第百十話 覚醒修行
第百十話 覚醒修行
鵺のダンジョンから帰り、税金の事で父さんに相談したら白目を剥かれた。
『息子よ……もう、税理士さんにお願いした方が良いと思うな……』
と、匙を投げられる事に。まあ、うん。自分でもこの『0』の数には引いたけども。
なんで大企業の御曹司とかどこかの王族とかでもない高校生が、高級外車数台買える様な貯金持っているんだ……。冒険者ドリームってすげぇ。
これでも冒険者の中では上位30人に入ると自負はしているので、そう容易く手に入る立場ではないとは思うが。それでも、最近の子供達が冒険者を目指す気持ちもわかる。
というか、『Bランクモンスター』の落とす素材が本当に高い。
冷静に考えると『今まで市場には出なかった貴重品』なのだから、当然と言えば当然か?
それにしても金銭感覚が狂いそうで、少し怖い。これ、ゲーム機とか漫画とかどれだけ買えるとかの次元じゃないぞ。
……深く考えると尊大になり過ぎるか、逆に重度の人間不信になりそうだ。
税理士さんどうこうは、アイラさんや有栖川教授にでも聞こう。前にも相談した事はあったし、いっそ専属で見てもらえる人を紹介してもらえないか頼むのも手だ。
そう結論を出し早速アイラさんに尋ねたところ、教授に話を通してくれると快諾してもらえた。
普段はアレな人だけど、いざという時には頼りになる……。
『あ、そうそう京ちゃん君』
「はい、なんでしょう」
安心して肩の力を抜いていた所に、アイラさんが何かを思い出した様に問いかけてきた。
『君、ちょっと今度の土曜日空いているかい?』
「はあ。その日はダンジョンに行く予定とかなかったはずですし、別に大丈夫ですけど」
『……ダンジョン以外で、外出する予定とか皆無なんだな。わかるよ……』
「くっ……!」
顔は見えないが、無駄に整った顔面に優しい笑みを浮かべている事が伝わってくる。
くっ、悪態は出るが反論ができない!
『大丈夫だ、京ちゃん君。私達の絆は絶対だ。ずっ友だよ……!』
「う、うるさいですね!それより!なんですか?土曜日に何かやりたい事でも?」
『いやなに。実はな、君に頼みたい事があるのだ』
「頼み?」
言い方からして、ダンジョンに行けという話でもなさそうだ。
いったい何事だと、首を傾げる。
『京ちゃん君。君のご両親も覚醒修行をしに行っている教室にだねぇ。ちょっと手伝いに行ってくれないかい?』
「……はい?」
いや本当にどういう事?
* * *
土曜日。父さんが運転する車に乗って、家族3人で久々の外出する事に。
これが遊園地とかなら、休日の温かい思い出になるのだが……。いや、高校生で両親と遊園地って何か嫌だな。恥ずいし。
20分ぐらい走って駅近くの駐車場に車を停め、電車に揺られる事25分ほど。
更にバスで15分移動してついたのは、お寺の様な建物だった。
元は廃寺となって数十年放置されていたのを、現在の家主が買い取って建て直したらしい。
少し離れたところには緑に染まった山があり、周囲を見回せば用水路がよく目立つ。田畑の多い、自然豊かな土地だ。四方八方から聞こえるセミの声が、ありもしない思い出を想起させる。
風光明媚とまでは言わずとも、綺麗な空気で肺を満たせるこの地へ何故きたのか。その理由はキャンプでも、登山でもない。
『覚醒修行』である。
講師のもと修行に励み、霊的な潜在能力を引き出してより強い肉体を。そして異能を獲得するのだ。
……文字にすると怪しい新興宗教にしか思えねぇぜ!
まあ実際、『覚醒の日』以降そういった話は爆増したけども。その大半が詐欺としか思えないものだったのは、言うまでもない。
一応ここは有栖川教授が紹介してくれた所なので、大丈夫とは信じている。
立派な門を通り、石畳の道と階段を進んで玄関に。元は大きなお寺だったのか、全体的に立派な造りだ。
「すみませーん。矢川ですー」
「はーい、どうぞー」
畳の上をやってくる、60代ほどの女性。軽く挨拶を済ませ、靴を脱ぎ上がらせてもらう。
「あら……えっと、大丈夫?」
「はい?」
何やら女性が心配そうに話しかけてきたので、咄嗟に意味がわからず首を傾げる。
その拍子に肩にかけていたボストンバッグの紐がズレそうになったので、掴んで元の位置に戻した。
「いえ、かなり重そうだから……。先に置いていった方が良いんじゃない?」
「あ、はい。ありがとうございます」
なるほど、そういう事か。
自分の左肩には、『白蓮』の入ったボストンバッグがかけられている。
しょっちゅう氾濫に巻き込まれるものだから、いつの間にか遠出する時はこうして持ち歩く様になっていた。
流石に鎧まで背負うのは歩きづらいし、武器ケースはダンジョンに行く時以外はあまり持ち歩かない様にしているけど。お巡りさんに見つかると冒険者免許を取り上げられるかもしれないので。
女性が指示した場所には、リュックやカバン等が置かれた板張りのスペースがある。そちらに歩いていき、慎重にバッグを下した。
そこで、見知った魔力が近づいてきた事に気づく。
「こんにちは、京太君。今日はよく来てくれました」
「いえいえ。こちらこそ両親がお世話になっております」
白いワイシャツに黒いタイトスカート姿の、有栖川教授が笑顔で近づいてくる。
この暑い中、ネクタイと黒タイツ装備だ。それなのに汗1つ掻いてないのは、覚醒者としてもちょっと異常である。よく見れば薄っすらと体表に魔力が流れているが、何かやっているのだろうか?
ハンカチで己の額に浮いた汗を拭い、彼女の斜め後ろにいる人物へと視線を移す。
「昨日ぶりですね、京太君。休日もこうして顔を合わせる事ができて、嬉しく思います」
「あ、はい」
お嬢様モードのエリナさんがいた。正直ビビる。
今日も今日とて大正ロマンな袴姿。涼し気な水色の生地に花が描かれた着物と、濃い紺色の袴を纏っていた。
髪はツインテールではなくポニーテールに纏められ、顔には穏やかな笑みが浮かべられている。
うん。違和感がすげぇわ。
「あっ!有栖川教授!お世話になっております」
他の『参加者』と話していた両親が、駆け足にならない程度の速度で歩いてきた。
「どうも、矢川さん。こちらこそ、息子さんには孫達と『仲良く』してもらっていて感謝しています」
「いやぁ、そう言っていただけて安心しました」
「エリナさんみたいな美人さんばかりの所で、京太が何か失礼な事をしていないか心配で」
「いえいえ。とても紳士な少年ですよ。もう少しやんちゃでも良いと思ってしまうぐらいです」
どうして、親が誰かと話している時ってこうも気まずいのだろうか。
あと母さん。失礼な事云々については、ちょっと否定できない。ごめん。でも大概お互い様な事が多いから、勘弁してほしい。
「京太。エリナさんや教授にあまりご迷惑をかけないようにな」
「ああ、うん……」
いつの間にか隣でニコニコと笑っているエリナさんと自分を見比べ、父さんが肩をがっしりと掴んでくる。
そして、母さんが小声で耳打ちしてきた。
「いい?絶対にこのチャンスをものにするのよ!」
「は?」
「あんた、今がきっとモテ期ってやつなんだから、ここを逃したらきっと一生結婚できないわ!」
「言い過ぎじゃね?」
「私達も孫が見たいの……でも、息子に無理はさせたくない。エリナさんとお付き合い出来ない様なら、すっぱり諦めるからね……!」
「言い過ぎじゃね?」
大事な事だからもう1回言うわ。言い過ぎじゃね???
なんだその息子に対する負の信頼。僕だって、本気になれば彼女の1人ぐら、い……。
……だめだ。冒険者として荒稼ぎした貯金目当ての美人局しか浮かばねぇ!
何という事だ。母さんの発言を覆せるイメージが、ない!何なら錬金術で彼女を『作る』光景なら普通に浮かんだ!
「さて。それでは、京太君は私達と一緒に準備へ向かいましょう。矢川さん。それでは、また後で」
「はい!息子をよろしくお願いいたします!」
たおやかに一礼する教授に、両親が慌てて頭をさげる。
教授が背を向けた瞬間、母さんと父さんが2人して自分にサムズアップしてきた。いや、どういう意味だよ。わかるけどわかりたくねぇ。
取りあえず親指を下にして返した後、教授の後ろに続く。
……何故か、お嬢様モードのエリナさんが自分の3歩後ろに陣取ってきた。
「あの、エリナさん」
「はい、なんでしょうか?」
「……どうして、その口調に?」
「ノリと勢いです」
「よかった、本人だ」
容姿と魔力を完全に模倣した別人とかではないらしい。ほっと胸を撫で下ろした。
となると、その位置を歩くのも彼女なりの『遊び』なのだろう。母さん達のせいで、大昔の夫婦はそうして歩いていたという話を思い出してしまった。
「今日はありがとうございます、京太君」
「あ、いえ」
歩きながら、教授がこちらに首だけ振り返る。
「急にすみません。普段ここで覚醒修行を手伝ってくれている覚醒者の方が、お孫さんの出産に立ち会うのだと言って来られなくなってしまいまして」
「ああ、それで」
「彼は回復魔法の使い手ですので、万が一の事があれば孫とひ孫は自分が治すと息巻いていましたよ。お孫さん達が心配なのはわかりますが、病院をもっと信用しても良いと思うのですがね」
「あはは……。です、ね」
「しかし、ひ孫が産まれるとなって居ても立っても居られなくなる気持ちはわかります。私もいつかは、そういった経験をするのでしょうね。ふふっ。その時は、彼の事を笑えないでしょう」
「は、はあ」
教授のお孫さんとなると、エリナさんにミーアさん、そしてアイラさんか。
……別の意味で心配だわ。
「孫達がいつか出産する時は、共に心配してくれますか?」
「え?あ、はい」
予想外の問いかけに、思わず何も考えずに頷く。
あの3人の誰かが出産する時か……。その結婚相手を妬みで呪い殺しそうだが、いざという時自分がいた方が良いかもしれない。
万が一の事があれば、リスクを無視してでも『心核』を使い母子を救おう。
「それを聞いて安心しました。孫達をお願いしますね、京太君」
「は、はあ……」
「お婆様。まだ気が早いですよ。まだ、誰ともお付き合いはしていないのですから」
エリナさんが、普段の様子とは比べ物にならないほどお淑やかな口調で教授に苦笑を向ける。
それに対し、彼女もまた苦笑を浮かべた。
「そうでした。いけませんね、この歳になると気ばかり急いて」
「い、いえ」
「おっと。家主の部屋を通り過ぎる所でした。『家族3人』で観光にでも来たようで、浮かれていたようです」
「3人……?」
「京太君はもう、私にとって孫同然ですから」
「あ、ありがとうございます……?」
それだけ可愛がられている、という事だろうか?
気持ちエリナさんが間合いを詰めてきた気がするが、元々パーソナルスペースが狭い人なので、不思議な事でもない。
……そう己に言い聞かせないと、『勘違い』しそうになる。これも母さんが変な事を言うせいだ。
頭を軽く振って煩悩を打ち払っていれば、有栖川教授が襖の向こうへと声をかける。
「先生。矢川京太君をお連れしました」
「どうも。入ってくださいな」
「失礼します」
教授が襖を開けてくれたので、一礼してから少し慌てて入る。
「すまないね。少し調べ物をしていて、出迎えに行けなかった」
「い、いえ」
そこにいたのは、綺麗なスキンヘッドのお爺さんだった。
真っ白な眉と髭は長く、腰も曲がっている。しかし、不思議と『しゃんとした人』という印象を覚える人だった。
黒い着物姿で、まるでお坊さんである。ここは廃寺を改修した建物だと聞いたが……。
「ああ、この格好かね。なに、これでも坊主を名乗る資格はあるのさ。生臭じゃけどね。普段は大学で教鞭を取らせてもらっておる」
「は、はあ」
「儂は山寺安志と申す。よろしくなぁ、矢川君」
「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします。両親がお世話になっております」
差し出された手を、慌てて握り返す。
骨と皮だけの手なのに、妙に分厚い。この人、何か武道でもやっていたのだろうか。
「ほぉ……」
山寺さんが、何やら驚いた様に片眉をあげた。
「君……」
「はい」
「武術は、だいぶへっぽこじゃな。素人よりはマシといったところか」
突然ディスられた。
「えっと、まあ、ほとんど我流ですので……」
「じゃが、強い。なんじゃろうなぁ、これ。筋肉のしなやかさ?骨の強度?うーむ。生物学的には、普通の運動部みたいな腕なんじゃけど」
「あの……」
山寺さんが、こちらの体をべたべたと触ってくる。
お爺さんに触られて喜ぶ趣味はない。正直不気味である。何がアレって、この人瞳孔開いている気がするのが怖い。
「うむ!」
何やら大きくうなずいて、山寺さんがこちらから手を離した。
ようやく解放されたと、胸を撫で下ろす。
「矢川君!ちょっと手足を切り開いてもいいかね!?脳と心臓には触れんから!」
「嫌ですけど!?」
何言ってんだこの爺!?
「先生。あまり彼を揶揄わないであげてください」
「ほっほっほ。申し訳ない。噂に聞く『凄腕冒険者』というものに、少し興味があってね。矢川君も許しておくれ」
あ、なんだ冗談か。
……冗談だよね?冗談という事にしよう。僕の精神衛生の為に。
「いえ、そんな」
「それはそうと」
がっしりと、山寺さんが両手でこちらの肩を掴んでくる。今度はなんだ、いったい。
「精子提供に興味はないか?適当な卵子と組み合わせて観察したい」
「……はい?」
「大丈夫じゃ、問題ない。赤子を解剖する様な真似はせん。きちんと育てる。その生育過程を観察したいだけでな。安全安心の───」
「先生」
突然魔力が唸りをあげ、慌てて振り返る。
そこには、笑顔のまま『魔装』を展開した有栖川教授が立っていた。
「お戯れは程々に。彼も貴重な休日を消費して手伝いに来てくれているのですから」
「ほっほっほ。じょ、冗談じゃよぉ」
山寺さんがこちらから手を離すと、張り付けた様な笑顔のエリナさんに二の腕を掴まれた。
そのまま彼から距離を取らされる。え、なに?なんなの?マジでどういう話?
「挨拶はこれぐらいにして、本題に移るとしよう」
スキンヘッドに浮かんだ汗を手ぬぐいで拭きながら、山寺さんがこちらに笑みを浮かべた。
「覚醒修行。その手伝いを頼むぞい」
意味ありげにどや顔を浮かべるマッドサイエンティスト爺。
……このお爺さんに両親を任せていて、大丈夫なのだろうか?
思わず有栖川教授に視線を向けると、彼女はそっと目をそらした。
おかしい……予定ではもう修行パート(両親)の描写を終えていたはずなのに……。
読んでいただきありがとうございます。
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