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第百十五話 対策の重要さ

第百十五話 対策の重要さ




 日が巡り8月最初の土曜日。自分達は再び、ウトゥックのダンジョンへとやって来ていた。


 帰りはエリナさんの転移で何とかなる距離だが、ストアへのマーキングは禁止されている以上、行きは毎回迎えに来てもらう事になる。


 その事を少し申し訳なく思いながら、いつもの様に準備を済ませゲート室に。


 最終チェックを済ませた後、白い扉へと踏み込んだ。


 乾いた石造りの床と壁。所々に出来た亀裂から漏れる風は冷たく、しかし湿気を感じない。


 人工の光で照らされた通路の中、片手半剣を抜く。


「ダンジョンに入りました。探索を開始します」


『うむ。2度目だが、油断するなよ。対策を更に重ねたとは言え、基本は相手の呪いを受けないつもりで行動するように』


「はい」


「オッス!」


『京ちゃん君はむしろ積極的に当たって行け。目指せ、世界一の当り屋!』


「人聞きが悪い」


 口を『へ』の字にして答え、仲間達に目配せする。


 頷きが返ってきたのを確認し、慎重に歩き始めた。


 自分とミーアさんのカツカツという足音と、ゴーレム達の重い足音が通路に響く。外に比べれば過ごしやすい気温と風だろうに、嫌な汗が頬を伝い落ちた。


 無音で歩くエリナさんが、すぐに鋭い声をあげる。


「後ろから4体、こっちに飛んできているよ。速度もかなり出てる」


「了解」


 入って早々出迎えが来たらしい。陣形を反転させ、自分と『白蓮』が敵正面に立つ。


 ガチャリという音が背後からし、一瞬だけ目をそちらに向けた。斜め後ろで、エリナさんが武骨な籠手を腕に装着している。


 彼女の前腕をすっぽりと覆い隠し、先端は拳がもう1つ2つ入るのではと思うほど分厚い。


 エリナさん曰く、新しい忍道具の鉤爪らしい。


 手首や指の関節はなく、代わりに3本の刃が腕の延長線上に伸びている。刃の形状は横から見ると『ト』に近く、腕を振って壁をよじ登るのは難しい。


 だが、ただ登る事を考えるのならこの『魔道具』の方が適しているだろう。


 思考をそこで切り、正面へ。剣を腰だめに構えた直後、後ろから『左近』が大型ライトで前方を照らし出した。


 眩い光に思わず急停止するウトゥック達の姿。そこに自分と白蓮が攻撃をしかける。


「しぃ……!」


 跳躍し、風を蹴って更に上昇。先頭の個体が慌てて剣を構えるも、構わず胴を逆袈裟に斬り捨てる。


 隣を鉄球が通過し、もう1体が撃墜。奥の2体の内、1体が掌を自分達に向ける。


 標的は───エリナさん。


 術の発動を妨害しようと宙を駆けるが、遮る様にもう1体のウトゥックが立ちはだかった。


『キィィィ!』


 雄叫びと共に槍を突きだしてくるが、それを回避して通り抜け様に胴を裂いた。


 詠唱を止めるのは、間に合わない。


『ガッ……!』


 だが、最後尾のウトゥックは憎らし気に呻き魔法を中断。腰の剣を抜いた。


 それもそのはず。自分の背後では今、ミーアさんによる霧で視界が遮られているのだから。


 ウトゥックの使う呪いは、対象の姿を視認していなければならない。霧のせいでこちらの後衛も攻撃がしづらいが、呪詛を放たれるよりはマシだ。


 そして。


「とぉわぁ!」


 ───カァン!


 軽快な掛け声と、壁から響いた音。それに、最後の1体は譲ろうと剣を構えながら少し下がる。


 困惑した様に目を細めながらも、間合いを詰めようとしてくるウトゥック。その全身を視界に捉え、いつでも()()()フォローが出来る様に備えた。


 霧の中から伸びるワイヤー。それに引っ張られる様に跳びだしたエリナさんが、今度は反対側の壁へ『鉤爪』の先端を射出。ブレードが突き刺さり、繋がっているワイヤーが引き戻され彼女の身体が宙を舞った。


 ぐるりと、猫の様なしなやかさで体を横回転。壁に突き刺さった刃を抜き、金髪の自称忍者はウトゥックへと踊りかかる。


 予想外の動きに鷲の顔を驚愕に歪めながら、怪物はすぐさま剣を逆袈裟に振り迎撃しようとした。


「アパー!」


 だが、振り下ろされる鉤爪の方が速い。右ストレートの要領で繰り出された刃がウトゥックの胸を抉る。


「ドパー!」


 直後、風の力により刃が勢いよく射出。反動で両者の身体が離れ、ウトゥックは固い床に叩きつけられた。


 塩に変わる怪物の横で、ガキン、という音と共に刃を戻しながらエリナさんが着地する。


 周囲の警戒をしながら降り立った自分に、彼女はドヤ顔で振り返った。


「どーお京ちゃん!私の新しい忍具は!」


「うん。便利そう」


「でしょー!そうでしょー!」


 嬉しそうに笑うエリナさんが、鼻から『むふー』と息を吐き両腕を力こぶでも作る様に構える。


 突き出されたお胸様の『たゆん』という揺れからは目を逸らし、視線を鉤爪の方に。


 大山さん作の魔道具。自分の素材を使い『魔力変換』による加速で刃を射出し、同じく風の力で繋がっているワイヤーを引き戻すのだとか。


 切っ先には『概念干渉』が組み込まれ、単純な強度以外の守りは意味をなさない。


 射程は5メートルと心もとないが、エリナさんの技量なら上手く扱えるだろう。


『コロンビアなポーズをしているところ悪いが、油断してくれるなよ?傍から見ていると、かなり心臓に悪い』


「ですね」


 アイラさんとミーアさんの言葉に、自分も頷く。


 エリナさんも接近戦が出来るのは良いが、出来ればあまり前に出てほしくない。腕は信じているが、このダンジョンは呪いが怖すぎる。


「大丈ぉ夫っ!私、戦闘中は『透明化』で見えなくなっているから!鉤爪は見えちゃうけど、呪いには関係ないってアーちゃんからお墨付きを貰っているもんね!」


「ああ、もう発動していたんだ」


 言われてみれば、ちょっとだけ透けて見えていたかも?自分には大して変化がない様に見えるので、分かり辛い。


 しかし、変則的な軌道を前にしたとは言えウトゥックの反応が妙に鈍いと思ったが、奴からすればやたらでかい籠手が宙を飛んでいた様に見えていたのか。


 神話上奴らも精霊なのだが、現代にモンスターとして現れたウトゥック達は塩で出来ているとは言え肉体がある。自分やサナさんの様な視界はもっていない。


『毒島君のお守りに加え、視覚を遮る霧とスキル。二重三重の対策を用意したが、大丈夫そうかね?』


「1回の戦闘では何とも。ですが、ウトゥックは魔法を中断して近接戦に切り替えようとしていた辺り有効な様です」


「この戦術、私は出来る事少ないんですけどね……」


 ミーアさんが眉を八の字にしながら、長い耳をへにょりとさせる。


「通常戦闘はそうですが、相手の数がこの前みたいに大量だった場合ミーアさんの魔法を頼らせてもらうので……」


「先輩は秘密兵器だよ!いざって時はお願いね!」


「……わかりました。頑張ります!」


 むん、と気合を入れるミーアさん。両腕に圧迫された爆乳様が!!


 あのワンピース、やっぱり結構胸元開いているよな……流石はドスケベ一族。なんという谷間か。そしてお胸様のなんと柔らかそうなお姿よ……。


 邪念に支配されそうな頭を小さく振り、イヤリングに指をあてる。


「それでは探索を再開します」


『うむ。気を付けてくれたまえよ』


 話している最中に、ドロップ品は『右近』が回収してくれた。それをエリナさんのアイテムボックスにしまい、再び歩き出す。


 自衛隊のペイントを発見し、長い通路を歩き続けた。道中で幾度か戦闘をするも、この前ほどの物量とはまだ遭遇していない。出口付近にも、マーキングが済ませてある。


 ここの出口を固める自衛隊の建築物は、他のダンジョンで見た物と比べてかなりごつい。


 警察の派出所の様なデザインをしていた『Cランク』までの建物とは異なり、まるで要塞だ。


 土嚢の山と、魔法で作ったのだろう石の壁。その奥にコンクリの建物が控え、幾つもの銃口が出口を守っている。隊員の姿は基本的に幾つもの障害物で見えない様になっており、呪殺への対策もされている様だった。


 それだけ危険な場所なのだと再認識しつつ、探索を続けていく。


 数十の長く急な階段を上り下りし、進んで行った先。ダンジョンに入ってから1時間が経過した頃、アイラさんがやや興奮した声をあげる。


『そろそろ目的地のはずだ……!』


 その声に答える様に、階段を上った先。真っすぐな一本道に出ると、通路の向こうに大きな扉を発見する。


 まるで1枚の岩から削りだした様な、継ぎ目のない両開きの門。奇妙な文様が描かれたそれを前に、イヤリングへ触れる。


「アイラさん。恐らく目的の部屋の前に到着しました」


『うむ!まずは扉に刻まれた模様をよく見せてくれ!京ちゃん君、上の方の撮影を頼むよ!』


「私は索敵に集中するねー。あ、扉の向こうに敵はいないっぽいから安心して」


「了解」


「では、下の方は私が」


 エリナさんからカメラを受け取り、風を踏みしめ見えない階段を進むように上昇する。


 10メートルは優に超えている天井近くまで、扉の模様は刻まれていた。それを撮影しながら、ゆっくりと移動する。


『ふっふっふ……素晴らしい……!神話とは文化だ。文明だ!ウトゥックと言えば古代メソポタミアの伝説が浮かぶが、メソポタミアの神話に出てくるイナンナという女神を知っているかな?この女神の冥界下りの話は、シュメールの季節や農業様式に深く関わっているとされていてね。これは春に穀物の収獲が行われ、家畜の───』


 どこから出てきた、その肺活量。


 早口で語りだしたアイラさんに相槌を打ちながら、撮影を続ける。息継ぎをしているのかも疑わしい勢いでまくし立てる彼女に、こっそりため息を吐いた。


 まあ、この神殿っぽいダンジョンが『ダンジョンで暮らしていた文明』を読み解くのに重大なヒントとなるかもしれないのはわかる。


 わかるのだが、それはそれとしてダンジョンの中で長話は勘弁してほしい。語りを聞いていて敵の接近に気づけませんでしたは、困る。


「撮影、終わりました」


「こちらもです、姉さん。扉周りの壁も映しましたよ」


『ようし!では中に入ってくれ!』


「わかりました」


 ゴーレム達が、巨大な扉を押し開ける。かなりの重量だが、今の白蓮なら問題ない。


 エリナさんの耳で敵がいないのはわかっているが、念には念を入れる。ゴーレム達が周囲をライトで照らし、ウトゥックがいない事を確信してから自分達も入室した。


「これは……」


 ミーアさんが、感嘆の声を漏らす。


 体育館2つ分はあろうかと言う広い室内には、5つの石像が祀られていた。



 中央には、太陽の頭をもつ逞しい男の像。


 その右には、薄布1枚を纏った女性の像。


 反対側には、鹿の角を生やした豊満な女性の像。


 自分達から見て左端には、剣を持った筋骨隆々の男の像。


 その逆の右端には、ハープを携えた美丈夫の像。



 周囲には火の灯っていない燭台が並び、5つの像は階段の様に段差のある台座の上から自分達を見下ろしていた。


 今にも動きだすのではないかというほどの、見事な造形。魔力を多分に含んだ素材で作られているのか、はたまた彫刻家の腕前か。見る者に強いプレッシャーを与えてくる。


 思わず、『精霊眼』でモンスターの擬態ではないか確認したほどだ。正真正銘の石像だが、素人目にもその出来栄えに驚愕を禁じ得ない。


 数歩前に出たミーアさんが、うっとりと石像を見上げている。


「素晴らしい……。初めてミケランジェロのダビデ像を見た時と、変わらぬ感動を今胸に抱いています……!」


「そんなに凄いんですか?」


「ええ、それはもう!これを作り上げた芸術家は、間違いなく歴史に名を残す人物ですよ!」


 やや興奮した様子で答えるミーアさんに、ちょっと引く。


 生憎と、自分は芸術に疎い。凄い事はわかるのだが、そう熱弁されても理解できないのである。


 エリナさんの方を見れば、彼女は石像には目もくれず、いつもの笑顔を浮かべたまま周囲の警戒を続けていた。


 彼女も自分なんかより芸術に詳しそうだが、ミーアさんほどの熱意はないらしい。それとも、感情を上手く制御できるプロらしさか。なんにせよ安心する。


『ほうほう……ぱっと見だが、真ん中は太陽神にして主神。右がその妻で、左が豊穣神か?この辺りは鹿かそれに近い生物がいて、食料に出来ていたのか……。剣を持ったのが軍神で、ハープは芸術の神か?いや、魔法が存在する以上、あれが杖的な意味をもつかもしれん。たしか音色を詠唱代わりにする魔法があったはず。そもそも多神教なのか。いや、それより太陽神が主神というのも、ダンジョンで活動していた者達が本来住んでいた土地の環境を』


 そしてアイラさんはアイラさんで、何か始まった。


 冷や汗を流しながら、カメラを構え直す。仕事は仕事だ。金を貰っている以上、役目を果たそう。


 そうして石像やその周囲の映像を収めていく最中、ミーアさんは静かになっていた。熱心に石像を眺めているが、仕事に戻ってくれている。


『むむ。主神の妻らしき女神が持つのは、取っ手のついた壺?ケトル?酒を注ぐのか、それとも水か。だとしたら水に何かしらの意味を持たせている?待て。そう言えば冥界の神はこの場にいるのか?この女神が務めているのか、軍神らしき神が兼任しているのか。いやいや。別の場所で祀られている?それとも冥界の文化自体があるのかまだわからんな。台座の周りに文字があれば分かり易いのだが……ああ、まったく。一番乗り出来たのなら何か書類があったかもしれないのに。その辺りも早く公開を』


 アイラさんの方は相変わらずうるさいが。いやほんと、今ダンジョンなんで。聴覚も立派な索敵手段なんで。


 どうやら壁の方にも何やら書き込んである様で、そちらの方もカメラに記録していく。


 入室からかれこれ20分ほどした頃、扉脇の壁で直立不動だったエリナさんが構えを変えた。


「皆、敵が来たみたい。数が多いよ。階段の下から飛んできてる」


『なんだと!?京ちゃん君、盾になって石像を護……くっ、仕方がない。君達の命が最優先だ……!』


「苦渋の決断どうも」


「へいパス!パース!」


 バスケでもしているのかという構えのエリナさんにカメラを投げ渡し、剣を抜く。


「ミーアさん。お願いします」


「ええ、任せてください。石像には指一本触れさせません……!」


「切り替えてください」


「は、はい」


 この姉妹は本当に……。


 己の頬を軽く叩いて思考を切り替えるミーアさんに、エリナさんが床に水が入ったポリタンクをずらりと並べる。


「お待たせ先輩!格好いいとこ見せちゃって!」


「はい!」


 自分にも飛行音が聞こえ始めた所で、ミーアさんが杖で床を叩く。


 それに呼応する様にタンクのゴム栓が内側からこじ開けられ、蛇の様に水が宙へと這い出てきた。


 水の大蛇たちはみるみるその体積を増していき、氷の鱗と牙を纏い始める。その姿は、ヤマタノオロチ伝説を彷彿とさせるほどに大きく、膨大な魔力が籠められていた。


 階段から、遂に鷲の頭と翼をもつ怪物達が姿を現す。


「いきなさい!」


 そこへ一斉に襲い掛かる大蛇の群れ。壁や床を削り、逃げ場などない猛攻がウトゥック達へ迫る。


『キィィィィ!!』


 槍や剣で迎撃しようとする怪物達だが、無意味とばかりに巨大な牙で凍らされ容易く噛み砕かれた。


 下の階へと先を争うように下っていく氷の大蛇の後を、得物を構えた自分と白蓮が続く。次に上ってきたところを叩くために。


 かなり数は削れた様だが、全滅まではしていまい。証拠に、再び飛行音が聞こえ始めた。


「霧を展開します。ご武運を」


「はい!」


 やはり、何だかんだ言って頼りになる。エリナさんも今度は鉤爪ではなく、『大車輪丸』を構えていた。


 翼をはためかせながら階段を飛び越えてきた十数体のウトゥック達。それに風と炎の嵐と、鉄球が出迎えた。



 ───探索開始から1時間と40分後。



 無事にダンジョンの外へと帰還し、安堵の息を吐き出す。


 モンスターや地形への対策の重要性。それを胸に刻み込み、糧に出来たダンジョン探索だった。






読んでいただきありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。創作の原動力になっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。


思いつきで短編、『ロボットものボーイミーツガールのボーイポジに入っちゃったヤニカスおばさん傭兵』を投稿しました。よろしければこちらもご覧ください。


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― 新着の感想 ―
>タンクのゴム栓が内側からこじ開けられ 普通のくるくる回すキャップだと回す手間がかかるからゴム栓に交換してるのか。 前回出てきたときちょっとめんどくさそうと思ってたけどちゃんと対策しててえらい。 …
アイラさんが仕事をしてる!?だと!?
いろいろ新しい発見があって研究者の人にはたいへんいいダンジョンなんだろうけど、呪いのまぐれ当たりが怖いですよね。 対策あっても命は一つだし。 にゃ~ん♪  ∧∧ (・∀・) c( ∪∪ )
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