第百十四話 平和な試練
第百十四話 平和な試練
『Bランク』恐いなー、となった翌日。
今日も今日とて『例年を上回る暑さ』とテレビで言われるだけあって、蒸し暑い中高校へ向かう。
覚醒者になって地味に嬉しいのは、熱中症の心配がだいぶ遠のいた事かもしれない。
熱いや冷たいという感覚は普通にあるのだが、上限や下限が増したのだ。自分だけではなく、大なり小なり覚醒者は基本的にそうである。
気温が30度とかいったら、非覚醒者も覚醒者も『暑い』と感じ。60度を超えたりしたら前者は倒れるが、後者はさっきより多少汗を増やしながら『暑い』と言う……みたいな?
とにかく、頑丈になった。とりわけ自分はその中でもかなりタフな方らしい。固有スキルもあるが、ステータス的にも。
だがしかし。暑いものは暑いし、クーラーは偉大だという気持ちも変わっていない。エアコンを発明した人は、ノーベル平和賞を10回受賞しても良いと思う。
道中蝉の鳴き声にうんざりし、女子生徒の夏服に心躍りながらも教室にたどり着いたわけだが。
「文化祭、何しよっか!!」
朝からすげーハイテンションな自称忍者がいた。
うん、いつものエリナさんである。
だがその服装はいつもと異なる!!
夏休み明けから、彼女も夏服に変わっているのだ……!
え?じゃあ既に『いつも』じゃんって?考えるな、感じろ。
白い半そでのシャツから覗く腕は白くしなやかで、指先までも美しい。太腿の半ばまでを隠すプリーツスカートと、黒いニーハイソックスの間にある絶対領域が眩しかった。健康的な美脚ながら、太腿にはしっかりと柔らかい肉がついているのだと、ニーハイの食い込みが訴えてきている。
何よりもブレザー姿だった頃よりも更に感じられる、ご立派なお胸様のテント具合……!でかいメロンをお2つ入れていらっしゃる?と思うほどの豊かさだ。
なるほど……どうやら僕は頭が沸いているらしい。暑さへの耐性とは?
「京ちゃんどうしたの?ぼーっとしたかと思ったら頭を抱えて」
「いや、罪の意識が……」
「何があったの?」
「賭けてもいいぞ。あいつ絶対エロい事考えてた」
「し、雫さん。大目に見てあげましょうよ。矢川君もお年頃なんですから」
ふっふっふ、ぐうの音もでねぇぜ……。冷静な第三者による強制冷却は、シンプルに辛い。
話を変えようと、エリナさんの発言を思い出す。
「で、文化祭って?」
「それより大丈夫?なんか涙目だよ?」
「倍プッシュだ。あいつ茹だった頭が冷えてメンタルに大ダメージ受けてるぞ」
「雫さん。そもそも賭けが成立しないので……」
やめてくれ。それ以上はちょっと泣く。
「大丈夫だから文化祭の話をしよう。で、なんで突然?」
「突然じゃないよ!うちの高校、文化祭は9月でしょ?もうすぐ8月だから、実質1カ月しかないんだから!」
「あー」
言われてみればそうだった。生憎ここにいるのは自分含めて全員1年生。高校の文化祭とか初めてなので、アニメで見るのぐらいしかイメージがわかない。
というか、9月なんだ。素で10月だと思っていた。
「他のクラスではもう準備が始まっているんだって!さっき一子ちゃんから聞いた!」
溌剌と告げるエリナさん。たしか一子さんって、エリナさんが転移でノーロープバンジーさせた人だったか。
可哀想に。この暑さなのに何故かほとんど汗を掻いていない自称忍者に絡まれ、さぞや肝を冷やした事だろう。いや、ノーロープバンジーの原因が原因なので、あまり同情はしないが。
閑話休題。文化祭ねぇ……。
「郷土資料の展示で良いんじゃない?」
「さんせー」
「なんでぇ!?」
自分の言葉に、大山さんが気だるげに手をあげる。
「京ちゃんもシーちゃんもおかしいよ!文化祭だよ?お祭りだよ?どうしてそんなつまらない事しようって言うのさ!」
「めんどい」
「同じく」
「もー!」
両腕を子供みたいにブンブンと振り回すエリナさん。
くっ。お胸様が上下に『たゆんたゆん』と!まさか色仕掛けか?あらかじめ席につき、机という防壁で遮っていなければ危うかった。生理現象に気づかれたかもしれない。
巧みな視線誘導に全力で抗いながら、エリナさんの目を見る。
「いや、そもそもうちのクラス4人だけだよ?何をしろと」
「そーだそーだ。つうか、学校側もアタシらが何かやるってなったら渋い顔すると思うぞ?」
「ですね」
「アーちゃんまで!?」
これで3対1である。ここは法治国家日本。多数決という名の民主主義により、もはや決定したも同義だ。
この戦い、僕達の勝利だ!
「本当に何もしないの……?」
「うっ」
こちらの机に手を付き、うるうると瞳を潤ませたエリナさん。両の二の腕に圧迫されたお胸様が形を変える。
くっ、顔が良い!視線を下げなければ!
くっ、お胸様が!視線を上げなければ!
なんだこの無限ループは!?逃げ場はない。これが自称とは言え忍者の力か!
「おい、矢川が陥落しかけてんぞ。愛花、お前の『魔装』で誘惑してこっち側に引き戻せ」
「バックドロップきめますよ?」
「ごめん」
机を1つ挟んだ場所では、そんなやり取りがされていた。どうやら援軍は期待できないらしい。
「い、いや、その」
「人数が少なくってもさ。私達なら色々できると思うな。高校1年生の文化祭は1回だけなんだよ?留年とか入学し直しとか、そういうの抜きにしたらさ。ね?皆で思い出、作ろうよ」
「……け、検討を」
どうにか逃げ場を見出し、顔を廊下側の壁に背ける。
「検討に検討を重ねた末、お答えさせていただきます。この場での回答は控えさせてください」
「絵に描いた様な逃げだな」
「矢川君、きっと政治家には向いてませんね」
好き勝手言いなさる……!
口を『へ』の字にしてプルプル震えていると、冷たくも柔らかい手がこちらの手を取った。
「つまり今は中立で、ここから賛成になる可能性があるんだね!」
あらやだすっごいポジティブ。
エリナさんの浮かべる満開の笑顔と柔らかい指の感触に、心臓が高鳴るのを自覚しながら小さく頷く。
彼女はブンブンとこちらの手を振った後、大山さん達の方にスキップで移動した。
腕が上がった瞬間、揺れる横乳が背後からでも見える。この『精霊眼』は見逃しはしなかった。凄いぞ、『精霊眼』。
「じゃあ、シーちゃんとアーちゃんを説得したら文化祭で楽しい事するの確定だね!」
「やべぇぞ。こっちに来やがった……!」
「いけませんね。あの天然タラシに私達が耐えられますか……!?」
「矢川みたいに骨抜きにされるかもしれねぇ」
「矢川君みたいに醜態を晒すかも……」
好き勝手言いなさる……!!
この後3人とも首を縦に振らされた。自称忍者、強い。
そのすぐ後に先生が来て授業が始まり、具体的に何をするかは後日話し合う事に。ちなみに先生としては、文化祭で何か出し物をすると聞いた瞬間半泣きで顔を引き攣らせていた。
若い女の先生で、少し幸薄そうな顔をしている。恐らくうちのクラスを強引に押し付けられた、ある意味被害者だ。
自分にはこれしか言えない。ドンマイ、と。
* * *
『文化祭はどうしたかって?郷土資料の展示だが?』
『華やかさ皆無だよぉ!』
放課後、『松尾海戦☆イカタコ乱舞』をしながらアイラさんに質問した所、こんな答えが返ってきた。
「アイラさんって、たしか女子校出身じゃないでしたっけ?」
『うむ。私とミーアは高校まで。そしてエリナ君は中学までそうだな。ちなみに小中高の一貫性だ』
『私は覚醒者になって、ちょっと居づらくなっちゃったんだよねー』
「今時女子校ってお金持ち校なイメージですけど、文化祭は盛り上がらなかったんですか?」
『他の女子校は知らんが、確かにうちの学校は裕福な生徒が多かったと思うぞ。だが、それでも学生だ。面倒は嫌いだし、友達と他のクラスの展示を見て回りたい者が多かったのさ』
「なるほど……」
『あ、ゲージ溜まった。ウ●コ、発進!』
「略すな。ウルトラワンコって言いなさい」
エリナさんのはしたない発言と共に、彼女のキャラが巨大ハンマーを振り回し始める。
やっぱこれウルトラハン●だろって?すみません、ちょっと英語は苦手なのでわからないです。
『私もゲージ満タンだ!アイラ、ウニタンク!いっきまーす!』
「だから何故それに乗る。もっと他にあったでしょうに」
『こっちのが強そう!』
「いや、確かにアプデで強くなったけども」
微妙に某アニメに寄せて言うんじゃねぇ。しかもあんたのタンク赤いじゃねぇか。せめて白にしろ。
……いや赤いのも言ってないだけで似た様な事はしたっけ?
『ウニタンク、発進!』
『いっけぇ、パイセーン!』
『ウニタンク、大破!』
『ぱ、パイセーン!!』
「知ってた」
パイロットが弱いからそらそうよ。だってあの人無駄に突撃するし。
『うおおおお!パイセンの仇!くらえ、ウン●投げ!』
「略すな。そしてゴリラか」
『か、囲まれたぁ!京ちゃぁぁぁあん!』
「いや叫ばれましても」
どうしてこの2人、ゲームになると猪になるのか。いや、むしろゲームだからだろうけども。
こちらも雑に必殺技の『牛糞ミサイル』をばら撒きながら、イヤリング越しに問いかける。
「そう言えばエリナさん。そもそも何をやりたいとかって、もう決まってるの?」
『うーん、やりたい事がたくさんあり過ぎてねー。実はまだ決まってないんだー』
「はあ。まあ、らしいと言えばエリナさんらしいね」
『でも京ちゃんが一番前に出る事は決まっているよ!』
「は?」
え、なに死刑宣告?
我コミュ力がほんのちょっと低い系男子ぞ?なんで華のある女子3人差し置いて前に出すの?刑罰?
『あと女装も決定事項だよ!』
「なんて?」
マジの死刑宣告だった。
『ほう、詳しく聞かせてくれ。実に興味深い』
「黙ってろ残念女子大生」
『やっ!』
「子供か!」
無駄に可愛い声で拒否するんじゃありません!
『すみません、京太君が女装するって話をしていましたか?』
「うわ出た」
ミーアさん、貴女どっから聞いていたんですか。いやマジで。
『うむ!京ちゃん君にどんな服を着せるか、それが問題だ』
「着ま、せん、よ?」
抗議の意を示す為、イヤリングを爪で軽く引っ掻く。鏡を掻く音を食らえ。
『ふっふっふ。実はもう何を着せるかは決まっているのです』
だが効果は薄い様だ。無駄に頑丈だなちくしょう。
「だから着ないよ?何なら当日ブッチしてやろうか?」
『楽しみだね、京ちゃん!』
「聞いて???」
などと話している間に、自分が操作していたキャラが敵チームに囲まれて倒された。
あっという間に相手の墨がバトルフィールドを塗り尽くし、今回も惨敗となる。巻き込まれた野良の人、すみません。
一緒に戦っていたこの『キャノンソード』って人強かったのだが、自分達が完全に足を引っ張ってしまった。
『ね、ね。京ちゃんは女装して何がしたい?』
「まず女装が嫌なんだが?」
いけない。これはまた明日、エリナさんに説得されるかもしれない。そうなったら自分は抗う事が出来るのか?
あ、無理だわ。頭の中でオリハルコンの理性が『アルミホイル』って書いたタスキをかけようとしている。
……いっそ、何かトラブルがあって文化祭が中止になればいいのに。
そう思うも、デーモンの一件があるので不謹慎すぎると、流石に口をつぐんだ。
『あ、仮装と言えばパイセン』
『なんだねエリナ君。面白い話かな?なんでも言ってくれたまえ!協力しようじゃないか!』
『やったー!じゃあそろそろ私達が買った東京のお土産、使ってね!』
『 』
絶句する残念女子大生。なんか鼻息が荒くなった気がした残念女子大生その2。
うん、この思いは口に出してもいいな。
「ざまぁああああああ!!」
『き、貴様ぁああああ!!』
読んでいただきありがとうございます。
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