第十二話 Eランク
第十二話 Eランク
週末。四月もとうとう終わりが見えて来た頃。
前回探索を中断せざるを得なかったレッサートレントのダンジョンは、平日の放課後に踏破済み。
そんなわけで新しいダンジョンに来たわけだが……今回からは、前の様に『作業』とはならないだろう。
『Eランクダンジョン』
現在、大半の冒険者はこのランクのダンジョンに通っている。つまり、ここからが『プロの冒険者』の世界と言って良い。
本来、このランクで活動するには各講習とテストを受ける必要がある。しかし、自分達は冒険者試験の際に高得点をたたき出した事で最初から『Eランク冒険者』だ。経験こそ足りていないが、能力だけなら問題ない。
ランク1つで大げさなと思われるかもしれないが、『F』とはその脅威度が段違いである。なんせ、モンスターが『武装している』のだから。
槍に剣、弓。そして場合によっては金属製の鎧まで身に纏った怪物が、迷宮内を跋扈している。本来人間が人間を倒す為の装備を……あるいは、人が人外を倒す為の道具を、人外が扱うのだ。
故に、『人を殺める危険性』は明白。氾濫以外で死者こそ出ていないが、去年だけで30人以上の冒険者が負傷している。
武装だけではない。単純に、モンスター自体の身体能力も『F』よりも基本的に高いとされている。
反面、ドロップ品の質は大して変化がないものの『討伐報酬』は大きく上昇する。それにより、1日の探索で平均2万円ほど稼げるとか。
……正直、危険度に報酬が釣り合っているかは疑問だけど。
専業化し月に20日行くとしても、1カ月に40万。単純計算で1年480万円の報酬を受け取る。ここから税金なり免許の更新費用なりが引かれ、人によっては装備などの経費もあるから……裕福な暮らしは、出来ないと思う。
純粋な手取り、というか。月の収入だけ見るとわりと儲かっている様になっているのが、逆にいやらしい。
なんせ、『冒険者の保険は特殊』だ。既存の保険では適用されないとして、国が新設したのがあるのだけれど……それがもう、ぼったくりかと思う様な内容である。
当然ながら普通の会社みたいにボーナスもないし、保証の類もほとんどない。それぞれが個人でやっているので、しょうがないのかもしれないけれど。。
だから、それぞれ探索の動画をネットにあげて広告費を稼いだり、自分みたいにスポンサーを持つらしい。それが上手くいかないと、他の職をしながらという事になる。
冒険者関連はいくらか税金やら何やらが緩めにされているとは言え、あちこちで問題視されているのは当たり前であった。
閑話休題。
冒険者で食っていくつもりなら、このランクを踏破できなくては話にならないと言われているのだ。
気合を入れ直し、ダンジョンストアに踏み入れる。
ここまでと同じように準備をし、深呼吸をして、エリナさんと共にゲートを潜った。
そして、この先はこれまでとは違う。
「……ふぅ」
壁に照明は取り付けられておらず、腰に下げたLEDランタンが周囲を照らしていた。
じっとりと、空気が湿気っている気がする。灰色がかった石で積み上げられた通路は、窓1つない。
中世の砦めいた構造をした、このダンジョン。自衛隊が照明を設置出来なかったのはレッサートレントの時の様に、木々が邪魔だったからではない。
モンスターが、ライトを破壊しているからだ。つまり『知性』を持って行動している。
『……2人とも、くれぐれも気を付けてくれ。君達ならこのダンジョンでも余裕をもって踏破出来ると信じているが、油断だけはしない様に』
「はい」
「うっす」
アイラさんの声も、いつもより硬い。イヤリングから聞こえる声に頷いて、ゴーレムボディを構築した白蓮に指示を出しゆっくりと進みだした。
ライトで照らした壁に、自衛隊のペイントを発見。アイラさんにナビをしてもらい、まずは出口を目指す。
そうして進む事、約1分。
「足音がする。人間のにしては変だよ」
エリナさんの言葉に、硬い唾を飲んだ。
「数と方角は?」
「3体、前方から向かってきてる」
正面。となると、奇襲は出来ないか。
ランタンやペンライトの明かりが届かない、前方の暗闇。そこから硬く、それでいて軽い足音が自分にも聞こえ始める。
この真っ暗なダンジョンで、どうしてモンスター達は敵を認識できるのか。
それは、彼らが闇に蠢くものだからに他ならない。
『カカカッ!』
笑い声にも思える、歯を鳴らす様な声。
暗がりの中、赤い双眸が不気味に光っている。
『スケルトン』
肉片1つ残っていない白骨死体。それがボロボロの衣服や簡素な革鎧を身に纏い、手に錆びた得物を握って歩いている。
ゲームだったら、取るに足らない序盤の敵。されど、こうして直に見るとその感想も変わって来る。
酷く不気味だった。この世のものとは思えない、不快で怖気の走る気配がする。
だが、体は動いてくれた。左手が抜き様にナイフを投擲。斜め後ろではエリナさんも棒手裏剣を放っている。
3体いる内の、右端の個体。その頭に棒手裏剣が直撃し、ナイフが右肩を貫いた。
『カッ』
棒手裏剣が額に刺さり、その個体の右腕が床に転がった。倒れこそしないものの、明らかな大ダメージ。
攻撃が通用する。つまり倒せる。
そう己に言い聞かせながら、右手に握る剣へと力を籠めた。
『カカカッ!』
自分達の攻撃に、嗤っているのか怒っているのかもわからない。
右腕ごと落とした武器を拾っている個体以外、比較的無事な2体のスケルトンがこちらに襲い掛かって来る。
槍持ちの方を白蓮に任せ、剣と盾を持った個体と相対。片手半剣を八双に構える。
この通路は広い。幅は4メートル近く、天井も3メートルほど。問題なく武器が振り回せる。
バックラーという小型の盾をこちらに突き出し、片手剣を掲げるスケルトン。視界を遮る相手の盾目掛けて、自分の剣を斜め上から叩き込んだ。
甲高い音をたててバックラーが吹き飛び、返す刀で振るったこちらの剣がスケルトンの側頭部を斬りつける。
剥き出しの頭蓋骨へと刃が食い込んだかと思えば、抵抗もなく粉砕。首から上をなくした白骨死体が、普通の骨みたいにバラバラと床に散らばった。
つい呆気に取られそうになるも、剣を構えなおす。隻腕のスケルトンが槍を腰だめに構えて突っ込んで来ていた。
『カカカッ!!』
体当たりするかの様に勢いよく向かってくるが、『精霊眼』からすれば鈍足も良いところ。
槍を避け、思いっきり踏み込むと同時に袈裟懸けの斬撃でカウンターを叩き込む。
左肩から入った剣が胴を覆う革鎧も無視し、鎖骨を叩き割りそのまま背骨も肋骨も引き裂いた。やはりというか、あっさりとスケルトンはただの骨へと還る。
塩になった2体から視線を外し、白蓮と戦う残る1体を見れば。
「とりゃー!」
『カーッ!?』
白蓮に槍を掴まれ動けないスケルトンの頭に、エリナさんが忍者刀の峰を叩き込んでいた。
バキリと割れる頭蓋骨。バラバラになった白骨死体に、自称忍者が『成敗!』とか抜かしている。
……あっれぇ?
「……なんか、弱くないですか?」
『お、慢心かな?』
からかう様な声が、イヤリングからしてきた。
『スケルトンはこの見た目で成人男性相当の膂力と、高校の陸上部なみの速度をもつ。それが武器を持って襲ってくるのだから、本来かなりの脅威だよ』
……つまり、運動が得意な成人男性と同じぐらいの強さ?
いや、脅威は脅威だけども。こう、モンスターとして見ると……。
「正直、レッサートレントより弱く思えるのですが」
『レッサートレントの方が頑丈さは上だからね!ただの骨より切り株の方が硬いのは当然なのさ。言っただろう?レッサートレントを圧倒出来る君達は、かなり強い部類だと』
そりゃそうなんだろうけども。
滅茶苦茶緊張しながら踏み込んでコレは、どうしても肩すかしを食らった気分になる。
「油断するなよ京ちゃん!足元をすくわれるぞ!ローション相撲みたいに!!」
「……何でローション相撲?」
「年末年始と春に芸人さんがよくやっているから!!」
「……僕ら、芸人さんじゃないので」
「!!??」
本当に大丈夫かこの自称忍者。
若干頭が痛くなりつつも、深呼吸を1回。
確かに拍子抜けではあるが、それでも槍や剣を鎧で覆っていない箇所に受けるのは危ない。
例えはともかく、エリナさんの言う様に油断禁物。これまで通り、探索をしていこう。
塩の中からコインを拾い上げ、エリナさんに渡す。
スケルトンの装備は……消えてしまった様だ。偶に奴らの武器や防具が残る事もあるらしいので、少し残念である。
気を取り直して、探索を再開した。
歩き出すと共に、ナイフを鞘の中で再構築する。スケルトンを貫通して床に転がっていた方は消え、新たに小型ナイフが腰におさまった。
こういう所、本当に便利だと思う。慣れていないせいか、再構築に10秒程かかるのがネックだが。
薄暗いダンジョンを進んで行けば、広間と思しき部屋で不自然な建築物を発見。交番っぽい建物が、中世っぽい砦の中にあるのは凄まじい違和感だ。
近くの壁にマーキングをし、探索を進めていく。すると、
「あ、この先で誰か戦っているっぽい」
エリナさんの言葉に足を止める。
『どんな様子かわかるかな?』
「うーん、悲鳴とかは聞こえないね。あ、骨が床に散らばる音」
どうやら、この先で戦っている人、あるいは人達は順調にスケルトンを倒しているらしい。
『となれば、避けて通った方が良いね。ダンジョン内で下手に他のパーティーに近づくのは、トラブルの元だ』
「おっすパイセン!」
「はい」
貸し切りというわけではないので、当然こういう事も起きる。人口の多い『Eランク』となればなおの事。
同じダンジョンを探索中の冒険者には、緊急時を除き極力近づかないのが基本だ。そう講習で教わっている。
経験値やドロップ品の横取りの懸念もあるが、それ以上に『事故』が恐い。
冒険者は基本的に身体能力が高いだけの一般人である。プロの軍人や自衛隊員だって『誤射』が発生するのだから、槍や弓矢を使ってモンスターではなく他人に当たる可能性は低くない。
「京ちゃんコミュ障だから他人に会いたがらないもんね!!」
「……なんかすみません」
「んー。やっぱりゲーム大会の時とテンション違う。昨日はハリセン叩き込むぐらい勢いあったのに」
「……いや、その……はい」
どっから出て来たハリセン。まさかまだローション相撲の芸人ネタ引きずってんのか。
『わかるよ、京ちゃん君』
「アイラさん」
『画面越しと直接顔を合わせるのでは、だいぶ違うものな』
「アイラさん……!」
そうなんだよ。自分の部屋で、声と相手の操作キャラだけが感じられる環境って、すっごく気が楽なんだよ。
だからこそ、アイラさんには比較的普通に喋る事が出来るのだ。声しか聞こえないし。
『まさにネットイキリ陰キャ!ようこそこちら側へ!!』
「どこからツッコんで良いかわからない自虐ボケはやめてください」
「おー、やっぱり仲良しさんだ」
『仲良し……私は京ちゃん君のお耳の恋人だった……?』
「チェンジで。というか油断しちゃダメって言っていたでしょうに」
「それもそうだね。じゃ、気張っていこー!」
『おー!!』
「お、おー……」
掛け声をあげて移動を再開し、数分後。再度スケルトンと接敵する。
「数はまた3体。この角を曲がった先にいるよ。透明化して確認したけど、右端に弓持ちがいたから気を付けてね」
「了解」
右手に片手半剣、左手にナイフを握る。
……どうせなら、練習していた『アレ』を試すか。
そう思い、エリナさんに相談すれば了承が返って来た。
彼女とアイコンタクトを交わした直後、角から飛び出す。それに気づいたのか、スケルトン達もこちらを向いた。
最優先で潰すべきは、弓を持っている個体。そいつへ小型ナイフと棒手裏剣が投げられ、命中する。
ナイフが右肩を穿ち、棒手裏剣が左の指を破壊して弓を落とさせた。
彼女の技量に思わず舌をまく。この暗がりで、よくもまあ指を狙えるものだ。こっちは胴体を狙ってギリギリ肩に当たっているのに。
『カカカッ』
得物を振り上げ向かってくるスケルトン達に集中し、片手半剣を両手で握り前へ出る。
刀身に風を集束。練習通りに、巨大な棍棒を振るうイメージで……!
「お、ぉぉ!」
掛け声と共に、思いっきり剣を横一文字に振り抜いた。
解放された風が、鉄槌の様に相手を殴りつける。剣と槍を持っていた2体のスケルトンが、肋骨等の骨を散らばらせながら衝撃でふらついた。
『魔力変換・風』
すかさず返す刀で剣を振るう際に、再び刀身へと風を纏わせ一閃。2体は得物を振り下ろす間もなく、まとめてバラバラになり床へと散らばる。ぶわり、と。周囲に散った風が、壁を叩いた。
そんな中残る1体が欠けた指で矢を握り込み、こちらへ殴りかかるが一刀で頭蓋を叩き割る。
塩へと変わるのを確認し、息を吐き出す。『政府公認の練習場』で確認はしていたが、ちゃんと本番でも出来て良かった。
『さっきのが、君の言っていた範囲攻撃かな?』
「いや、まあ……範囲攻撃と呼べる程ではありませんが」
アイラさんに答えながら、コインを拾う。今回も装備品のドロップは無し、か。
「リーチもそんな長くないし、巻き込めるのも精々横並びの2体か3体かと」
『それでも十分に思えるがね』
纏めて攻撃できるのは確かに便利だが、やはり風の出力がまだ弱い。たぶん、純粋な破壊力は普段通り風の加速を得て剣を振った方が強いと思う。
魔力消費に関しては……『固有スキル』があるので気にしなくて良いが。
『相手の数を手早く減らせるに越した事はないさ』
「私の経験値があんま入んないけどな!!」
「あっ」
……やっべ。
「程よく減らしてとは言わないけど、私の忍者修行の為にも少しは残して欲しいとです」
「ご、ごめん」
『おいおい。そこは『忍者修行って何やねん!房中術しか知らんわ!』ってツッコミをする所じゃないのかね?』
「3点」
『ふっ……私への厳しさは、親しみ故と考えておこう……!』
発想がセクハラ親父過ぎるんだよなぁ。
だが、確かにこういうトラブルはパーティーあるあるで有名である。知識として頭に入っていたはずなのに、失念していたのは反省せざるを得ない。
余裕がない時ならともかく、弓も潰せて数的に不利じゃないのならエリナさんにも回すべきだ。というか、スケルトンの矢ならたぶん風だけで弾けるし。
彼女も自分と同じく『LV:2』に上がっているものの、ここから変に差が出来てもやりづらくなる。ただでさえ、その……伸び率が一緒ではないのだし。
「今後は気を付けるので……」
「うむ!よきにはからえー。あとね。さっきの2回振った後にちょっと隙が出来ていたから、気を付けた方がいいよー」
「そうなの……?わかった」
「うん!!」
エリナさんに軽く頭を下げ、探索を再開。以降も問題なく進み、食堂だったのか長机が並ぶ部屋の隅っこでドロップ品を燃やしたり曲げたりと、データを集めた。自分はその間見張りをしていただけだが。
何にせよ。この日、合計2時間ほどかけた初めての『Eランクダンジョン』探索は無事に終了した。
ドロップ品や討伐報酬での収入は、コインの損壊などもあり1人につき『1万円』。アイラさんが所属する研究室からの協力報酬は、ランクが上がった事もあって1人『6万円』。
合計で7万円だ。税金で幾らか引かれるにしても、やはり普通のバイトと比べてかなり稼げる。
何だかんだ、冒険者生活は順調だ。高校生活の方は、語る事がないけど。
しかし、危険が伴う事を決して忘れてはいけない。モンスターは恐ろしい存在であると、それを意識して今後も冒険者を続けていこう。
……と、自分に言い聞かせるも、やはりどこか緩んでいた部分はあったのだが。
スケルトンのダンジョンに行った翌日。テレビのニュースにて、モンスターの脅威を再認識する事となった。
『ご覧ください!町が、町が炎の津波に飲まれていきます!』
画面の向こう側で、今年初めて、町中のダンジョンが氾濫していた。
『ドラゴンです!ドラゴンが空を飛んでいます!げ、現在この空域から逃げている我々のヘリも────』
大きな音がしたかと思えば、リポーターの声は悲鳴に変わりカメラは乱れ状況がわからなくなる。
すぐさま画面がスタジオに戻る刹那、
『■■■■■■■────ッッ!!!』
怪物の雄叫びが、木霊した。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。創作の励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。