第百十一話 思わぬ終わり方
第百十一話 思わぬ終わり方
「それでは、本日の覚醒修行は事前にお伝えした通り最初は座禅です」
「はいっ!」
本堂の裏手。渡り廊下を進んだ先にある、元僧堂。
そこに並んだ14人の男女が、山寺さんの言葉に頷きそれぞれ座布団を敷いて胡坐か正座をした。
自分達が話している間に着替えた様で、白い着物姿になっている。まあ、その下にシャツやジャージのズボンを履いているが。
視線を彼らから部屋の4隅に置かれた『香炉』へと移す。
僅かに、本当に僅かにだが、そこから魔力を帯びた煙が出ていた。恐らく、魔法薬の類を焚いているのだろう。
それに、この建物自体が魔力を逃しづらい『結界』が張られていた。これにより、内部の魔力濃度が外よりも多少高くなっている。
これが修行場というやつか……。
「どうじゃね。儂の修行場は」
「あ、はい。その、初めてこういう所に来たので、よく……」
山寺さんに小声で話しかけられ、こちらも声を抑えて答える。
「ただ、かなり魔力が内側に溜まっていますね」
「うむ。普段来てくれている覚醒者に頼んで、結界を張ってもらったんじゃよ。常に張っているわけじゃなく、修行の1時間前に起動して終わったら解除しておるがね」
「なるほど……中の魔力が澱むのを防ぐ為ですね」
「そうじゃ。ま、儂は覚醒者じゃないから有栖川君に1時間早く来てもらって、結界を張ってもらっているんじゃが」
山寺さんが軽く肩をすくめた後、ピコピコハンマーを手に取った。
……そこは、ドラマで見る細長い板みたいなやつじゃないんだ。
「これかね?今の世の中、ごっついのを使うと問題になるからのぅ。別に坊主になるための修行でもあるまいに、儂はこれを使っとるんよ」
「そ、そうなんですか」
まあ、両親が痛い目にあうよりは良いか……。
「あの頃はと懐かしむ事もあるが、現代の方が良い所もある。こういうのも、その1つじゃぁね」
小さく笑った後、座禅する修行者達の背後をゆっくりと歩き出す山寺さん。
彼と入れ替わりに、有栖川教授が隣にやってきた。
「先生は変わった人ですが、研究者としては信用できる人です。安心してください、京太君」
「はあ……。あの、先生とは?」
「ああ、言っていませんでしたね」
有栖川教授が、小さく笑みを浮かべて山寺さんを見た。
「私の子供達は、彼の講義を受けていた事があるんです。その時にそう呼んでいたので、今も同じ様に先生と言っています」
「なるほど」
エリックさんと、アイラさん達のお母さんか。
色々と複雑な有栖川家だが、偶にこういう普通な所があるからリアクションに困る。
「以前にも説明しましたが、先生が現在研究しているのは『覚醒のプロセスの解明』。その一環として、覚醒修行を行っているわけです」
「でも、覚醒修行って未だ確実なものはないって噂ですけど」
「その通り。この修行をしたからと言って、絶対に覚醒するとは限らない。ですが、『覚醒しやすくなる環境』を探るのも研究ですから」
「そう、なんですね」
長い道のりに思えるが、世の中最初から正解がわかっている事の方が少ない。
こういう地道な積み重ねが、現代科学を作り上げたのだろう。自分には、ちょっと無理な業界だ。
「一応、ダンジョン庁が出している『覚醒した例』の状況を、人為的に再現しようという試みでもあります」
「ああ。たしか、覚醒者がスキルを使いまくって魔力が充満した家で一緒に過ごしていたら覚醒した、って事例があるらしいですね」
「よく知っていますね。花丸をあげましょう」
ニッコリとほほ笑んで、有栖川教授がぐっ、と拳を握る。
とても70代には見えない。エルフってすげぇ。これは大学で学生達の情緒を、無自覚に破壊しまくっているに違いない。
年齢とかお孫さん達の事を知らなければ、自分も恋に落ちていたかもしれない。なにせ、見た目は20代半ばの美人なお姉さんだし。
「他にも『座禅』や『瞑想』中に、己の体内にある魔力の流れを自覚したパターン。『滝行』で意識をまっさらにする事で、無意識に魔力を放出していたパターン。『登山』で自然を全身に感じながら負荷をかける事で、より強い肉体となっていたパターン」
「なんだか、お坊さんとかの修行内容そのままのが多いですね」
「そうですね。だからか、お寺や神社の方には覚醒者が比較的多いとも言われています。無論、これら以外の覚醒修行もありますが」
「ああ。たしか、『魔道具を起動させる』とかでしたっけ」
「ええ。非覚醒者は自力で己の魔力を運用する事は出来ないので、覚醒者のサポートは必要ですが。あるいは、『錬金同好会』のマギバッテリーを使うかですね」
「……そうですね」
昨日、ネットニュースで『マギスタンドでゴーレムちゃんに魔力供給していたら、突然覚醒した!』という記事があったのを思い出す。
流石にそういう事例は少ないらしいが、それでも目が飛び出る程とんでもない事だ。
何があれって。これでまた、『ラブドール型ゴーレム』を皆が求めだすのだから。誰もかれもが、エッチなゴーレムを手に入れる為に必死になる。
……地獄かな?
あくまで噂だが、『ラブドール型ゴーレム』目当ての強盗事件や非合法な賭博が発生していると聞く。世も末だよ……主に絵面が。
「あとは……たしか、『プライベートダンジョン』で覚醒したという話も昔ありましたね」
「ええ。わざと氾濫を起こさせ、出てきたモンスターを狩らせていたとか」
『プライベートダンジョン』
偶に創作でそういう単語が出てくるが、名前の通り『個人が管理しているダンジョン』の事だ。
無論、非合法である。ダンジョンを発見したにも関わらず、政府にわざと届け出をしなかった場合は実刑判決が下されるとか。
反社とか半グレ集団。あとは『トゥロホース』みたいな組織が、こういうのを持っていると噂されている。
前にあった事例では、マタンゴのダンジョンを見つけてわざと氾濫させ、家族や友達に倒させて覚醒を促していた大学生がいたとか。
所詮マタンゴと思われるかもしれないが、もしもいつの間にか夜中に氾濫が起きて、家々の窓を割り侵入して寝込みを襲われたら死人が出ていた可能性もある。
個人が管理するには、ダンジョンは広すぎる。何より、責任が取れない。
モンスターは須らく、人間に異様な殺意を抱いているのだ。ソレは執念というより、もっと義務的……『使命』と思える様な動きを奴らは見せる。
幾度も氾濫に遭遇した自分には、少なくともそう思えた。
閑話休題。覚醒の切っ掛けと言っても、千差万別。人それぞれだ。『これをしたら確実に覚醒できる』という旨い話は、今の所聞いた事がない。
「あの、それはそうと気になっている事が」
「なんでしょう。私に答えられる事なら、なんでも答えますよ?」
静かに笑う有栖川教授に、少しだけ言葉を迷わせる。
それでも意を決し、視線を前方に向けた。
「なんで、エリナさんまで叩く役になっているんですか……?」
「……あの子は人の物理的な機微に敏感なので、一応ああいう役が向いてはいるのです」
楚々とした仕草で、ピコハンを両手に持ち巡回するエリナさん。
眩しいぐらい、それはもういい笑顔だった。
「かーつっ!雑念がありますよ!」
「は、はい!」
「集中です!頑張りましょう!」
軽快な音をたてて振るわれるハンマー。
お嬢様モードと普段の状態が半々になった様なテンションで、自称忍者は鼻歌でも歌いそうな顔で練り歩いていた。
いや、まあ……良い、のかなぁ。
教授と2人して微妙な顔になりながらも、座禅は終了。
山寺さんに頼まれ、奥の部屋から人の頭ほどの大きさをした魔道具を持ってくる。
大きさと形状はお盆みたいだが、目盛りと針があり何かのメーターの様だ。なんでも、魔力を流し込む事で針が動くらしい。
ただそれだけの魔道具だが、だからこそ非常に少ない魔力で起動する事が出来る。
「では、今度はそれぞれにこの魔道具へ魔力を流し込んでもらう。皆はもう何度もやっておるが、矢川君は初めてじゃしちょっと確認がてらに説明するぞい」
「お願いします」
「基本的に、儂ら非覚醒者は自力で魔力を運用する事はできん。じゃが、魔力を持っていないわけではない。君には、儂らを通してこの魔道具に魔力を注いでほしいんじゃぁよ」
「はい」
一応、事前に大雑把な話は聞いている。
流れとしては、『錬金同好会』の作ったマギスタンドと同じだ。しかしアレと異なるのは、サポートする側の魔力が『無色』ではない事。
その辺りが覚醒修行にどの程度影響するのか、未知数である。
「魔道具を使う者の背中に手を当てて、体表をなぞる様に魔力を流す……。と、いうのが。これまで来てくれていた者にお願いしていた内容じゃ」
「はい」
「君にはまた、別のアプローチをしてもらいたい。その『眼』を使ってのぉ」
山寺さんの言葉に、修行者達がざわつく。
その中には両親もおり、不安そうにこちらを見ていた。
これを提案したのは、自分からである。アイラさん経由でこの魔道具の事を聞き、『こういうのはどうか』と考えを出してみた。
そしたら、あれよあれよという間に『じゃあやってみよう』となったのである。
視線が自分に集中し、冷や汗が頬を伝った。この元僧堂。立て直しの際にクーラーも取り付けたらしい。おかげでこの汗が自分の内心からくるものだとバレバレだ。
あ~、胃が痛くなりそう。
「さ。理屈はやりながら説明するとして、まずは実践といこうかの。最初は儂がやってみるから、矢川君頼むよ」
「は、はい」
この空気を察してか、山寺さんが率先してメーター型の魔道具を受け取る。
彼は座布団の上に慣れた様子で胡坐……じゃない。半跏趺坐だったか?お坊さんがやる座り方で腰をおろす。
そんな山寺さんの後ろで片膝をつき、指先を背中にあてた。
「えっと……。非覚醒でも、体内に魔力はあります。そして、それが一切放出されていないわけではありません。ただ、自力でその『穴』を開閉できないだけです」
生物には、大なり小なり魔力がある。これは絶対だ。何なら、形質こそ違えど無機物にだって魔力はある。
そして、無意識にだが人は魔力を放出しているのだ。というか、実際自分が感じる『人の視線』も魔力を感じ取っている割合が多いし。
「今回、僕は皆さんの魔力の器に外側から干渉し、中にある魔力を外側に押し出します。ほんの少量しか出ないはずなので、健康に害はありません」
というか、『呪毒魔法』でもない限り人体に悪影響が出るほど魔力を外から吐き出させるなど無理だ。やり方も違うし。
あの魔法だと、魔道具を使う前に非覚醒だと死ぬと思う。マジで。
「ゴムの容器に小さな穴があって、その中に水がある。この水が魔力……という、イメージです。これから、容器を圧迫する事で中の水を外に出させます」
「うむ。じゃ、早速やってみて」
「はい」
指先から魔力を伝達し、山寺さんへと流し込む。
本来、魔力を視覚的に捉える事はできない。第六感とも言うべき感覚で、大抵の覚醒者は魔力を運用する。
だが、この『精霊眼』ならば。
山寺さんの『器』を、軽く押す。戻ろうとする力に逆らわず引き下がれば、彼の魔力がほんの少し出てきた。
あとは、『概念干渉』も使ってほんの少し誘導してやれば……。
「ほお……」
山寺さんが、感嘆の声をあげる。どうやら無事メーターは回ったらしい。
だが、流石に一発で覚醒とはいかなかった様だ。
「あの、大丈夫ですか?」
「一切問題ないぞい。安全そうじゃし、希望する方はじゃんじゃんやってみようか」
山寺さんが立ち上がり、座布団を譲る。修行者達がお互いに顔を見合わせる中、いち早く動く人がいた。
父さんである。
こちらが驚いて目を見開くと、苦笑が返ってきた。それが何だか照れくさくて、視線を下に向ける。
「じゃ、次は矢川さんじゃの。やられる側はいつもと同じで、ただ肩の力を抜いて魔道具を持っていれば良いみたいじゃよ」
「はい。じゃあ、やってくれ」
「うん……」
少し緊張しながらも、父さんの背中に触れた。
昔はあんなに大きく思えたのに、今は普通の背中に思える。いつか、これが小さく思える日もくるのだろうか?
そんな感慨が浮かぶも、意識して追い出す。今は魔力に集中しなければ。
……はて?
器を押し出しながら、違和感に……否。違和感がない違和感とでも言うべき感覚に、眉をひそめる。
何というか、魔力が凄く馴染むのだ。親子だから、魔力のタイプが似ているのかもしれない。
そう思いながら、魔道具へと魔力を導いて───。
瞬間、背中に触れていた指先が物理的に押し返された。
人差し指に伝わる、硬く冷たい感触。そして、父さんの内側から体表に蠢いた魔力。
何より、瞬く間に変わった衣服と、いつの間にか纏っていた鎧。
間違いない、これは……。
「『魔装』……?」
「え?ええ?」
混乱した様子で父さんがメーターを置き、自分の掌を確認した。
改めて父さんの『魔装』を見たのだが……後ろから見ても、地味である。
頭には鉄鍋を引っ繰り返した様な、あるいは帽子の様な兜。たしか、『ケットル・ハット』だったか。
その下に灰色の頭巾を被っているようで、それが肩にまで伸びている。胴体も白い厚手の、綿がたくさん詰められていそうな服。
ズボンは麻生地だろうか?そこに足の付け根までありそうな革製のブーツを履いている。
両腕は革製の籠手を身に着け、腰の剣帯に片手剣とバックラーが下げられていた。
なんか、中世ヨーロッパの一般兵って感じが凄い。自分の『魔装』も地味目なので、これが血筋というやつか。
だが、そんな事より。
「覚醒……」
「できちゃった……」
親子2人して、呆然と呟く。
え、こんなあっさり?マジで?
開いた口が塞がらず呆けていると、突然肩を力強く掴まれた。
見れば、山寺さんがとてもいい笑顔を浮かべている。
「やはり精子提供に興味はないかね?」
まだ言ってるよこのマッド爺。
「つ、次は自分が!」
「いや私が!」
だがそんな山寺さんが弾き飛ばされ、修行者達が殺到してくる。
まるでゾンビ映画みたいな勢いで押し寄せ、自分と父さんはもみくちゃにされてしまった。
「ちょ、落ち着いて……!うわっ、誰ですかお尻掴んだの!?そんな事しても覚醒しませんよ!?」
メーター型の魔道具の取り合いまで発生する僧堂に、大きな柏手の音が響いた。
一瞬だけ訪れた静寂の中、ゆっくりと歩み寄ってくる金髪の美少女。
「皆さん、どうか落ち着いてください。時間はまだたっぷりとあります。順番に行いましょう」
芍薬の様に微笑むエリナさんの言葉に、修行者達が落ち着きを取り戻す。
決して威嚇しているわけでも、全てを飲み込む様な覇気があるわけでもない。ただ、あまりにも自然体の立ち姿。
それに、空気が彼女一色で染められる。
「ただ、山寺先生が覚醒しなかった様にこのやり方も絶対ではありません。どうか、今日上手くいかずとも気に病む事がなきよう。今後も研鑽を積んでいけば、いずれ花開く時もくるかもしれません」
「は、はい……」
笑顔でそう告げた彼女の視線が、おばちゃん軍団に弾き飛ばされた山寺さんに向く。
老人は軽く腰を叩きながら、穏やかに笑った。
「まあ、皆が焦る気持ちもわかるからのぉ。それでも、のんびりやっていこう」
「はい。その、すみません」
「お怪我は……」
「ほっほ。これでも柔道黒帯ですからな。この程度へでもないですぞ」
そう言って笑う山寺さんに、修行者達がバツの悪そうな顔で列を作った。
「じゃ、矢川君。今日はこのまま頼むぞい」
「あ、はい」
「それと、後で連絡先を渡すから気が向いたらいつでもせい」
「山寺先生、ご無理をなさらないでください」
音もなく近づいたエリナさんが、山寺さんに笑いかける。
そして、小声で何かを呟いた。自分の位置からでは内容こそわからなかったが、老人のスキンヘッドにぶわりと汗が浮かぶ。
「ほっほっほ……。君ぃ、ひいお爺さん似ってよく言われんかね?」
「いいえ、特には。ですが、山寺先生にそう言っていただけて光栄だとは思います」
笑顔のまま、有栖川教授の隣に移動するエリナさん。それに対し、教授が少し驚いた様子で孫を見ていた。
一連の出来事に元僧堂が沈黙に包まれたものの、魔道具を使った修行を再開。
だが、この後母さんが覚醒しただけで他の修行者にはこれと言った効果は出ず。どうにも、血縁以外だと器への干渉がしづらかったのだ。恐らく、魔力の性質が似ている事が原因だろう。
何にせよ、思わぬ形で両親の覚醒修行は終わりを迎える事になった。家に帰る途中も、3人そろって中々実感を得られなかったものである。
……というか。両親の覚醒以上に、お嬢様モードのエリナさんへの印象が強すぎてリアクションが追い付かない1日であった……。
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