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第百四話 あの水晶玉は

第百四話 あの水晶玉は




 訓練場に行った翌日、自分は有栖川邸に呼び出されていた。


 他人の、それも異性の家に招かれるというのは本来緊張するものだが、こうも頻繁に通っていると流石に慣れてくる。


 教授によるマナーや英会話講座もあるのだ。流石教師と言うべきか内容が非常に分かり易く、英語の宿題に関しては本当にスルスルと終わったものである。


 自分には勿体ないほど素晴らしい授業だ。……途轍もなく厳しいという事を除けば。


 無論、体罰や理不尽な罵詈雑言はない。彼女は正に淑女と言った立ち振る舞いで、自分に教えてくれる。


 しかし、時に正論の嵐は人を傷つけるのだ。メッタメタのギッタギッタである。


 楽しい思い出と恐い思い出と叡智な思い出が詰まった、有栖川邸。本日はどういった用で呼ばれたかと言うと。



「これの処遇について話し合いたいと思います」



 有栖川教授がそう言って机の上に置いたのは、ミノタウロスのドロップ品。毛糸玉の様な模様が描かれた水晶玉だった。


 占い師さんとかが使っていそうな、小さい座布団みたいな台座に置かれたそれ。大きさこそ子供の頭程度でありながら、内包する魔力は膨大である。


 教授は紅茶で桜色の薄い唇を湿らせた後、切れ長の瞳で自分達を見回した。


「この魔道具に関して規定に則り政府に報告したところ、『非常に重要な物品の為ぜひ買い取りたい』と頭を下げられました」


「はあ」


 まあ、そりゃあそうだろうな。


 これがあれば、あのダンジョンを比較的安全に攻略できる。自衛隊からすれば、喉から手が出る様な代物だ。


 そう思い頷く横で、アイラさんが己の細い顎を指にのせる。


「ババ様。強制ではなく、要請だったのか?」


「ええ。所持するだけでも危険とされるドロップ品は強制的に回収されますが、これはそれに該当しないと言われました」


「そんな規定、解釈次第でどうとでもなる。それをしないと言う事は……」


「恐らく、米国に知られる事なく回収したい、という事でしょう」


 アイラさんと教授の会話に、思わず疑問符を浮かべる。


 だが、すぐに納得して手を叩いた。


「ああ。そう言えば日本が米国から武器を割安で購入する代価として、政府が持っている魔道具は優先的にあの国に回すとかありましたね」


「はい。その認識で間違いありません」


「つまり、自衛隊はあの国の研究所にこの水晶玉を持って行かれたくないと」


「いいえ。その認識では足りません」


「え?」


 どうやら自分の仮説は違ったらしい。


 バッサリと教授に切られて、ちょっとへこむ。


「お婆ちゃま。それってつまり……」


「そういう事でしょうね」


「どういう事なの……?」


 ドスケベ一族だけで分かり合わないでほしい。


 あ、違った。スケベ筆頭のミーアさんも困惑している。一族だけの共通言語というわけではない様だ。


「つまりだ、京ちゃん君。これを欲しがっているのは自衛隊だけじゃなく、日本政府……動きからして、自衛隊とダンジョン庁の共同かな?」


「でしょうね。彼らはこれを使い、ダンジョン内……そして『その奥』を調べたいのです」


「その奥?……あっ」


 そうか。ダンジョンは、『どこかと繋がっている』。


 よく行く廃坑らしき迷宮も、一般の冒険者は近寄れないが崩落で道が潰れている箇所があった。それ以外のダンジョンでも、外へ繋がるかもしれないルートは大抵閉ざされている。


 ダンジョンはかつて、誰かが働いていたかもしれないのに、だ。


 無論、あのゲートのみを出入口にしていた可能性はある。だが、あれだけの規模で内部に建造物やら何やら作っているのだ。あの扉では色々と不便である。


 となると、本来もっと大きな出入口があったはずなのだ。


 もしかしたらだけど、自分達が普段使っているゲートは『非常口』の類かもしれない。


「あくまでこれは推測です。ダンジョン庁の赤坂部長も、そこまでは明かしてくれませんでした」


「おや。昨日はどこに行っていたのかと思ったが、部長さんと話していたのか」


「正直驚きました。実家にはもう随分と帰っていない私に、わざわざ『あの』赤坂部長が時間を作って直接交渉にくるとは……」


「えっと……有名な人なんですか?」


 部長という辺り、偉い人ではあるのだろう。いまいちピンとこないが、父さんが昔会社の部長さんに滅茶苦茶ペコペコしていたのを覚えているし。


 だが、わざわざ『あの』って強調するあたり何かあるのだろうか?


「さてね。有名と言えば有名だし、無名と言えば無名な男だよ」


「知る人ぞ知る、という人物です。京太君にはまだ早いので詳しくは教えませんが、中々の切れ者とだけ覚えておいてください」


「は、はあ」


 教授がここまで言うのだから、凄い人なのだろう。


 しかし『ダンジョン庁の赤坂さん』か。どこかで聞いた事がある様な……。


「そう言えば、私達が『Cランク』に昇格する時面接してくれた人も赤坂って苗字の人だったね!」


「ああ、確かに」


 ようやく思い出した。最後に突然英語で話しかけられて、かなり驚いたから印象に残っている。


 あの時は面接で落とされるのではと、落ち込んだものだ。結果は、普通に合格だったけど。


「え、じゃあ意外と暇な人……?」


「そんな事はないだろう。ダンジョン庁は超ブラックで有名だし、噂を聞く限り彼は部下にだけ仕事を押し付けるタイプではない。むしろ自分で仕事を増やすタイプとみた」


「十中八九、私の実家関係を警戒しての事でしょうね。まったく、杞憂だと言うのに。昨日の話し合いでも随分と警戒されていましたよ」


 鼻で笑うアイラさんと、小さくため息を吐く有栖川教授。


 よくわからないが、気苦労の多い人らしい。


「話を戻しましょう。『この水晶玉をどうするか』についてです」


 教授の言葉に、今日は若草色の着物を着たエリナさんが小さく手をあげる。


「シーちゃんとアーちゃんは、権利を放棄するって言っていたよー。討伐に関わっていないわけじゃないけど、権利を主張するほどじゃないって。ちなみに私もだよ」


 それに続く様に、ミーアさんも視線を教授へと向ける。


「それを言うのなら私もですね。何もしなかったわけではありませんが、ドロップ品の扱いに口を出すほどでもありません」


 彼女らの言葉に、教授が小さく頷く。そして、自分とアイラさんに視線を向けた。


「コレの所有権を持つとしたら、京太君とアイラでしょう。2人の意見を聞かせてください」


「──その前に、ババ様」


 アイラさんが、小さく手を叩く。


 それはそれは、悪人みたいな笑顔を浮かべて。


「赤坂部長と直接話す機会を得た貴女が、何も『お土産』を持っていないはずがない。勿体ぶらずに教えてくれないか?」


 普段なら、こんな悪人面をする孫娘に教授は軽くお説教をする事だろう。


 だが、今回ばかりは違った。


「ええ。いいでしょう。面白い話を聞く事ができました」


 彼女もまた、顔は穏やかな笑みなのに瞳をギラギラと輝かせている。


 え、こわぁ……。


「まず1つめ。───冒険者のランクに新しく『Bランク』が作られる可能性があります」


「なっ」


 思わず腰を浮かし、椅子が音を鳴らす。


 それを気にした様子もなく、彼女は言葉を続けた。


「冒険者達のレベルの上昇。そして自衛隊の相次ぐ離脱者。積み重なる武器弾薬の借金。それを危惧した政府は、一部『Bランクダンジョン』の対処を民間に頼るつもりです」


「そ、それはいくら何でも危険すぎます!」


 自分同様、驚いた様子でミーアさんが声を大にする。


「あれほどのモンスター達がいるダンジョンを、火器を持たないで探索するなんて」


「私達は出来ましたよ?」


 彼女の疑問に、教授が再び紅茶を優雅に1口飲む。


「私達が覚醒者の中でも上位の実力者である事は認めます。ですが、他の『Cランク冒険者』にも同じような事が出来る者達はいるのです。……例外はありますが」


 そう言って教授がこちらをチラリと見るが、もしも自分が『例外』だと言うのなら貴女も同じだろうに。


 この身が覚醒者の中でも腕利きだという自負はあるが、例外呼ばわりされるほどではないだろう。きっと両手の数では足りないぐらいの数、格上がいるはずだ。


 しかし、『Bランク』……ダンジョンその物の危険度もそうだが、これでレベルが更に上がった冒険者が犯罪者になったら恐いなぁ……。


 やはり、まだまだ『自衛』の努力は必要そうである。そもそも、あの日テレビで見たドラゴン相手には全然足りていないし。


「『Cランク』への昇格以上に厳しい審査の上でしょうが、『Bランク冒険者』が制度として定められるかもしれない。貴方達も無関係ではないでしょうから、覚えておきなさい」


「はい」


「ほーい」


「……わかりました」


「ふっ。腕がなるな」


「アイラは忘れなさい」


「ババ様!?」


 貴女はまず冒険者試験に受かれ。


「しかし、『Bランクダンジョン』が解放されるのなら……この水晶玉は、手放さない方が良いのでは?」


 そう言って、視線を机の上に向ける。


「ああ。2つめの情報ですが、あのダンジョンが一般に公開される事はないそうです。『貴重』ですから」


「あ、そうなんですか?」


 海上ダンジョンは発生しづらいと、この前テレビで言っていた。


 レアケースだから、研究対象として一般人の出入りは規制したいのだろう。


「じゃあ、あのダンジョンと紐づけされているこの水晶玉は……」


「私達が持っていても意味がありませんし、無用な争いの種を撒く可能性すらあります」


「ですよねー」


 魔道具の素材としての加工も、ここまで『出来上がっている』物だと難しい。自分が手を加えた所で、大した性能は期待できないだろう。大山さんはこういうの専門外だし。


 だからと言って、余所に依頼を出して改造してもらうのもリスキーだ。こんな貴重品を持っている事を、おいそれと他人には教えたくない。


「3つめのお土産です。これを彼らに売却した場合、『奥を調べる時』に私達も1枚噛む権利を得られるそうです」


「ほう……」


 アイラさんが身を乗り出し、教授を見つめる。


 彼女のお胸様が机に乗っかる光景に視線が吸い寄せられるも、我ながら強靭な理性で意識を正面に戻した。


「それはまた。反則じみた口説き文句だ」


「ええ。私やアイラの様な人間には無視できない誘い方な上に、エリック達の仕事を考えると大きなチャンスでもある。私達一族としては、その『1枚』の厚さ次第では頷かずにはいられない条件です」


 そう言って、教授はこちらを見た。


「無論、これは京太君にも無関係ではありません。貴方にも大きな利益のある話ですよ?」


「え、そうなんですか?」


「はい」


「……ああ、なるほど」


 教授は自分のクライアント様である。彼女には随分と稼がせてもらった。


 そして、この人が利益と更なる仕事を得るという事は、その分自分にも稼ぎ時がやってくる。


 確かにこれは無関係ではない。こちらにもメリットがある。


「納得してもらえた様で何よりです。この場にいる者は皆、()()()()()ですから」


「いやぁ、それは……どうも」


 まるで孫に対するかのように、柔らかい笑みをこちらに向ける教授。それに少し照れてしまい、後頭部を掻く。


 まさか、『雇われ冒険者』でしかない自分にまでそう言ってくれるとは。やはりエリナさん達の友人というのは大きいのだろうか?


「それで、どうしますか?」


「私としては売却に賛成だな。無論、『ダンジョンの奥』に関する調査権について、どこまで食い込めるかの交渉をした上でだが」


「……今回は私が主に交渉をしますが、アイラもいつかは自力で出来る様になりなさい」


「はっはっは」


 そっと目を逸らしながら笑って誤魔化すアイラさんに、教授が頭痛を堪える様に眉間を押さえる。


 前にどこかで聞いたなぁ。学者さんに必要なのは、スポンサーや協力機関と上手く交渉する『コミュ力』って。


 知識や発想力以外にも社会性が重要な職業らしいから、その辺アイラさんにはいばらの道な気がする。


「僕も売却に賛成です。その……自分も交渉は苦手なので、教授にお願いしたいのですが」


「良いでしょう。京太君にはまだまだ教える事がたくさんあります。それを身に着けた上で、こういった知識や技術も可能な限り授けましょう。これからの人生、必要になる事も多いはずです」


「ひぇ」


 どうしてだろう。教授からは善意しか伝わってこないし、その笑顔も先ほど同様身内に対する様な優しいものだ。


 だというのに寒気が止まらない。まるで地獄の門前に立ってしまったかの様である。


 あれ、僕死んだ?


「やったね京ちゃん!お婆ちゃまかなり京ちゃんの事気に入っているよ!」


「その……頑張ってください」


「は、はは……」


 エリナさんとミーアさんの言葉に、笑って誤魔化すしかない。


 ……やっぱ僕死ぬのでは?これ以上頭に知識詰め込まれたら、突然破裂するんじゃね?


「そうそう。赤坂部長からはこの水晶玉の買い取り金額は、『8000万円を2年間の分割払いでどうか』と提案されています」


「たっっか!?」


「やっっす」


 真逆のリアクションをする自分とアイラさん。


 いや、これが安いってマジかこの人!?


「冷静になりたまえ、京ちゃん君。君は私よりはとても頭が悪いが、それでも落ち着いて考えればこの水晶玉の価値がそんなものではない事ぐらいわかるだろう?」


「喧嘩売りながら冷静になれと言われましても」


「どうどうどう」


 ちょっと眉間に青筋が浮かぶのを自覚しながらアイラさんを睨めば、いつの間にか背後に回っていたエリナさんに頭を撫でられる。


 くっ、良い匂いがするし掌の温もりが!


「……確かに、『Bランクダンジョン』の間引き等を含めた管理費を考えると安いかもしれません。そのうえ、研究どうこうも考えると10倍は請求しても罰は当たらない気もしますが」


「何ならもっと請求して良いと私は思うがね」


「それに関して、私も最初は交渉術の一環かと思ったのですが……」


 教授が、そこまで言って言葉を選ぶように視線を彷徨わせる。


 この人がこういう顔をするのは珍しいのではと、短い付き合いながら驚く。あまりこういったリアクションをするイメージが浮かばない人だ。


「なんだねババ様。一応私達も当事者なのだし、気になった事があるのなら教えてほしいのだが」


「……今のダンジョン庁と自衛隊にはこれが限界だと、泣き落としまで使ってこられたので……。一応、諸々が上手くいけば国会に更なる予算を引き出すとも言っていましたが」


「お、おう。あの噂に聞く赤坂部長がか……」


「はい。あの良くも悪くも有名な赤坂部長が、です」


 今度はアイラさんがリアクションに困った様子で、真顔になる。


 桁の大きさが大きさなので、自分には実感がわかないのだが……。彼女らの反応的に、ダンジョン庁ってかなりかつかつ?


 テレビではあの庁に対して、『予算の無駄』だの『無駄な事ばかりしている』と批判されているし、冒険者達からネットの掲示板でボロクソに書かれているのだが……。



 ダンジョン庁。もしかしたらもの凄く不憫な所なのでは?





読んでいただきありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。励みになっております。創作の原動力にさせていただいておりますので、どうか今後ともよろしくお願いいたします。


Q.どうしてアイラさんはイメージ力も高くて身体能力も上がったはずなのに、前話のポンコツっぷりは何故に?

A.第一に、『イメージ力』と『実際に身体を動かすのに必要な神経その他の性能』が別だからですね。

 サナさんは『そもそも人体はどう動かすものなのか』を知らない感じだったので、『こう動かすんだよ』とか『呼吸は必要だよ』とか教えればわりと完璧に動かしてくれます。ただし、『型にはまった』みたいな動きなのでエリナさんみたいな有段者から見ると『精確だけど硬い』と言われてしまいますが。

 そして第二に、『レベルアップ後でも彼女がイメージする動きを再現するのにスペックが足りていない』というのもあります。

 サナさんとの融合で身体能力にブーストがかかった上に、あの時はリミッターが外れていたので。

 それでなんで死んでいないかと言えば、京太が魔力供給の際に『心核』の力もほんの僅かですがサナさんに与えちゃっていたからですね。彼、というか作中の覚醒者は最長でも2年3カ月しか覚醒してから時間が経っていないので、一部の例外を除き魔力運用が下手糞なばっかりに……。

 それが幸いして、『リミッター解除で筋肉や骨が壊れては治る』のおかげであれだけ体をぶん回しても死なずに済みました。サナさんは痛覚ありませんし、アイラさんはあの時身体の制御権がない分痛覚のフィードバックがなかったので。なお、解除後の『心核』の残り香的な物が切れた瞬間。






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― 新着の感想 ―
よ、予算は無限ではないのです…(震え)
教授「京太君、やさしくかわいがってしんぜましょう……」
アリアドネかな? どこぞのゲームでは脱出アイテムでしたっけ。
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