第百十話 混沌
第百十話 混沌
結論から言うと、東京行きのチケットはとてもスムーズに入手できた。
まさか、父さんがあんなにも新幹線や電車に詳しいとは……。本人曰く、伊達に何度も出張していないとの事。
それはそうと、当然エリナさん達にも説明会の招待状はきた。だが、教授は大学の方が忙しいので残念ながら不参加らしい。
エリナさんとミーアさんの3人で行く事になったのだが……まさか自分が東京駅で迷子になりかけ、エリナさんに助けられるとは。地味にショックである。
だって人が多いんだよ、東京。地図で現在地は把握できていたはずなのに、移動しようとしたら人の波に流されて知らない所にいたり。目印になる物を探そうとしたら、人の壁でどこに何があるのかよくわからなかったり。
「東京って本当に人口密度やばいな……」
「元々多かったけど、千葉とか埼玉で氾濫があってこっちに流れる人が増えたんだってー」
「自衛隊の守りも東京が一番厚いですからね。ここも氾濫と無縁とはいきませんが、人が集まるのも無理からぬ事でしょう」
「まあ単純に夏休み入った人が多いってのもあるけどね!」
自分と違って、人混みを慣れた様子でスイスイと移動するエリナさんとミーアさん。
動体視力や反射神経では勝っているはずなのだが、人とぶつからない様にするので精いっぱいだ。
『ふっふっふ。どうだね京ちゃん君。東京は。人酔いで吐きそうだろう?』
「吐きはしませんけど、なんか体力がゴリゴリ削られていく気はします」
『我ら陰の者には厳しい環境なのだよ。じっくりと楽しんでくると良い……!』
「東京に何か嫌な思い出でも……?」
『吐いた』
「あ、はい」
そんな会話をしつつ、タクシーでホテルに。
現在土曜日の昼過ぎ頃。説明会は明日の午前中にあるので、それが終わったらすぐに帰らないといけない。明後日は月曜日なのだ。
普通なら夏休みに入った所で、学生には時間の余裕がある時期と言える。だが、うちの高校はデーモンのせいで1カ月ずれているからなぁ。
せっかく東京まで来たのに、あまり遊ぶ余裕はない。それでもエリナさんはあそこに行こう、あれをしよう、と元気だが。
東京はやたら店が多い。美女2名のお供としてウインドウショッピングに付き合わされる事になったが、これを役得と呼ぶべきか。それとも災難と呼ぶべきかは不明である。
……それはそうと、宿泊するホテルの部屋がやたら豪華な事はもう気にしない事にした。
万一氾濫が起きた時に備え、彼女らと同じ所にした段階でこうなる事はわかりきっていたのである。
この2人、マジで育ちは良いんだよな……。1泊2桁万円が飛んで行く部屋とか、初めて泊ったぞ。
閑話休題。ホテルのベッドの寝心地が良すぎて恐くなるという、謎体験をした翌日。
自分達は、霞ヶ関の中央合同庁舎とやらにやって来ていた。
……どうして、東京はこんなにも電車の数が多いのだろう。迷宮か?
「僕、絶対東京にだけは住めない……」
「あはは……。若い子って、むしろ東京に住みたがるイメージなのですが」
「先輩も十分若いよ?でも京ちゃんの気持ちもわかるなぁ。人が多いから紛れ込みやすいけど、その分人の目と耳が多い。忍者としては痛し痒しな土地だもんね!」
「忍者ちゃう……」
『心なしかツッコミのキレもないな。今なら何を言っても無抵抗か?やーい!京ちゃん君のコミュ障ヘタレ童貞!』
「お土産は木刀とトンカチ、どっちが良いですか?」
『鈍器オンリーな事に恐怖しかないのだが!?』
そんな馬鹿な会話をしつつ、職員の人に説明会の封筒を見せて会場に案内してもらった。
庁舎内にある会議室を使うらしく、何となく緊張する。こういう『お役所』って感じの場所は、何となく空気が張り詰めている気がした。道中見かける職員さん達も、なんか目が死んでいるし。
予定時刻の10分前。少し早かったかと思ったが、扉の向こうからは人の話し声がする。
案内してくれた職員さんにお礼を言った後、そっと扉を開けた。
はたして、他の『Bランク候補者』はどんな人達なのだろうか。優しい人ばかりなら良いけど───。
「おうおうおう!その無駄にでかいアフロは空っぽかぁ!?脳みそ入ってねぇのかごらぁ!人様の迷惑になるサイズしやがってよぉ!税金とられる直径じゃねぇか!」
「あ゛ぁん!?てめぇこそ脳みその代わりに添え木でも挿してんのかてめぇ!振り返る度にリーゼントが他の人にぶつかりそうなんだよぉ!2メートル近いぞごらぁ!」
「ハア……ハア……!どうですかお嬢様。私の座り方は……!」
「うるさい。椅子に話しかけないで。貴女はそうして私に座っていなさい。こっちだってムラムラを抑えているのよ……!」
「はひぃ!ああ、縄が食い込む……!」
「まったく騒がしい。社会常識というものがないのか、こいつらは……」
……そっと扉を閉じるが、無駄に良い動体視力が中の光景をハッキリ認識してしまっていた。
まず、バランスボールみたいなアフロの人と、2メートルぐらい長さがあるリーゼントの2人。どちらもドラマでしか見ない、丈の長い学ランを着ていた。
次に、亀甲縛りされた執事姿の猫耳美女と、彼女の下で四つん這いになっているドレスと金髪縦ロールという『ザ・お嬢様』って感じの美少女のコンビ。
そして、カウボーイハットとネクタイ。そして靴下と星条旗ブーメランパンツ姿のムキムキマッチョな中年男性。乳首に星形のニップレスが貼られていた気がするが、見間違いだと思いたい。
……幻術か?
「エリナさん、ミーアさん。どうやら幻覚を見せる覚醒者から攻撃を受けている様です」
「京太君。確か貴方、そういうの無効化できますよね……?」
「おかしいんです。現実にしか視えません。僕のスキルは、これを現実と認識してしまっている。どうやらとんでもなく強力な術者の様だ」
「向き合いましょう、現実と」
「嫌です……!」
この扉をもう一度開けたくない……!
泣きそうな自分の肩を、エリナさんが優しく叩く。
「京ちゃん」
「エリナさん……」
「凄く楽しそうだね……!」
「うっそだろお前」
漫画だったら『しいたけ目』になっていそうな、キラキラとした瞳。今になって、この自称忍者もあちら側の人間だった事を思い出す。
だって、さっきまで可憐な大正ロマン溢れる袴姿だったのだ。
それが、自分が扉を閉めて現実逃避している間に『インビジブルニンジャーズ見☆参!』とかいう旗や、『忍の中の忍!令和最高の忍者!』とかいうタスキを装備しているし。
やめろ、こっちにも装備させようとするな。アイテムボックスの無駄遣いをするんじゃありません!なんでそんな物複数持ってきているのこの娘!
「たのもー!『インビジブルニンジャーズ』!ただいま参上!!」
「やめて。お願いだからやめて」
「今からでも他人のフリをしたくなります……!」
自分達があげる悲痛な声を無視し、ズンズンと部屋に入っていく自称忍者。誰か助けてください。
奇怪極まりない存在のエントリーに、中にいた十数人の男女はこちらを一瞥した後『うっわ。変なのが入ってきた。関わらんとこ』って表情で皆顔を背けた。
おいふざけんな。言っとくけどお前らの方がヤベーよ。変人奇人の万博会場かここは。
テンションぶち上がり状態のエリナさんが埋もれるって、そうとうだぞ?ここだけダンジョンの中だったりしない?
「ふっ。どうやら困惑している様だね」
突然声をかけられ、左側の壁に視線を向ける。
そこでは、白い燕尾服姿を身に纏った仮面の女性がいた。壁に背を預け、なんか格好いいポーズをしている。
漫画に出てきそうな奇抜な格好だが、空間が歪み過ぎて普通に見える。
だって彼女より更に奥。部屋の隅で少女……いいや。骨格からして男の娘に鞭で叩かれて、満面の笑みを浮かべながら『ありがとうございます!』って言っているこれまた別の男の娘とかいるし。
インパクトしかねぇのか、ここは。一発屋芸人でももう少し後先考えるぞ。
「人は、社会から離れても生存できる力を得てしまうと、今まで抑制されていた感情を開放してしまうものさ」
「は、はあ」
「それは逃れられぬカルマ……人類の原罪……」
「そ、そうですか……」
「端的に言って、『キチゲ』を解放してしまうのさ」
「身も蓋もねぇな」
白い仮面の下で、女性がクツクツと笑う。なんだこの中二病患者。
関わりたくないのだが、こちらが1歩下がると相手は2歩距離を詰めてくる。誰か助けてください……!
「こうして会話可能な人間が来てくれて、嬉しく思うよ」
「貴女も大概では……?」
「この昂り、もはや抑えられない……!」
「聞いて?てか貴女もキチゲ解放しかけてません?負けないで理性!」
「君ぃ!」
突如、燕尾服姿の女性が上着の前を勢いよく開く。
「私とやらないか!!??」
上着の裏には、数十のカードの束が収められていた。どう見ても遊戯●である。
「どういうモンスターが好きかを教えてくれ!自前の物があるのなら良し!ないのなら私が貸そう!」
「いや、すみません。僕そもそもTCGは詳しくなくって……」
「なるほど」
「はい。なのでこれで失礼を」
「つまり初心者か。優しく沼に沈めてあげよう!!」
「押し売りはコンテンツの衰退を招きますよ?」
「ゴフッ……!」
「貴女の行動はゲームそのもののイメージを悪くさせていますからね?」
「ご、はぁ……!」
仮面の下で吐血し、倒れる変質者。
あの色、本物の血ではない。恐らく食紅である。なんでそんな物仕込んでんだよ。
「トラウマが……!私はただ、塾帰りの子供達に『お姉さんと遊ぼう』と声をかけていただけなのに、一晩中お巡りさんから不当に追いかけられたトラウマが……!!」
「正当だよバカ野郎。捕まれ」
「野郎じゃないし……お姉さんだし……!まだ若いし……!」
なんだこのおぞましい生命体。深海に住んでいたりします?
ジリジリと距離をとり、いつの間にか壁にピッタリと背中を押し付けて無関係を装っているミーアさんに近づく。
「ナチュラルに僕を囮にしましたか、貴女」
「ごめんなさい。でも、こういう空間には慣れているかなって……」
「慣れていないし、慣れていたとしたら対象は貴女の姉と従姉妹ですからね?」
『待ちたまえ。私もあそこまで悲しい生命体ではないぞ』
「いや小学生に泣かされた経験思い出せ。あんたも似た様なものだよ傍から見たら」
『なん、だと……!?』
公園で女子小学生にカードゲームを挑んだあげく、大人気ないプレイで取っ組み合いになった残念美女が念話越しに崩れ落ちた。……気がする。
なお、その間エリナさんは名刺を配っていた。何やってんのあの人?
「ドーモ、インビジブルニンジャーズです!今日は名前だけでも憶えていってください!世界最高の忍者集団、インビジブルニンジャーズです!今日は3人で来ています!幹部が勢ぞろいです!」
「待てや」
自称忍者の首根っこを掴み、強引に壁際まで連れて行く。
ついでに、名刺を渡されて困惑していたアフロとリーゼントの人達にも軽く会釈をしておいた。すみません、うちのバカが。
「何やってんの?」
「里長を投票で決める時、清き一票が欲しかったから」
「忍の里って民主制なのか、じゃねーわおバカ!巻き込むな、僕らを!主に僕を!!」
「そんな!一緒に忍の里を作ろうって、あの夕日に向かって約束したのは噓だったの!?京ちゃん!!」
「そんな夕日は二度と上がってくるな。僕は知らん」
「嘘だぁああああ!!」
床に手を付いて慟哭するエリナさん。ミーアさんに視線を向ければ、そっと逸らされた。
向き合え、現実と。おたくの従姉妹でしょうに。ちゃんと引き取ってください。
『なあ。さっきエリナ君が幹部勢ぞろいと言っていたが、私は?』
「え、相談役」
『ならば良し!』
復帰した残念が何か言っているが、本人達だけで完結してくれるのならもうそれで良い。
なんだか頭痛がしてきた。室内ではリーゼントとアフロが『今は休戦だ』とか言って棘付き肩パットモヒカンと対峙しているし、星条旗ブーメランオヤジは褌姿のお爺さんとメンチ切り始めている。
男装亀甲縛り執事と椅子になって興奮しているお嬢様コンビはコンビで、部屋の隅でSMしていた男の娘コンビと何やら蝋燭について熱く言葉を交わしていた。
なんだこれは。……なんだこれは?
脳の理解が追い付かないというか、理解を拒んでいる。今思い出したが、あのSM男の娘コンビってPVに映ってないっけ?
アレを起用したのか、ダンジョン庁。気は確かなのか、ダンジョン庁。
でもこの中だとまだマシな部類に思えるとか、何なの?地獄か?
そんな風に呆然としていると、扉が開き新たに3人が入って来る。
今度はどんな変態どもだと視線を向ければ、それはあの『ツーサイドアップの少女』であった。
画面越し以上に溌剌さを感じさせる、小柄ながらも強い存在感を放つ美少女。
その隣でニコニコと笑う、落ち着いた雰囲気な爆乳のエルフ美少女。
斜め後ろを歩く、面倒そうにしている灰色の髪をポニーテールにした美少女。
ダンジョン庁のPVで特に目立っていた3人だ。彼女らには他の者達も注目している様で、騒がしかった室内が一瞬だけ静寂に包まれる。
そのタイミングで、自分達が入ってきたのとは別の扉が開かれた。
「皆さま、大変長らくお待たせいたしました。これより『Bランク冒険者』に関する説明会を始めさせていただきたく思います」
現れたのは、俳優の様に整った顔立ちながら瞳に疲労を隠しきれていない、30代から40代ほどの男性だった。
彼はこのカオスとしか言えない光景を前に、ニコリと笑ってみせる。
「私はダンジョン庁の赤坂と申します。本日はよろしくお願いいたします」
なるほど、この人が例の赤坂部長か……。たしかに、面接で会った気がする。
遂に始まる『Bランク冒険者』の説明会。各々が手近な席につくなか、自分は冷や汗を掻いた。
え、今から説明会なの?シリアスな話、頭に入れないといけない感じ?
無駄な情報の洪水を受けた直後の脳が、悲鳴をあげた。
読んでいただきありがとうございます。
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