第百九話 Bランクへの招待状
第百九話 Bランクへの招待状
自分が夏休み明け早々に『人の善悪と真意』について悩む事になった日の、夕方。
世間では、とあるニュースが話題を呼んでいた。
『Bランク冒険者』の試験導入である。
ダンジョン法を一部改正し、これまで『F』から『C』までだった冒険者のランクに1つ上のランクが加わるのだ。
当然難易度も相応に上昇し、冒険者が死亡するリスクが上がる。
自分は教授から予め聞かされていたが、世間の大多数はそうではない。テレビもネットも、この件に関して大きく物議をかもしていた。
急に発せられた改正について、『ダンジョン対策大臣』が記者会見を開いている。
……今更ながら、『ダンジョン』という単語と大臣という役職のミスマッチが凄いな。
『『Bランクダンジョン』は自衛隊でのみ管理されていました。それを民間人に任せる事の危険性について、どう思われますか?』
『このランクのダンジョンでは、重火器でなければ倒せないモンスターが多数出現するとダンジョン庁のHPに記載されています。はたしてそれは、一般の冒険者に対処できる強さなのですか?』
『自衛隊だけでは、もはやダンジョンという災害に対処しきれない。事実上の敗北宣言という事なのでしょうか!?』
『この件に関して、防衛大臣とはどの様な話し合いが行われたのですか?』
『大臣!覚醒者のレベルは狩場となるダンジョンのランクに影響されるとの事ですが、『Bランクダンジョン』の解放は覚醒者の犯罪をより凶悪なものにする可能性は!?それに対する案は出ているのですか!?』
『これまでダンジョン法では、『Bランクダンジョン』は完全に国の管理下にすると明記されていました。制定からこんなにも早く法律を改正するのは、あまりにも見通しが甘かったのではないでしょうか?』
『ネット上では自衛隊の装備が冒険者に貸し出されるという噂が流れているのですが、本当なのでしょうか?火器の使用についてもダンジョン法に変更があったのですか?』
『『トゥロホース事件』について大臣はどの様にお考えですか?また、あの事件の直後に今回の改正へと踏み切った理由をお聞かせください』
『『Bランクダンジョン』はこれまで自衛隊の管轄でした。そこに冒険者が携わるという事は、今後国防に対しても冒険者が関わる場合もあるのでしょうか?』
等々。ただの罵倒では?という質問から、自分も気になる質問まで様々な声が飛び交った記者会見。
それに対し冷や汗をハンカチでしきりに拭いながら、毒にも薬にもならない回答をしていた大臣だったが、『Bランクダンジョンに冒険者が対抗できるのか』という問いかけに対してこんな返答をしていた。
『ダンジョン庁の公式HPにて、『Bランク冒険者』の候補者による戦闘演習の動画がアップされています。彼らの力量が不足しているか否かは、それを見て判断していただきたい』
との事。
その言葉を聞き、自分も早速ダンジョン庁のHPを見に行ったわけだが。
「……皆、考える事は同じなんですね」
『誰だって気になって当然だろう。サーバーが混み合うのは予想できていたさ』
イヤリング越しに会話しながら、スマホを眺める。
そこには、『少々お待ちください』の文字だけが表示されていた。
『まあ、もう少し間を置けば……おや』
そんな事を話している間に、ダンジョン庁のHPがきちんと表示される様になった。
『思ったより対応が早かったね。赤坂部長とやらは、コンピューター関係で優秀な部下か伝手を持っているのかな?』
『きっとサイバー忍者だよ!現代に対応したスーパーハカーな忍に違いないね!』
「そうですねー」
エリナさんの妄言を聞き流し、早速動画を再生する。
幾つかの注意事項やら何やらが表示された後、採掘場跡と思しき場所で数人の覚醒者が整列している姿が映された。
ん?候補者の中で一際背が低い、このツーサイドアップの子って……。
「今映った背が低いツーサイドアップの子って、前に覚醒者だけのマラソン大会で準優勝だった人ですかね?」
『む?どの子だ?』
『……ああ、確かにそうですね。私もあの熱いデッドヒートはよく覚えています』
珍しく念話に参加していたミーアさんの言葉に、やはりかと頷く。
エリナさんに匹敵するほどの美貌に弾ける様な笑顔を浮かべたその少女は、身の丈を超える大剣を地面に叩きこんでいた。
それだけで、砲弾が着弾したかのような土煙が舞う。ゴツゴツとした岩肌が露出していた大地には巨大なクレーターが出来上がり、それを成した張本人は元気いっぱいに剣を掲げていた。
───この子、強い。
破壊力も勿論凄まじいが、それ以上に『ブレ』がなかった事に驚愕する。あの小柄な体躯では剣の重さに引っ張られてしかるべきなのに、彼女はとても綺麗な太刀筋を描いていた。
「エリナさん。今の斬撃」
『うん。体幹がしっかりしているだけじゃ説明つかないね。たぶん、足の指でがっちり地面を掴んでいるんだと思う。ブーツ越しなのに凄いねー』
「『魔装』なんだから相応の強度でしょうに。なんて馬鹿力……。しかも、そのうえで随分と器用な」
彼女は恐らく、何百何千、あるいはもっと。数えるのも馬鹿らしい回数、あの剣を振るってきたのだろう。我武者羅にではない。きちんと考えて刃を振るっている。
自分の様なスペックのごり押しだけではない。確かに『経験』と『術理』……そして、『才能』を感じさせる一太刀だった。
ああいうのを、天才と呼ぶのかもしれない。いいや、『努力している天才』か。
『うむうむ。アレだな。こう、腹筋と背筋がぐっとなる感じだな』
『姉さん、無理をしないでください』
『いやだ!私だって後方強者面したい!主人公の戦いぶりを上から目線で評価する、敵幹部ムーブがしたいんだい!』
「この残念女子大生……」
そういう風に言われると、自分が恥ずかしい存在っぽくて辛いのだが。
そんなアホなやり取りなど当然関係なく、動画は進んでいく。
映し出される冒険者達は、どの人も凄まじい実力の持ち主ばかりだった。『Bランク候補』……つまり、『Cランク冒険者』の頂点とも言える猛者達。
やはり、世界は広い。この人達なら、確かにクエレブレの群れ相手でも蹴散らして進む事が出来るだろう。政府は何も考えず新しいランクを導入したわけではないのだ。
『んー……どの子も凄いけど、なんで京ちゃんはこの動画に出ていないの?』
「はい?どうしたの突然」
エリナさんの言葉に疑問符を浮かべるも、すぐに言いたい事がわかった。
「確かに僕もここへ出ていいぐらいの実力はある……と、思う。でも、特にオファーとか来ていないし」
確かに、この動画に映っている人達は強い。だが、決して自分が……自分達が劣っているとは思えなかった。そう言えるだけの経験を積んできたと、自負している。……慢心でないといいが。
だが少なくとも、純粋な戦闘能力だけなら勝っている面が多いのは確かだ。無論、自分達が最強だなどと己惚れる気はないけど。
特に、このツーサイドアップの子とその傍にいる2人の少女。この3人には、パーティーで挑んでも勝てる気がしなかった。
目を見張る様な猛者ばかりの中でも、燦然と輝く自信に満ち溢れた瞳と実力。あの中でも頭1つ抜けているかもしれない。
『なんで呼ばれなかったんだろうねー。本気で相手を殺す気になった京ちゃんの攻撃に耐えられそうな子、3人……ううん。相性もあるけど2人ぐらいだよ?ツーサイドアップの子と、灰色の髪をポニーテールにしている人』
「なにその物騒な基準」
まず大前提として、自分が人を本気で殺そうと動く姿が想像できないのだが。というかしたくない。
何が悲しくて殺人犯にならないといけないのか。人殺しの罪悪感を抱えて生きるとか、普通に嫌である。
『確かに技量という点では京ちゃんより凄い人ばかりだけど、純粋な暴力は京ちゃんが上だよ?オファーとかなかったんだよね?なんで?実は間違えてお誘いの手紙を捨てちゃったとか?』
「なんでも何も……プロから見たら足りない部分が多かったとか?そもそも、それ言ったらエリナさん達にもオファーが来なかったのが不思議だし」
自分だけだったのなら、『華がない』等の理由でオファーされないのもわかる。しかし、エリナさん達は見た目も言動も非常に目立つ美人さん達だ。その上で実力も申し分ない。
彼女らが呼ばれないというのは、確かに凄まじい違和感があった。
……訂正する。違和感というより、不快感だ。いや、エリナさん達に出演してほしいわけじゃないけど、『なめんじゃねぇぞ』というか、なんというか。
やばい。我ながらこの発想はキモい。吐き気を覚えるレベルできっしょい。ただの友人兼仲間のくせして、この考え方は流石にないわー。
『うーん……あ、わかった!』
『うむ。恐らくそうだろうな』
『今回は私もわかりました』
「はい?」
自分が自己嫌悪でへこんでいる間に、何やらスケベ一族だけで納得したらしい。
動画を見ながら首を傾げる。何がわかったと言うのか。
『京ちゃんと私達が、同じ忍者組織と思われているから呼ばれなかったんだよ!』
「忍者じゃないが?」
『恐らく、京ちゃん君、エリナ君、そしてミーアとババ様は英国に首輪を嵌められていると思われたのだろうね』
『お婆様のご実家か、エリナさんのご両親がやっている貿易会社の方か……。どちらにせよ、国外との繋がりが深いとして、PVへの出演から外されたのでしょうね。今はどこの国も実力ある覚醒者を欲しています。それで国際問題になるケースもありますから、リスクを避けたのでしょう』
「あー」
アイラさんとミーアさんの言葉に、手を叩いて納得する。
なるほど。実際の所は別として、状況だけ見れば確かにそう思われても仕方がない。そもそも、有栖川教授に雇われている身なので全くの見当違いとも言えないし。
教授自身はもう貴族ではないそうだが、今でも実家と文通はしているそうなのだ。更に自分達のドロップ品の販売先も、あの人の昔の知り合い……つまり実家関係の所が多い。
自分以外にもエリナさんやミーアさん。そして教授自身にもオファーがなかったのは、それが理由だろう。
『私も同じ事言ったのに、京ちゃんってば冷たいなー』
「どの辺に同じ要素が……?」
念話越しに、エリナさんが唇を尖らせているのがわかる。いやどこに忍者要素あったよ。
「話は戻りますけど、これを見た感じ確かに『Bランク』でやっていけそうな人ばかりですね」
『まあ、だからこそ政府……というよりダンジョン庁もPVの公開に踏み切ったのだろう。彼ら彼女らの実力を見せる事で、力不足を不安視する者達を黙らせるつもりなのさ』
『でも、別の問題や不安が出そうですが……』
『なぁに。こういった事で否定的な意見が0になる事はないよ。むしろ、0になったら民主主義国家として不健全とも言える。時には聞き流す事も必要さ』
「それより、大臣が会見中言っていた候補者あてに来るとかいう手紙……僕らにも来ますかね?」
『当たり前だろう。首輪付きと思われた故PVからは外されたが、君達の実力は『Bランク』で通用すると既に実証済みだ。これで声をかけないのなら、そもそも改正に踏み切った意味がない。政府は今、ニャンコの手も借りたいし藁にだって縋りつきたい状況だぞ』
「ですよねー。……不安ですが、以前言った通り受けてみようと思います。Bランクへの昇格。まあ、まだ試験導入らしいですけど」
『私もだよー!忍の道を極めるまで、研鑽あるのみだからね!』
『なら、私も。今更置いていかれるのは嫌ですから』
『ババ様は時間が合えばと言っていたよ。最近マシになったとは言え、多忙なのは変わっていないからね』
新しく出来た、『Bランク冒険者』。その説明会に関する手紙が、翌日自分の所にも送られてきた。
次の日曜日に、東京で行われるらしい。手紙が本物である事を確認後、記載されていた担当者さんのメールアドレスに参加する旨を送る。
新学期に、隔離としか思えない知り合いだけのクラス。そして、これまでとは一味違う冒険者の領域。
これからどうなるのだろうという内心の不安を、拳を強く握りしめて誤魔化した。
……それはそれとして。
「母さーん!東京行きの新幹線って、どうしたら良いのかなー!?」
説明会の場所、遠くない?しかも結構日が近いし。交通費は1人につき10万円まで出すと書いてあるが、金があれば問題ないわけでもねーのよ。
皆が皆関東圏に住んでいると思うなよ、ダンジョン庁!
読んでいただきありがとうございます。
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