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閑話 覚醒者の結婚事情

閑話 覚醒者の結婚事情





サイド なし



 東京霞ヶ関、中央合同庁舎。


 そのとあるフロアに入っている、ダンジョン庁。


 ここでは今日も、部屋の角に置かれた長机とホワイトボードに職員達が集まり会議が行われていた。


「……やはり、低下しているな」


「ええ、かなり」


 赤坂部長の呟きに、他の職員が資料を片手に沈痛な面持ちで頷く。


 彼らの目線の先。手に持っている紙の束や、端末の画面にはこう書かれていた。



『覚醒者の婚姻率及び、出生率の推移』



 ダンジョンと覚醒者の管理。それがダンジョン庁の仕事である。


 それゆえ、こういった話が彼らの業務に入ってくるのはある意味当然であった。


「覚醒者は非覚醒者と比べかなりの健康体です。また、肌年齢が実年齢を大幅に下回る傾向……つまりかなりの美肌になります。体型の変化もあって、容姿が覚醒前より良くなっている事が多いのですが……」


「それでも覚醒者の婚姻率が低下しているのは事実だ。覚醒者への不理解や恐怖は、確かに非覚醒者達の中で存在している」


「まあ、喧嘩した時相手がうっかり自分を強く殴ったら、一発で殺されるって思うと腰が引けますよねぇ」


「しかしそれはプロスポーツ選手と結婚した場合でも同じでは?ボクサーとか」


「格闘家は手加減も覚えていますし、まともなジムの出ならスポーツ倫理を叩き込まれています。それでもDVなどは発生しますが、全体で見ればごく一部です。そして、そんな事は一般市民でも知っている程に社会へ浸透している」


「覚醒者の冒険者になる割合と、昨今の冒険者の収入事情を考えると高給取りが多いぞ?それなのに」


「逆に冒険者だからこそ忌避されるのでは?普通に暮らすより死ぬリスクが高いですし、何より現代日本人は争い事に忌避感をもっているのが普通です。対モンスターであろうと、暴力を生業としている事への苦手意識があるのかも」


「冒険者は公務員ではありませんから、社会的信用が低いのもありますね。警官や自衛隊員と比べても婚姻率が低い」


「ですが、覚醒者同士、冒険者同士の結婚も少ないですよ。夫婦間で身体能力等にそれほど差がないにも関わらず、覚醒者と非覚醒者の場合とほぼ同じか、僅かに下回っています」


「冒険者同士の場合、同じパーティーやクラン内に出会いが限定され易いですからね。仕事に支障が出ると、そういった場での恋愛は避けられているのでは?」


「非覚醒者に優位な位置に立てるからこそ、同格の覚醒者とは結婚したがらない人もいる可能性もあるかと。『トゥロホース』に共感していた覚醒者は、特に」


「覚醒者、しかも冒険者同士の夫婦喧嘩となれば、何が起きるかわからんな」


「あのぉ。そりゃあ色々理由はあるでしょうけど、1番の原因は『これ』じゃないですか?」


 タブレットを抱えた男性職員が、半笑いでそう言って各職員に画像を送信した。


 画面に表示されたのは、どう見てもアダルトグッズの販売サイトにある商品一覧。


 普通なら職務中にこの様な物を見るのはよろしくない上に、セクハラである。


 だが、全員が納得と理解を示した。同時に、苦虫を100匹ぐらい噛み潰した様な顔になる。


「『錬金同好会』の、ラブドール型ゴーレムか……」


 赤坂部長が、口元を手で覆いながら呟く。


 上司の口から発せられた言葉に、数人の職員がこの世の終わりの様に天を仰いだ。


 あいにく、彼らが見上げた先には無機質な天井と、蛍光灯の明かりしかない。お天道様が見守ってくれる事はなかった。


「この前『非覚醒者用』の高性能マギバッテリー搭載型が発売されましたが、通常のマギバッテリー……いや、それより若干性能の落ちる()()()を載せた機体はもっと早くに販売されていましたからね。『覚醒者専用』として」


『錬金同好会』が千葉県にゴーレム工場を建てる、少し前。


 小規模な工房を設置し、そこで資金集めと『本来の計画』の為に既にラブドール型ゴーレムの作成に着手していた。


 その販売価格、税込みで30万円。しかし、その出来栄えはお値段以上なんてものではない。同業者を殺す気かという、程よいリアリティと非現実感。違和感のない、最高峰の『2.5次元』を再現したと言っても過言ではない物である。


 普通ならまともに利益など出せない価格設定だ。しかし、それが出来てしまうのがスキルの理不尽さ……そして、彼らの研鑽の結果と言える。


 同好会の錬金術の腕前自体が、他のスキル持ちの術者を圧倒しているわけではない。


 ただ、圧倒的試行回数から得られた効率化。そして工程の簡略化。トップ2人が元々もつ頭脳。何より組織力。それらが、これ程の荒業を成り立たせている。まるで薄氷の上でタップダンスをしているのに、どういうわけか足元が崩れないみたいな異常さだ。


 現状、彼らに『組織』として勝てる錬金術師は存在しない。それほどまでに、彼らが蓄積したものは群を抜いている。


 変態達の一致団結した性欲が、奇跡とも言える偉業を恒常化させていた。


「見た目はアニメから飛び出した様な美形ばかり。しかも動いて、家事もある程度はやってくれる。それでいてゴーレムだから自分の思い通りになるってんだから、そりゃあ皆実際の異性よりこっちに行きますよね」


 ケラケラとその男性職員が笑う。


 その隣にいる職員が、頭痛を堪える様に額を押さえた。


「気持ちは理解できなくはないんだが……」


「しかもこれ、非覚醒者用と違い数にほとんど制限がありませんよ。予約待ちと言っても、たった1カ月です」


「高性能マギバッテリー搭載型が1年以上待たねばならん中、これとは。あの組織はいったいどういう生産力を持っているんだ」


「なんでも、型を作ればいい部分は機械と作業用ゴーレムで簡略化している様です。後はまあ、『ウォーカーズ』からも一部出向してきた覚醒者が手を貸しているとか」


 クランを超えたクラン。ギルドという名乗りがもはや虚名ではなくなった『ウォーカーズ』。その大きすぎる躍進には、『錬金同好会』との同盟が大きく関わっている。


 むしろ、これがあったから『ウォーカーズ』は日本最大の覚醒者団体になったと言って良い。


 その構成員が、同盟関係の同好会に協力するのは当然と言える。何なら、自発的に工房へ向かう者もいた。


 なお、貴重な高ランク冒険者までエロゴーレム作りに行ってしまい、半泣きになった猫耳の青年については無視する。


「今はまだ男性向けにかなり偏った生産状況ですけど、これがいつ男女平等になってもおかしくないですね」


「そうなったら、本格的に覚醒者の婚姻は望めなくなるな」


「非覚醒者もですよ。厚生労働省やこども家庭庁で、かなり問題になっています。非覚醒者用のラブドール型ゴーレムの量産体制が覚醒者用並みに整った場合、日本の出生率はさらに低下します」


「ただでさえ日本の出生率は下降気味……そのうえ、ダンジョンのせいで地方では市町村の存続が出来なくなったケースも少なくありません」


「氾濫によって出てしまった大量の死者もありますが、土地を追われてしまった人達が今後安定した生活を得られるか。そして結婚して子供を産んでくれるか……」


「どうにか『錬金同好会』にラブドール型ゴーレムの生産を停止、あるいは自粛させる事は出来ないんですか?」


「いや、そこに手を出すのはまずい」


 部下の提案に、赤坂部長がすぐに首を横に振った。


「彼らは法律を破っていない。かなりやり手の弁護士がついているのだろう。隙間を随分と通っているくせに、隙がない」


「では……」


「裏側から手を回すのも無理だ。同好会は医療分野に関して多大な貢献をしたとして、批判しづらい名声も得ている。下手な事をすれば、世論からの反発が予想されるだろう。何より国内の政治家達には既に彼らと懇意な者も少なくない。それに、彼らが作る戦闘用ゴーレムは今後の日本に必要なものだ。海外に逃げられては困る」


「何なら、ラブドール型ゴーレムの予約待ち中の人達からも総スカンくらいそうですよねー。これ以上苦情の電話対応したくないですよ、僕」


 タブレットを抱えた男性職員が、嫌そうに口を歪めた。


 ただでさえ日々の業務に追われ、しかも貴重な戦力を『お守り』としてアメリカに飛ばしている。


 既にダンジョン庁の許容量ギリギリの業務量。土俵際でどうにか踏ん張っているのが現状だ。


「しかし、覚醒者の婚姻も我が国の未来に必要な事でもある。非覚醒者の事は別の省庁に頑張ってもらうとしても、これは我々の仕事だ」


 赤坂部長が机に手をつき、部下達へ告げる。


 それは、彼自身へと言い聞かせる意味もあった。



「覚醒者の子供。とりわけ覚醒者同士の子供は高確率で覚醒する」



 それが、『覚醒の日』より2年と4カ月の期間に集められたデータから導き出された答えだった。


「そのうえ、親が強力なスキルを持っていた場合その子供にも遺伝する傾向があり、対ダンジョンを考えると高ランク覚醒者には子孫を残してもらいたい。それが、将来の火種になる可能性を有していたとしても」


 元々予測されていた事ではあったが、数字として確定したのである。そうなった以上、彼らは全力で事に当たらねばならない。


 すなわち。


「どうにかして、覚醒者同士が結婚する可能性を上げなくてはならない。そのために、各自案を出していってくれ」


 こちらも、かねてより行われていた取り組みだ。しかし、今後はより力を入れなければならないと赤坂部長は告げる。


 それに部下達も頷き、それぞれ思いついた事をとにかくアウトプットしていった。


 彼らを見て、話を聞き、内容を記録しながら。赤坂部長は脳の一部で『ある人物』から提示された条件について思考を巡らせる。


 ───この状況も想定内ですか、『教授』。


 彼女が『あの水晶玉』を政府に売り渡す条件として提示した、とある法案の通過。


 赤坂部長1人の力では通す事は難しいと思っていた内容だが、この流れならば意外な程すんなりと国会で許可されるかもしれない。


 当然反発は予想されるが、米国や英国相手に色々とやっている最中に得た伝手やら弱みやらを使えば十分に可能だ。


 しかし、それにより教授が得られる利益とは何か。


 それに思い至り、赤坂部長は『次代への不安』に嫌な汗を背中に伝わせる。


 彼の予想では、教授は既に英国の手から離れた存在だ。それがどのタイミングなのかは現状不明だが、誰も彼女の手綱を握れていない。出なければ、英国が『あの水晶玉』を手放すものか。


『インビジブルニンジャーズ』。本人を含めても、たった7人の覚醒者集団。


 だが矢川京太を筆頭に3名が『Bランク候補』に食い込み、教授も都合が合わなかっただけで実力は候補者達に匹敵する。


 他4名もそれぞれ貴重な能力持ち。それらが揃った状態で教授が出した提案を考えれば……。


「教授……貴女はいったい、何を企んでいる……」


 その呟きは、議論を白熱させる部下達には届かなかった。届かせなかった。


 今はまず、目の前の問題に対応せねばと部長は思考の全てを会議の内容に向ける。


 ようやく英国や米国相手に後手へとひたすら回る状況から逃れたが、未だに教授の影に追いつく事すら出来ていない。


 ───覚醒者同士の子供は高確率で覚醒する。


 ───親のスキルは子に遺伝しやすい傾向があり。


 教授が描く正体不明の絵図に恐怖を抱くも、彼は己の心に蓋をした。



 何よりもまず、今この国を守るために。






読んでいただきありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。創作の励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。


教授

「ふっふっふ……狙っていないのに状況証拠だけが積みあがっていきますね。なぜ?」


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― 新着の感想 ―
ただニンジャの里を作りたいだけなんだよなぁ… ん? ニンジャの里???
心核積んだ京ちゃんがすっごい長生きしても「ひいひいひいひいひいおじいちゃんってうっかりすると見過ごしちゃうよね」「この前一人でお昼食べてた」「なんかすごいホッとしてたからそっとしといた」「この前廊下で…
教授は残念な孫たちのムッコを確保しようと必死なだけなんだよなあ。 何せ現状京ちゃんくん以外貰い手がいないので‥‥‥ あんな美人なのに、なぜ‥‥‥????
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