閑話 優秀な変人。あるいはガンギマリ
閑話 優秀な変人。あるいはガンギマリ
サイド なし
東京霞ヶ関。中央合同庁舎。
ダンジョン庁。
そこでは、いつもの様に会議が行われていた。
「では、次の議題に移る。『Bランク冒険者』の導入についてだ」
赤坂部長が資料を手に、部下達を軽く見回す。
「まず、君達の意見を言ってくれ」
「絶っっ対に後で大変な事になりますよね、これ」
最初に口を開いたのは、タブレットを抱えた男性職員だった。
「覚醒者のレベルアップは通っているダンジョンの影響が大きいわけですから、『Bランクダンジョン』に通う冒険者は強くなり過ぎますって。『Cランク冒険者』でも警察が対応できる範囲超えていましたけど、もう自衛隊でも対処しきれなくないですか?」
「同感です。あまりにも時期尚早だ。せめて、高レベル覚醒者が社会秩序を乱した時に対応する法律と手段を確立してからじゃないと」
「それ以前に、世論からの強い批判が予想されます。自衛隊が管理していたダンジョンを一般に任せるとなると、冒険者が死亡するリスクが高まります」
「ストアの設置にも問題が。建物は自衛隊が使っていた物を流用するとして、中に入れる物や人員が足りません。特に人員ですが、売店の役割を果たしてくれている大手コンビニチェーンは高ランクダンジョンのストアへ店を入れる事に強い拒否感を持っています」
「避難範囲外の住民への説明も厳しいですよ。今までは自衛隊が管理していたのが、民間でなんて。ただでさえ土地も物も足りていない状況でそんな事になったら、住民の移動に対応しきれません。また県庁から怒られますよ」
反対派の意見がある程度出た所で、部長の視線がノートパソコンを操作する女性職員に向く。
「私は不本意ながら賛成です。既に自衛隊、警察で対応しきれない数のダンジョンが発生しています。今後も増える可能性を考えた場合、今のうちに『Bランク冒険者』は作っておくべきかと」
「自分も賛成です。既に自衛隊は人も物も枯渇寸前だ。一部の隊員が酷使され過ぎており、いつ彼らが倒れてもおかしくありません。そうなったら、彼らの管理するダンジョンが溢れかねない」
「既に米国から購入する弾薬費は、自衛隊の年間予算を上回っています。このままでは、ダンジョンの間引き作業だけで国が財政破綻します」
「国会では既にこの案が通るよう、根回しが済んでいると同期から聞きました。今更止める事は出来ないかと。足並みを揃えなければ国会もうちも停滞します」
「国内の経済状況を考えても、『Bランクダンジョン』の民間化は必要かと。どんな形であれ、民間に金が流通しなければなりません。冒険者が『Bランク』のドロップ品を市場に流せば、その分金の循環が発生します」
反対派よりやや少ないながらも、早口で出された賛成意見。
両方を聞いた上で、部長が手を叩く。
「お互い、言いたい事は山ほどあるだろう。だが、佐々木が言った様にもはやこの流れを止める事は出来ない。国会は既にこの案を通すつもりだ」
「議員さん達も何考えてんですかね、ほんと」
部長の言葉に、タブレットを抱えた職員がむすっとした様子で呟いた。
それに、隣の職員が苦笑を浮かべる。
「純粋に国を思ってって人もいれば、米国以外の国に『お友達』が多い先生もいる。そういう事だろう」
米国は日本に割安で武器を売る代わりに、優先して日本政府が確保したドロップ品を販売……あるいは、『研究への協力として差し出す』契約が成されている。
そのせいで欲しいアイテムが回ってこない国々が、国会に圧力をかけたという噂が省庁では出回っていた。
そして、『火のない所に煙は立たぬ』という諺を思い出させる事が、実際に国会の内外では起きている。
「先ほど出た反対意見についてだが、これを叩き台に今後起きるだろう問題と、それへの対応について考えていきたい」
「そう言う事でしたら、一般への説明に関して『Bランク冒険者候補』のPVを作って放送するとかどうですかね」
タブレットを眺めながら、男性職員が軽く挙手をする。
「近隣住民の不安解消と、来るだろう国民からの批判をある程度ですが減らせるかと。既に候補として挙がっている『Cランク冒険者』はどれも装甲車を正面からスクラップに出来る人ばかりですから。実力を分かり易く見せる事が出来れば理解を得られるかもしれません」
「待ってくれ。そうした場合、覚醒者への偏見と恐怖が増す可能性はないか?ただでさえ今は『トゥロホース』の一件で危うい状況だぞ」
「しかし、『無知』である事より良いんじゃないか?『Bランク冒険者』の導入に反対する勢力が、無暗に候補者へ攻撃して諍いが起きる方が危険だ。そのリスクを減らせるかもしれない」
「もしもやるとして。候補者の中から引き受けてくれる人員を見つけないといけません。当てはあるのですか?」
「当てなら、ある」
ノートパソコンを操作する女性職員の問いに、赤坂部長が答える。
彼は部下達に見えない位置で拳を強く握るも、表情には内心を一切見せなかった。
「候補者として真っ先に上がった12名のうち、3名に伝手がある。『彼女ら』に依頼する予定だ」
そう言って部長がスマホを操作すると、全員の端末に写真と書類が送られた。
「ん……?たしかこの灰色髪の子って、前に陸自と模擬戦した子ですか?」
「こっちのツーサイドアップの女の子は、以前やったマラソン大会の準優勝者ですね」
「そうだ。娘が『学校の友達』でね。冒険者同士という事もあって、よく話すらしい。私もこの前直接話したが、根は善良な子達だ。きちんと理由を説明すれば、頷いてくれるだろう」
「華があって良いですね。3人とも美人ですし」
「顔の良さならうちの娘も負けていないが、まだ『Dランク』だからな。今回は頼めない」
「久々に聞きましたね、部長の親バカ」
「バカとはなんだ。私は事実のみを口にしている」
むすっとした顔の赤坂部長に、部下達の中で小さく笑いが起きる。
しかしすぐに引き締め直し、彼らは画面に視線を戻した。
「ですが3人とも未成年です。もしも良くない組織に目をつけられたら……」
「覚醒者が希望すれば、政府が住居を確保する案があっただろう。もしも身に危険を感じたら、アレを使ってもらおうと思う」
「あれって、実質監視として見られる可能性が高いのでは?」
「希望者のみだし、何より高レベル覚醒者には簡単に壊せる楔だよ。決めるのは本人達だ」
「そこは一旦置いておくとして、出来ればもう少し人数が欲しいですね。3人は少ないかと」
「候補者筆頭の『矢川京太』ですが……」
「その人物はやめておきましょう。絶対に」
「なんでだ?素行にはこれと言って問題が見られないし、レベルは候補者の中でもトップだぞ」
「バックに外国勢力がいます。PVとして使うと、後で面倒です」
タブレットを抱えた男性職員と、ノートパソコンを見ている女性職員が全力で『矢川京太』の起用については止めた。
理由に納得したのか、他の職員達も別の候補者に意識を向ける。
「だが……他の候補者は癖の強い者ばかりだな」
「覚醒者以前に、変人として社会に受け入れられづらい者ばかりだぞ」
「なんだ『アフロ連合』や『リーゼント宇宙軍』って」
「こっちの人物は、警察から何回も注意を受けていると書かれているのですが……」
どこの紐付きでもない、高レベル冒険者。
それは、『実力は確かだが関わりたくない』と各組織から思われている変態の巣窟であった。
『Bランク冒険者』の導入に関する発表を任せる冒険者の選定にかなりの時間がかかったのは、言うまでもない。
* * *
『Bランク冒険者』関連の議題以外にも、幾つかの話を終えた後。
赤坂部長は、市ヶ谷の防衛省まで足を運んでいた。
彼が通されたのは、陸自内部にある『ダンジョン対策課』が持っている会議室の1つだった。
ノックをしてすぐに入室の許可が出され、赤坂が扉を開ける。
「失礼します。お待たせしました、ダンジョン庁の赤坂です」
「よく来てくれた、赤坂君」
そう言って出迎えたのは、角刈り頭に四角い眼鏡をした、全体的に角が目立つ男。丸井陸将であった。
今回も彼と2人きり───ではない。
「久しぶりだな、赤坂」
「ええ、お久しぶりです。門倉海将」
丸井陸将の隣に立つ、全体的に丸い男。
坊主頭に丸みを帯びた眉毛。丸顔に丸みを帯びた大きなお腹と、どこか『好々爺然とした老タヌキ』といった雰囲気の人物。
門倉半兵衛、53歳。丸井陸将とは腐れ縁にある、海上自衛隊の将校である。
「すまないね。君も忙しいだろうに、呼びつけてしまって」
「いいえ、丸井陸将。事の重大さは理解しているつもりです」
「早速で申し訳ないが、この場にいる者は全員多忙な身だ。本題に移ろう」
そう言って3人は椅子に座り、机にあった紙の資料を手にとる。
「『インビジブルニンジャーズ』が発見し、踏破した海上ダンジョン……その今後についてだ」
丸井陸将が、ギラリと眼鏡を光らせる。
「まず確認させてほしい。『トゥロホース事件』と同日にこのダンジョンは発見されたわけだが、本当にこの2つの事柄に関連性はないのか?」
「私が調べられる範囲では、ですが。しかし『教授』と『トゥロホース』はむしろ敵対関係にあった可能性が高いかと」
「敵対なぁ……。英国も一枚岩ではないと思っていたが、案外例の『教授』はあの国とは別に動いているのか?」
「それもまだ不明です。私が接触した『MI6』は、教授達の行動について何も知らされていないと言ってはいました。瞳孔や表情筋から嘘ではないでしょうが、彼に情報が回っていないだけの可能性もあります」
2人からの質問に、赤坂部長は背筋をピンと伸ばし冷静に答える。
探る様な視線をやめ、門倉海将が自身の坊主頭をジョリジョリと掻いた。
「まあ、餅は餅屋だ。お前を信じるよ」
「君が真意を気づけない手合いなら、私達の持ち駒でどうにか出来る相手ではないな」
「恐縮です」
「何より……英国にどんな思惑があるにせよ、我が国にはこの好機を手放す事などできない」
「だなぁ。現状に見えた、唯一の光明だ」
彼らの手元にある、この場からは決して持ち出す事が許されない資料。
そこには、ミノタウロスのダンジョン『周辺』について事細かに書かれていた。
「英国の協力で、米国からの目は短い時間だが誤魔化す事が出来る」
「その間に、出来うる限り事を進めなきゃいかんな。やれやれ。陸さんは大変だと思っていたが、海までこうなるとは」
「丸井陸将。万一に備えての戦力ですが……」
「ああ。『Bランク冒険者』が導入され、一部ダンジョンから隊を退く事が出来れば、『彼ら』を動かす事ができる」
「例の『対ドラゴン部隊』か」
門倉海将が、面白そうに口元をニヤリとさせる。
「陸自の中でも選りすぐりの精鋭部隊。日本覚醒者業界の『4強』とされる者達だ。いったいどういう者達なんだ、丸井さん」
「本人達から紹介用VTRを預かっているので、再生しよう」
「は?」
「待って?」
疑問符を浮かべる赤坂部長と門倉海将をよそに、丸井陸将がリモコンを操作する。
元々窓のない部屋なのもあって、部屋の明かりが消されれば真っ暗だ。そして壁の一部にスクリーンが降り、映像が映し出される。
───ジャジャンジャジャンジャーン!!
日曜朝にでも流れていそうな、BGMと爆発。そして『陸自戦隊!ドラゴンキラー!』という文字。
赤坂部長と門倉海将があんぐりと口を開けた。
『ドラゴンキラー隊、宮本織部!かつてはフリーターだった男ながら、『覚醒の日』すぐに自衛隊に入隊した剣豪!』
『固有スキルは『斬完無双』!どんな魔法的な守りも無視して対象を斬る事ができるぞ!そして、持っている刃の長さを本人が一太刀振るえるのならどんな長さにだって変えられるぞ!』
『フゥゥ……私、自分より格上の、凄く強い存在と血まみれになって殺し合うとね?ふふ……下品なんですが……下品なので、言わないでおきますね』
『ドラゴンキラー隊、紅一点にして唯一元々自衛隊員だった女傑!不死川宮子!一般公開済みのダンジョンは、全て彼女が最初に足を踏み入れた!』
『固有スキルは『夢幻の帰還者』!死亡しても彼女が指定したベッドにて、無傷で復活できるぞ!彼女の死は世界にとって夢幻になるのだ!ただし24時間に1度だけね!』
『趣味は映画観賞。好きな物はナポリタン。嫌いな事は恋愛。将来の野望は女性初の総理大臣になる事。そしてこちらが私の性奴隷である枕と布団です。羽毛100%です』
『ドラゴンキラー隊、田辺ラインハルト!日独ハーフの元料理研究家!宮本同様、『覚醒の日』からすぐに自衛隊に入隊したぞ!』
『固有スキルは『ウンツェアブレヒリヒ・パンツァ』!絶対に壊れない鎧だ!その上、装着者の心臓が止まらない限りはどんな傷でも治してくれるぞ!呪いや毒なんかも無効だ!でも衝撃や熱は0に出来ないので注意が必要だぞ!』
『自分は魔物肉を諦めていません!いつか、この鎧で焼肉をする為に表面はいつも磨いています!』
『ドラゴンキラー隊、西園寺康弘!こいつも『覚醒の日』すぐに入隊した変わり者だぁ!』
『固有スキルは『デストラクター』!究極の1発屋だ!24時間に1回だけ、最高最上の破壊をお届けするぜぇ!でも使ったらダウンしちゃうぞ!』
『ふっふっふ。俺は伝説となる男だ。日本よ、この西園寺康弘を新たに神話へと加えるが良い!竜殺しも俺の神話のプロローグに過ぎん。ハーッハッハッハ!!』
『以上、愉快なドラゴンキラー隊だ!皆の応援、待ってるぜ!』
そうして、映像は終了した。
部屋の照明が戻り、スクリーンも収納される。
愕然とした顔で、赤坂部長と門倉海将が丸井陸将に顔を向けた。
「あの、この映像は」
「彼らの自主制作だ」
「あいつら、徹夜明けか何かで……」
「いや。入隊時からああだ」
「そうか……そうかぁ……」
赤坂部長と門倉海将が、遠い目をする。
「一応言っておこう。私に彼らの人格や将来の夢について、どうこう言うつもりは一切ない。どこに行っても国の英雄として扱われるだろう力を、日本を護るために使ってくれているのだ。敬意を払いこそすれ、文句など言えば罰が当たる」
「それは……そうですね」
「うむ……」
2人もでかかった言葉を飲み込み、神妙に頷く。
強い覚醒者は、常に引く手数多だ。そんな中金欠で有名な自衛隊に所属し、世間からの称賛も碌に浴びる事が出来ない戦場で戦ってくれている。
それを思えば、丸井陸将の言う通り文句など言えば罰が当たると彼らも思ったのだ。
たとえ、『これ関わっちゃいけないタイプの変人達じゃね?』と思ったとしても……!
「あー、そう言えば赤坂。計画の要である例の水晶玉。本当に譲ってもらえそうなのか?」
「はい。教授からも条件次第とは言われていますが、乗り気ではあるようです」
「これほどの価値の物を、8000万で買えるかもしれんとは……いったいどんな交渉テクニックを使ったんだ?」
「顔から出るもの全て出しながら土下座しました」
「なんて?」
「顔から出るもの全て出しながら土下座しました」
真顔で断言する赤坂に、門倉海将は出かかった言葉を飲み込んだ。
先ほど、『ドラゴンキラー隊』の映像を見た時と同じように。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
Q.なんで赤坂部長は泣き落としが通じると思ったの?
A.彼の経験則ですね。直接顔を合わせた瞬間、有効だと気付きました。そして0.1秒で顔から出るもん全て出しました。
孫と婿殿の為にしぼり取ってやろうと思っていた教授ですが、慈悲の心を出さざるを得ませんでした。部長の勝ちです。
なお、値下げ交渉分他の事を要求される模様。
有栖川教授
「これでピースは整った!矢川夫妻は攻略済み。孫達は恐らく乗り気。京太君はチョロい……あとは、赤坂部長に今回の貸しを使って国会にアレを通させれば……!」
部長
「私はいったい何をさせられるんだ……!?」




