第十三話 ドラゴンの爪痕
第十三話 ドラゴンの爪痕
小さな町を襲った、大きな悲劇。
そんな見出しが、翌日の一面を飾った。
被害にあった町は平成の大合併で小さな町同士が合わさった物だったのだが、過疎化の波には勝てず人口は年々減っていたらしい。
代わりに増えたのは、独居老人と孤独死。
今回のゲートは、そうして亡くなった人の家にあった。家自体は親族が売りに出していたものの、ここ数カ月の間点検も碌にされていなかったと、取材を受けた近所の人は言っている。
その結果が、今回の災害だ。
『ドラゴン』
ファンタジー作品ならほぼ間違いなくその名前が出てくる程の、怪物。
最初にその姿を捉えたのは、報道のヘリだった。
彼らはオカルト番組のスタッフで、件の町近くに出たというUFOを捜索していたらしい。
それで見つけたのがドラゴンだったのは、不運としか言いようが無かった。
彼らはすぐさま警察に通報後、その場を離脱しようとしたのだが、既にドラゴンから捕捉されていたのか。はたまたただの不幸か。
逃げようとしたルート上にワイバーンが出現。大きく迂回しながら町の方を撮影したのが、新聞でも取り上げられている『炎の津波』である。
その正体は、ドラゴンが放った『ブレス』。一息で町の1割が飲み込まれた、炎の嵐。
地上の大火に気を取られている内にワイバーンの体当たりを受け、ヘリは墜落したとされている。
その少し後に、自衛隊が現着。2機の戦闘機がドラゴンをかく乱し、戦闘ヘリがワイバーン達を撃墜した。
件のドラゴンは、驚いた事に『ダンジョンの中』へと撤退。追撃は出来ず、されどこれ以上被害が広がる事は防ぐ事に成功する。
その後はワイバーンの残党がいないかを警戒しつつの消火と救助活動が行われたのだが、自衛隊と消防だけでは難しかった。なんせ規模が大きすぎる。
そこに、アメリカの『ファッジ・ヴァレンタイン大統領』が人道的支援として在日米軍を現地に派遣。救助活動を手伝ったと言う。
一部ではドラゴンの鱗でも漁りに来たのではという声もあったが、米軍の協力もあって竜の撤退後2時間ほどで消火が完了した。
死者行方不明者は2千人近く。ダンジョンの氾濫による被害としては、3番目の規模となった。
現在、町は……町があった場所では、今も自衛隊と米軍により行方不明者の捜索が行われている。
テレビでもネットでも、当然ながらこの一件に関連したニュースばかりだ。
『やはり少子高齢化と都市部への人口の集中。それが今回の悲劇を招いたと言っても過言ではないかと』
『もっと空き家への調査とかをですね、積極的に行政で出来ないんですか?』
『地域ごとの助け合いが重要であり、住民同士の声の掛け合いが』
『自衛隊の行動は遅すぎますね。戦闘機はともかく、地上の戦力対応があまりにも杜撰であり』
『ワイバーン、って言うのか。あの空飛ぶ蜥蜴に襲われた時、高校生ぐらいの女の子が助けてくれてな』
『自衛隊員にも死者が出た事について、防衛大臣による記者会見が』
『大臣!民間人の避難状況が明確ではないまま、自衛隊機がミサイルや機銃を使ったというのは本当ですか!?』
『ダンジョンの氾濫は事前に防げなかったのか!これは行政の怠慢があったのではないかと』
『ヴァレンタイン大統領は今回の一件を含め、ダンジョンによる被害に心を痛めていると発表。近く、米国からの出来る限りの支援をするとメディアに』
『覚醒者と思しき3人の少女が、避難誘導に尽力したという目撃情報が多いですね。いったい誰が町の人々を救うため命を懸けたのか。今回はそれを』
『SNSでフェイクニュースが多数流れている事に関し、宇曽教授は社会的不安の表れであり、こういったものに騙されないための』
等々。どのチャンネルに変えても、内容は似た様な感じだ。
ネットの方では、懸念されていた通り根拠のない噂が飛び交っている。やれ『これは宇宙人の仕業』だの『米軍の陰謀』だの『古代文明の怒り』だの。
更にはドラゴンの画像を加工して町中を飛んでいる動画を作り、拡散した人が逮捕されたりと。大混乱である。
この様に、あの一件が社会に与えた影響は大きい。そして、自分もまた少なからず影響を受けていた。
報道ヘリが、最後に撮った映像。生放送だった事もあり、加工など一切されていないものがお茶の間に流された。
ほんの数分のものだったが、それでも『強烈』としか言いようがない。
アレは、地獄だ。
この『眼』は、時々見え過ぎる。画面の中でワイバーンに咥えられていた人の姿も、炎から逃れようと火だるまの状態で川に飛び込む人も、ドラゴンの咆哮を受けて耳から血を流し動かなくなった人々も。
ほんの数秒の映像だろうと、それらの光景が情報として認識できてしまう。ハッキリ言って最悪な気分だ。晩御飯を食べる前で、本当に良かったと思う。でなきゃ吐いていた。
今回の一件で、両親から『やはり冒険者なんてやめた方が良いんじゃないか』と言われたものの、あんなのは『民間』が行くダンジョンには出ない。
ダンジョンには『A』から『F』のランクがあるが、民間に開放されているのは『C』まで。
詳しい調査はまだ進んでいないが、ドラゴンのダンジョンなんて間違いなく『B』以上に認定されるだろう。十中八九、最高難易度の『A』だろうけど。
それでも、両親の気持ちはわかる。モンスターは怖い生き物だと、あの町の事で再認識したのだ。僕も、どこか緩んでいた考えが引き締められるのを感じた。
しかし、だからこそ自分が出した結論は。
「ダンジョンに行く回数を、増やしたいのですが……」
冒険者活動の活発化である。
『ふむふむ。理由を聞いても?』
鏡のついたイヤリングを使い、アイラさんとエリナさんに話す。
「いや……何というか。この前のドラゴンの事で、ダンジョンの氾濫って怖いなって」
『なるほど。つまり『レベル上げ』を積極的にしたいと』
「はい」
現在、市役所から各家庭に『家のどこかにゲートが出来ていないか』を確認する電話やメールがいっている。役所だけで全ての家を調べるのは法的にも人手的にも無理だから、せめて自宅だけでもキッチリ調べてくれと。
それに紛れて詐欺の電話や訪問が発生しているが、それは置いておく。
空き家に関しても市役所職員や警察による調査があちこちで進む中、自分に出来る『護身』は何か。
無い頭を捻って考えた結果が、『自衛能力を上げる』というシンプル過ぎるものだったのは少し悲しい。
「『レベル上げ』をしっかりやっていれば、戦うにしろ逃げるにしろ生存率が上がりますし……ついでに、近所の『間引き』も出来れば一石二鳥かなって……」
自分は未だ『Eランク冒険者』だが、家から一番近いダンジョンのランクもソレだ。そこの間引きに協力出来れば、被害を受ける可能性も下がる。
だがそれ以上にレベルだ。普通に筋トレするよりも、手っ取り早く身体能力の向上が見込める。
ドラゴンみたいな理不尽の塊は別として、『戦う』か『逃げる』かを選べる様にしたい。ただ隠れて怪物がどこかへ去るのを待つだけより、生存率は高いはず。
先の一件では、民間の覚醒者が避難誘導で活躍したらしい。あの、ドラゴンが暴れワイバーン達が舞う地獄で、だ。
噂の彼女ら程ではなくとも、自分が強くなれば家族を連れて安全に逃げられるかもしれない。少なくとも、その可能性を作れる。
「と、いう……そのぉ。考えなんですが……」
『滅茶苦茶弱気だな京ちゃん君』
『いつも以上に声が小っちゃいぞ京ちゃん!!腹から声だせ!!!』
いや、だってほぼこっちの都合だし。
エリナさんはまだメリットがある話だが、アイラさんには何もない。教授だって、調査するダンジョンは選んでいるだろうし。予定外のダンジョンに関してはうま味なんて無いはず。
しかし、彼女のサポート無しで探索をしていると両親に知られると今以上に心配をかけるだろうし……。
何より、アイラさんは直接の『雇い主』だ。2人に断られソロでダンジョンへ行くにしても、事前に話を通すのが道理である。
「あ、その、お2人が嫌なら僕だけでダンジョンに行く回数を増やそうかなー、って」
『まあ待ちたまえ京ちゃん君。結論を急ぎ過ぎてはいけない』
「は、はい」
『君の提案に対し、私から言わせてもらうと、だ』
「はい……」
『個人的に、研究予定外のダンジョン攻略にも付き合う気はある。むしろやりたい』
「本当ですか!?」
『うむ。まあ、落とせない単位もあるから必ずとは言い難いが』
『ダンジョンか。私も同行するぞ!いつ行く?今行く?』
「いや、流石に今はちょっと……」
もう夜だぞ。この時間からダンジョンに行くのはまずい。母さんに怒られる。
『ババ様……教授にも相談して、予定を調整するのも良いね。そうすれば普段通りの報酬が出るかもしれないぞ?きちんと『仕事』の範囲にするなら、こっちとしてもいざという時の責任が取り易い』
「何から何まですみません……」
『はっはっは!そう畏まるな京ちゃん君。私と君は友達だろう!!』
「え……あ、はい」
『ふっ……一曲歌います。聞いてください。作詞、作曲、有栖川アイラ。『友情絶対ヒプノマックス』』
「いややめてください。マジで。言いよどんだ事は謝りますから」
『うおおおお!パイセンのお歌だぁ!私も歌うぞぉぉ!!』
「やめて」
この後、あまりの騒音にイヤリングを叩き割るか本気で検討した。
声は綺麗なのに歌の内容が友情の刷り込みめいたものなのは、マジでどうなのか。あとエリナさんは純粋に下手。
兎に角、冒険者活動に『お金を稼ぐ』以外の目的が出来た。
今後は、レベル上げ……戦力強化も考えなきゃなぁ……。
スマホで『錬金術同好会』なるもののサイトを調べながら、魔装の一部である本をめくっていった。
* * *
と、そんな会話をした翌日。
「誰か、誰かぁああああ!」
「ひぃいい!」
『ヴオオオオッ!!』
なんか、全力疾走しているパーティーとやたらガタイの良い『コボルト』を見つけた。
……もしかしなくても、やばい状況?
読んでいただきありがとうございます。
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Q.『Eランク冒険者』の稼ぎが1カ月40万とか結構貰えてるじゃん。
A.
一般冒険者A
「いや、1カ月に20日も行けるわけないだろ。常識で考えて」
一般冒険者B
「疲労とか、怪我とか、色々あるので……。あと冒険者用の保険が……」
ぶっちゃけ、どんぶり勘定した主人公のどんぶり(基準)が狂っているだけですね。
『肉体・魔力ともに疲れ知らずの前衛』+『比較対象がアレなだけで十分フィジカルエリートな転移持ち自称忍者』+『そもそも疲労の概念がないゴーレム』のパーティー。しかも戦闘時間が短い。