第百八話 ガチ
第百八話 ガチ
夏休み明け初日。クラス替えの発表がされた。
そこまでは良い。生徒数が減ってしまったのだ。1クラスを維持できない人数の教室もあったから、再編は仕方のない事だろう。
だがここまで露骨に『覚醒者だけのクラス』を作るとか、マジ?
「そう気落ちすんなよ矢川」
「そ、そうですよ。人脈づくりに支障は出ますが、矢川君の場合デメリットはありませんよ!」
「ごふっ」
「愛花。お前今のは……」
「あ、いえ!違くてですね!?」
横一列に並んだ机。廊下側からエリナさん、自分、大山さん、毒島さんである。以上、たった4人しかいない。
すごーい。僕以外女の子だけのクラスだー。ハーレムだなー。
などと喜べるはずもなく。……いや、ちょっとだけ嬉しくはあるけども。知らない人に囲まれるよりは、余程良いし。
それはそれとして、この露骨過ぎる隔離に口を『へ』の字にするのも無理からぬ事だと思うのだ。
「担任の先生も、最低限の事だけ言ってそそくさとどっか行ったんだけど」
「まあ、それは……」
「あの先生、露骨に怯えていたからなー」
若い女の先生なのだが、まるで猛獣の檻にでも入れられたかの様な顔をしていた。
たしかエリナさんのクラスで元は担任だったはずだが、耐性はついていなかったらしい。体育祭の時に見た光景を思い出したのか、今にも泣きそうであった。
「私、結構仲良かったと思うんだけどなー」
珍しくエリナさんが眉を八の字にする。
「そりゃあお前。クラスの全員がお前と城ケ崎との間にあった事、担任だろうと漏らしてなかったからな。新島はうちらのクラスの事、多少元気な以外は平和なクラスとしか思っていなかっただろうよ」
にいじま?……ああ、さっきの先生の苗字か。
最低限の事は言ったと思っていたが、そう言えば自己紹介されていないのを思い出す。
何なら、こっちも名乗っていない。それで良いのか、担任教師。
「そんなー。私、先生とも友達のつもりだよー?今でも友情は続いているよー?」
「びっくりするほど一方通行だぞ」
「その……ちょっと否定できません」
「アーちゃんまでー」
エリナさんが机に突っ伏し、唇を尖らせる。
お胸様が潰れて形を変えておられる……!!
あれ、よく考えると今って右を見ても左を見ても美人のお胸様があるのでは?
右を見ればたわわなお胸様が机に押し付けられ、形を変えておられる。
左を見れば素晴らしいオッパイテントが設営され、そのロケットっぷりを主張なさっていた。
───隔離も、仕方のない事かもしれない。
覚醒者と非覚醒者の間には、身体能力はともかくスキル等で差が出来てしまう。それがうっかり暴発して他者を傷つけてしまったなんて事例を、テレビで何度か見た。
そう言った事故を避ける為、こういった取り組みが各学校で行われていると聞く。これも『時代』という事なのかもしれない。
きっと、数年後には何かしらの対策がされている事だろう。
おっぱい……間違えた。安心できる学校生活の為にも、差別は良くないが『区別』は必要なのだ。
ボインボイン……違った。それぞれの考えが人にはある。今は、先生たちの事を信じよう。
制服越しのお胸様ぁ……いけない。煩悩が脳を支配している。とにかく、今後も学校にきちんと通おうと心に誓った。
───我ながら、脳みそと下半身が直結しているのでは?
「どうしたの京ちゃん。難しい顔して」
「いや。人の業について考えていたから……」
「哲学!?」
「たぶん保健体育の事だと思うぞ」
「矢川君……」
左から向けられる2つの視線から、そっと目を逸らす。非難ではなく憐憫なのが地味に辛い。
自分だって健全な男子なのです。どうかお許しください……!
「そ、そう言えば僕らで1クラスとか、上の学年はどうしているんだろうね」
「露骨に話変えたな。噂だと、アタシら以外の覚醒者は『わかっている範囲』だと皆引っ越したらしいぞ」
「え、そうなの?」
「おう」
大山さんの言葉に疑問符を浮かべれば、その向こうの毒島さんが少し気まずそうな顔を浮かべた。
「6月の一件で、自身の家族だけ連れて避難した方達なのですが……亡くなった方の遺族達に襲撃される可能性を恐れたとかで……」
「え。いや、そもそもあの場で戦う必要なんて一般人になかったんだから……」
そこまで言って、自分の行動を思い出す。
……やっべ。
「……もしかして、僕らとの対比みたいな」
「恐らくは」
「アタシら、というか主にお前とエリナは戦って周りを護ったのに、お前らは何やってんだ。って考える奴はいるもんさ」
「……理不尽だけど、遺族の人達に理屈を説いても納得は出来ないよなー」
家族を唐突に失って、冷静に思考できる方がおかしい。自分とて、オークチャンピオンに両親が殺されたと思った時は半狂乱になって剣を振るったものだ。
そして、自分の時とは違い彼らに敵討ちをする術はない。
「言っとくけど、実際に遺族の人らが実際に何かしたとかはないらしいぞ?」
「どちらかと言うと、先輩方の疑心暗鬼と言いますか。逃げた事への後ろめたさが理由かと」
「何というか……気持ちはわかるけど」
自分も、本音を言えば周りの事なんて無視して両親だけ担いで逃げたかった。
それなのに残って防戦したのは、決して義憤や使命感からではない。単に、仲間があの場に残り、なおかつ友達の家族まで連れて脱出するのは困難だったからだ。
赤の他人の為に命を懸けられるほど、高潔ではない。その辺を勘違いされているのだとしたら、勘弁願いたいものである。勝手に期待されても、そのうち一方的に失望されるだけだ。
そんな通り魔みたいな押し付け、ごめん被る。
「まさかとは思うけど、学校側こんな風に隔離しておいていざとなったら防衛してとか考えてないよね?」
「アタシらが先生方の考えている事を知っているわけないだろう」
「……ごめん」
少し熱くなっていた。小さく頭を振り、冷静さを取り戻そうとする。
気を取り直して、壁にかけてある時計を見上げた。
「授業まで少し時間もあるし、ちょっとお手洗い行ってくる」
「……おう」
「雫さん。なんですか今の間は」
「いや。流石に自重しただけだ」
「雫さん……?信じていますからね雫さん……!?」
そっと目を逸らす大山さんの肩を、毒島さんが掴む。
お願いだから、そのままストッパーとして押さえておいてほしい。流石にトイレ関係までつっこまれたくはない。
「京ちゃん京ちゃん」
「はい?」
席を立ち教室を出ようとしたところで、エリナさんから呼び止められる。
彼女はスマホの画面を見て小さく笑った後、こちらに満面の笑みを浮かべた。
「昨日私が言った事、あながち間違いじゃないと思うな!」
「……?はあ」
意味が良く分からず、首を傾げて教室を出る。
そのままトイレで用を済ませ、手を洗いハンカチで指を拭いていた時だった。
数人の男子生徒が、廊下で自分の前に立ち塞がる。
もしや『調子のってんじゃねーぞ!』的な事を言われるのかと思ったが、どうにも敵意は感じない。
というか、彼らは。
「伊藤君……?」
伊藤君と確か体育祭で女装していた生徒達である。
当然今は普通のブレザーとズボン姿なのだが、彼らは真剣な顔でこちらを見てきたかと思うと。
「ありがとうございました!」
一斉に、頭を下げてきた。
わけがわからず呆然としていると、伊藤君が勢いよく顔をあげる。
「それだけだから!じゃ!」
そのまま走って行ってしまった彼に目を瞬かせていると、他の男子生徒が苦笑を浮かべる。
「あの日、矢川が戦ってくれたから俺達は生き残れた。お前が何を思ってあの時剣を握ってくれたのかはわからないけど、助けてくれたのは事実だ。だから、お礼を言いたかったんだ」
「でも俺ら、入院していたりそもそもお前の電話番号知らなかったし」
「だから、遅くなったけど伝えたかったんだ。あの時はありがとうって」
「……そっか」
『京ちゃん沢山の人を助けたじゃん。ヒーローだよ』
昨日彼女が言った言葉を思い出す。なるほど。確かに、あながち間違いという事もなかったのかもしれない。
目の前の元クラスメイト達は照れた様な笑みを浮かべ、きっと自分も同じような顔をしていると思う。
人からこうして感謝されるというのは、思いのほか胸が温かった。
「これ。俺達で金出し合って買ったんだ。受け取ってくれ。伊藤も協力してくれたんだ」
「あ、ありがとう……」
「それはこっちの台詞だって」
どもりそうになりながらも、差し出された紙袋を受け取る。
いったい何だろうか?お洒落な店には詳しくないけど、紙袋の見た目からして結構お高そうな所っぽいが……。
「これ───」
中身を尋ねようとした所で、廊下にチャイムが鳴り響く。
「やべ、もう教室行かないと」
「じゃあな矢川!本当にあの時はありがとう!」
「クラスは変わっちまったけど、俺達の絆は永遠だぜ!」
そう一方的に言って、呼び止める間もなく彼らは走り去ってしまった。廊下の向こうから、『走るな!』という怒声が聞こえてくる。どうやら、先生に見つかったらしい。
小さく苦笑を浮かべて、自分も足早に教室へ戻った。どうやら、まだうちのクラスには先生が来ていないらしい。
「おう、どうした矢川。遅かったな」
「いや……ちょっと、その……感謝されて」
「……なるほど」
「良かったですね!」
小さく笑う大山さんと、満面の笑みを浮かべる毒島さん。
そして、右隣の席からスマホの画面を見せてくるエリナさん。
「私も、一子ちゃん達から感謝のメール来たよー!やったね!」
「まあ……悪い気はしない」
「素直じゃないなー、京ちゃんはー」
「男のツンデレに需要はねーぞー」
「まあまあ。2人とも、矢川君もそういうお年頃なんですから」
「勘弁して下さい……!」
女子3人からの生温かい視線が辛い……!
顔を覆って羞恥に耐えていると、エリナさんが肩をつついてくる。
「ねえねえ。その紙袋は?確か服屋さんのだよね?」
「え?いや。さっき廊下でお礼にって……」
「どんなのどんなの!?見ても良い!?」
「いや、もうすぐ授業が」
「いいだろ、別に教師が来る前にパパッと見てパパッとしまえば」
「まあ、それなら……」
左右からせっつかれ、紙袋の中身を確認する。
それにしても、服か。ファッションの事には疎いが、何かお洒落な上着とか入っているのだろう。
そう思い、中身を取り出すと。
「 」
思わず言葉を失い、真顔になる。
「わあ!可愛いスカートだね!」
エリナさんが笑顔で手を叩く。
そう、入っていたのはスカートだった。フリルをふんだんに施した、ゴスロリっぽいやつ。
上も入っている様で、チラリと見てみればそちらも同じくゴスロリ系の物だった。
そっと、手に持ったスカートを袋に戻す。
「その……どんまい」
「ま、まだ嫌がらせと決まったわけでは……!」
「……『精霊眼』で、悪意とか敵意の魔力を感じ取れなかったんだよ」
「えっ」
ドン引きする大山さんと毒島さん。紙袋を前に、再び顔を覆う自分。
どっちだ。悪意のないジョークなのか、ガチなのか。せめて前者であってほしい。
エリナさんの手が、ガッシリとこちらの肩を掴む。
「良かったね、京ちゃん!また今度見せてね!!」
「断固拒否する」
「なんでぇ!?」
なんでじゃねぇよこのスットコドッコイ。
僕には……人の心がわからない……!!
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