第百十三話 呪い
第百十三話 呪い
『キィッ───ッ!!』
甲高い声と共に急降下するウトゥック。勢いそのままに振り下ろされた片手剣を、こちらの片手半剣が受け止める。
刃のぶつかり合いとは思えない、巨大な鉄塊同士が衝突した様な轟音。ミシリという足元の石床が軋む音は、かき消された。互いの刀身が擦れ、火花が散る。
「おおっ!」
力は強いが、それでも正面から弾く事が出来る範囲。
空中でバランスを崩したところに返す刀で刃を叩き込み、胴を両断する。隣では鉄球が槍持ちのウトゥックを血袋に変え、暗がりの向こうへと吹き飛ばした。
残るは1体。その個体は他のウトゥックの様に前へ出る事はなく、こちらのライトが届かない位置で魔力を練り上げていた。
『■■、■■■■……!』
耳を、虫が這いずった様な不快感。奴の掌に灯った青白い光が、その姿を露わにする。
鷲の顔は感情が読み取れず、黄色の瞳が不気味に照らされていた。
怪物の掌には、青白く光る心臓が乗っている。それが奏でる鼓動は、不思議な事に自分の物と同じリズムに思えた。
呪毒魔法───『死出の導き』
自分の心臓を模した、魔力の塊。それを握りつぶさんと、怪物の掌が閉じられ───。
『ピッ』
ウトゥックが死んだ。
短い断末魔の事と共に、床へボトリと落下した怪物は放置。それより、先ほど斬り捨てた個体や鉄球で吹き飛んだ個体に視線を向ける。
どちらも魔力の残滓のみ。視線をエリナさんに向ければ、頷きが返ってきた。
「周囲にはもう敵はいないよー。隠れている感じもなし!」
「ふぅぅ……」
その言葉に胸を撫で下ろし、構えを解く。『右近』が通り過ぎドロップ品を回収してくれるのを見ながら、自分の胸を鎧越しに撫でた。
「大丈夫とわかっていても、心臓に悪いですね」
振り返れば、ミーアさんが苦笑を浮かべていた。それに、自分も似た様な顔をして頷く。
自滅したウトゥック。アレはこちらを呪おうとしたがレジストされ、『呪詛返し』により己の心臓を握りつぶしてしまった結果だ。
このダンジョンが自分達と相性が良いとなったのは、こういう理由である。
自分は心核により呪いの類は効かず、『白蓮』達ゴーレムにはそもそも心臓がない。ウトゥックが使う呪毒魔法は対人の物なので、『ホムンクルスもどき』には効果が薄かった。これがきちんとしたホムンクルスなら、話は変わるけれど。
そして、この呪いが発動したら魔力による抵抗が成功するのを祈るしかないエリナさん達には。
「アーちゃんから貰ったお守りがあるからね!心配は無用だよ!」
そう言って、エリナさんが胸元からお守りを取り出した。
掌に乗るサイズの、紫色の巾着。その中には『トレント』の木片を人型に掘った物に、毒島さんの髪の毛を1本巻き付けた物が入っている。
呪毒魔法の使い手は、呪いや毒に対する対抗呪文を持っている……らしい。
そんなわけで、彼女に依頼し呪詛返しのお守りを購入したのだ。使い捨てだが、複数持ち込んでいるので安心である。
効果はしっかりしている分、少しお高めらしいが。
「それにしても、毒島さんもこの短期間でよく幾つもお守りを作れたな」
「んにゃ。アーちゃん元々こういうの作って売っているよ?」
「え、そうなの?」
「うん。ダンジョンに行くより儲かるって言ってた。そのお金で装備を整えて、レベル上げしてるんだってー」
「あー……」
毒島さんの『魔装』は、その……露出過多だからな。
覚醒者にとって最高の装備とも言える『魔装』が普段使い出来ない以上、大山さんみたいな職人が作った装備を集める必要がある。
色々と入用なのは、当たり前か。レベルがないと、自衛が不安だろうし。
「でも、髪の毛とか入れていたら逆に呪われたり魔法の対象にされたりしない?」
血や肉片を使い、相手の位置を把握する魔法もあったはず。黒髪美人な女子高生とか、変な輩に狙われそうだ。
まあ、顔写真付きでお守りを売っているとは思えないけど、今の世の中どこから情報が洩れるかわからない。
通販で売っていたとしても、通販サイトがハッキングされて個人情報が流れてしまう……なんて事もあり得るわけだし。
「大丈夫!きちんと取扱説明書の最初に『もしも本来の用途以外でこのお守りを使った場合、不幸が降りかかるかもしれません』って書いてあるから!」
「それ、括弧で『私が不幸にしてやる』って書いてない?」
「そこまで書くと法律的に危ないから……」
そっと目を逸らすエリナさん。さては、その文を考えたの貴女だな?
『覚醒の日』から少しした頃、不幸のメールが一時期再ブレイクした事がある。魔法が現実になった現代では、『1週間以内に友達10人へこのメールを~』とかも洒落にならないと考えられていた。実際は、そんな方法じゃ相手を呪えないけど。
……当たり前みたいに『友達10人』とか書いている事の方が、自分やアイラさんにとっては即死呪文だが。
ダンジョン内でネガティブになりかけ、首を横に振った。友情とは数ではない、質だ……!悪戯メールで枕を濡らす必要はない……!
あのメール送ってきた奴マジで許さんからな。ナイフを再構築しながら、兜の下で眉間に深い皺を刻む。
『気を張り過ぎないのは良いが、あまり油断し過ぎるなよ?京ちゃん君はともかく、エリナ君とミーアは常にお守りが壊れていないかチェックしながら進んでくれ』
「はーい」
「勿論です、姉さん」
「うっす」
ドロップ品も回収し終えたので、探索を再開する。
ちなみに、ウトゥックが落とすのは『粘土』だ。無論、ただの粘土ではない。
自分は詳しくないが、炉に使えば魔力を籠めやすい鉄が作れるとも、建築素材に使えば幽体系モンスターの壁抜けを防げるとも言われている。
他にも、転移等への対策になると聞いた事があった。覚醒者やモンスターが多い今の時代では、需要に溢れまくっているドロップ品である。
そんな事を考えながら進んでいれば、階段につきあたった。
「アイラさん。階段があります」
『ほう。ではそれを上った後、3方に道が分かれているはずだから正面に進んで、2つ目の十字路を右に曲がってくれ。1つ目で曲がると、同じ所に戻って来るから気をつけたまえよ』
「了解」
『ここの階段はどれも異様に長い。どうやら、特定の数フロアを避ける様な造りになっていてな。構造からして何かの神殿で、特別な一室を隔離する為だろうが……転がり落ちてくれるなよ?』
「それは勿論。ですが……」
白蓮の背にある金属製の背嚢から懐中電灯を取り出し、前のめりになりながら階段を照らす。
かなり急な角度をしており、段数は数えるのも馬鹿らしいほどあった。事前に自分も地図を見たが、このダンジョン……というか、建物は色々とおかしい。
1つ上の階に直接行く階段がほとんどないのだ。今いるフロアから本来の上の階に行こうとすると、何度もでかい階段を昇り降りする事になる。正直、かなり複雑な構造なのでアイラさんのナビなしだと迷っていた。
それでも、このランクで戦える覚醒者の肉体ならば体力的な問題はあまりない。しかし……。
「ダンジョンで長い階段って、嫌な予感しかしないんですよねぇ」
『だな。自衛隊の資料にも階段で襲われ、隊員が負傷したという事例がある。ウトゥックはダンジョンの異変に敏感だ。戦闘が長引けば、それだけで大量に集まってくるぞ』
「了解」
イヤリング越しに頷きながら、剣を肩に担ぐ様にして構える。
同じく念話を聞いていただろう仲間達に目配せした後、慎重に階段を上り始めた。
幸い、このダンジョンにトラップはないらしい。だが、階段というのは翼の無い身からすると戦い辛い地形だ。自分達の中で空中戦が出来るのは、この身だけ。それもあまり得意ではない。
だから上っている最中はあまり接敵したくないのだが。
「上の階からこっちに4体接近中。気づかれたかも」
「わかった……!」
そういう時ほど、モンスターは現れるものだ。
仕方がないと、全力で足を動かす。石材で出来た階段を踏み砕き、全力で駆けあがった。
散弾の様に床の破片が飛び、轟音が鳴り響く。だが気にしてはいられない。破片からはゴーレム達が仲間を守り、音が引き寄せた敵は諸共に粉砕する。どうせ階段で討伐に手間取れば、囲まれて前進も後退も出来なくなる。
3歩で駆けあがり、勢いそのまま射出される様に上の階へ飛び出した。空中にいる自分へ、待ち受けていたかの様に槍が投擲される。
数は2。頭部と腹狙いの軌道を予知し、バレルロールで回避。直後に2体のウトゥックが剣を手に斬りかかって来る。
弧を描く様な軌道からの、左右からの同時攻撃。『概念干渉』で風を踏みつけながら、2つの刃を刀身と籠手で受け止めた。
ギリギリと押し込まれながらも、どうにか耐える。直後、背後から氷の槍が飛来し右手側の個体を貫いた。
短い悲鳴をあげて怯んだ隙に剣で押しのけ、すぐさまもう片方の個体に刃を突き立て喉を抉る。
首から鮮血を散らしながらも、そのウトゥックは刀身を両手で掴んできた。一瞬だけ動きが止まった自分に、呪詛が向けられる。
だが、呪殺しようとしてきた2体は自滅。強引に刃を横に振り抜き、視線を氷の槍で刺された方へ向ける。
床に跪き剣を杖に立ち上がろうとしている所に、飛んできた鉄球が無慈悲に頭蓋を打ち砕いた。
仲間達が駆け上がってくる音を背に、自分も石床に着地する。
油断なく剣を腰だめに構えていれば、イヤリングからエリナさんの声がした。
『京ちゃん!凄い数の飛行音が向かって来てるよ!』
「ごめん。たぶん僕のせい」
『良いって事よぉ!』
『階段で戦うよりは余程マシですからね!』
「どうも」
短くそう答えた所で、背後に2人と3体の気配。
そして、耳に届く大量の風切り音。
ダンジョン中の敵が押し寄せてきた、というほどではないだろうが。それでもこのフロアのウトゥックは全て釣られたのかもしれない。左右と前方の3方向から、自分達目掛けて群れが向かってきている。
だが、こういう時の事も考えてきてある。主にエリナさんが。
「手筈通りに」
「おっしゃあ!」
エリナさんが前に出ると、長くしなやかな左足をピンと上に向けながら仰け反った。片足立ちで不安定だろうに、驚くほどブレがない。
右手に持った巨大手裏剣、『大車輪丸』が魔力を与えられ唸りをあげる。
「ひっさぁつ!インビジブルニンジャーズ、アタァック!」
「ダッッセ」
思わず飛び出た本音を無視し、放たれた一投。4枚刃の手裏剣が高速で回転し、正面から迫る敵集団に襲い掛かった。
ウトゥック達にぶつかる寸前、ダンジョンの壁や天井から溢れ出た魔力が壁の様に立ちはだかる。
だが、刃はそれを絡め取り更に加速。手裏剣が纏う風は嵐となり、怪物達の身をズタズタに引き裂いた。石造りの壁や床が罅割れ、巻き起こる土煙に赤い物が混ざる。
投擲した大車輪丸を回収している時間はないと、エリナさんが後退。代わりに自分が前に出れば、彼女はすぐさまアイテムボックスから多数のポリタンクを床へ乱雑に置いた。
「先輩!」
「はい!」
ミーアさんが杖で床を突いた直後、内側からゴム製のキャップが弾き飛ばされた。
溢れ出た水は魚が泳ぐように宙を舞ったかと思うと、左右の通路へと飛んで行く。そして、石床に降り注ぐなり形成される氷の防壁。
続けて彼女が杖を1回転すれば、防壁を基点に空気が凍り始めた。瞬く間に通路が氷で閉ざされる。
「左右の道は塞ぎました!ですが、強引に壊される可能性があります!」
『いや、それ以前に3つの道は近くで合流している。正面へ回り込んでくるかもしれん』
「できれば1方向からの方が良いですね……!」
そう答えながら、敵集団目がけて吶喊。手裏剣で数は減ったが、まだ20体以上いる。
剣を構えて走る自分に、十数もの腕が向けられた。そして、疑似的な心臓が奴らの掌に作り出される。
直後ウトゥック達が一斉に自滅し、残るは5体。剣や槍を手に迫るそいつらを、風と炎を纏わせた剣によって纏めて打ち払った。
この程度では死なないが、勢いは削いだ。すかさず横薙ぎに振るわれた鉄球が比較的高い位置の3体を纏めて粉砕し、高度を落としていた個体を自分が跳躍して斬り捨てる。
首を刎ね、残された胴体を蹴り最後の1体へ接近。突き出された槍を横回転で避け、逆袈裟に胴を引き裂いた。
『おめでとう。京ちゃん君、レベルアップだ』
「そりゃどうも!」
どうやら、呪詛返しでも経験値は入るらしい。着地しながら答えるが、今はレベルなど気にしている余裕はなさそうだ。
アイラさんの予想通り、氷の壁を打ち破るより回り込む事を選んだらしい。暗がりの向こうから押し寄せる、大量の魔力反応に剣を構える。
ウトゥックは強い。だが、自分達はクエレブレどもと戦った時よりも強くなった。大群で来ようと、負ける道理はない。
上等だ。纏めて返り討ちに……!
「んん!?」
膨大な数の腕が、己の体表を撫でた様な不快感。耳の中を虫が蠢いた様な怖気。それらの感覚に目を見開いた直後、
───ドドドドベチャァッ!
肉が硬い物にぶつかった様な音が、前方の暗闇か多数聞こえてきた。
先頭を飛んでいたのだろうウトゥックが、床に削られながらも近くまで滑ってくる。そして、塩へと変わりパサリと広がった。
「………」
「京ちゃん!なんか聞き慣れない音がしたけど何があったの!?」
「なんか、死んだ……」
「なんか!?」
いや、なんかとしか言いようがないというか……。
ガシャガシャと白蓮が隣に来て武器を構えるが、キョロキョロと首を回した後に鉄球を下ろす。
取りあえずナイフを抜き、炎を纏わせて放り投げた。
飛んで行くそれに照らされた通路。そこには、床一面に塩が広がっている。どうやら、呪いの一斉射でこちらを仕留めるつもりだったらしい。
……ギャグみたいな最期を遂げたウトゥック達だが、その行動に背中を嫌な汗が伝う。
一斉に放たれた数十の魔法。アレは果たして、毒島さんのお守りが肩代わりしてくれる『1回』にカウントされるのか。そもそも、魔力の洪水とも言える呪詛の密度に耐えきる事が出来るのか。
もしも、そうでなかったら……。
『あー……取りあえずおめでとう、京ちゃん君。またレベルアップだ』
「どうも……」
アイラさんの言葉に、我ながら適当に答える。
『Bランクダンジョン』
そこはやはり、油断などして良い場所ではなかった。
毒島さんのお守りや自分が作る卵型の結界等を使う時、効果が重複してしまう他の魔道具は同時に持つ事ができない。
1つだけ起動させながら他に幾つも持ち運ぶ場合は、アイテムボックスに入れるか、専用の容器に入れておく必要がある。故に、瞬時の付け替えは難しい。
以降、約1時間の探索中気が休まる事はなく。
『Bランク』とはどういうものなのかを、強く噛み締める日となった。
読んでいただきありがとうございます。
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