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第百五話 緑の森

第百五話 緑の森





 7月も既に下旬となり、あと少しで夏休みも終わってしまう頃。


 憂鬱な気分が渦巻く中、自分達が足を向けた先は───やはりというか、ダンジョンであった。


 仕事というのもあるが、『白蓮』の素材を集めなければならない。


 運転手さんと自分達以外乗っていないバスに揺られ、目的のダンジョンへと向かう。


 ミノタウロスのダンジョンにて、あのゴーレムは存分に活躍してくれた。しかし、その分多くの傷を負った。


 自分達とボスモンスターの戦いに参戦する為の強行軍で、左手脚を欠損。


 そして大山さんに支えられながらの最後の一投にて、右手首から先を破損。


 全体に大小様々な罅も入っており、誰がどう見ても再起不能である。直すより1から作った方が早い。


 エリナさん達には謝られたが、使い潰して良いと言ったのは自分である。何より、元々白蓮は壁として作った。


 まあ、装備の修理費が向こう持ちになってくれたのは嬉しいけど。水晶玉売却の取り分から、何かお返ししなければ……。


 閑話休題。せっかく作り直すのなら、『トレント』素材ではなくまた別の素材をと考えた。今後『Bランクダンジョン』に通う事も考えると、今の性能では足りない。


 目当てのドロップ品が手に入るダンジョンは、ちょうど教授からもらった調査依頼書にもあった場所だ。一石二鳥である。


 そんな事を考えている間に、ストアの駐車場に到着。『右近』と『左近』を軽トラに載せてやってきたミーアさんとも合流し、それぞれ更衣室に。


 気絶等によって『魔装』が意図せず解除されてしまった時に備え、頑丈で味方が運びやすい服装に着替える。


 ツナギに防刃ベスト。ベストは装着前に、背部にある人が掴む用の紐が壊れていないかを確認。


 鉄板入りのヘルメットと、登山用のブーツ。皮手袋を装着し、リュックは腕に持った。こっちは、後でエリナさんのアイテムボックスに入れてもらう。


 最後に、イヤリングを耳たぶに挟んでから更衣室を出た。


 念のためトイレを済ませ、近くのベンチで何の気なしに掲示板に張り出されている地方新聞やダンジョン庁のお知らせを見ていく。


 前に枯渇したかと思われていた『マタンゴ』のダンジョン、復活したのか……。


 モンスターを倒し続ければいずれダンジョンは枯れるかと思っていたが、期間があけば無限に出てくるのか。それとも、復活には回数制限がありいずれはモンスターも出なくなるのか。


 どちらにせよ、喜んで良いのか残念がれば良いのかよくわからない。


 冒険者としては喜ばしいが、幾度もモンスターに殺されかけている身としては複雑である。


『おや京ちゃん君。なんの記事を見ているんだい?』


 イヤリングから、念話でアイラさんが話しかけてくる。


「いえ。マタンゴのダンジョン復活したんだなぁって」


『あのニュースか。ダンジョンのない生活は、まだまだ遠そうだね』


「いっそ、全てのモンスターがマタンゴだったら良いんですけどね。弱い事で有名ですし」


『うむ。たしか、氾濫時に小学生集団からリンチされたり、買い物帰りの主婦にしばかれたりしていた事で有名なモンスターだからな」


「……つまり、女子小学生とタイマンで喧嘩して泣かされていた、覚醒前のアイラさんよりは強いモンスターだと。そう思うと、あまり楽観視できませんね」


『ふっふっふ……あまりそう言う事を言わない方が良い。泣くぞ?私が』


「すみません」


 そんな貧弱大学生のアイラさんも、今はヒグマと素手で戦える身体能力なんだよなぁ……。覚醒とレベルって、凄い。


 実際戦うとなったら、気合と技量の問題でこの人フルボッコにされそうだけど。


『今なにか理不尽な事を思い浮かべなかったかね、京ちゃん君』


「いえ、特には」


「お待たせ京ちゃん!さあ、ここからは忍の時間だZE☆」


「じゃあ忍んで」


「私は常に忍んでいるけど?忍者だから」


 大声で更衣室から出てきたエリナさんに、肩を縮こまらせる。受付や売店からの視線が痛い。


 人の少ないダンジョンだが、それでも無人ではないのである。周りの目を気にしてほしい。


「エリナさん。あんまり大声を出すとストアの人に迷惑ですからね?」


「はーい」


 更衣室前で待機させていた右近達を引き連れたミーアさんも合流し、ゲート室に向かう。


 そこで受付を済ませ、分厚い金属製の扉の先に。もはや見慣れてしまった、白いゲートの前で『魔装』を展開する。


 兜や胸甲がずれていないかを確認し、荷物をエリナさんに預ける。


 深呼吸を1回。2人に視線を送れば、頷きが返ってきた。


「アイラさん。これよりダンジョンに入ります」


『うむ。私も同行できなくて残念だよ。いやー!本当に残念だなー!』


「冒険者試験に受かったら、レベル上げ手伝いますね」


『え、いらない』


「クライアントから既に依頼は受けていますので」


『おのれババ様!』


 吠える残念女子大生に苦笑した後、エリナさん達が自分の肩に手を置いた事を確認。


 真っ暗なゲートの内側に、足を踏み入れる。


 瞬間、いつもの足元が消失したのに、しかし浮遊感がない感覚に眉をひそめた。こっちには、まだまだ慣れそうにない。


 そして次に足裏から伝わってきたのは、柔らかい土の感触だった。


 視界に広がる太い木々と、青々と茂った葉の隙間から注ぐ太陽の光。大地は黒に近い茶色で、まばらに薄緑色の草が生えている。


 本来であれば、小鳥のさえずりでも聞こえてきそうな穏やかな森。肺を満たす青臭くも清涼な空気が、どこか美味しく感じる。


 だが、ここはダンジョン。鳥どころか虫の気配すらなく、いるのは人を襲う怪物のみ。


 木漏れ日に見える光は偽物の太陽であり、この森はドームの様な岩壁の中にある。典型的な森型のダンジョンだ。


 腰の剣を引き抜き、柄の感触を確かめる。


「ダンジョンに入りました。これより探索を開始します」


『うむ。比較的迷いづらい森だが、それでも普通のダンジョンに比べれば方向感覚を失い易い。右近君につけた鏡で見ているが、君達も迷子にならない様注意してくれたまえ』


「了解」


「はい」


「オッス!」


 それぞれアイラさんに答えた後、背後の2人に目配せした後に歩き出す。


 木々の隙間は結構なスペースがあり、普通に剣を振るう分には問題なさそうだ。それでいて上はほぼ枝葉で覆われている辺り、本当に大きな木ばかりである。幹の太さなど、大人数人がかりでなければ手が周らないほどだ。


 春の陽気を思わせるダンジョンは、一見すると非常に穏やかである。


 思わず気が抜けてしまいそうな空気に、剣の重さを意識する為柄を握り直した。


 入ってから少し進んだ所に、布が巻かれた木を発見する。頑丈そうな厚手の布には、黄色でアルファベットと数字が書かれていた。


「アイラさん。自衛隊の目印を発見しました。現在『R-3』です。疑似太陽は4時の方向」


『ふむふむ……。では、右近君から見て10時の方向へ真っすぐ進んでくれ。暫く行ったらまた自衛隊の目印があるはずだ』


「わかりました」


 右近の向きを確認した後、指示された方向に歩き出す。


 まるでピクニックにでも来た様な気分になる、迷宮とは思えぬ空気。土を踏みしめる音が心地いい。


 それを引き裂く様に、エリナさんの静かで鋭い声が響く。


「足音がたくさんこっちに向かって来ているよ。11時の方向。数は……20前後!人間のじゃないっぽい!」


「わかった」


 片手半剣を構え、戦闘態勢に入る。


 エリナさんの警告があった通り、敵集団の姿が見えてきた。


 それは、土くれで作られた人型の群れ。ゴーレムである。


 頭はなく、ずんぐりとした胴体と手足。身長は180前後か。武器は持っていないが、土で出来た身体の各所に石が見えている。奴らの拳や蹴りは、車のボンネット程度なら容易く破壊できるはずだ。


 ストアのHPにあった通りの姿。敵で間違いない。


 木々の隙間を縫うように走るゴーレム集団を視界に収めながら、『本命』を探す。


 そうしている間に彼我の距離は縮まるが、焦る事はない。こちらには、頼りになる魔法使いがいる。


「止まりなさい」


 魔力が多く含まれた、力強い声。それと共に地面を突く杖から、不可視の糸がゴーレム達に伸びていく。


 そして、あっという間に20前後のゴーレムが動きを止めた。空間に縫い付けられた様に、走っていた姿勢で停止している。何体かがバランスを崩して転倒するも、そのままだ。


『土木魔法』


 土くれを人形として操る魔法。ここのモンスターよりも、ミーアさんの方が魔力量は上である。


 こういった()()()()()()()なら、短い時間だが操作権を奪う事は可能と事前に聞いていた。


 刀身に風を集束させ、横薙ぎに振るう。ただの的と化したゴーレム達が不可視の槌で薙ぎ払われ、半数が地面に戻った。


 バラバラと土が舞い、木々が揺れ上から葉が落ちてくる。そんな中、エリナさんが左斜め前を指示した。


「京ちゃん!10時から11時の方向にいるよ!」


「了解!」


 答えると同時に、地面を強く踏みつける。1歩目からトップスピードに入り、風の助力を受けながら小さな土の丘や木々の間を走り抜けた。


 彼女が示した場所。太い幹の陰から1体の異形が姿を現す。


 2メートル前後の巨体。人に近い骨格ながら、全身が深緑の葉っぱで覆われていた。


 鼻も口もなく、金色の双眸が鋭くこちらを捉えている。戦士の様にどっしりとした身体に似合った太い腕には、1振りの剣が握られていた。



『グリーンマン』



 ヨーロッパに伝わる、大地と森の守護者。


 木製の柄と鍔に、刀身が琥珀で出来た刃をこちらに振るってくる。


 その太刀筋と剣速は、共に『オークチャンピオン』のそれに匹敵する。車両を両断して余りある一撃だ。


 だが、


「しぃ……!」


 今更その程度で!


 振るわれた刃ごと袈裟懸けに胴を叩き割る。樹木と土で出来た身体が、容易く斜めに両断された。


 だが、奴はまだ生きている。斬り裂かれた体をパージし、首だけで飛んだのだ。


『ザッザッザッ!』


 葉が擦れる様な声を上げ、こちらに噛みつこうと迫るグリーンマン。石の歯をむき出しにした顔面へ、左の鉄拳を叩き込む。


 吹き飛んで近くの幹に衝突した頭は、バラバラに砕けて地に落ちた。そして、すぐに塩へと変わる。


「ふぅぅ……」


 別の木を背にしながら、周囲を警戒しつつ息を吐き出した。


 グリーンマンの本体はあの頭部。首から下は、(けしか)けてきたゴーレム集団と同じく『土木魔法』で作ったものらしい。


 もっとも、直接操る分従えているゴーレム集団よりも強力だし、ミーアさんでも支配権を奪うのは難しいそうだが。


 何にせよ、相手は首だけで浮かぶし攻撃できる。油断は出来ない。


「お疲れ京ちゃん!近くに他の敵はいないよー」


「敵のゴーレムも全て自壊しました」


「わかった。ありがとう」


 仲間達の言葉にようやく胸を撫で下ろし、右近が拾ってくれたドロップ品をチラリと見る。


 それは、1枚の木片だった。大きさはかまぼこについている木の板ぐらいだろうか?表面には『角の生えた蛇』が描かれている。


 これこそが、白蓮の専用ボディの新しい材料だった。トレントのドロップ品以上の強度と出力が期待できる。


 代わりに、錬成が少し大変だが。


「アイラさん。戦闘終了しました」


『うむ、ご苦労。ちょっと待ってくれ……。よし。右近君から見て、3時の方角が元々歩いていた進路のはずだ。また直進して、自衛隊の目印を見つけてくれ』


「了解。頼りにしています」


『ふふん。道案内なら任せたまえ』


 これまで、アイラさんのナビで迷子になった事はない。冷静に考えるとかなり凄い事だ。実際に地図を片手に歩く場合でも大変だろうに、鏡をモニター代わりにしながらである。


 変人だし色々と残念な人だが、信用できる仲間だ。


「2人も大丈夫ですか?」


「もちのろんだよー」


「大丈夫です」


「では、探索を再開します」


 エリナさん達にも確認を取った後、柔らかい土の上を歩き出す。


 さて。今回の探索で、必要数が集まるといいが。




読んでいただきありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。創作の原動力となっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。


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― 新着の感想 ―
よくよく考えたら念話スキルって異質やな?ダンジョン(異次元)?を跨いでも繋がってるってかなりおかしいスキルでは? まぁ前話の4人のスキルには勝てないけど(;´∀`)個性も、、、
今回も無事に務めを果たした『白蓮』のボディ新造の為の素材集め。ア◎パンマ◎!新しい身体よ! >『マタンゴ』のダンジョン、復活したのか……。 一応は喜ばしい事……かね。原理が分からんのが怖いところだが…
こんばんは。 グリーンマンか…。そういえば昔、赤い通り魔として名高い(?)レッドマ○を放送していた某こども番組で、レッド○ン放送終了後の同じ枠で『いけ!グリーンマ○』という特撮が放送されてたらしいで…
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