第百十二話 同格
第百十二話 同格
東京から帰って、翌日。世間では国家の設立を宣言した傭兵団の事で持ち切りに……なって、いなかった。
チラホラと話題には上がるのだが、中東という遠い場所。その上普段から物騒な場所という事もあって、日本人の大半が大した興味を抱いていなかった。
だが一番の理由は、続報が全然入ってこない事だろう。『覚醒者達が戦場で大活躍している』という噂が聞こえてくる程度だ。現地の映像なんかは、ほとんどネットやテレビに出てきていない。
海外の反覚醒者団体なんかは、それだけの情報でも今回の事を理由に『やはり覚醒者は危険だ』『しっかりと管理すべきだ』と主張している。
国内のマスコミからも、『覚醒者という事は日本人のはずだが、国はどういった対応をするのか』という声も上がっていた。
それに対し政府は『現在調査中の為詳しい事は答えられない。とにかく今の中東は非常に危険な為、絶対に行くな』とテレビで言っている。
まあ、何にせよ。どうにも当事者意識を持てないというか、実際無関係というか。
言葉を選ばずに言うのなら、対岸の火事である。テレビの向こう側。遠くの国で起きた出来事に、当事者意識を持つ方が難しい。
ただ、通学中や学校の廊下を歩く時、周囲から向けられる視線に警戒の色が強まった気がする。それは、あまり愉快ではなかった。
とにかく、件の傭兵団の事に関してはちらほらテレビで聞く程度。それよりも、『Bランク冒険者』に関する話の方が自分も世間も重要視している。
ダンジョン庁が出したPVを見て『あれなら大丈夫か』という声と、『未成年者が混じっているじゃないか』という批判が入り乱れる中。それでもダンジョン法は改正に向けて動いている。
東京から帰ってすぐ、いつものメンツで有栖川邸集まって相談した。内容はこの契約に不審な点はないかという所と、行くダンジョンはどこにするかというもの。
アイラさんへのお土産に関して、本人が『ちょっと心の準備をくれ』と言っていたので、一旦考えないものとする。というか、自分もそれを考えると頭がそちらに行ったままな気がするので、後回しだ。
色々と話し合った結果、電話で幾つかダンジョン庁に確認を取った上で最初に行く迷宮が決定。早速、今週中に向かう事に。
距離が比較的近く、相性も良いダンジョン。されど、当然危険度は今まで通っていたダンジョンとは文字通り格が違う。しっかりと準備が必要だ。
解放された30のダンジョンは『シンプルに強い』ってタイプと、『対策がないと極めて厄介』の2種類に分けられる。
今回選んだのは後者。対策さえ怠らなければ、『クエレブレ』の時ほど苦戦はしないはずだ。
準備に2日ほどかけ、水曜日。あと少しで7月も終わる頃。
蝉の声が鳴り響く、暑い日に自分達は『Bランクダンジョン』へと足を運んだ。
電車に揺られること、約30分。駅につくと、自衛隊の人が車で迎えに来てくれていた。
お互い営業スマイルで簡単に挨拶を済ませ、目的地まで運んでもらう。
これまでのストアと違い、近づく事すら物々しい雰囲気だ。試験導入期間が終わり、正式に『Bランク冒険者』が制度に組み込まれたら、この辺りも変わるのだろうか。
放置された畑や田んぼが、窓の向こうに見える。どこも雑草や蔦に覆われ、見る影もない。ダンジョンの周りではよくある光景だが、見ていると物悲しくなる。たしか、日本の食料自給率がまた下がったとテレビで言っていたっけ。
ぼんやりと外を眺めている間に辿り着いた先では、金網で囲われた広い敷地の中央にポツンと灰色の建物がある。
自衛隊の人に案内され中に入れば、外とは違いふわりと冷たい風が出迎えてくれた。
内装の方は、今まで通っていたストアとあまり変わらない。いつもの様に更衣室で支度を済ませ、免許を提示し受付を通り過ぎるのも普段どおりであった。
しかし、ここから先は違う。
扉の前に立っただけでわかる、上昇した魔力濃度。これは、ミノタウロスのダンジョンへ飲まれる瞬間感じたものとそっくりだった。
ゲート室に入れば、背後で分厚い金属の扉が閉まる。ゲートが転移しない為、上下にわずかな隙間は空いているが、まるでそれを仕切りに世界が区切られた様な感覚を覚えた。
白い両開きの扉を前にして、深呼吸を1回。案内してくれた自衛隊の人も、この部屋にはいない。『魔装』を展開し、エリナさんに荷物を預ける。
そしてアイテムボックスから出してもらったゴーレム達を起動。『白蓮』は新しい身体になって、これが初陣となる。慣らしは市の訓練場で軽く済ませるだけにしたが、それが失敗でなかった事を今更ながら祈った。
「皆、準備は良いですか?例の『お守り』も持ちましたね?」
「はい」
「お守りは大丈夫。でもちょっと待って」
こちらの呼びかけに、エリナさんが硬い声を返す。
何かあったのかと彼女に視線を向ければ、真剣な瞳が白蓮へと向けられていた。
『グリーンマン』のドロップ品をベースに、既存の予備パーツと組み合わせる事で作り上げた新生白蓮。それに何か不具合があるのかと、冷や汗が背中を伝う。
「パイセン、気づいた?」
『ああ。無論だとも。むしろ、京ちゃん君がまったく気にしていない事に私は驚いている。何なら、落胆すらしているよ。君にはがっかりだ……』
「え、いったい何が……」
『ミノタウロスのダンジョン』に続き、2回目の『Bランクダンジョン』。万全を期す必要がある故、何か問題があるのなら今日の探索は中止にせざるを得ない。
迎えに来てくれた自衛隊の人や仲間達には申し訳ないが、命が一番大事だ。
エリナさんが、その形の良い眉をキリリと吊り上げる。
「新しくなったのに、デザインが変わってない!」
「どいてくださいミーアさん。その馬鹿殴れない」
杖を踏切の遮断桿の様に構えるミーアさんが、ぶんぶんと首を横に振る。
「お、落ち着いて。きっとエリナさん達にも何か深い理由が……!」
『愚問だとも!これは海よりも深い理由と、山よりも高い志しによる問題提起だ!』
「アイラさん」
『うむ!』
「今から言う内容次第で、刑が変わります」
『───私から言う事はなにもない。気にしないでくれ』
「パイセン!?」
梯子を外された自称忍者が狼狽える。ざまぁ。
アイラさんは減刑。後で教授に、『あの人マナー講座を凄く受けたがっていました!』って伝えるだけに留めてやろう。
また一緒に、地獄を味わいましょうね……!
「エリナ=サン。俳句ヲ読メ」
「あ、今の京ちゃんいつもより忍者っぽいよ!グッドだね!」
「20、19」
「なんのカウントぉ!?」
「18」
「あ、あのね。こういう新型のお披露目って凄く大事じゃない?だったらもっと色を変えるとか、装備を追加するとか色々するのがお約束って」
「0」
「私18秒もしゃべ、にゃー!?」
エリナさんの額に強めのデコピンを放つ。
おでこを押さえた彼女が、恨みがましい目をしながら唇を尖らせた。
「うう、酷いよ京ちゃん」
「今からダンジョンに入るって時に、悪ふざけした奴への対応としては優しいが?」
「でもさぁ。新フォームだよ?新型だよ?機体の乗り換えイベントだよ?もっと金色にするとか、大砲のっけるとか必要だと思うの」
「大砲のっけたら違法だし、金色に塗る意味ないでしょうが。ロマンは認めるけど、現実にもちこむなボケ」
「京ちゃんがいつもより冷たい……」
「冷たかったのは僕の背中に流れた汗じゃい……!」
白蓮の見た目も装備も、かつてとまんま同じである。
別に今のままで不都合とかないし、戦闘で使う物の形をコロコロ変えたら混乱するわ。
「まあまあ。おかげで無駄な力は抜けたじゃないですか」
ミーアさんが苦笑を浮かべながら、エリナさんの額を撫でる。
まあ、確かに……。いつもよりランクが上のダンジョンだと、気を張り過ぎていたかもしれない。
「そうですね。その点は感謝しないと」
『そうだな!私も君達の緊張を解してやろうという、年長者に相応しい気遣いをだね』
「アイラさん」
『うむ』
「それ以上ふざけるのなら、ミーアさんと密室に閉じ込めますよ。1時間ぐらい」
『ふふ……何故だろうな。可愛い妹とただ過ごすだけなのに、何故か冷たい汗が流れたよ……!』
「きょ、京太君!破廉恥ですよそんなの!」
『ミーア?普通、姉妹で1時間一緒にいても破廉恥な要素はないよね?ないと言って?』
さて。良い感じにリラックスできたし、今度こそダンジョンに入るとしよう。
「それでは、今度こそ良いですね?」
「うん!」
「大丈夫です」
『う、うむ。私は今ババ様に姉妹仲について相談するか迷っているが、直ちに問題はない』
「では、入ります」
肩に手が置かれたのを確認し、白いゲートを潜る。
一瞬だけ、足元が消えた様な感覚。直後、硬い床の感触がブーツ越しに伝わってくる。
そこは、石を積み上げて出来た建物の中だった。
床も壁も薄茶色のブロックで組まれ、所々に出来た小さな傷から僅かに風の流れを感じる。
光源は腰に下げたLEDランタン型と、ゴーレム達の頭部につけたライトのみ。通路幅は広く、3車線か4車線道路ぐらいか。天井も高い様で、エリナさんが追加でペンライトを取り出して上に向けるも、薄っすらとしか見えない。
一応ダンジョン庁から貰った資料で知ってはいたが、実際に来るとやはり魔力の濃さが違う。
ゲート前のやり取りで力が抜けていた肩が、いつの間にか強張っていた。
意識して呼吸をしながら、剣をゆっくりと抜き柄の感触を確かめるようにしっかりと握る。
「アイラさん。ダンジョンに入りました」
『うむ。こちらも地図を見ている。いつも通り、まずはペイントを探してくれ』
「了解」
後ろの2人にも目配せし、ゆっくりと前進を開始する。
自分達の足音だけが響く空間。この暗がりの向こうから何が出るのかと、頭では知っているはずなのに言いようのない不安感が沸々と胸に沸き上がる。
鬼が出るか、蛇が出るか。怪物が出てくる事だけは、確定している。
暗く、乾いた風が流れる通路を進んで行けば、黄色い文字を壁に発見した。
「アイラさん。現在『D-41』です」
『わかった。……ふむ。取りあえず、そのまま直進してくれ。内装がどこも同じで、この段階ではまだ現在地がわからん』
「はい」
短くそう答え、再び歩き出してすぐの頃。
「待って」
エリナさんが、小声ながらよく響く声を上げる。
先ほどの馬鹿話の時とは、声の温度が違った。咄嗟に柄を両手で握る。
「3体、前方から向かって来ているよ。音からして『飛んでる』。速度からして、こっちの存在には気づいていると思う」
「わかった。白蓮、前へ」
「『右近』と『左近』は、私とエリナさんの前で盾を構えなさい」
ジャラリ、と。鎖付きの鉄球を構えた白蓮が隣にやってくる。
「もう一度確認します。2人とも、『お守り』はありますね?」
「ええ」
「勿論。せっかくアーちゃんに作ってもらったんだもん。きちんと持っているよ」
「わかりました。では───先制攻撃をしかけます」
自分にも聞こえてきた、風を切る飛行音。
速い。暗がりの向こうで動く魔力を捉え、左手でナイフを抜く。
同時に指輪の力で刀身に炎を纏わせ、大きく振りかぶって前方に投擲した。
風の助力を得た、渾身の力を籠めた一投。並の『Cランク』ならばこれで討ち取れると自負しているが……。
あっさりと、炎を纏ったナイフは砕かれた。宙を舞う残骸には、まだ炎が灯っている。
その輝きに、3体の異形が照らし出された。
骨格は人に酷似している。緑色の上着と腰布を身に着け、手には剣や槍が握られていた。
そこだけ見れば文明を持った人類に思える。だが、全容を目にしてもアレを『人』と見間違う者はいまい。
鷲の頭と足。背中からは焦げ茶色の翼が生え、筋骨隆々の手足を含め見えている肌は羽毛で覆われている。
こちらを見下ろす黄色く濁った瞳には、明らかに悪意と敵意が滲んでいた。
『ウトゥック』
古代バビロニアの神話に登場する精霊と似ている事から、このモンスターはそう名付けられた。
元となった神話には善と悪の2種がいるそうだが……これは、『ガルラ』とも呼ばれる悪霊の類としか思えない。
『ガッガッガッガッガッ───ッ!』
まるで嘲笑う様な声を上げながら、異形どもは得物を構える。
……大丈夫だ。戦える。気圧されるな。
己にそう言い聞かせながら、こちらもまた剣を両手で構え直す。クエレブレも、あの牛人間どもも1歩間違えれば即座にこちらの首が取られる、強敵であった。されど、それらを踏み超えて自分はここにいる。
もはや格上などとは思わない。同格の冒険者として───討ち取る!
読んでいただきありがとうございます。
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