第百十三話 心配事
第百十三話 心配事
両親の覚醒から数日が過ぎ、気温とセミの鳴き声が煩わしさを増す8月上旬。
父さんはすぐに会社を辞めて冒険者に専念……とは流石にせず、仕事の傍ら冒険者講習をオンライン受講していた。
冒険者1本で食っていくなどと、そう簡単に覚悟できるものではない。自分も同じ理由で学校に通っているから、よくわかる。
母さんも父さんと同じくオンラインで受講し、次の土日辺りに2人で実技を受ける予定だとか。
しかし、やはり不安だ。
両親の覚醒者としてのスペックは、平々凡々。アイラさんから『SSR』とソシャゲみたいな高評価を受けた自分とは、随分と違う。
それでダンジョンに行って、上手くいくのだろうか?
……大丈夫では、あるのだろう。なにせ大半の冒険者と同じなのだから。
それでも万が一という事もあるのではと悩む度、『自分が親に対して過保護になるのは、10年早い』と自省する。
本当は両親専用のゴーレムを作るとか、可能な限り魔道具を集めて渡すとか考えたのだが、そういうのは断られる気がしてならない。昔アイラさんも言っていたが、親にだってプライドがある。
となれば、自分に出来る事など1つ。
そっと、リビングの机に『ウォーカーズ』のパンフを置く事だ。
自分とは奇妙な縁がある山下さんが運営する、世界でも最大級の覚醒者団体。最近は地域貢献や覚醒者と非覚醒者の架け橋的な運動が増えているものの、本質は冒険者クラン……否、ギルドだ。
あそこなら初心者育成のノウハウもあるし、『錬金同好会』から提供される装備やゴーレムもある。
覚醒したてかつ、仕事や家事と両立したい初心者への対応もあそこなら出来るかもしれない。
というか、他に出来そうなクランが思いつかなかった。そもそも自分はそういった情報に疎いし、ネットで調べても上昇志向が高すぎたり、若者だけのグループが目立つ。
何より、『トゥロホース』の残党が潜むクランかどうかもわからない。ならば、公的に『トゥロホース』と敵対関係にある『ウォーカーズ』が安パイだろう。なんせ、あそこから逃げて来た人達を保護したのが、山下さん達だし。
しかも彼は覚醒者至上主義に対し、メディアの前で否定的な立場を一貫して取っている。そういう点でも、信用できる人だ。
問題は、山下さんに『うちの両親がそちらでお世話になります」と連絡するかどうかだけど……。
結論としては、しない事に決めた。
彼にとって自分は命の恩人で、それがこんな風に伝えたら『配慮しろよ』と言っている様なもの。それは両親も望まないだろう。
ついでに、山下さんを助けたのは自分だけの功績ではない。それなのに恩着せがましい態度をしてしまうのは、道理に反する。
というわけで、普通に入団テストを受けてもらって、普通に所属してもらう形になるはずだ。
もっとも、まず冒険者試験に受からないと話にならないけど。……いや、『ウォーカーズ』って試験対策も手伝ってくれるんだっけ?
調べれば調べる程、手広い組織だ。将来、『社会を裏で牛耳る秘密結社』みたいに創作で使われそうなギルドである。
もしくは、実際に暗躍していたりして……。なんて、それはあまりにも中二病な考えだ。エリナさんや毒島さんじゃあるまいし。
全ては両親次第。冒険者試験を受かるかどうかも、『ウォーカーズ』に所属するかも。自分がアレコレ口を出すのは、よろしくない。
でも、何かあった時や頼られた時は首を突っ込もう。
『いや、十分過保護だぞ?発想が』
「えぇ……」
という話を、ストアにてエリナさん達の着替えを待ちながら、アイラさんに話したらこう言われた。
口を少し尖らせながら、イヤリングに触れる。
「そうですか?こんなご時世ですし、家族を心配するのは普通だと思いますけど」
なんせうちの両親は2回も死にかけている。オークの氾濫に巻き込まれた時は、血の気が引いたものだ。
更には体育祭でもデーモンの砲撃に晒されたし、もうこういった事はないと思う反面また何かあったらと思うと気が気でない。
『それはそうだが……君、子供が出来たら親バカになりそうだな。過保護すぎて教育に支障が出そうだ』
「そこまで言いますか」
『だってそうだろう。君って子供が成長して冒険者になるって言ったら、専用ゴーレムと魔道具を渡した上で暫くは自分が一緒にダンジョンへ行くんじゃないか?』
「それは……ケースバイケースで」
『この流れで否定しきれない段階で、君は親バカ確定だ。ウザがられるか、子供をダメにするかの二択だね』
「ぐぅ……!」
自分でもちょっと『そうかも』って思ってしまったので、反論しづらい。
「ですが、そういうアイラさんも子供に過干渉しそうですよね」
『は~?私は適度な距離感で、パーフェクトな対応をし続ける良いお母さんになるが~?』
「いーえ。絶対アレコレ言うでしょう。ウザ絡みするか、アレコレ厳しくし過ぎる気がします」
『にゃにおう』
教育ママなアイラさんって想像しづらいはずなのに、不思議とそんなイメージがわく。
そうなると本人も今よりちゃんとしそうだが、この人って身内への愛が重そうだから、子供の為なら頑張りそうだ。
あるいは、逆に友達感覚で子供と過ごしそうでもある。他に頼れる人がいたら、飴役とおりこしてもう1人の子供化しそうだ。
『……やめよう。恋人がいない歴=年齢の者同士で将来の子育てマウント合戦とか、不毛すぎる』
「……ですね」
そもそも、お互い結婚出来るのかって話だし。
……まあ?もしかしたらだけど?十中八九自分の思い込みなのだが?
わ、ワンチャンあるのではと思っている。今付き合いのある、仲間達の誰かと結ばれる可能性とか。
いや、自分みたいな力と金しかない男が、彼女らに惚れられるとは思えないけど。それでもこう、距離感とかが近いし?
将来お互い1人身とかだったら、『じゃあ私達で結婚しちゃうー?』的なノリで……!
そういう可能性が、あると思う!
父さん、母さん。もしもそうなったら、全力で頼るから……!色々とアドバイス、お願いします……!
「お待たせー!2人ともなんの話してたのー?」
『悲報、京ちゃん君が親御さんに過保護』
「過保護じゃねぇし」
更衣室から出てきたエリナさんとミーアさんに振り返り、口を『へ』の字にする。
「なるほど。京ちゃんはお父さんお母さんが心配で色々したいけど、それをすると親子仲がこじれるかもだからどこか信用できる所に預けたい!でも何かあったら全力で首を突っ込むぞって考えているんだね!」
「エスパーなの?」
「ちゅっちゅっちゅ。アイアム忍者!!」
指を横に振りながら、どや顔で告げるエリナさん。舌を鳴らすのが下手過ぎて、一瞬投げキスされたのかと思った。
あと忍者ではない。
「今忍者ではないって思った!?」
「やはりエスパー……?」
「あはは。今のは京太君が分かり易かったですから」
ミーアさんが苦笑を浮かべる。
そんなに自分は顔に出ているだろうか。むしろ『不愛想』とか『なに怒ってんの?』と、小学校や中学校の頃言われて大変だったのに……。
あまり思い出すのはよそう。良い思い出が少ないし。
意識を切り替え、ゲート室へと足を向ける。
「じゃあ、行きましょうか」
「おー!『インビジブルニンジャーズ』、出陣!」
「はいはい」
その名乗り、勘弁してほしいのだが。
平日だから……という理由以上に、ストア内に人はいない。それもそのはず、ここもまた『Bランクダンジョン』だ。
ここ最近はウトゥックや鵺のダンジョンを往復していたが、今回はまた別のダンジョンに来ている。
言うほど相性が良いわけでも、稼ぎが良いダンジョンでもない。だが、他のダンジョンと比べて家から近い位置にある。
ここの間引きが滞るのは、非常に困る立地だ。自衛隊に余裕がない事は状況的に明らかなので、一助となるべくここへ来た次第である。
有栖川邸とて、そこまで安全とは言えない距離だ。満場一致で、ここの間引きが決定した。
問題なのは、実力のみ。しかしその部分も、日々のレベル上げで克服できたと考えている。
自分は現在『LV:49』。エリナさんとミーアさんも、『40以上』になった。2種の『Bランクダンジョン』に何度も通った事で、だいぶ強くなっている。
今なら1対1は厳しいが、3人がかりで挑めば『ミノタウロス』も『レイ・クエレブレ』もある程度安定して倒せるはずだ。
……状況次第で、危ういかもだけど。
何はともあれ、受付を済ませ白い扉の前に。『魔装』を展開し、ゴーレムを起動させる。
準備を整え最終チェックをした後、仲間達で頷き合った。
「それでは、今からダンジョンに入ります。ナビをお願いしますね」
『うむ。地図の用意は完璧だ。余裕があったら文明の遺産を撮影してほしいが、安全第一で頼むよ、諸君』
「はい」
『君の家族に対するものと同じぐらい、己や仲間にも過保護であってくれたまえ!』
「うるさいですね……」
『あと可愛いアイラちゃんはどれだけ甘やかしても良いものとする!』
「だそうです、ミーアさん」
「しょ、しょうがないですね、姉さんは……!帰りに涎掛けとオムツ、あとおしゃぶりも買って行きます……!」
『違う。私が想定している甘やかしと違う』
「哺乳瓶は……いらないですね」
『いらなくて当然だが、理由に齟齬がありそうで怖いよ京ちゃん君……!助けて京ちゃん君……!』
「がんばえー」
『やる気のない応援ありがとう!くそがっ!』
「パイセン!」
『エリナ君!そうだ、私には君がいた!ナイスな助け舟を頼むぞ!』
「いい感じのボケが浮かばなかった!ごめん!」
『乗らなくていいんだよこの波には!』
イヤリング越しに何かを叩きつける音がする。その後に『小指がぁ……!』とうめき声が聞こえた。
あんた、覚醒者になってもそうなのか……。
「この音、たぶん自分で自分の膝を叩いたら小指の先っちょが机をかすめたんだね……」
「おお、流石エリナさん」
「エッヘンである!」
『実況ありがとう……!心配の言葉の方が欲しかったがね……!』
「安心してください姉さん。私は心配していますし、帰ったら傷口も舐めます!」
『うん。気持ちだけ受け取っておくね。切り傷とかないから』
「それは良かった……安心しました」
『この善性に偽りがないのが、余計に怖いと思う私は臆病なのか?』
「いい加減ふざけるのはやめて、意識を切り替えましょう」
「オッス!」
「は、はい!」
『釈然としないが、よかろう。後で覚えておけよ京ちゃん君……!』
深呼吸を1回。自分の血が冷えていく様な、そんな感覚。
それに比例する様に思考もクリアになっていく。これも、ルーティーンと呼べるのだろうか。
両肩にそれぞれ手が乗ったのを確認し、白い扉へと踏み出した。
さあ───仕事の時間だ。
読んでいただきありがとうございます。
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有栖川教授
「何やら私がハーレム入りするのかと気になっている方々がいる様ですが、しませんよ?年齢差もありますし、孫婿のそれに祖母が加わるなど常識的に考えておかしいでしょう。何より、私は亡き夫に操をたてています。ありえません」
亡き夫こと有栖川おじいちゃん
「私の事は吹っ切って、新しい出会いを探してくれても良いんだがなー。エルフって寿命長そうだし。まあ、忘れないでいてくれるのは嬉しいけど」
教授、夫が日本に行って戸籍もそっちに移すってなったら『仕方のない人ですね』と一緒に国籍変えるぐらい愛が重い人なので、この人のルートは……。