第百十六話 百鬼夜行の少し前
第百十六話 百鬼夜行の少し前
日が巡り、8月も中旬に入った頃。
セミの声は四方八方から鳴り響き、昼間は降り注ぐ日光で道路が歪んで見える。世の中は夏休み中であるが、自分たちは高校が再開したばかり。溜まっていた課題やら授業やらで、忙しい日々を送っている。
それでも完全に勉強漬けとまではいかないのは、やはり1年生だからだ。3年生は、たぶん地獄だと思う。もしかしたら2年生も。
そんなこんなで、『マンティコア』のダンジョンに行ってから1週間ちょっと。その間に自分達がしていた事と言えば、
『いやー!今日も忍者だったね!』
「忍者とは」
ひたすらにダンジョン探索である。
それで良いのか高校生と思わないでもないが、見方を変えれば『バイトに打ち込んでいる』と言えなくもない。ゆえに、それほど不健全ではないはずだ。これも青春と言えるはず。
……いや。命がけなので健全か不健全かで言えば、後者な気がするけども。
それでも自室でこうしてゲームなんかしているのだから、日常の一部に思えてくる。
人間、意外と慣れるものだ。非日常も続けば、日常に変わる。
「というか、今日も『ウトゥック』のダンジョンでしたけど。あの遺跡ってやっぱり重要なんですか?」
『無論だとも!宗教と文化がどれだけ密接に関係しているかは、以前にも話しただろう?その地の宗教を知れば環境や政治形態に関しても考察が』
『パイセン、隙っす!』
『し、しまったぁ!?』
エリナさんの牛車から放たれたダイナマイトがアイラさんの牛車に直撃し、画面内で派手に爆発した。
今やっている『松尾レース』の最新作、『松尾レース9EX』は相変わらず平安京都が舞台だが、そもそも牛車で賭けレースしている段階で時代考証も何もない。
だから、ダイナマイトが街中で使われていたとしても。それに足が生えて自走していたとしても。全ては賭けの胴元である安倍晴明が陰陽術でなんかした結果なのでセーフである。考えるな、感じろ。
え?やっぱこれマリ●カートだしアウトだろって?すいません、配管工の知り合いはいないので……。
「それは以前にも聞きましたが、今ってどれぐらい解読というか……ダンジョンに住んでいた人達の文化がわかったんですか?」
『人を追い抜きながら、ダートに押し込んでおいて聞く事かね?まあ、あれだ。かなり重要な事が分かり始めた段階だが、あまり外部に言える事はない』
イヤリング越しに、珍しくアイラさんが真剣な声音で続ける。
『解読結果から、とんでもない大発見を我々はしてしまったのだよ。その功績と学会への影響は計り知れない。私としては名誉なんぞどうでも良いが、世の中にはその為なら命を懸ける者もいると知っている。ババ様が色んな教授を巻き込んで論文を書いている所だから、たとえ君達であっても喋る事はできんよ』
「なるほど」
彼女の言葉に納得し、頷きながら今しがた拾ったアイテムを使用する。
『ねえ人が喋っている間に爆弾投げるのやめなぁい!?』
『ダメだよ京ちゃん!』
『そうだ、言ってやれエリナ君!』
『投げるなら牛糞でしょ!京ちゃんの持ち技なのに!』
『そうだったね!最初に私を後ろからどついたの君だったね!』
「いやその前に人を牛糞投げ機扱いしないでもろて。このゲーム、基本が牛糞だから」
『うん。冷静に考えると、いくら牛車レースとは言え牛糞出過ぎだよねこのシリーズ。開発スタッフは牛糞に思い出でもあるのか……?』
『1作目からあるらしいからね!このアイテム!』
牛糞に始まり、牛糞に終わる。それが松尾レース……。
それがプレイ歴4カ月の自分がたどり着いた、境地である。うん、世迷言だな!
「話せない理由はわかりましたので、正式に公開されるまでは聞きません」
『そうしてくれたまえ。正直、私は君達になら喋ってもいいかもとは思っているがな。専属の現地調査班だし、身内みたいなものでもある。だが、これもケジメだ』
「ですね。僕もその方が良いと思います」
秘密が秘密でなくなるのは、何人の人間が知った時だったか。
何にせよ、クライアントの不利益になる事をする気はない。自分が『Bランクダンジョン』の品を高値で取引できているのは、教授のおかげである。
これといったコネを持たない自分が市場へ出すには、このランクのドロップ品は価値があり過ぎるのだ。
大抵の所には取り扱いできないと断られるし、そうでない所はしがらみが多い。とてもじゃないが、学業と両立させて売り手を探すのは無理である。買いたたかれるのも嫌だし、かと言って他の所に縛られるのもごめんだ。
それこそ、ウトゥルスが落とす粘土なんかは今後戦争にも利用されそうな品である。呪いをかけられるかもしれない要人の部屋や、占術で場所や中身を見抜かれたくない秘密の基地など。そういった所に、あの粘土が不可欠になる時代がくる。
あるいは、自分が知らないだけで既にきているかもしれない。モンスターがこれだけ問題となっている現代だが、人間の敵として一番数がいるのはやはり人間だ。
それだけ重要な品である。そんな物が手に入るダンジョンを民間に開放するなど理解不能だが、政治的なアレコレがあったのだろう。
『話を変えよう。君達、文化祭の準備は進んでいるのかね?たしか9月にやるらしいが」
『もちのろんだよパイセン!全員で一丸となって、成功を目指しているんだから!私達の一夜城をお見せしよう!』
「まあ、一丸となってと言っても4人だけど」
『忍者と言えば分身の術。1×4じゃない、そこに追加で×100だよ!』
「おうじゃあ分身してみろや」
『ふっふっふ……言ったね京ちゃん!さあ、見せてあげちゃってパイセン!』
『よし任せろ。ミーアに銀髪のウイッグ渡してくる』
『え。先輩ってパイセンより胸も背も大きいじゃん。京ちゃんなら一目でわかるよ?』
『姉より胸とタッパのある妹がいてたまるかぁ!!』
アイラさん、魂のシャウト。
貴女も平均より明らかに大きいのだから、気にしなくて良いと思うのだが。口に出すとセクハラになるから、言わんけど。
『くっ、なんたる屈辱だ……!許さん、許さんぞ……!』
「まあまあ、落ち着いて」
『許さんぞ、京ちゃん君!!』
「そんな気はしてた」
『手始めにこの電電太鼓で全員に裁きの雷をくれてやる!さあ、しかと見よ!これこそが天の』
『あっ』
『えっ』
自分の斜め後ろを走っていた、アイラさんのキャラクター。その手から電電太鼓が『ボフン』と消える。
代わりに、先頭集団から少し遅れた位置を走っていたエリナさんのキャラクターの手元におさまる、見覚えのある太鼓。
そう言えばあったなぁ。他プレイヤーのアイテムを奪いつつ、自分は無敵になるアイテム。
テ●サだろって?いいえ、安倍晴明の式神です。式神ったら式神です。
『……忍法、御取り寄せの術!』
『私の裁きの力があああああああ!?』
「どんまい」
この後アイラさんは最下位になった。彼女が拗ねてしまったのは、言うまでもない。いや疑問を抱くべきなんだろうけど。この人21歳だぞ。
とにかく、残念女子大生の機嫌をなおす為にアイラさんの得意な格ゲーをする事、およそ30分。
『フハハハハハ!怯えろ!竦めぇ!これが真の強者というものだぁ!』
「うっっっぜ」
彼女1人となったバトルフィールドで、滅茶苦茶屈伸煽りしてきやがる。
復活したのは良いが、これはこれで面倒くさい。だから友達が少ないのだぞ、貴女。
『帰ってママのオッパイでもしゃぶるんだなぁ!』
『姉さんがオッパイをしゃぶる!?』
『あ、ごめんミーア。今そういう話じゃないんだ』
『そうですか。失礼しました』
「ねえ、今なんかやばいのいませんでした?」
おかしい。出会ったばかりの頃は知的でクールな、少し影のあるお姉さんだったのに……。
それがこんな『有栖川家らしい』人物になるなんて。あの一族、もはやまともなのは教授とエリックさんだけなのでは?
「あの……」
『聞かないでくれたまえ。ババ様との話し合いで、あの子もブレーキを踏む事を覚えたんだ。蒸し返さないでくれないか』
「あ、はい」
『それはそうと、京ちゃん君!君達は知っているかね。かつて覚醒者だけのマラソン大会があったが、今度はその障害物競争版が行われるらしいぞ!』
露骨なまでの話題変更に、冷や汗を流しながらも頷く。
ミーアさん、恐ろしい子……!
「知っている、というか。ダンジョン庁からメールが来ました」
『おや、参加しないかと誘われたのかね?』
「いえ。逆に『Bランク候補者』の参加は自粛してほしいとお願いされました」
『まあ、だろうね』
ネットの噂的に、今回の障害物競走も覚醒者のガス抜きと非覚醒者への注意喚起が目的だろう。
そんな中で『Bランク候補』の者達が好き勝手暴れたら、場が白けてしまう可能性が高い。
こう言うと傲慢に思えるが、下手をすると子供の遊び場を大人が占領する様な、そんな酷い有様となる。
あと、もう1つの理由。
「テレビの前に出せる候補者とか、ほとんどいないので……。じゃあ、一律で参加は自粛してという扱いになるのは止む無しかと……」
『だろうね!』
思い出す、『星条旗ブーメランオヤジと褌侍爺』、『交互SMプレイ主従』、『ケツ毛もさもさビキニアーマーオヤジ』『アフロリーゼントモヒカン連合』。
それ以外にもズラリと揃った奇人変人集団。あれが一斉に街中を走るとか、それは百鬼夜行以外のなにものでもない。
お茶の間が凍り付くどころか、視聴者全員メンタルに深い傷を負うぞ。
『そんな京ちゃん君を含めて変態集団の『Bランク候補者』達だが』
「やめて。僕を含めないで」
『私達が筆頭になる!そういう意味だね、京ちゃん!!』
「違うよ?」
『失礼。京ちゃん君達を筆頭とした変態どもだが』
「違いますからね?」
『また東京に全員集まるらしいが、本当かね?』
「はい。残念ながら」
そもそも『Bランク冒険者』に関する制度は、まだ試験段階だ。その途中経過の確認と、今後も続けるかどうかの確認は必要である。
故に、またあの魑魅魍魎の群れが東京都に集まる必要がった。
……メールで良くない?僕、まず東京って段階で行くの嫌なんだけど?
人が多いし、駅は迷路だし。変態集団の見本市に足を踏み入れる事への恐怖とは別に、億劫な気持ちも足を重くする。
そもそも遠い。新幹線やホテルの予約とか、マジで大変なのだ。
「まあ、流石に今回はある程度前に日程を教えてもらえたので、準備する時間はありますけど……。それでも面倒くさいというか」
『京ちゃん君はアレだな。基本的に外出が嫌いだね。私も同じだが』
「まったく出ないわけじゃないんですけどね。ゲームとか欲しい物がある時や、気になっていたアニメの映画とかは見に行きますし」
『遅れているねぇ。その辺りも最近では、ネット環境さえあればどうとでもなるというのに』
「映画は映画館派なので」
『だよね!今度一緒に映画を見に行こう!皆で!』
「一応聞くけど、何の映画?」
『維新忍者VSエイリアン!~7体のサメ~2だよ!』
「逆に1があるのか」
『行ってらっしゃい。私はその日ごろ寝する予定が今はいった』
「僕もその日は腹痛になるので」
『なんでぇ!?』
そんなバカ話をして、ゲームの電源を切りイヤリングを外す。
引き出しにしまった後、スマホのカレンダーを見た。
次の『Bランク冒険者報告会』は、再来週。ホテルや新幹線の予約は、今回もエリナさん達に合わせる形で良いだろう。
父さんにも確認してもらったし、大丈夫……な、はず。
そう言えば、件の障害物競走も同じ日に行われるのだったか。両親はボランティアとして運営側に参加するらしい。
『ウォーカーズ』はボランティア活動に熱心なので、こういうイベントには積極的に参加する様ギルドメンバーに呼び掛けている。支部の新人である2人も、強制ではないが付き合いで行くのだとか。
しかし、最近色々と物騒な話が多い。政治や経済への不安からか、犯罪は年々増えている。それに海外では反覚醒者運動がどんどんヒートアップしているらしいし、変な飛び火がない事を祈るばかりだ。
何事もなく、無事に終わると良いけど……。
そう思いながらスマホをベッドの枕元に置くが、一番心配すべきは自分の事に思えた。
主にメンタル面。
「また、あそこに行くのかぁ……」
魑魅魍魎、百鬼夜行の巣。『Bランク候補』が集まるあの部屋を思い出し、顔を覆った。
本当に、その日は何事もなく終わると良いなぁ……!
読んでいただきありがとうございます。
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