第百九話 鵺の巣
第百九話 鵺の巣
『プヴォォオ゛オ゛オ゛ッ!』
先ほどまでの強い風が吹いた様な声から一転、鶴の様な声を発した鵺。
瞬間、その姿が薄ぼんやりとしたものに変わる。
『透明化』
ほぼ同時に、こちらへ接近。ネコ科の四肢故か、ほぼ無音で物の怪は眼前へと這いよってくる。
ニタリ、と。猿の顔に愉悦の笑みが浮かんだ。
───速い。だが、視えている。
繰り出される左の爪を剣で弾けば、鵺は目を見開きながらも間髪入れずに左の爪も繰り出した。
それも刀身で打ち払えば、その勢いさえも利用する様に放たれる高速の6連撃。
透明化を見破られた動揺があるだろうに、動きに乱れがない。1合打ち合う度に火花が散り、硬質な音が響く。
強制的に音ゲーでもやらされている様な防戦。連撃の直後、『締め』とばかりに左右から強靭な虎の前足が振るわれた。
下がれば斬撃が、留まれば打撃が待つ現在地。ならば、前に出る。
掲げた刃が鵺の左前腕に食い込み、さし込んだ左の裏拳が右の分厚い肉球とぶつかった。
『ブァ……!?』
自身の膂力もあって、ぶしゃりと奴の前腕から血が噴き出た。苦痛に顔を歪める鵺だが、奴の『もう1つの頭』は違う。
足元から忍び寄る蛇の頭。それがこちらの足に巻き付こうとするのを、『精霊眼』の広い視野で捉えた。
だが、避ける必要はない。
『ジッ!?』
足に巻き付こうとした蛇が、逆にワイヤーで絡めとられた。
エリナさんが鉤爪を射出し、『右近』達と引っ張っている。両の前足と蛇を封じられた鵺が、憤怒に瞳を燃やしながらもその大口を開いた。
口腔に収束される魔力。牙の隙間からバチバチと電撃が散る。
雷撃がくると判断し、柄から力を抜きながら狸の様な腹を蹴り飛ばした。体格差ゆえに自分の体が後ろへ飛ぶ。
鵺はふらつきながらも狙いをこちらにピタリと合わせ、雷撃を放とうと───。
ズゥン……!
した瞬間。真上から振り下ろされた鉄球に頭蓋を粉砕された。その衝撃の大きさを物語るように、鵺の足元の地面が陥没している。土煙が盛大に舞うが、風で押しのけ敵の姿を確認した。
完全に猿の頭が潰れている。ジャラリと鎖が引かれ、使い手のもとへと戻る棘付きの鉄塊。それを横目に、動きが封じられていた蛇頭に剣を突き立てた。
鵺は頭を2つ持つ。片方の体が死んだだけでは消滅しない。もっとも、コカトリスと違って体を共有というには繋がりが薄いので、残された相方の体の操作はできないらしいが。
刃を引き抜き、残心。油断なく構える自分の前で、物の怪は塩の塊へと変わっていった。
「周囲に敵はいないよー」
「ふぅぅ……」
エリナさんの声に息を吐き、構えを解く。
左の籠手を確認すれば、やはり深々と爪痕が刻まれていた。あと少し深く斬り込まれていたら、肉に届いていたかもしれない。
もっとも、それだけ食い込めば引き抜く前に氷の槍か鉤爪が鵺の首を穿っていただろうが。
籠手のみを再構築し、修復。万全となったのを確認し、仲間へと振り返る。
「2人とも無事?」
「もちのろんだよ!」
「はい。私達より、京太君の方が心配ですが……」
「ガントレットで爪は止まったので、問題ありません」
まあ、内心は結構ビビったけども。
不意打ちを得意とするモンスターだと聞いてはいたが、入って早々きたのは予想外である。
『無事に戦闘が終わったようで何より。しかし、熱烈な歓迎もあったものだね』
「ですねー……」
アイラさんの言葉に頷き、右近が回収してくれたドロップ品をチラリと見る。
塩の山から取り出されたのは、小さな毛皮だった。大きさは掌より少し大きいくらいだろう。
あの巨体を倒してこれなのは微妙に納得いかないが、それでも高く売れるのだし文句はない。
なんでも、対魔法、及び物理的な意味でもやたら頑丈なのだとか。更に、原理は不明ながら電気をほとんど通さないという。
装備の素材的にも、電気工学系の研究にも引っ張りだこなそうな。
「それでは、探索を再開します」
『うむ』
『白蓮』に魔力を補給した後、改めて歩き出す。
真上から『ゴロゴロ』と雷鳴が轟く中を進むのは、結構ストレスがかかるものだ。本能的な恐怖心が刺激される。
「……普通なら、これだけ雷雲が活発な時は建物の中にいた方が良いんですけどね」
苦笑交じりに言うミーアさんに頷き、ナイフを抜く。
「ええ。でも、むしろそれが罠らしいので……」
適当に近くの長屋にナイフを投げ込めば、壁を貫通した先で『バチリ』という鞭で叩いた様な音がした。
壁に空いた穴から、黒い靄が見えている。それが帯電しているのが、ここからでもわかった。
『上にある雷雲の様な物も、長屋の中に広がる黒い靄も、どういうわけか雷を外側に発しない。いや、正確にはごく近距離には放電しているが……。なんにせよ、鵺が何かしない限りは触れない限り害はない』
「天井の様子を見て、建物の中に入ろうとしたら大惨事ですよね……」
『だろうね。この技術が解明されれば、発電業界はどうなるのやら』
本当に、ダンジョンは不思議な場所である。
そんな事を考えていれば、長屋の壁に描かれた自衛隊のペイントを発見した。
「アイラさん。現在『B-34』です」
『わかった。そうだな……このダンジョンは中央に大きな屋敷がある。その方角を教えてくれ』
「……大丈夫とわかっていても、この雷の中高度を上げるの怖いんですけど」
『男は度胸だ。がんばれ京ちゃん君』
「私が屋根の上に登ろうか?」
「いえいえ。やはり一番年長者の私が……」
「いや……じゃあ僕が」
『どうぞどうぞ』
「ネタちゃうねんぞ残念女子大生」
不承不承ながら、風を踏みしめて階段でも上る様に長屋の屋根より高い位置に向かう。
そうして十分な高さを確保し、周囲をぐるりと見まわした。
「ありました。さっきまで進んできた方向から見て、4時の方角です」
『ふむ。ではこのまま直進した後、3つ目の十字路で左だな。ご苦労、京ちゃん君』
「はーい……」
心なしか近くなった雷鳴に冷や汗を掻きながら、地面へと飛び降りる。
着地の寸前で風を放出し減速。ブーツ越しに土の感触を覚え、ほっと胸を撫で下ろした。
本当に、精神的にきついダンジョンである。
そうして言われた通りに歩いていくと、エリナさんがイヤリング越しに声を潜めて話しかけてきた。
『京ちゃん、先輩。ここから2つ先の曲がり角に、鵺がいるよ。数は3体。待ち構えている感じがする』
「……了解」
こちらも小声でイヤリング越しに返し、剣を握り直す。
『耳にタコかもしれんが、もう1度言うぞ。『概念干渉』があるとは言え、黒い靄ごしに鵺へ攻撃するのはやめておけ』
「はい……」
アイラさんに返事をしながら、鵺のスキルを脳裏に浮かべる。
奴らがもつスキルは3つ。『風雷魔法』『透明化』『雷喰い』。
『レフコース』の『火喰い』と似たような力を持っている。電撃の概念を絡めた状態では、こちらの攻撃がどう作用するのかわからない。
こちらの足音が止まった事に気づいたのだろう。鵺達が木の壁から透明化を発動させたまま姿を現した。
視線を合わせぬこちらに、1歩、2歩と近づいてくる。
それが、あと5メートルほどの距離に来た瞬間。
『ビョォォオ゛ウッ!』
一斉に、先頭に立つ自分へと飛びかかってきた。
───隙あり!
瞬時に重心を落とし、風と炎を纏わせた剣を横薙ぎに振るう。
まとめて焼かれた鵺達が絶叫を上げる中、右端の個体に6本の刃が突き刺さった。
「せぇ……っ」
それらと繋がるワイヤーが、力強く上へと振るわれる。
「っのぉ!」
『ガァ!?』
背負い投げをかけられた様に宙へ浮き、そして地面に叩きつけられたその個体。
それを横目に、中央の1体へと切りかかる。左の個体には、石の槍とゴーレム達が向かっていた。
『ビョォォウッ!』
風の音の様な声を上げ、大きく振りかぶった右前足を叩きつけてくる鵺。大火傷を負った状態からか、僅かに動きが硬い。
相手の攻撃が放たれるより先に、横一文字に胴を裂き、更に踏み込んで袈裟懸けの斬撃で心臓を破壊。明後日の方向へ脱力する様に振るわれた前足を無視し、首へと伸びてきた蛇の頭を左の拳で粉砕した。
通りぬき様に一連の攻防を終え、瞬時に反転。仲間達の様子を見る。
だが、援護は全員不要らしい。
地面に叩きつけられた個体は忍者刀が目を抉り、そのまま中身を掻きまわしていた。背後から強襲しようとした蛇は、刃を抜き様に切り落とされる。
残る1体は右近と左近に左右から刺又で押さえられ、胴体と尾はまとめて地面から突き出した石の槍に貫かれていた。とどめとばかりに、頭蓋に鉄球が叩きつけられる。
仲間達に近づきながら、油断なく片手半剣を腰だめに構える。エリナさんの『周囲に敵はなーし』という声を聞いて、ようやく剣を下した。
「ふぅ……皆、お疲れ」
「お疲れ様です」
「ういうい~。偶に見えなくなるけど、息遣いは普通に聞こえるからわかりやすいねー」
「いや、それは貴女だけでしょ」
マジでどうなってんだ、この人の耳。スキルのおかげもあるのだろうが、よく頭の中で入ってくる情報全部処理できるな。
よく漫画とかで『耳が良すぎて~』なんて話を聞くが、エリナさんには無縁らしい。
「私は、どうにか透明化する前にゴーレム達が組み付いてくれたので……。前回と言い、心臓に悪いです」
ミーアさんが苦笑を浮かべながら、額に浮いた汗をハンカチで拭いた。
自分達の中では索敵能力が唯一普通よりなので、仕方のない事だろう。代わりに広範囲で敵をどうにかしたい時とか、ミーアさんが頼りだし。
『全員無事で何より。しかしアレだな。君達なら、ここのボスモンスターも倒せそうだと思えてくるよ』
「戦いませんからね?」
『無論だ。君達をそそのかしたと教授にバレたら、間違いなく殺される』
冗談めいた風に言うが、左近の胸に張り付けた手鏡に映るアイラさんは頬を引きつらせていた。恐らく、事前に釘を刺されていたのだろう。
『本音を言えば、あの中央の建物を調査してほしいんだがね……。あそこだけ、建物内部に黒い靄はないわけだし』
「代わりに、ボスモンスターが確定であの辺にいますがね」
ここのボスモンスターの名は、『雷獣』。
見た目は普通の鵺と比べて、蛇の尾が2つある事と、3回りほど体が大きい事以外は変わらない。伝説ではイタチに似ている事が多いが、このダンジョンでは鵺とそっくりだ。何なら、伝説でも『鵺は雷獣の一種』とされる場合もあるし。
だが、速度が違う。
瞬間的にだけだが、雷獣は文字通りの『雷速』で走る事が出来るとか。実際のところは知らないが、確かめる気にはならない。
不思議な事に中央の屋敷内とその上空にしか姿を現さないので、触らぬ神に何とやらである。
『本当に惜しい……!明らかに重要な施設なのに……!というか、見た目がまんま寝殿造ってどういう事だね!?ダンジョンに住んでいた者達はどういう生活をしていたんだ!?それとも複数の文化が融合しているのかね!?他は西洋風のが多いのに!偶に全く別の文化圏にしか思えないのが出てくるのは、本当に何なんだろうねぇ!?』
「知りませんし、探索中は勘弁してください」
『うぬぅ……!』
確かに自分もその辺りの事は気になるが、己の命が一番大事だ。好奇心の為に、藪をつつくつもりはない。
ついでに、事前に今日このダンジョンへ行くと自衛隊に連絡したら、耳にタコが出来るかと思うほど注意されたのだ。
それなのにあの建物に近づいたら、『Bランク候補』から除外されそうである。
「それより。探索を再開しますので、ナビをお願いします」
『よかろう。今は控えようじゃないか。感涙にむせびながら私を称えたまえ!』
「あ゛り゛がどう゛パイ゛ゼン゛ッッッ!!!!」
『耳がっ!?』
音響兵器かな?
アイラさんの鼓膜はギリギリ破けなかった様なので、その後も探索を続行。
数度の戦闘があったものの、自衛隊が待機する出口付近にマーキングを施した。その後、外周を目指して歩いていく。
ドーム型のダンジョン。その岩で出来た壁面を鏡に映せば、アイラさんが小さく唸った。
『やはり、これは自然に出来たものではないな』
「まあ、でしょうね」
『ちっちっち。京ちゃん君。当たり前の事を確認するのは、研究では大事な事だよ』
「……失礼しました」
『よろしい。しかしあれだな。この壁、地層が見えん。代わりに変な跡がある。なんだこれは?』
「……恐らく、魔法かと」
ミーアさんが真剣な瞳で、ゆっくりと壁を指で撫でた。
「『土木魔法』……かなりの大人数が、同時に術を使ったんだと思います。強力な魔法使いが1人でやったにしては、接合痕の様な痕跡がありますので」
『ふむ……。はたして、このドーム状の壁はどういう意図で作られたのだろうな。外部からの侵入を防ぐため?それとも外部への流出を防ぐため?どちらにしろ、誰が、何のために……。それに、ゲートの事も考えると謎が』
「ごめん。考察はそこまで」
エリナさんの、無機質に思えるほど冷静な声が響く。
1人壁に背を向けていた彼女は、空を見上げていた。
「こっちに鵺がたくさん向かってくる。たぶん20以上、30未満。戦闘態勢っぽい。速いよ。しかも空を飛んでる」
「了解」
エリナさんに答え、剣を肩に担ぐようにして構える。
同時に、こちらへ向かってくる鵺の群れが見えてきた。黒い靄の上に乗り、こちらへとその大口を向けている。
物の怪どもの口腔に、魔力が収束。稲光を牙の隙間から漏らしながら、狙いを自分達に定めた。
瞬間、解き放たれる雷の槍。一斉に迫るそれに、全力で地面を踏みつけて跳躍する。
『概念干渉』
「おおっ……!」
迫る雷光を一身に受け、全て刀身に巻き付けた。
重い……!本来は質量などないはずの雷を、強引に『触れられる物』へと貶めた結果。内包する魔力がそのまま重さと変換され、両の腕にのしかかる。
打ち返すことは不可能。だが、逸らすだけならば可能だ。
目を焼くほどの極光を、数軒離れた長屋へと落とす。耳をつんざく轟音と共に屋根が弾けたが、電撃は全て中にある黒い靄に飲み込まれて火事になる事もない。
渾身の一斉射が防がれ、鵺達の勢いが鈍る。そこへ、地上から土の竜が昇ってくる。
『プヴォォォォッ!』
即座に透明化する鵺達だが、地上を見ずともエリナさんがミーアさんに指示を出しているのがわかる。
何体もの土くれで出来た竜は鵺へと噛み付き、その巨体で地上へと叩き落していた。
迎撃に爪や牙が振るわれる中へ、自分も宙を駆け飛び込む。こちらへギョッとした瞳を向ける鵺の首を一撃で刎ね、続けて尾の蛇を突き殺した。
塩へ変わる前に狸の背中を蹴りつけ、加速。こちらに気づいて爪を振りかぶった鵺の腕を斬り飛ばし、返す刀で袈裟懸けに切り裂いた。
刀身が胸の中央までいったところで、柄を捻る。『Ⅴ』字になる様に剣を斜め上へと降りぬけば、力を失った巨体に土の竜がその巨体を振り下ろした。
距離をとった直後、強風と共に残された尾の蛇が地面へと叩き落される。
それを背に、次の獲物へと風を足場に駆け出した。
勢いそのまま鵺の頭蓋に剣を突き立て、体ごと刃を捻る。ついでに蛇頭を蹴りつけ、再度跳躍。
気分は義経の八艘飛びだが、因幡の白兎にならぬ様油断は禁物か。
地上からの竜と争う事に気を取られている鵺達の背に、強襲する。首を裂き、胴を割って、尾を踏みつけながら跳び回った。
決着がついたのは、接敵から約2分。敵が消えた事に安堵の息を吐いたところで、すぐ近くで聞こえてくる雷鳴に背中を跳ねさせた。
……雷が苦手になりそうなダンジョンである。
元々得意なわけではなかったが、やはりこうも近くで雷の音は心臓に悪い。
すぐに高度を落としながら、『ゴロゴロ』という音に冷や汗を流す。
このダンジョン、もう来たくないかもしれん。
───まあ、その感想も鵺の毛皮を売って得られる金額に吹き飛ぶのだが。
ダンジョンから帰還し、通帳に並ぶ『0』の数に目を白黒させる。凄いな、『Bランクダンジョン』。白蓮何体分だ?
いずれ『Bランクダンジョン』が一般公開されれば、このドロップ品の相場も落ちるかもしれない。これは、今のうちに稼がねば。レベル上げにも丁度良いし。
我ながら、現金な人間である。しばらくは、調査依頼のあるダンジョン以外はウトゥックと鵺の所へ通う事になりそうだ。
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