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第六章 プロローグ

第六章 プロローグ





 普段使っていた隣町の覚醒者用の訓練場……はクエレブレのせいで使えなくなったので、また別の市の訓練場。


 そこで、銀色の髪をポニーテールに結った美女が走っていた。


「とぅ!」


 ジャージに短パン姿で、100メートルを7秒台で走るアイラさん。


 揺れるお胸様がとても素晴らしい。あと短パンから覗く太腿も叡智だと思う。


「ふん!」


 500キロを超えるバーベルを、顔を赤くしながらも持ち上げるアイラさん。


 持ち上げる時に揺れたお胸様を自分は見逃さなかった。


「あたたたた!ふぁたぁあっ!」


 サンドバッグに向かい、時速にして50キロ以上のジャブを連続で放ち、フィニッシュの一撃でブランコの様に砂袋を揺らすアイラさん。


 乳袋ではなく乳テント越しに揺れるお胸様。100点。煌めく汗も美しい。


 グローブを装着したまま、彼女がこちらに振り返った。それはもうお手本の様なドヤ顔で。


「ふぅ……ふぅ……。さあ、どうだね諸君。忌憚のない意見を言ってくれたまえ!」


 一瞬だけ返答に迷うも、自分と同じく彼女を観察していたエリナさんとミーアさんの3人で頷き合う。


「1点!」


「3点」


「4……いえ、6点で」


「辛辣ぅ!?ごぶぇ」


 揺れるサンドバッグに腰を打たれ、ずべしゃー、と倒れるアイラさん。


 レベルのおかげで無傷だろうが、立ち上がらずに半泣きで顔を上げた。


「おかしいだろう!?私は決め顔で『どうやら……少ぉぉ々強くなり過ぎた様だなぁ!』って言う予定だったんだぞぉ!?」


「良い夢見れて良かったね、パイセン!」


「酷い!!」


 エリナさんの無垢な笑顔から放たれた悲しい真実に、アイラさんが床をバンバンと叩く。


 他に利用者がいないから良いが、かなりみっともない姿である。見た目だけはクールビューティーなのに……。


「そもそも何点満点なんだ、それは!」


「安心してパイセン。10点満点だよ!」


「良かった、100点満点ではないんだね。とはならないよ!何なら一番酷い点数だったよねエリナくぅん!」


「いや、でもしょうがないでしょう」


「京ちゃん君?何がしょうがないのだね。私はこんなにも超パワーを手に入れたのに……!」


「いや。確かに非覚醒者からしたら凄いんですけど……」


 鼻水まで垂らして悔しがるアイラさんに、己の頬を掻く。


「貴女じゃないですか。『Cランク冒険者』として採点してくれって言ったのは」


「言ったけども!言ったけどもまさかここまで酷いとは思わないだろう!?もっと将来性を加味して採点してくれよ!私と君達ではまだレベルに開きがあるんだぞぅ!?」


「あ、すみません。将来性考えてこの点数です。むしろちょっと採点甘くしました」


「ごめんなさい姉さん。私もです」


「なん……だと……!?」


 ミーアさんがアイラさんの脇に手を入れ、立ち上がらせる。


 そのまま妹さんによって『はい、チーンしてください』と鼻をかませてもらった残念女子大生が、悔しそうに眉をよせた。


「くぅ……わかっていた。わかっていたさ。明らかに君達と比べてステータスの伸びが悪いって……!」


「まあ、はい。こればっかりは才能の問題なのでしょうがないかと」


「まさか、性欲満載ドスケベ魔人の京ちゃん君から才能マウントとられるなんて……!」


「はったおすぞ残念女子大生」


「きょ、京太君はそんなにスケベなんですか……!?」


「ミーアさんもあの残念の言葉を真に受けないでください」


 むしろスケベなのは貴様らだドスケベ一族。


「うーんとねー。私としては『動き』の方が減点多かったかなー」


「動き?私のパーフェクトなフォームに何か問題があったとでも?」


「流石パイセン!ジョークも一流だね!」


「ねえ私泣いて良いかなぁ!?」


「え、褒めたのに……?」


 エリナさんぇ……。


 めそめそと泣き始めたアイラさんに、思わず憐みの視線を向ける。


「しくしくしくしく……36!」


「ジョークのセンスも三流かよ」


 人の同情を返せ。


「それで、エリナ君。私のどこがダメだったんだい?」


「全部」


「わぁお。心にぐさっときたぞぉ」


「まずね。走る時のフォームがドタドタし過ぎ。偶に右手と右脚が同時に出かけてたよね?走る事自体に、慣れていないんじゃないかな?」


「はう」


「重量挙げも、変に格好つけようとしたよね?持ち上げた後の姿勢も、あれじゃ無意味に腰や膝を痛めたと思うよ?」


「あぐ」


「最後のラッシュは酷過ぎたと思うな。腕だけで殴っているだけならまだしも、途中殴る事に集中し過ぎて目を閉じていたでしょ?あれはパンチじゃなくて、ただ腕を前後させていただけだよ」


「あふん」


 アイラさん、轟沈!


 ミーアさんの胸に抱かれて安らかな顔を浮かべている。そしてミーアさんはとても乙女とは思えないお顔になっている。なんて残念美人な姉妹なんだ……!


 それはそれとして羨ましい。自分もアイラさんに身体を押し付けられたいし、ミーアさんのお胸様に後頭部を預けたい。


「京ちゃんのフォームも残念だけど、パイセンのは論外かなって」


「飛び火した……!?」


 しょうがないじゃん、自分ちゃんと誰かに師事した事ないし。


 ネットで得た知識を頼りに、見様見真似で使っているだけである。一応ペル相手に練習はしているが、ほとんど我流に近い。


 何なら、実戦で磨かれるどころか歪んでいないか心配な太刀筋である。


「だからこそ不思議なんだよねー。サナちゃんと融合していた時は、あんな『機械みたいに』精確な動きが出来ていたのに」


「エリナさん」


 咄嗟に周囲を見回すが、彼女はへらっとした笑みで手を振った。


「大丈夫だよー。周りに眼も耳もないから」


「それなら、いいけど」


 極力サナや、ミノタウロスのダンジョンの事を口外したくない。


 精霊を有している事は勿論、海上ダンジョンについての情報などどこも欲しがっているはずだ。


 マスコミに囲まれるのは勘弁である。自分はちやほやされたいが、有名税とかはごめん被る。


「ああ、それなら理由は簡単だ。私は動きをイメージするだけで良かったからな」


「どゆこと?」


 アイラさんの返答に、エリナさんが首を傾げる。


 ミーアさんのお胸様から頭を上げ、彼女は続けた。


「あの時、最初は私とサナ君の意識両方が体を動かそうとしていた。京ちゃん君が前に言っていた現象だね」


「あー……ゴーレムの関節がぶっ壊れるやつ」


 精霊との融合で、真っ先に出てくるリスク。


 脳が2つあり、体が1つ。両者が勝手に体を動かそうとすれば、よほど思考が一致しない限りは奇怪な動きをして終わってしまう。


 例えば、片方は前に歩こうとしているのに、もう片方は横に移動しようとしたりとか。その結果、どちらの動きも失敗し変な負荷が手足にかかる。


「だからいっそ、私は『体を動かす』のはサナ君に丸投げしようと考えてね。『どう動くかの判断』のみこちらが指示していたのだよ」


「ちょっと待ってください。そんな事出来るんですか?」


「出来たからこうして生きている」


 思わず口を挟むも、アイラさんは軽く肩をすくめる。


「融合した事で一時的に私も彼女を認識できる様になってね。頭の中でサナ君に提案したのさ。思いのほかあっさりと受け入れてくれたよ。言葉ではなく、脳内で直接『念話』を送る事もできたしね。いやぁ、あれは新鮮な感覚だったよ」


「そんな事が……」


 融合状態から、精霊と齟齬無く意思疎通できる。


 それは本来ならあり得ない事だ。互いの意識が無茶苦茶に交錯するか、逆にまったく繋がらないか。


 だというのにアイラさんがサナとスムーズなやり取りが出来たのは、『念話』のスキルのおかげかもしれない。


「……姉さん。それ、かなり危ない事ですよね?もしもサナさんに害意や……そうでなくとも、肉体が欲しいという考えがあったら……」


「乗っ取られていただろうね。肉体の主導権を彼女に委ねていたわけだし。まあ、死ぬかどうかの瀬戸際だったんだ。賭けに出られるだけ幸運だったよ」


 平然とそう言うアイラさんに、ミーアさんが眉を八の字にする。


 だが、状況がかなり逼迫していた事はこの場の全員が理解していた。その判断を責める事は出来ない。


「彼女と繋がったおかげか、私は自分の身体を客観視……FPS視点からTPS視点に変わったと言うべきかな?その状態で、ゲームの動きをイメージしてサナ君に伝えたのだよ」


 簡単に言うが、わりととんでもない事を言っている気がする。


 ゲームの動きを、そんな正確に覚えているものか?よしんば覚えていたとして、動かすのは彼女の身体だ。ゲームキャラとは骨格から違う。


 その辺りの差異を埋めるだけの想像力と、あの戦闘中に実践できる思考速度が必要だ。大雑把なイメージを送るだけでは、人体の動かし方を知らないサナにあれだけの動きはさせられないだろう。


 控えめに言って頭おかしい。


「なるほど。それであの時のパイセンは凄く綺麗な動きをしていたんだね」


「うむ。また彼女と融合した時はとくとご覧にいれよう」


「いや二度とやらないでください。マジで」


「そうです!危険すぎます!」


 アホな事を抜かすアイラさんに、ミーアさんと2人で首を横に振る。


「精霊との融合からくる反動は、無理な動きをしたせいだけじゃありません。全身を別種の魔力が駆け巡る事の方が問題なんですよ?拒絶反応で神経がズタズタにされます。死んでもおかしくは……いいえ。死んでないとおかしい行為なんです」


「あの時はサナさんがかなり無理をしたから、アイラさんは重傷を負うだけで済んだんです。次もそうなるとは限りませんし、そうなったらなったで今度はサナさん側が消滅する可能性がある」


「むぅ。君ら2人に言われては仕方がない……」


 アイラさんが引き下がってくれた事に、ほっと胸をなでおろす。


 もしもアレを『便利な力』と勘違いされては事だ。精霊との融合はドーピング。それもかなりのインチキである。遠回しな自殺と言っても良い。


「まあ、次もサナさんが反動を肩代わりしてくれるとは限りませんが……」


「いや、たぶんしてくれると思うぞ?少なくとも君が好意的に考えている人間に対しては」


「はい?」


 半分独り言のつもりで呟いた言葉に、アイラさんがあっさりと答えてくる。


「どういう事ですか?」


「サナ君と融合した時、彼女は間違いなく私を『庇護対象』として見ていた。そして彼女を通して君からの好意の様なものも伝わってきたよ」


「は、はあ……」


 なんか恥ずかしい事を言われている気がする。


 少し頬が赤くなるのを自覚するが、アイラさんは気にした様子もなくドヤ顔で人差し指をたてた。


「つまり、君からの好感度=サナ君からの好感度と言っても過言ではない!そしてサナ君に生存本能はあっても痛覚の概念はないらしいので、限界ギリギリまで反動を肩代わりしてくれるぞ!京ちゃん君が本心から死なせたくないと思える相手に限り、だが」


「な、なるほど……」


 感情にも魔力はのる。


 言霊の説明を彼女にした時と同じ理屈だ。そして、自分は定期的に少なくない量の魔力をサナに与えているし、代謝……といって良いのかわからないが、彼女の身体はほぼ自分の魔力で構成されている。


 故に、自分が好意的に思っている相手への感情もサナには……。


 これ以上考えるのはやめよう。心が悲鳴をあげている。そして顔が熱い。


 気まずい思いをしている自分に、エリナさんがいつもの様子で問いかけてきた。


「ねえねえ京ちゃん。私達が融合しても同じ様なリスクはあるけど、京ちゃんがサナちゃんと融合した場合はどうなるのかな?あの子の魔力、だいぶ京ちゃんに近いよ?『魔力の拒絶反応』はないんじゃない?」


「いや、なさすぎるのが問題だと思う」


 エリナさんの問いに、ハッキリと首を横に振った。


「当初は、僕が融合した場合も他の人同様のリスクがあると思っていた。だけど、アイラさんと融合した姿を見て考えを変えたよ。もしもサナさんが僕と融合した場合、彼女は溶けて消える」


「溶ける?」


「うん。精霊の身体を構成するのは肉ではなく、魔力だ。そしてほぼ同質となっている僕の魔力の中に彼女が入ったら、融合し過ぎる。同一の存在として、消滅する可能性が高い」


「なるほどなー。そうお手軽にパワーアップ、とはいかないか」


 胸の下で腕を組み、エリナさんがうんうんと頷く。


 まあ、パワーアップという意味ではそれにより『レベルアップ』が起きる可能性もあるが。


「となると、サナちゃんも戦うってなったらやっぱり専用のゴーレムボディが必要かな?パイセンとの融合で、人体の動かし方もわかったかもしれないし」


「いや、まず大事な研究対象を戦いの場に連れて行ってほしくないのだが……」


 アイラさんが苦笑しながら、ミーアさんが差し出したタオルを受け取る。


 慣れない運動で額に浮かんだ汗を拭いながら、彼女はこちらを見た。


「確かにサナ君の助力は凄まじい。一時的にだが、京ちゃん君の一部スキルまで使えたからな」


「あ、やっぱりあの時」


「うむ。『精霊眼』と『魔力変換』が使えていたよ。その上、ステータスも君ほどではないが高くなっていたはずだ。命を懸けるに値するメリットはあったよ」


 そこまで言って、アイラさんは首を横に振った。


「だが、それ以上にサナ君は貴重な存在だ。無論君達より価値があるわけではないが、それはそれ。必要もなくダンジョンに送り込んで良い存在ではない。そう、私の様に」


「最後の部分以外は同意します」


「そうだね。最後の所以外は私も同意見だよ」


「ですね」


「はっはっは。3人とも、目が恐いぞ?」


 頬を引き攣らせるアイラさんの肩を、エリナさんが掴んだ。


「パイセン」


「な、なにかな?」


「護身の為にも、レベル上げはしようね?」


「いやいやいや。今で十分じゃないか?並みの冒険者より私はレベルが上だぞ?」


「レベルだけ上で、ステータスは低いもん」


「足りないステータスは、更にレベルを上げて補わないと」


「姉さん。鍛えましょう」


「……ふっ」


 アイラさんは、逃げ出した!


 しかし、エリナさんに回り込まれた!


「い、や、だ!フィールドワークが重要なのは認めるが、私は頭脳労働専門なのだよ!」


「まあまあまあ」


「私は屈しないぞ!」


 笑顔でジリジリと距離をつめるエリナさんに、アイラさんがその分後退する。


 背後からもミーアさんがにじり寄っているので、逃げ場はない。


 彼女のレベル上げとなると、まずは冒険者登録からか。以前は体力試験で落ちる事が確定していたが、今のレベルなら『E』スタートは堅いだろう。書類申請や面接の日程次第では、『D』に上がるのもすぐのはずだ。


「パイセンもうすぐ夏休みでしょー?じゃあ免許とる時間あるよねー」


「21歳の夏休みの忙しさをなめるなよエリナ君!」


「でも姉さん。就職とか考えず院に進んでお婆様の所に居座るって言っていましたよね?そして、勉学に関してなら一切問題ないどころか余裕でしょう?……研究以外、やる事あります?その研究だってダンジョンに実際行った方が捗りますよ。きっと」


「しまった!自分の優秀さが裏目に!?」


 世の真面目な大学生さん達が、纏めてぶちぎれそうな事言ってんな……。まあ偏見かもしれないが、大半の大学生さんってわりと暇なイメージがあるけど。


 しかし、夏休みか……。


 現在、7月も下旬に入った頃。普通の高校なら、もうすぐ夏休みだと誰も彼も浮かれている時期。


 自分達の前倒しになった夏休みは、もうすぐ終わろうとしていた。



 遠くから、セミの鳴き声が聞こえてくる。






読んでいただきありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。いつも励みになっております。創作の原動力となっておりますので、どうか今後ともよろしくお願いいたします。


Q.京太から他者への印象って、サナちゃんがオッパイ星人になっちゃう!?

A.サナ、というか精霊は普通の生殖とかしないので、『大事』か『大事じゃない』の2通りしか認識していないので大丈夫です。

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― 新着の感想 ―
パイルダーオン!だよ~。
愛への願望強いアイラさんに心を通して好意が伝わるって結構クリティカルだったのでは…?
叡智点は芸術点みたいなものかなww
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