第十五話 自称忍者の好プレー珍プレー
第十五話 自称忍者の好プレー珍プレー
……気まずい。
ケットル・ハット?だったか。鉄製の帽子みたいなのを被った、目の前の男性と相対したまま次の言葉に迷う。
よく見たら耳が猫っぽいあたり、先頭を走っていた女性同様『猫獣人』だろうか?いや、今はそんな事どうでもいい。取りあえず……。
「えっと、お怪我は……」
「あ、はい」
相手もフリーズしていた様だったが、再起動できたらしい。
ボケッとした表情から一転、キリっとした顔になる。
「仲間の1人が足を挫いているのと、他にも打撲がありますが……命に別状はないと思います」
「そうですか。良かった」
ほっと胸をなでおろす。
正直、これで『すぐに治療しないと命が危ない』とか言われたらどうしようかと。
実は、固有スキルで他人も治せたりするのだが……出来るだけ隠したい。
だからと言って見捨てて死なれたらトラウマになる確信があるので、心の底からホッとした。
「先ほどは危ないところを助けていただき、ありがとうございました。なんとお礼を言ったらいいか」
「いえ……その、助けようって言ったのは仲間で、僕は……」
深々と頭を下げてくる猫獣人の男性に、後退りながら手を横に振る。
そう感謝されると、見捨てるか迷った事への罪悪感で胸が痛い。
「お仲間、というと。先ほどから声だけ聞こえる……」
「そう、忍者さんです!!!」
「!?」
大声でドヤ顔を浮かべるエリナさんに、男性とそのお仲間が驚いた顔で周囲を見渡す。
あ、まだ『透明化』使っているんだ。
「私は社会の裏に忍ぶ者。姿を晒せぬご無礼は許されよ!!」
何言ってんだこいつ。
内容は勿論、言葉遣いまで変である。あ、いつも通りか。
見るからにテンションが天元突破している。『むふー』と笑みを浮かべ、胸の下で腕を組みちょっと格好良さげな立ち姿をしていた。透明化中なのに。
取りあえず、強調される胸元からそっと視線を逸らす。これはそう、周囲の警戒の為に。
常在戦場。油断大敵。勝って兜の緒を締めよ。先人たちが残した偉大な言葉を、無駄にしてはいけない。
決して『金髪巨乳美少女同級生』というエロゲの登場人物みたいな存在に、心が乱されそうなわけではないのだ。
「に、忍者……?」
困惑した様子の猫獣人さん。いやそりゃそうだよ。誰だって混乱するよ突然忍者名乗る奴とか。
そんな彼に、透明化中の自称忍者は決め顔を浮かべた。
「そう。我々は秘密結社、『インビジブルニンジャーズ』の構成員なのです……!」
だっっっっっっせ。
流石にそのネーミングはない。秘密結社とか何ぬかしてんだとツッコミたいが、それ以前に『インビジブルニンジャーズ』はない。
でもツッコまない。会話に加わりたくないから……!
真面目に周囲の警戒をしながら、猫獣人さん達のパーティーを観察する。自己報告では大した怪我は無いそうだけど、念のため……。
『京ちゃん君。鑑定してみたが、彼らに大きな負傷はない。多少の打撲と、足首の捻挫ぐらいだ。ダンジョン内では致命的かもしれないが』
「そうですね……」
イヤリングからの声に、小声で同意する。彼女も同じ懸念をしていたらしい。
なお、アイラさんも小声であった。
『ここはエリナ君に任せよう。彼女も馬鹿ではない。上手くやるさ』
「はぁ……」
『何より、私は自分より年上っぽくその上人数もこちらより多い相手に話しかけたくない……!』
ちょっとこの人の将来が心配になってきた。
「えっと……その、インビジブルニンジャーズさん。改めて、助けて頂きありがとうございました。信じて貰えるかわかりませんが、私達にトレインの意図などは無く……」
「心配ご無用。私達は影に生き、影を歩む者……ぶっちゃけその辺は面倒だから気にしなくてOKです!!!」
「は、はぁ……」
本当にすみません。うちの自称忍者が。
困惑する猫獣人の男性に内心で謝るも、エリナさんの代わりに彼と喋るつもりもない。
だって知らない人って怖いし……。
「この場のドロップ品はこちらの総取り。代わりに帰り道の護衛を引き受けるでござるよ!悪くない提案でござろう!?あ、それとお互いの詮索はNGでお願いしますね?だって忍者だから!!」
「それは、はい。わかりました」
「やったー!あ、準備に10分だけ下さいな」
「わかりました」
とんとん拍子に話がついた様で、エリナさんに手を引かれ先ほどまでデータ集めをしていた場所に移動する。籠手越しでもドキッとするから、突然手を握らないでほしい。
相手は反対側の壁近くに移動した様で、広めの食堂だけあって普通に話す分には会話が聞こえない距離となった。
「コボルトロードの角、10分間好き放題ですぜパイセン!!」
『でかした!!!』
普通に話す分にはだよこのバカども。
テキパキと機材を出すエリナさんと、早口で何をするかを告げているアイラさん。
……結果だけ見ると、エリナさんは本当に上手くやってくれた。
ボスモンスターに遭遇し、負傷したパーティーを発見。状況が状況なので戦闘に参加し……なんか、勝っちゃったという判断に困る状況。
通報するべきボスモンスターはもう死んでいるし、空間魔法で帰ろうにもこの人数では難しい。
かと言って彼らを置いて行くのも寝覚めが悪い。念のため帰り道に同行するのが、人情というもの。だがそうすると、ドロップ品のデータを取る時間がなくなる。
だからこその、10分間。
これなら、相手や後で事情を聞いて来るだろう自衛隊へ『ただの移動に際する準備時間』と言っても違和感はもたれない。ストアやダンジョン庁から睨まれる事もないはずだ。ドロップ品はボロボロになるから、何をしているかは気づかれるだろうけど……追及はされない。
この間に普段手に入らないボスモンスターのドロップ品のデータを取れるのなら、スポンサーの顔もたてられるしアイラさんの機嫌も良くなる。自分達に追加報酬も出るかもしれない。
素性を明かさないのも、今後のトラブル回避として無難である。一応、自分達が覚醒者の中で強い方な自覚はあるのだ。変な勧誘とかは避けたい。
講習で聞いたが、確かトレイン行為は状況次第で訴える事も出来るけど……今回はどう見ても事故だ。被害があったのならともかく、自分達は怪我1つしていない。余計な面倒ごとはお断りである。
相手方、スポンサー、そして自分達。全員が損をしていない。むしろ得がある。
多少勢いで押し流した感はあれど、三方丸くおさまった。そんな風にこの短時間で纏めたのだから、エリナさんには脱帽である。
……もしやこの人。言動さえ何とかすれば才色兼備の体現者では?
「あ、そうだ京ちゃん」
「はい?」
手だけは作業を続けながら、エリナさんが瞳をこちらに向ける。
「ないと思うけど、ボスモンスターとか他にも見かけていないかあの人達に聞いてきてくれる?『びゃっちゃん』はこっちの護衛に残してもらってさ」
「わかった。それぐらいなら……」
流石に、ここまで丸投げして申し訳なさもあるのだ。事務的な会話ぐらいなら、そう緊張せずに出来る。
出来る……はず!
「それとね」
彼女が、瞳だけでなく顔をこちらに向けた。
「一緒に戦ってくれてありがと!ナイスファイトだったよ!」
「……どうも」
邪気のない笑顔に、己の頬が赤くなるのを感じつつ足を4人組の方へと向ける。
そういう不意打ちは勘弁してほしい。この類は、『精霊眼』でも予知できないのだから。
大股になりそうなのを自制し、小さく深呼吸してから彼らのもとに。あちらも、自分の接近に気づいた様だ。
「すみません。少しお尋ねしたい事が」
「はい、なんでしょう」
猫獣人の男性が立ち上がろうとしていたので、両手で制しつつ片膝をつく。
「先ほどコボルトロードに追われていましたが、他にもいたりはしませんでしたか?ボスモンスターが複数湧く事例もありますので、念のため」
「なるほど。いえ、他には見かけませんでした。逃げるのに必死だったので、断言は出来ませんけど……」
そう言って彼がお仲間さん達の方に視線を向けると、3人も首を横に振った。
どうやらボスモンスターのおかわりは無いらしい。その事に胸をなでおろす。
「なら、良かったです。失礼しました」
「いえ。その……」
男性は少しだけ迷った後、恐る恐るという様子でこちらを見つめてくる。
「詮索はするなと言われましたが、貴方が冒険者になってどれぐらいかだけでも聞いて良いですか?」
……うーん。まあ、これぐらいなら答えても別に良いのかな?妙に真剣な顔をしているし。
「今年の4月中旬からなので、半月ほどです」
「…………そう、ですか」
数秒の間を開けた後、男性は苦笑まじりにそう言った。
* * *
あの後、特にこれと言ったアクシデントもなく出口に彼らを送り届ける事が出来た。
ボスモンスターの目撃情報があれば、自衛隊による駆除が終わるまでダンジョンは封鎖される決まりなのだが、今回は既に倒してしまっている。
こういう場合どうしたらいいのか、出口を守っている彼らも困惑している様だ。
結果、取りあえず全員引き上げという事に。なお、コボルトロードの角は見るも無残な有り様になっていた。粉々な上に焦げているし、何したのほんと。
アイラさん曰く、
『ストアに無傷で持って行っても、一銭も貰えないだろう?その上持ち出しは厳禁。だったら好きにしてもいいよね!!』
とのこと。
そう言えば、講習でボスモンスターのドロップ品は万が一買い取りコーナーに持ち込まれても、金額はつけてもらえないと聞いたっけ。
もしも買い取りをしてしまったら、自分から危険を冒す冒険者が出るかもしれないという危惧からだそうな。だったら普通のコインと同じ分出してくれと思うも、どうせ届かぬ願いだろう。
こちらとしては、研究室から特別手当が出るらしいので満足だが。なんと、報酬は前回の倍である。
驚いたしヒヤッとした部分もあったけど、結果的には実りあるダンジョン探索だった。
……何より、直後は若干パニックになっていて気づかなかったけど、ボスモンスターを倒した時にレベルが上がり『LV:3』になったぽいし。
決意新たに再出発した1歩目としては、幸先の良いスタートだった。
……帰ったら両親に滅茶苦茶心配されて、冒険者を辞めさせられかけて大変だったけど。
『未成年を雇っている以上、今日みたいな事例は報告するのが義務だよね?』
と、アイラさんが夜ストゼ▢を開けながら念話で言ってきたので、彼女からボスモンスターとの戦闘について話がいったのだろう。
正論過ぎて全く反論できなかったので、せめてゲームで発散をしようとした。言っている事はもっともだけど、せめて親に言った事は帰る前に教えてくれと。心の準備とか言い訳の用意とかあるので。
まあボコボコにされたのだが。やっぱ格ゲーだけ異様に強くない、この人?
その後、ハチャメチャに調子こいて煽ってきたので、『松尾レース』にて途中参戦したエリナさんと組んで牛糞ぶつけまくった。やってやったぜ。
読んでいただきありがとうございます。
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次回、助けられた冒険者の話が出る……かも?