第百二十話 訪れたのは
第百二十話 訪れたのは
「い、『インビジブルニンジャーズ』ぅぅ!?」
「その名で呼ばないでください」
斜め後ろに降り立った自分に、山下さんが裏返った声をあげる。
そんなに驚かせてしまっただろうか?だが、今は気にしていられない。
「すみません。両親が『ウォーカーズ』に所属し、今日東京に来ているんです。配置を教えてもらえませんか?」
「は、え、なんでうちに所属を!?」
「説明している時間がありません。2人がどこにいるか知りませんか?本部ではなく、支部所属です。たしか支部の名前は───」
彼に問いかけている間にも、避難所にやってくる人の波は絶えない。
そして、それに引き寄せられる怪物達の進軍も。
『■■■■■■───ッ!!』
「ま、また来たぁ!?」
「きゃあああああ!!」
悲鳴が木霊し、老若男女の嘆きが耳に届く。
舌打ちをして剣を抜いたが、自分より早く巨人どもへ向かっていく影があった。
「どっせぇえい!!」
振り下ろされた巨剣を、身の丈ほどもある大剣で弾く少女。改造軍服の様な『魔装』に、ツーサイドアップの髪型をしている。
中学生程度の身長しかない彼女と巨人では、大人と子供どころか大人と子犬だ。
だというのに、1合、2合と火花を散らし3合目で巨剣を叩き割る。更には一足で間合いを詰めたかと思えば、ヨトゥンの向う脛を切りつけそのまま切断してみせた。
『■■■■■■───ッ!?』
前のめりに倒れる巨人の首を、突如現れた魔法陣から突き出た光の杭が貫く。
見れば、神官の様な『魔装』を着たエルフの少女。彼女が杖をくるりと1回転させ石突でアスファルトの地面を叩いたかと思えば、空中に魔力の障壁が展開された。
氷弾の飛来をそれによって防ぐ中、黒い翼を生やした灰色髪の少女が飛んでいく。
髪に合わせてか灰色のチューブトップにホットパンツ。そして黒いジャケットという出で立ち。戦士には見えぬ『魔装』姿で、巨大な鎌を携えていた。
「ぶっころっ!!」
犬歯を剝き出しにして振るわれた鎌の刃が黒く包まれ、押し寄せてきた巨人の首を2つ纏めて刈り取った。
突き出された槍を急上昇で回避したかと思えば、間髪入れずに急降下。大上段からの兜割を叩き込み、減速せずに地上を走る大剣使いの手をとる。
2人はそのままⅤ字型に飛翔し、走ってきた増援の巨人に突撃。大剣使いが敵集団に投げ込まれたかと思えば、彼女の得物が『バキリ』と割れた。
壊れたのではない。刃が左右に開き、中央に挟まれていた『大砲』を開帳したのだ。
鍔をグリップの様に左手で握り、空中で砲撃体勢に入る少女。それを撃ち落とそうと放たれる氷撃の嵐を、黒い靄の様な魔力と光の障壁が防ぐ。
「いっけぇえ!」
放たれる極光。およそ砲声とは思えない、甲高い金属の擦れる音と共に高純度の魔力の塊が巨人どもを飲み込んだ。
立ち上がる火柱を前に、地面へと着地する少女。砲部分の一部が開閉し、空薬莢を排出する。
「なんだ、あれ……」
滅茶苦茶だ、あの3人。説明会の時にいた、赤坂部長の子飼いだと思うが……ここまでとは。
しかし、どうやら避難所の防衛をしてくれているらしい。
神官風の少女は避難民の治療を始めたし、灰色の少女は影から使い魔らしき狼を生み出し子供や老人を建物の方に運んでいる。
ツーサイドアップの少女は……なにやら演説を始めていた。
「勇気ある者!気骨のある者は集え!己のやれる事を成すのだ!戦う力がなくとも、出来る事はある!」
2階建てのバスの上で仁王立ちとなり、大剣を掲げて何やら叫んでいる。
どうも、避難誘導を手伝う人員を募集しているらしい。少女らしい可愛らしい声音から、凛とした覇気のこもった演説に人々が集められていく。
カリスマ、というやつか。いや、声に魔力を込めている。『言霊』を強めているのか?非覚醒者には、かなり効くだろう。下手したら、効きすぎる。
おっかないが、今は気にしていられない。
「山下さん、お願いします。教えてください」
「い、いや。俺、じゃない私も全ての配置を知っているわけじゃ」
「なら知っている人は?」
「き、君の所の支部長ならあそこに……川田さんって人で、眼鏡とちょび髭が特徴で教頭って感じの顔をした───」
「恩に着ます。それでは」
彼が指さす方に飛翔し、川田という人物を探す。
スーツ姿の人達と話している、眼鏡とちょび髭の男性を発見。『魔装』姿なので、すぐにわかった。
首から下を戦国武将みたいな『魔装』で包んだ人物の傍に、急降下で降り立つ。
「おわぁ!?だ、誰だね君は!?」
「すみません、矢川って名字の夫妻を知りませんか?僕の両親です」
「え?矢川さん家の?そう言えば覚醒者の息子さんがいるって……」
「両親はどこですか?教えてください」
「そ、それなら東側で避難誘導をしているはずだけど……」
「ありがとうございます」
「ま、待ちたまえ!」
肩を捕まれ、強引に止められる。
「君は未成年だろう!?危ないから避難所にいなさい!」
「ですが!」
「ご両親だって君が来るのを望んでいない!ここは大人に任せて、安全な所で待つんだ!」
「放してください。手荒な事はしたくない!」
『落ち着け、京ちゃん君……!』
イヤリングから静止が入り、振り払おうとした腕を止める。
そうだ、落ち着け。どうにか穏便にこの腕をどかさなければ。
絶対に行かせないと、がっちり肩を掴んでいる腕。この人、ちょっと強い。手加減して振りほどけるか?本気でやれば確実だが、代わりに怪我をさせる可能性も……。
「川田さん。その子なら大丈夫です」
「はあ?」
そんな彼を止めたのは、傍にいたスーツ姿の男性だった。
タブレット端末を手に、こちらを眠そうな目で見ている。
「その子、『Bランク候補』の筆頭です。たぶんこの場で一番強いですよ」
「ですが、まだ子供で」
動揺したのか、手の力が緩んだ。好機!
「すみません、ありがとうございました!」
「あ、君ぃ!」
川田さんの腕を引きはがし、地面を蹴って飛び上がる。
「アイラさん!」
『君の位置からだと10時の方向!』
「はい!」
加速していき、避難してきた人達を飛び越える。
街のあちこちから煙があがり、巨人どもの雄叫びがビルの隙間を縫って轟く地獄絵図。
そんな中に両親がいるかと思うと、背筋に嫌な汗が流れる。
今まで散々見てきた、氾濫で亡くなった人達の遺体が脳裏をよぎった。それと似た様なモノが、既にこの東京の道端にも転がっている。
瓦礫に頭を潰されたスーツ姿の男性。胴が泣き別れた若い女性。手を取り合って血の海に沈んでいた老夫婦。赤く染まったベビーカー。
───待ってなど、いられるか……!
『ヘェイ!京ちゃん!パイセンから聞いたよ!』
「エリナさん!そっちは!」
『私とエリナさんは巨人と交戦しながら、別ルートで移動中です。中央合同庁舎から見て東ですね?そこに向かいます!』
「お願いします!2人も気を付けて!」
『当たり前だのクラッカーだぜぇい!』
『京太君も無茶はしないでくださいよ!』
「善処します!」
飛行しながら、視線をひたすらに巡らせる。僅かな魔力反応も逃さないと、神経を全力で尖らせた。
瞬間、500メートル先に動く人型の魔力を捉える。それも、複数。
「しぃ……!」
両足で風を踏みつけ、上体を起こしながら減速。体を捻って方向転換し、ビルの窓ガラスを抜いてショートカットする。
無人のオフィスを通り過ぎ、再び窓ガラスを砕いて外へ。
避難民の群れか?覚醒者達に連れられ、合同庁舎に向かっているらしい。
降下して最後尾を守る覚醒者に近づく。
「すみません、矢川って夫婦を知りませんか!?『ウォーカーズ』所属の!両親なんです!」
「え、ええ!?どこから、飛んで!?」
「教えてください!」
「あ、えっと、まだあっちの方で逃げ遅れた人達を探して……」
「ありがとうございます!」
彼が指を向けた方に視線を向ければ、魔力反応を感知。
人じゃない!巨人だ!
『■■■■■■───ッ!!』
「き、きたぁ!?」
「急いで!走って!」
慌てて速度をあげる避難する人達を背に、地面を蹴って加速。同時にフリューゲルから風を放出し、吶喊する。
ヨトゥンの数は4体。先頭の個体が息を大きく吸い込み、氷のブレスを吐き出した。
狙いは避難民か!しゃらくさい!
「いい加減に!」
『概念干渉』
剣でブレスを巻き込み、上に逸らす。そのまま接近した自分に2本の槍が繰り出されるが、斜め上に回避。バレルロールで流されそうな体を押さえ、ブレスを放った個体の首を切り裂く。
「失せろ、化け物!」
こちらを向いた槍持ちの目玉に左腕を打ち込み、間髪入れずに炎と風を流し込んだ。
短い絶叫が響く中、収束された熱線が後頭部に抜けていく。
死んだのを確認する間もなく眼窩を蹴って後退。高度を上げたのと横合いから氷の機関砲が放たれたのがほぼ同時だった。
『■■、■■■■■───ッ!!』
上へ逃れた自分に、残る3体が滅茶苦茶に氷を放つ。それらを横方向に加速して避け、放物線を描いてビルの影に。
この辺りに人は他にいないと、『精霊眼』で観測済み。周囲を気にする必要は、ない!
壁面が砕ける音を聞きながら、ビルの裏で高度を下げてから内部に入る。
狙いを定めずに撃っているのか、出ていく隙間がない。ならば……!
真横を氷弾が通過し、やけに物が少ない部屋が蹂躙される中。視線を上に。そして、勝手に魔力を吸い上げていたフリューゲルへと意識を向ける。
供給は止めない。というか、これに止める機能はない。だが、追加で流し込む事はできる。
───ギチギチギチギチ……!!
革紐を束ねて捩じった様な音が、マントから響いた。すみません、大山さん。かなり無茶をします。
「最大、出力……!」
ぶわりと、ビル全体を揺らす突風が起きる。
瞬間、自分の体は上方向に射出された。
「っ……!!」
急加速と、左腕を盾にしているとは言え受ける天井との接触による衝撃。
激痛とGに意識が飛びかけるも、十数枚の天井をぶち抜いて外に辿り着いた。
見下ろした地上では、ビルが壊れて発生した粉塵でこちらを見失った巨人が3体。それに向かい、突進する。
1体がこちらに気づいたが、もう遅い。眼前へと来たそいつの目玉に剣を突き立て、そのまま頭部を貫通する。
血を風で吹き飛ばしながら、勢いそのまま別の壁へと接近。壁面を砕きながら駆け抜け、繰り出された巨剣を置き去りにする。
槍持ちが1歩退いて得物の間合いを確保しようとするが、させない。飛び込んで脇腹を突き刺し、斜め上へと加速。逆袈裟に胴を引き裂き、傷口に残していった風と炎が爆散する。
残された1体が、咆哮をあげながら剣を振り上げた。
『■■■■■■───ッ!!』
「うるせぇえええええ!!」
繰り出された刃を左の籠手で受け止め、フリューゲルの加速も使い強引に払いのけた。骨が異音を発するが、どうせ治る。
右手1本で持った剣を胸の中央へとねじ込み、革鎧を貫通して皮膚の下に切っ先を届かせた。
そのまま、最大出力で魔力を放出。柄を捻って上を向き、左肩から刃が出る様に飛んだ。
地上で炎に包まれるヨトゥン。それを一瞥だけして、ボロボロになった剣を放棄。それを再構築するついでに、左の籠手を修復する。
『おい!よく見えんが、戦い方が雑になっていないか!?』
「……すみません。我ながら、かなり焦っています」
『落ち着けとは言わん。だが、自分の体を大切に使えよ。君だって途中で倒れたくはあるまい!』
「了解……!」
汗を拭う暇もない。高度を上げ合同庁舎の位置を確認してから、言われた方向へと飛翔する。
それから、数秒もしないうちに魔力反応をキャッチ。これは、今度こそ……!
「父さん、母さん!」
「へ?……京太ぁ!?」
路地裏から飛び出し、上から降ってきた自分に両親が素っ頓狂な声をあげる。
相変わらず『ザ・一般兵』って格好の父さんと、『田舎の猟師』感の強い母さんの姿にホッと胸を撫で下ろした。
パッと見て怪我はないと判断し、肩から力が抜けてアスファルトの地面に降り立つ。
2人の後ろには数十人ほどの非覚醒者と、3人の覚醒者がいた。その3人の男女は他の人達を守るように立っているので、『ウォーカーズ』の冒険者だろう。
「よかった、2人とも無事で……」
「いや、なんで京太がここに!?」
「時間的にまだ新幹線でしょ!?なんで東京の方に来たの!」
「だって心配だったから……」
「心配だったからじゃない!」
「お父さん、お説教は後!京太、あんたも避難するわよ!」
「そうですよ、矢川さん達。親子喧嘩は後にしてください」
初老の冒険者が、苦笑を浮かべながら近づいてくる。足軽っぽい『魔装』だ。
「す、すみませんリーダー」
「君が京太君か。ご両親から冒険者と聞いている。レベルやランクは知らないが、飛べる様だし空から索敵をお願いできるかな?」
「わかりました」
頷き、すぐに高度を上げる。両親が無事だった事は喜ばしいが、気を抜いてもいられない。
そして、イヤリングに触れエリナさん達に呼び掛ける。
「聞こえますか?両親を発見しました。これから避難所に向かいます。そこで合流したいのですが」
『オッケ丸だよ京ちゃん!よかったね!』
「はい。ご心配をおかけしました。でも」
『無事に東京を脱出できるまでは油断できない、ですね』
「ええ。よろしくお願いします」
『もちのろんだぜ!一緒に『インビジブルニンジャーズ』の異名を轟かせような!!』
「ごめん、やだ」
『にゃんでぇ!?』
通信を終え、周囲を見回す。あまり高度を上げ過ぎると狙い撃ちにされるが、そうしないと周りがよく見えない。背の高い建物が多すぎるのだ、東京は。
そうして、兜越しに上から索敵を行おうとして。
こちらへ飛来する、トラックを目視した。
「全員伏せて!!」
下にそう叫びながら、トラックへぶつかりに行く。体全体で受け止め、どうにか落下を防いだ。
だが、飛来するのはそれだけではない。何台もの乗用車が『投げつけ』られ、自分達に降ってくる。
「ちぃ!」
トラックを横方向に逸らして落とし、抜剣と同時に斬撃へ炎をのせて放出。6台ほどを空中で爆散させたが、3台が横を通り過ぎた。
直撃コースは落としたが……!
ビルに衝突した車両が、瓦礫を生み出す。それから両親と避難民が逃れるのを一瞥し、視線を攻撃が来た方に向けた。
「…………」
高度を下げ、地面に着地。ちょうど、瓦礫で遮られる位置に足をつけた。
「父さん、母さん!無事!?」
「こ、こっちは大丈夫だ!京太は!?」
「大丈夫。でも、今の迎撃で魔力切れみたい。空は少し、飛べそうにない」
「なんだって!」
「待ってなさい!今そっちに行くから!」
「いや!別ルートで避難所に向かおう!その方が早いし確実だ!」
「でも……!」
「大丈夫、無理はしないから!」
「……信じるからな!」
「嘘だったら怒るからね!」
「矢川君!絶対に避難所で合流しよう!」
両親と、リーダーと呼ばれていた人の声が遠ざかっていく。
瓦礫越しにそれを聞きながら、反対方向へ踵を返した。
『やあ、大根役者。誰の魔力が切れたのかね』
「さあ。ですが、必要な嘘でした」
剣を握り直し、深呼吸を1回。
そうして視線を向けた先には、こちらへ向かってくる巨影があった。
黄金に輝く兜が、暗雲漂う夜の中でもよく見える。それは、街の至る所で広がる火の手のせいではない。それが内包する魔力が、暗闇の中でも不気味に輝いているのだ。
全長は、10メートルを超えるだろう。それほどの巨体を引きずり、道路の表面を破壊しながら進む怪物。
全身を覆う、メタルシルバーの鱗。強大な蛇の体から生える、体躯に比較すると矮小な、しかし人間から見れば丸太の様に太い後ろ足。
それに反して、体躯相応かそれ以上に長く太い筋骨隆々とした両腕。その右手には、妖しく緑色に光る西洋剣が握られていた。
竜の特徴を持った、怪物。されど、その顔は竜に非ず。
『■゛■゛■゛■゛■゛■゛……!!』
唸るような低い声を発する、鋼色の唇。そして、鋼色の顔。
眼球さえも同じ色で染め上げた、人面の竜。それに対し、左手で取り出した手鏡を向ける。
「アイラさん。一応、鑑定を」
『……お察しの通り、くそったれなボスモンスターだ』
イヤリングから、焦りの浮かんだ声がする。
『足止めの為に残ったのか?』
「それしかないと、思ったので」
背を向けて、逃がしてくれる相手とも思えない。殿が必要だ。そして、それが出来る人間はあの場に自分しかいなかった。
『無理はしないと言っていなかったかね』
「無茶はするという事です」
『詭弁だな』
「すみません」
『謝るなよ、嘘つき』
人面の竜が、輝く兜の下で雄たけびを上げる。
『ファフニール。それが、奴らの名だ』
北欧神話に伝わる、邪竜。英雄ジークフリートだったか、シグルドだったかに討たれた怪物。
伝説は1体だった、ドラゴン。
『まったく。とんだバーゲンセールもあったものじゃないか』
それが今、眼前で4車線道路を埋め尽くしていた。
ボスモンスターが、同じダンジョンで同時に補足された事がある。そういった事例は少ないが、決して奴らは1体ずつ現れるというお行儀の良さはない。
だが、まさかダースで現れるとは。ここまでくると笑えてくる。
『これだけは言っておく。死ぬなよ』
「無論です」
剣をゆっくりと構えた直後、複数の雄叫びが轟いた。
それだけで周囲のビルがひび割れ、壁面をボロボロと落とし始める。加速する竜の群れに、自分もまた飛翔した。
「絶対に、生きて帰ります……!!」
読んでいただきありがとうございます。
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