第百十七話 逃げ場など
第百十七話 逃げ場など
有栖川邸のリビングにて、机と腹がピッタリとくっつく様に座る。理由は、『僕の名誉のため』とだけ。
現在、有栖川教授は外出中である。研究室で自分の研究を進めた後、他の教授や助教達との付き合いで飲み会なのだとか。
覚醒者、それも高レベルとあって酔う事も出来ない身で大変だと思う。大人って、どうしてやたら飲み会をするのだろうか。
それはそれとして、こちらも大変な事になっていた。
「なんだね京ちゃん君。その情欲と哀れみと呆れの混ざった視線は」
「いえ……」
オリハルコンに匹敵する理性で、少しだけアイラさんから目を逸らす。
端的に、彼女が何を着ているかを表すのなら……『ボンデージ』だった。
憲兵が被っていそうなデザインの、黒い帽子。長い銀髪はミドルポニーテールに結われ、白い首筋を惜しげもなく晒している。
華奢な肩に、細い鎖骨。たおやかな両腕はラバー素材の長手袋で覆われ、足も同じ素材のニーハイブーツに包まれていた。踵はピンヒールだが、とある人物によって床を傷つけないように水の膜で覆われている。
そして、胴体。
肩ひも等はなく、武骨なコルセットにのみ支えられた胸元。上乳も横乳も剥き出しであり、柔らかな曲線と深い谷間を見せてくれている。左右の乳が互いを押しあう姿は、まさに絶景であった。
彼女が1歩進む度に、たゆんたゆんと揺れる乳肉。今にも先端が見えてしまうのではないかと、胸が高鳴り続けている。
そして細いウエストを締め付けるコルセットの下は、まさかのハイレグであった。
えぐい角度で鼠径部は剥き出しとなっており、太腿へのラインが艶めかしい。少しずらせば乙女の秘所が見えてしまうのだろうが、そうでなくとも『中央のチャック』を下ろしたらそれだけで露出してしまう。
歩いてきた時にチラリと、しかし『精霊眼』の動体視力をもってしてハッキリと見た臀部。
ミーアさんほどではないが、間違いなくデカ尻と評すべきアイラさんの白いお尻は、ほぼ丸見えだった。たっぷりと肉のついた、しかしそれでいてきちんと上を向き、滑らかな曲線を描く美尻。否、美巨尻。
あえて言おう。全身スケベと。エロゲから出てきた様な存在と……!
そんな生き恥……もとい叡智な格好をしているアイラさんは、不満そうな顔で手に持った鞭を掌で弄んでいる。
「で。何故こんな物を購入したのか。その理由をお聞かせ願おうか」
「はい!その鞭はね、叩いても怪我しない様に中身は風船と綿で出来ているんだよ!スポーツチャンバラの道具と同じなんだって。でも音は拘っているらしいから、買っちゃった!」
「この鞭もどきの話ではないのだよ」
アイラさんが、隣にいる人物のお尻へ無造作に鞭を振るう。
「はうっ」
エリナさんの言う通り音は本物に近い様で、『ベチーン』と大きな音がなった。
いや、本物をそもそもよく知らないけども。
なお、鞭を受けた人物の格好も色々凄い。というか、自分以外の服装はとんでもない事になっていた。
鞭を受けた残念女子大生その2……もとい、ミーアさんが頬を赤らめながらもじもじと胸元を隠そうとする。
それもそのはず、彼女は今『ビキニアーマー』を纏っているのだから。
「す、すみません。『Bランク候補』の方々を見て、是非姉さんに着てもらいたいと……はうん!」
「その実行力を別方向に向けてくれまいか。あと改めてやば過ぎだろう『Bランク候補』どもの性癖」
それは本当にそう。
ペチペチと、アイラさんがミーアさんのお尻を鞭で叩く。ビキニアーマーだけあって、姉よりも更にでかい美巨尻が剥き出しだ。かなりギリギリをせめたローライズ仕様である。何なら、前の方も危うかった。
それにしても、白い肌と赤い鎧のコントラストが妙に艶めかしい。だがそれ以上に、こぼれてしまいそうな爆乳に意識がいってしょうがなかった。
サイズが合っていないのか、乳肉や尻肉に食い込むビキニアーマー。それほどのデカ乳とデカ尻ながら、腰も肩も細いのだから人体って凄い。あるいは、エルフの血か覚醒者故か。
あの叡智な体によって、内側からアーマーパージとならないか。そんな期待……もとい心配が頭をよぎる。
「そ、それより!なんで私がビキニアーマーを!?たしかこれ、エリナさんが姉さん用に買った物ですよね!」
「買った理由は恰好だけでも戦士になれるからで、先輩に着てもらった理由はパイセンが『私1人で恥を晒すつもりはない』って言ったからだよ!」
「君達も道づれだ……!赤信号、皆で渡れば怖くない。異常な格好の者達の中では、普通の格好の者こそ異端であり恥ずかしい奴なのだ!」
せやろか?
自分だけ普通の格好だが、別に恥ずかしいとは思っていない。
代わりに、椅子から立ち上がる事が諸事情により出来なくなっている事を恥ずべきかもしれないが。
「うう……え、エリナさんは恥ずかしくないんですか……?というかそれ、この前買ったやつではないですよね?わざわざ用意したんですか……?」
「家の中なら別に恥ずかしい事じゃなくない?外に出たら捕まるからダメだけど。あと元々家にあったのを着ただけだよ!」
「ああ……前に姉さんが大量購入した物の一部でしたか……」
「うん!意外と着心地いいね、これ」
そうあっけらかんと返すエリナさんは、白いカソックがついた黒いレオタードに身を包んでいる。
頭にシスターがつける様なヴェールを被っているが、まさかアレは改造シスター服なのだろうか?教会に中指たてるようなデザインである。
取りあえず手を合わせておいた。ついでに眼に焼け付けようと思う。これこそ神の奇跡では?
いつもと違って髪をストレートに流し、肩や太腿は露出しつつも白い長手袋とニーソックスで覆われた手足。
はち切れんばかりの巨乳は少し動くだけで『たゆん』と揺れ、アイラさんと並ぶハイレグな股間は鼠径部が丸見えだった。というか、ちょっとだけ横乳見えてない?神かよ。
普通にその辺を歩くので、長い髪の毛の隙間からチラチラと彼女の美尻も見えている。
……あれ、もしかして僕は明日死ぬのでは?
机に両肘をつき、口元を隠す様に指を組む。なるほど、死ぬには良い日なのかもしれない。
「ええい!そろそろ着替えるぞ、2人とも!京ちゃん君の目が座りはじめた!自我の崩壊か、理性の崩壊。どちらかが発生する!我々は下がるから、君はその間にトイレへ行っておけ!」
「かたじけない」
「京ちゃんが忍者っぽい台詞を!遂にニンジャーズらしくなって!」
エリナさんが無邪気な笑顔で、こちらの肩をバンバンと叩いてくる。
そのリズムに合わせ、顔の横で『ゆっさゆっさ』とお胸様が揺れていた。レオタードがずれて、見えている横乳の範囲が広がっていく。あ、あと少しで中央にまで……!
「いかん!京ちゃん君の眼が血走り始めた!ミーア、エリナ君を連れて撤退するぞ!」
「……わかりました」
「あーれー」
金髪ドスケベ似非シスターが、銀髪ドスケベ女王様と金髪ドスケベ女騎士に連行されていく。
バタリと扉が閉まってから、自分は穏やかな笑みを浮かべた。
───どうやって、移動しよう。
* * *
30分後、再び有栖川邸のリビングに集まる。
アイラさんはいつものジャージ姿だし、エリナさんは桜色の着物姿。ミーアさんはノースリーブの白いシャツにジーパン姿である。
……ミーアさんはその格好でも十分エロでは?
やはりドスケベ一族。おそろしやぁ。ありがたやぁ……!
「京ちゃんトイレ長かったけど、大丈夫?お腹壊した?」
「気にしないでください。メンタルの問題です」
「気にするよ!?心の傷って大変なんでしょ!?」
「エリナ君。そういうデリケートな問題はそっとしておいてやってくれ」
「そうなの?わかった!いつでも相談してね、京ちゃん!」
ふっふっふ……罪悪感で死にそう。
「さて。せっかく集まったわけだし、ただお菓子を食べてだべるだけでは勿体ない。少しばかり、真面目な話でもしようか」
アイラさんが、机に頬杖をつきながらもう片方の手で棒状のチョコ菓子をつまむ。
「そこのエロ猿。もといムッツリスケベ童貞。もとい京ちゃん君は既に知っていると思うが」
「ぐう……!」
あまりにも散々な言われ様だが、何も言い返せない。
いや、ほんと。マジですんません。仲間や友達をそういう目でしか見られないとか、自分は最低の人間ではなかろうか。
「功名と悪名がどちらも広まり過ぎて、評価が難しい事で有名な『錬金同好会』。そこがとあるゴーレムを出した事は知っているかな?」
「あ、あのラブ……んん!性的な人形の事ですね」
顔を赤くしたミーアさんが、長い耳をピコピコと動かす。
「うむ。ぶっちゃけあれ、やっぱり軍隊や自衛隊が大量に買い占めると思うかい?」
「ええ!?」
「でしょうね」
「ええ!?」
何やらミーアさんが驚愕の声をあげている。
はて。この人もゴーレムの有用性は知っているはずだが、何故そんなに驚くのか。
「そ、そんなエッチな事に軍や自衛隊の予算を!?で、でも確かに戦いを生業にしていると、子孫を残す本能が高まり過ぎて、同性相手にまで興奮してしまうという話が……!」
「はっはっは。ミーアはスケベだなぁ」
「本来の用途ではなく、軍事転用するって話なのですが……」
「…………」
ミーアさんが顔を覆って机に突っ伏してしまった。南無阿弥陀仏。
安心してほしい。貴女がドスケベなのは既にエリナさん以外は皆が知っている。
「どうしたの先輩。先輩も具合悪いの?」
「精神的な事です……今は、今は優しくしないでください……!」
隣に座るエリナさんが、心配そうに彼女の背中を撫でた。
優しさって、時に猛毒だよね。わかる……。
「脳みそまっピンクな妹は置いておくとして」
「はうっ」
「同好会もとんでもない物を作ってくれたものだ。たしかアレ、平均的な成人女性程度の身体能力はあるのだろう?ネットで見たカタログが正しいのなら、だが」
「公開されている簡易的な設計図を見た限り、その通りかと」
アイラさんの言葉に頷く。
平均的な成人女性相当。こういう風に言うと、戦いには向かない非力なゴーレムに思える。
だが、世の中『少年兵』なんて言葉が存在するぐらいだ。女子供でも扱える武器など、幾らでもある。
「それこそ、子供が使える自動小銃もあるとか。ミリタリー系には詳しくありませんが、軍人さんや自衛隊員さんなら活用法もすぐに思いつくでしょう」
「昨日発売を開始したらしいが、既に完売。予約は3カ月先まで埋まっているそうだ。京ちゃん君的には残念だったかな?」
「いや、買いませんけど???」
興味がないと言ったら、嘘になるが。
しかし自分が購入した場合、確定で親にばれる。気まずいってものではないぞ。
というか、もしも欲しいってなったら自分で作るわ。兵器に転用する気はないから、『マギバッテリー』詰まなくても良いし。
……1人暮らしに、少しだけ憧れているのは内緒だ。
「それより、ゴーレムって所が重要でしょう。アレも、ゲートを潜れる可能性が高い」
「うん。問題ないと思うよー。覚醒者と一緒に、ってのが前提だと思うけど」
こちらの問いに、エリナさんが頷く。
彼女は持っていたチョコクッキーを頬張り、飲み込んでから続けた。
「今まではゴーレムを自衛隊の戦力にしようにも、燃費の問題で難しいってされていたよね」
「ああ。まともに戦闘で運用できるのは、最近同好会から販売されたタヌキ型ぐらいだ。それも、1パーティーに1体が基本となる」
アイラさんが、『だが』と一呼吸おく。
「今回販売されたゴーレムは、1度の充電で1週間以上動ける想定だ。これは、ダンジョン事情も大きく変わるだろう。高ランクはともかく、『Eランク』以下は特にな」
「ですね。本当に、あそこの技術力って頭おかしいですよ」
それとも、スキルとしての『錬金術』を持っている人からすれば当たり前なのか?
……いいや、それはないだろう。そうだったのなら、もっと似た様な研究成果があちこちで出ているはずだ。
あの同好会が、異様な熱意と優秀さを持っているだけである。
性欲って、すごい……。
「今の所供給量は限られているが、今後はどうなると思う?増えるかね」
「時間が経てば増えると思いますが、微増でしかないかと。10年20年後はわかりませんが」
「根拠は?聞いた話では、『マギスタンド』なる施設に詰めているのは同好会から指導を受けただけの、錬金術のスキルを持たぬ覚醒者らしいぞ?メンテナンスは彼らが行う辺り、作り手も増えそうだが」
確かに、錬金術を始め一部のスキルは知識と技術さえ身につけば使う事ができる。事実、自分もそれでゴーレムを作っているのだから。
だが、それにも限界はある。
「あくまで彼らがやっているのはメンテナンスです。ネットで募集要項やら条件やら読みましたが、この研修内容だとゴーレムを1から作るどころか、半分からでも無理だ。彼らが出来るのは、恐らく異常がないかのチェックと簡単な故障を直す程度。重大な破損を見つけた場合は、同好会に連絡するのが役目でしょうね」
「……存外、きっちり調べているのだね。京ちゃん君」
「……こ、今後のダンジョン事情を変えるかもしれない話でしたので」
これはあくまで知的好奇心の結果である。恥的好奇心ではない。
だからニヤニヤするな、残念女子大生!
「ムッツリ京ちゃん君はさておき」
「誰がムッツリですか……!」
「微増でしかないのなら、直ちに影響はないか……」
「それでも、日本の株価はかなり回復していますけどね」
むくりと、ミーアさんが復帰する。
「同好会が現在マギスタンドを出しているのは、日本国内のみです。その……え、エッチな人形を求めて、世界中から多くの男性が集まっている様で。大きなお金の動きを生んでいます」
「そのうち海外にもマギスタンドとやらは出来るだろうが、今の所はそうなるのも当たり前か。いやはや、人の欲というやつは凄まじいね」
「まあ、そういう話だけじゃなく単純に『ダンジョン問題が解決するかも』という希望が見えたから。というのもあるでしょうが」
「どちらにせよ現金な話だ。しょうがない事だがね」
ケラケラと笑ったアイラさんが、こちらに視線を向ける。
「しかし、自衛隊の戦力が増強され、ダンジョンの公開は取りやめ。当然『Bランクダンジョン』も再び政府の管理下に……とは、ならなそうだね」
「ええ。僕としては残念ですが」
「おいおい。なんだいその言い方は。私も残念に思っているよ?たぶん」
たぶんって自分で言ってんじゃねぇか。
魔女の様な笑みで、アイラさんが大仰に肩をすくめる。彼女は国の御用学者になれる性格ではない。民間でダンジョンに関われる今の方が、その好奇心を満たせるのだろう。
「せっかくあの『ウトゥックのダンジョン』は神殿である可能性が高いと、文字の解読からわかったのだ。ダンジョンの事をまだまだ知る為にも、頑張ってくれよ?京ちゃん君」
「給料分は頑張りますよ」
「私もだよ京ちゃん!忍の里を作るため、これからも術を磨かなきゃ!」
「いや僕はそれ関係ないけど」
「!?」
『裏切られた!?』みたいな顔するんじゃありません。
度々彼女が言う『忍の里』ってなんなんだよ。説明されても理解できる気がせんぞ。
「私も、今後も努力していきます。これでも姉さんと同じで、お婆様の背中を追いかける者ですから」
「私はババ様の後を追った覚えはないがね。ま、やる気がある様で何より。それと」
アイラさんが、ニヤニヤと笑いながらこちらをお菓子で指してきた。
「京ちゃんくぅん。給料分という事は、先ほどの私達が見せた艶姿は冒険者業のモチベーションには関係ないわけだ」
「ちょ、ま、当たり前でしょう!べ、別に何とも思ってませんし?い、いえ。たしかに眼福であった事は否定しませんが、冒険者業にその様な邪念はですね」
「で、あるならばぁ……。他で『見物料』を取り立てても構わんよなぁ」
あ、嫌な予感。
だが時すでに遅し。自分は既に言質をとられたのだと察する。
「私達の恥ずかしい姿を見たのだ。文化祭、楽しみにしているYO!」
今になって、『君たちも道づれ』という言葉の意味を理解する。
アレは、僕に対しても言っていたのか……!
「は、謀ったな残念女子大生!」
「ぬぁんの事かにゃぁ?アイラちゃんわかんにゃぁい」
「くっそ腹立つ顔を!!」
美女がしちゃいけない顔で煽ってくる残念女子大生に、拳を硬く握る。
だが、その手はいつの間にか隣にやってきていたエリナさんの両手で包まれていた。視線をそちらに向ければ、当たり前の様に満面の笑みが待ち構えている。
「楽しみだね、京ちゃん!皆で頑張ろう!!」
「……うっす」
逃げ場は、存在しなかった。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
直感で今は家に帰らない方が良いと察し、一次会が終わった後に孫以外の予定が空いている研究室の学生集めて焼肉奢ってからのんびりと家に帰り、最後の一線を守ったらしい孫達を見た有栖川教授
「ちっ。ヘタレどもが……」
アイラさん
「ババ様!?帰って来て早々なにを怒っているんだいババ様!?というかあの礼儀にうるさいババ様が舌打ち!?」
ミーアさん
「…………」




