閑話 覚醒者の戦争
閑話 覚醒者の戦争
およそ30人に1人。
それが、日本における覚醒者の割合である。そしてこの約400万人が、世界における覚醒者の総数とも言える。
日本の人口からすれば十分に多いが、世界人口から見ればあまりにも少ない。
そんな彼らは、大半が良識のある民間人だ。
平和な時代の国に産まれ、銃弾や砲弾とは縁遠い生活を送ってきた者ばかり。ある程度の遵法精神を持ち、人殺しに対して強い忌避感を抱いている。
『トゥロホース事件』に関わったのは、覚醒者の中でもほんの一握りに過ぎない。『覚醒の日』から2年と3カ月以上。ここまで日本が社会を維持できたのは、大半の覚醒者が『まとも』だったからに過ぎない。
だが、そんな日本でも『快楽殺人鬼』や『スリルジャンキー』という言葉が存在している。
世界から見れば少なくとも、日本全体から見れば数の多い覚醒者達。
その中に、そう言った呼び方が当て嵌まる者は確かにいるのだ。
* * *
「パニック映画が、私は好きだ。特にモンスター・パニックものが大好きだ」
中東。とある街。
その外れに建てられた、仮設指揮所。テントの下に机と椅子、数台のパソコンが並べられただけの場所であった。
「隣人が突然ゾンビになったり、宇宙船で宇宙人が暴れたり、巨大な怪物が街を破壊したり。そういう理不尽な暴力が唐突に、そして圧倒的に。思うままに他を蹂躙する映画を愛している」
語るのは、何とも特徴のない男だった。
歳の頃は30半ばと言ったところ。体型は中肉中背。黒髪黒目に、黒縁メガネ。ワイシャツに黒いズボンと、少しよれた白衣姿。
手にはコーヒーの入ったマグカップが握られ、ちびちびと飲んでいる。
もしも日本にいたのなら、恐らく誰も気に留めない様な存在。
「私の周りには、そういう環境で怪物を相手に抗う側を好む人が多かった。銃でゾンビを打ち倒し、宇宙人に知略で抗い、怪獣には勇気と絆で対する。そんな話が好きな人ばかりだった」
彼は、眼前のモニターをじっと見つめている。
メガネの奥で、瞳を子供の様にキラキラと輝かせながら。
「でも私は、怪物を嗾ける側にずっと憧れていた」
銃声と悲鳴が、遠くから聞こえてくる。
街の中を我が物顔で練り歩く、奇怪な怪物達。モンスターではない、異形ども。
その姿を表現するのなら、『体毛のない狼男』というのが最も相応しいだろう。つぎはぎだらけの身体は獣と人を混ぜた様な骨格をし、開かれた口からは鋭い牙が覗き涎が溢れ出ていた。
大地を覆うのではないかという、巨大な群れ。その怪物達が、人を見つけては襲い掛かる。老若男女関係なく、その血肉を貪っていた。
物陰に隠れていた老夫婦を見つけ出し。逃げる若者を追い立てて。赤子を抱えた母親に飛びついて。
ただひたすらに、狩りを楽しんでいた。
そこに一切の慈悲はない。無機質な瞳と、それに反して獰猛かつ残忍な殺し方。創造主からさえ『理解不能であれ』と望まれた、醜い獣ども。されど、意図に反してある程度敵味方の区別がついてしまった、戦闘兵器。
白衣の男が、この怪物達を作り上げた。覚醒者としてのスキル、『錬金術』と『魔法薬学』によって。
見た目こそ狼男に似ているが、怪物達の能力はダンジョンに現れるそれよりも劣る。ランクで言えば『Dランク』がせいぜいだ。
しかしその剛腕は容易く人体を引きちぎり、その健脚は車にも追いつく。ただの拳銃程度では止められず、『強化個体』と呼ばれる特に金がかかった者達はライフル弾ですら仕留めきれない。
非覚醒の人間を蹂躙するには、あまりにも十分すぎる能力を有していた。
「いいね……こういうのが見たかった。作りたかった」
近くにいる男達は、日本語がわからない。それでも彼は感情のままに言葉をつむぐ。
遠くから聞こえる悲鳴をかき消してしまわない事だけを、気遣いながら。
「やはりこういうのは『数』が大事だな。『質』は他のメンバーが補填してくれるが、こればかりは私が頑張らねば。しかし、もっと性能を上げたいのも本音。いやぁ、燃費の改善に今後も頑張らねば」
街を飲み込まんとする怪物の群れ。その物量は、尋常な手段で維持できるはずがない。使役するには、そうとうの魔力と高価な材料が必要になる。
だが男は低コストでこれだけの大群を作り、稼働させた。
唾棄すべき、外法でもって。
「幸い材料兼燃料も、世界中に80億以上。そしてこの辺では入手も容易い。素晴らしい職場だ。これぐらい露悪的な方が、私のテンションも上がる。怪物とはこうでなくては」
男がコーヒーをすする音が、指揮所の喧騒や遠方からの悲鳴や銃声にかき消される。
モニターの先では、政府軍とも巻き込まれた別組織とも分からぬ者達が怪物相手に応戦していた。
『撃て!撃て撃て撃て!』
『くそっ!なんなんだよこいつら!』
車がすれ違える広さの、普段は露店なんかも並んでいた道。そこには今、土嚢やその辺の民家から集めてきた机等を積み上げたバリケードが塞いでいた。
その内側から、アサルトライフルやサブマシンガンの弾をばら撒く兵士達。彼らの攻撃に、僅かながら怪物達の波も勢いを緩めている。
『おい、上の連中弾幕薄いぞ!』
『仕方ねぇだろ!弾がそんなにねぇんだよ!』
怪物達が屋根伝いに来ない様、周囲にある建物の上にも銃を持った男達がいた。
彼らは日常と戦争が一体化している、武装組織である。未知の存在による襲撃に対しても、どうにか対抗できていた。これと似た光景が、街の各地で作り出されている。
それでも残弾が心もとなくなった頃、ライフル弾に倒れる化け物達の中から一際大きな影が前進してくる。
『やべぇぞ!ライフルがきかねぇ!』
強化個体───ダンジョンならば、『ボスモンスター』と呼ばれる存在。それが顔を腕で守りながら、他の怪物達を率いてやってきたのだ。
土砂降りの様に空薬莢が地面に転がるも、怪物は怯まない。分厚い肉の鎧で、弾丸は重要な臓器や骨にまで届いていないのだ。僅かに血と肉片のついた、変形した鉛玉が地面に落ちていく。
『おい、手榴弾は!?』
『もう使い切っちまったよ!』
ジリジリと距離が詰められていく。着弾の衝撃で僅かに足を遅くは出来ているが、その爪が彼らの下へ届くのも時間の問題だ。
兵士達の喉が引き攣る。迫りくる死の恐怖に、彼らの士気が砕け始めた。僅かに足が後ろへさがっていく。
だが、希望は背後からやってきた。
『全員伏せろ!死ぬぞぉ!』
彼らにとって聞き慣れた声が響いたのとほぼ同時に、ギュラギュラという騒音が耳に届いた。今は何にも代えられない福音として。
一も二もなく地面へとダイブした男達。張られていた弾幕が途絶えた瞬間、駆けだそうとした怪物達に、
───ドォォン……!!
大地を揺るがす砲声が、バリケード諸共怪物達を粉砕した。
履帯で大地を踏みしめた、鉄の巨象が現れる。長く突き出た砲身には硝煙が僅かに残り、宙に尾を引いていた。
戦車と共に現れた歩兵部隊が、戦っていた男達に駆け寄る。
『おい!生きてるか!?まだ戦えるか!』
『ああ!?なんだってぇ!?』
『ちくしょう、耳が……』
『背中……俺の背中、どうなって……』
砲弾がすぐ近くを通り過ぎた事で、先に戦っていた男達は苦悶の表情を浮かべている。
それを知った事ではないという様子で、戦車から顔を出した兵士が吠える。
『お前ら!全員で周囲の警戒にあたれ!地上の怪物どもは機銃と砲撃で潰す!戦車に近寄らせるなよ!』
それだけ言って、男はハッチの内側に戻った。それに小さく舌打ちした後、動ける歩兵達は銃を手に辺りを見回す。
『おい。ここには何人が』
───ダダダダダダダダダダッ!!
『うるせぇ!』
機関銃が上げる銃声に、後から来た兵士が吠えた。無線からは『知った事か』と一言だけ返って来る。
道の向こうから怪物達が今も押し寄せてきているのだ。銃撃をやめるわけにはいかない。
その事実に男はもう一度舌打ちして、強引に立たせた兵士を戦車から少し離れた位置に引っ張る。
『ここは何人配置されてる!建物の上に仲間はいるのか!?』
『あ、ああ。今無線を』
そう言って彼は肩につけていた無線に呼びかけるも、返答はなかった。
『なんだ?さっきの砲撃で壊れ』
瞬間、近くの建物から轟音が響いた。
2階の壁を突き破り、茶色や灰色の瓦礫と共に落ちてきた影。それは、戦車の上に着地した。
『しまっ』
すぐさま周囲の歩兵達が銃口をそちらに向けるも、もう遅い。
「あーらよぉっと!」
軽薄そうな声が、兜越しに聞こえる。
獣の頭の様な兜に、キュイラッサ・アーマーを纏った大男。彼が手に持った槍を振り上げ、戦車に叩き込んだ。
普通なら、いかに上部装甲とは言え槍で貫けるはずがない。
だが、壁を打ち破って現れる存在が普通であるはずがない。
───ガァン!
甲高い音をたてて、槍の穂先が戦車の装甲を貫いた。男はすぐさま引き抜き、次々と鋭い穂先を振り下ろしていく。
それを止めようと銃弾が殺到するが、全て鎧に阻まれた。だがそれでも、このまま無防備に受けていれば打ち倒せたかもしれない。
道の向こうから押し寄せる、怪物の群れさえいなければ。
『ガアアアアアアッ!!』
『う、うああああああ!?』
戦車が沈黙し、兵士達の注目も上から降ってきた男に向けられていた。その僅かな隙に、怪物達は彼我の距離を詰めている。
当然反撃する兵士達だが、その抵抗はほとんど意味をなさなかった。
怪物達に群がられる者達を一瞥した後、鎧姿の男は槍を担ぎ跳躍。建物の屋根を飛び移っていき、仲間のもとへ向かう。
彼が向かう先では、また別の覚醒者が暴れていた。
2メートル近い、鋼の巨体。地面に残された足跡には、潰れた金属薬莢も混ざっている。
ずんぐりとした、不格好なフルプレートアーマー。時代錯誤なその鎧はしかし、ライフル弾を物ともせず前進を続けていた。
『あいつを集中攻撃しろぉ!』
『足だ!足を狙え!』
バリケードはないが、建物を遮蔽物にして弾幕を張る兵士達。彼らが発する銃声は、しかし別の銃声にかき消される。
覚醒者も人間だ。であれば、彼らも『銃』を使うのは当然の事。
改造により専用のグリップとストックが取り付けられた重機関銃。それが、2つ。左右の手にそれぞれ構えられていた。
背負っている金属製の箱から伸びる弾帯と繋がっており、湯水の様に弾丸をばら撒いている。空薬莢が滝の様に流れ落ちていた。
「~♪~~♪」
兜の下で奏でられる鼻歌は、激しい炸裂音で周囲には届かない。前進する騎士甲冑の人物が歩いた後には血と金色の川が出来ている。
『手榴弾を投げろ!』
『おらぁ!』
凄まじい速さで削られていく壁から身を乗り出した男が、パイナップル型の手榴弾を投げた。
直後に彼は蜂の巣になるも、ピンが抜けた爆弾が鎧の眼前に転がる。
爆音。一瞬だけ煙が広がり、飛び散った破片が覚醒者を襲う。
だが彼らの攻撃は終わっていない。手榴弾で相手の銃撃が止まった瞬間、1人の男がロケットランチャーを担いで道に跳び出した。
『死ね、悪魔め!』
発射される弾頭。手榴弾の直撃を受けてなお無傷の鎧目掛けて、炎の尾を引きながら向かっていく。
回避も迎撃もできない。そう、見ていた者達は確信した。
だが。
『……は?』
青みがかった半透明な障壁が前面に展開。それに弾頭が衝突し、大爆発を起こしたのである。
舞い上がる爆炎。衝撃波が彼らを襲う中、土煙が晴れるより先に鉛玉の雨が襲い掛かる。
『ガァッ!?』
『うわああ!?』
煙の中から現れる、無傷の覚醒者。驚愕と銃撃に兵士達が身を引いた所へ、控えていた怪物達が動き出す。
鈍重な鎧を追い越していく怪物達。それらが兵士達を貪り食うのを見ながら、鎧の人物は小さく舌打ちしてトリガーから指を離した。
そのタイミングで、獣兜の男が屋根から降りてくる。
「お疲れっす、姐さん。調子はどうっすか?」
「元気だよー!今日も絶好ちょー」
兜の下から発せられたのは、意外なほど可憐な声だった。
40キロ前後の機関銃を片手で軽く持ち上げながら答える仲間に、獣兜の男は『魔装』を部分解除して顔を晒す。
安っぽい金髪に、整っているがそれ以上に軽薄そうな顔。左眉にもピアスをつけた、夜の歌舞伎町にでもいそうな青年だった。
「そりゃあ良かったすけど。あんまり銃で殺していると、経験値入らないっすよ?」
「えー?でも凄く気持ちいいんだよ?機関銃撃つの。君もやってみなよー!絶対に楽しいから!」
「いやー。自分は直接肉の感触味わった方が楽しめるタイプなんで。銃使うにしても、ボスに怒られない範囲にした方がいいっすよー」
「ちぇー。また魔力の籠った弾丸貰えないかなー」
「姐さん。すげぇ勢いで消費して前に怒られたじゃないっすか……少しは凝りましょうよ」
「はーい。反省してまーす」
和やかな会話のすぐ傍で、男達の悲鳴と怒声が木霊する。
それを気にした様子もなく、青年は近くに落ちていた無線機を拾い上げた。腰布でついていた血を軽く拭った後、耳に近づける。
「……あー。なんか、もうすぐ飛行機?ミサイル?とにかく空から何かくるっぽいっす」
「そうなのー?凄いなー。私、こっちの言葉全然わからないや」
「使われていたの英語っすよ。まあ、俺もニュアンスしかわかんねぇっすけど」
そうこうしている間に、彼らの耳は風を斬り裂く音を捉えた。それはすなわち、既に相手の攻撃はこちらに届く寸前という事。
だが、2人に慌てた様子はない。何故なら。
『■■■■■■■………』
街をひき潰しながら進む仲間が、対処してくれると知っているから。
───それは、巨大なウミウシの様な姿をしていた。
海の様に深い青色の体色。黄色の模様が幾筋も走り、角の様な触覚が上に伸びている。
奇怪なのは、その大きさ。高層ビルをそのまま横倒しにした様な巨体は、色合いもあって街中に圧倒的存在感を放っていた。
まるで、風景写真にウミウシの画像を貼り付けただけの様な、そんな違和感を見る者に抱かせる光景。
だがこれはまごう事無く現実だ。他の覚醒者達全てと比べても、なお上回る破壊規模。
巨大ウミウシが通った後には更地しか残らず、人も物も等しく平らにされていた。
その背中が、うにょうにょと動く。金色の電極めいた突起が何十にも生えてきたかと思えば、それらが帯電し始めたのだ。
バチバチという音が街中に響き、雷光が辺りを照らす。雲の隙間から覗く日光すら霞むほどの極光。
巨大ウミウシの触感が『ある方角』に揃えられた直後、
───ジィィィ……!
奇妙な音と共に、電流の波が発せられた。
電撃の余波とでも言えば良いのか、周囲の建物が打ち砕かれる。遅れて衝撃波が発生し、街中の通路という通路に土煙が舞い上がる。
「うおっと」
「ひゃー!」
2人の覚醒者は腕で顔を覆い、続いて青年の方が槍を振るって土煙を打ち払った。
「相変わらず凄いっすね、あの人。いや、もう人って良いのかわかんねぇっすけど」
「ねー。あの姿は『実験』の結果じゃないんだから、人体って不思議だよー」
重機関銃を持った女性が、軽く肩をすくめる。
「俺が言うのもなんすけど、『実験』って言葉は本人の前で言わない方が良いっすよ。俺らは普通に日本で暮らしていたっすけど、あの人拉致られて実験動物扱いだったらしいんで」
「そだねー。気を付けるよ」
兜越しに、女性の覚醒者が頷く。
巨大ウミウシ。『魔装』と『スキル』によってあの姿を一時的に取っている彼は、かつてとある国の研究所に囚われていた。
覚醒者と言っても、無敵の超人ではない。レベルが上がる前ならば拳銃で撃たれれば死ぬし、軍人が複数人でかかれば大抵の場合捕らえる事が出来る。
だが、たとえレベルが上がった後でも人に言う事を聞かせる手段など幾らでもあるのだ。
例えば、『爆弾』。
今の時代の技術力なら、マッチ箱サイズの物でも首輪などで取り付けておけば高レベル覚醒者を殺傷する事が可能である。不安ならば、手足にも同時につければいい。
例えば、『人質』。
覚醒者も木の股から産まれたわけではない。親、兄弟。あるいはそれ以外にも恋人や友人等の親しい者を誘拐し、脅迫する。
他にも倫理や法律を無視するのなら、彼らを縛る手段など数えきれない。人類社会の負の積み重ねは、ぽっと出の超人を容易く陥れる。
あの巨大ウミウシの彼も、かつては身体に爆弾を取り付けられ様々な実験を行われた。
戦闘。殺人。解剖。投薬。交配。心身の耐久実験。
その様な目に合っている覚醒者は、少なからずいる。
「あれだっけ。ボスが助け出した人達って、だいたいそういう背景なんだっけ?」
「っすねー。だから温度差というか、俺らエンジョイ勢とはノリが違うから大変っす」
「たしか、『聖杯』?とか言う固有スキルを持っているから狙われたって聞いたけど……」
「あー。それで宗教系の話題嫌いなんすね、あの人」
地獄と化した街中で行われる談笑。突如、女性は機関銃を構え青年の後ろにある建物へと発砲する。
至近距離で発せられた轟音に眼を白黒させながら青年が振り返れば、そこにはロケットランチャーを構えていた男が死体となって転がっていた。
「油断大敵だよー?『魔装』はちゃんと纏っておかなきゃ」
「うっす。あざっす姐さん!」
「ふふん。よきにはからえー。……およ?」
女性は右手の機関銃を何やら弄ると、盛大に肩を落とした。
「嘘でしょ、壊れちゃった……たぶんあの手榴弾のせいだ……!」
「ドンマイっス!またボスにお願いしてみましょう!」
「うん。今度はガトリングガンだっけ?あれお願いしてみよ」
「うっす!」
「そう言えばさあ」
破損した重機関銃から弾帯を外しながら、女性は首を傾げる。
「ボスって何者なんだろうね?この機関銃とか、魔力を帯びた弾丸とか、色々用意できるけど。そもそも、どうして捕まっていた人達の居場所を」
「それ以上は駄目っすよ、姐さん」
槍を肩に担ぎ、青年が口の前で人差し指をたてる。
「俺らはただ遊びにきているだけなんすから。深く探って面倒な事になるのはごめんっす!」
「たしかに!私、まだまだ撃ちたい銃あるもん!よし、この話はやめやめ!真面目に戦おう、傭兵らしく!」
「っすね!この国、本当なら戦車なんて持っていないはずなのにやたら出てくるし、楽しいっすよ!きっと戦闘機を貸している大国からのバックアップ?ってやつっすねー」
「ま、私達も情報工作とかしているからお相子じゃない?博士の虐殺とか、普通なら凄いニュースになっているはずだし」
「うっす!ここはスポーツマンシップに則って、フェアプレイの精神で戦いやしょう!」
「おー!」
どこまでも軽い、大学のサークル活動の様な空気。
そうして、この2人もまた戦いの中へと再び足を進める。銃弾と怒号が飛び交う戦場を、心の底から楽しみながら。
* * *
中東。とある街の、地下。
多数の発電機や魔道具が持ち込まれ、数年は部隊を養う事ができる空間。
居住区画が多数ある中で、簡素な部屋には似つかわしくないゴテゴテとした機械が持ち込まれている。
それにスマートフォンを繋ぎ、テレビ通話がなされていた。
『やあ、調子はどうだい?コナー』
『ええ、おかげ様で絶好調ですよ大統領。今ならホームランだって打てそうだ』
そう言ったのは、眼帯をつけた大柄な男。中東系の顔立ちで流暢に喋る彼の視線の先には、金髪を綺麗に撫でつけた男が映っている。
アメリカ合衆国、第48代大統領……ファッジ・ヴァレンタイン。
『君達には助けられているよ。最近は日本国内で、紅茶狂いどもが悪さをしていてね。我々の邪魔ばかりをしてくる。どうやらあの国には、政府の意向を無視して奴らと繋がる不届き者がいる様だ』
心の底から残念そうに、ヴァレンタイン大統領が肩をすくめる。
『警察官の母を持つ身としては、忸怩たる思いだよ』
『心中、お察しします。ですが、我々がここで暴れれば英国の紅茶狂いどもも静観はできんでしょうね』
『うむ。地理的にも政治的にも、奴らはそちらに手を割かねばならなくなった。その分君達には苦労をかける』
『構いませんよ。全身整形するよりは簡単だ』
笑い合う大統領と、『自称新国家』のトップ。
『だが、予定は変更せざるを得ない。そちらにドクター・テスラは送れなくなった』
『実験はどうしますか?日本の後、比較的設備の整っていないこちらでもやるはずでしたが』
『中止だ。君達はこのまま、英国の注意を引き続けてくれ。日本で最終実験が終わり次第、私達はフロンティアを目指して門を開く』
ヴァレンタイン大統領の言葉に、眼帯の男は深く頷いた。
『ご武運を、大統領』
『これ以上計画を遅らせれば、あの紅茶狂いどもに開拓地を奪われかねん。せっかくの土地を、茶畑にされてたまるものか!』
『そん時は海に茶葉をばら撒いてやりましょう!』
『おいおい。今どきそんな事をしたらメディアからのバッシングが面倒じゃないか』
そうして笑いあった後、大統領は今思い出したという感じで視線を眼帯男の背後に向ける。
『そうそう。ヒラツカに伝えておいてくれ。お前の娘は今日も元気に学校へ行った。英語はまだ不得手の様だが、友達も出来たらしい。来週には妻子とテレビ電話をさせてやるから、楽しみにしておけとね』
『了解しました。妻子が不審に思わない壁紙も用意しておきます』
『ああ、頼むよ。飼い犬には餌をやらないとな』
───覚醒者を縛る方法など、幾らでもある。
平塚菊三郎。元陸上自衛隊所属にして、覚醒者。
『精霊眼』と『結界術』を有し、更に戦闘型のスキルと固有スキルを持つ眼帯男のボディガードであった。
彼は『覚醒の日』からそう日も過ぎぬ頃。ダンジョン庁の設立前に妻子を米国に連れていかれた。
妻と娘は、自分達が人質なのだと自覚すらしていない。彼だけが、真実を知っている。
平塚の役目は、眼帯男の護衛兼『マッチポンプ』で心酔させた覚醒者達が、万が一にも盗み聞きなどしない為の見張り役であった。
彼は日本を頼れない。何故なら、妻子を米国に送ったのは日本の政治家なのだから。
無言無表情で直立不動の構えを取るこの男の内心を知る者は、誰もいない。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
Q.京太、よくこういうのに狙われなかったね。
A.主に警察や自衛隊の『SSR』や『SR』が狙われたので……。例の4人は、丸井陸将が守ったプラス本人達の癖が強すぎて『制御不能』って事で捨て置かれた感じです。




