔剣が、彼らの頭上に振り下ろされた。


 ───その、刹那。



 紅蓮が、走る。



 閃光。赤く眩い、そして皮膚を軽く炙る熱に悲鳴が響く。だがその声も塗りつぶす、大気を焼き尽くす轟音。


 尻もちをついた男性アナウンサー。彼は己がまだ生きている事への疑問を抱くより先に、抱えたカメラ越しに見える背中へと視線が吸い寄せられていた。


 白く、不思議な光沢をもったマント。端が裂け、土と灰に汚れたそれに覆われた少年の背中。


 彼の左右に崩れ落ちる、巨大な頭と邪竜の体。地響きと共に地面へと転がるそれらが、同質量の塩へと変わる。


 宙に残された炎が、その光景を鮮明に映し出した。


「もう、大丈夫です」


 戦場には似つかわしくない、落ち着いた声音。


 邪竜達からすれば、矮小な人間が1人増えただけのはずなのに。まるで気圧された様に怪物どもの足は止まっていた。


 10を超える魔剣を突き付けられた少年が握るのは、刃こぼれだらけの煤で汚れた片手半剣ただ1つ。


 ピシリという音と共に、彼の被る兜が割れた。その下の布も裂け、黒髪があらわとなる。


 それを気にした様子もなく、少年は先ほど『飛び越えた』両親の姿と、頼りの仲間達の現在地を頭に浮かべた。


 転移が使える自称忍者は、別の地点で交戦中。そして、眼前の敵を退けねば避難民を掻き分けて2人と合流する事も不可能。


 故に、1度だけ深呼吸をして。



「ここから先へは、絶対に通しません」



 矢川京太は、邪竜の群れへと立ちふさがった。





読んでいただきありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。



Q.誰がどれでなに。

A.

・髪の毛連合魔法使い組

モヒカン・アフロ・リーゼントの3人衆。

・姫騎士と猫耳執事少女

SとMを交互にやっていた主従。

・双子の妖精っぽいの

会議室の隅でSMやっていた男の娘コンビ。

・スパルタ兵とアマゾネス

ケツ毛ビキニアーマーおじさんとムキムキサンバお姉さん。

・黒鉄の西洋甲冑と老剣士

星条旗ブーメランオヤジと妖怪褌爺。

・3人娘

大剣使いの蛮族と神官風の蛮族と灰色ポニテの蛮族。

・インビジブルニンジャーズ

ノーマルコミュ障と光のコミュ障と一見コミュ強のコミュ障。




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― 新着の感想 ―
うっはぁ、熱っっっつい!! 最高です。
マジでウソから出たマコトってやつですねw 名前だけが一人歩きしてたのが 追いついてきましたね これで女装姿派と普通の姿派の 派閥ができるかもしれないw
なんてこった、黄金の主人公力の塊じゃないか。 しっかりマントに命を預けてるし映像が届いていたら大山さんは脳を焼かれてしまったんじゃないだろうか。
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