第五章 エピローグ 下
第五章 エピローグ 下
サイド なし
「し、死ぬ……」
神奈川県、某所。
元は貸しビルだったが、今は『ウォーカーズ』によって丸ごと買い上げられたビルの最上階。
ギルドマスター室にて、山下は椅子に全身を預けていた。
普段ならば数十万円で購入したこの革張りの椅子を、自分自身以上に丁寧に扱う。だが、今はもうその気力すらない。
口から魂が抜けそうな彼の前で、黒ずくめの男がくっくっと笑った。
「随分とお疲れの様だな、山下君。今や『覚醒者と非覚醒者の調停者』とまで言われている君が、随分と腑抜けた顔をしているじゃないか」
「貴方が言ったそれが原因なんですけど……?」
覇気のない顔のまま、『錬金同好会』の副会長『K』に対して山下が反論する。
「たしかに……たしかに俺はこの道を進むって決めていましたよ。でも、まさか突然『トゥロホース』から誘拐してきた68人を保護しろとか……キャパ超えているんですよ、マジで」
「その辺りに関しては、流石の私も同情する」
表向きには、件の68名は『自力』であの集落から脱出した事になっている。
だが事実は違う。かつて山下達が千葉県で起きた氾濫に巻き込まれた時、その命を助けてくれた3人組がもう1人の仲間と『トゥロホース』に喧嘩をふっかけたのだ。
理由は、その追加の1人の友人の姉が矢車に囚われていたという……言ってしまえば、他人事だったのだが。彼女らとしては命を懸けて戦う理由として十分だったらしい。
だが計画的な行動ではなく行き当たりばったりだったので、取りあえず捕まっていた68人を救助しても逃げ込む先がなかったのである。
警察を頼る事も考えた様だが、捕まっていた彼らから『トゥロホース』と警察を始めとした政府関係者との繋がりについて聞き公的機関を頼る事が出来なくなった。
結果、彼女らの伝手で最も大人数を保護できそうな人物に白羽の矢が立ったわけである。
「私達に泣きついてきたかと思えば、突然68人分の隠れ家と食事を用意しろとは……あの時は面食らったものだよ」
「本当にすみません。でも借りがある以上に、事情を聞いたら断れなかったので……」
「まあ、ここで君が動かなければ日本は大変な事になっていただろうね」
副会長が言う事は、誇張ではない。
『強力な覚醒者達による、非覚醒者の監禁と犯罪行為の強制』
元々『トゥロホース』は非覚醒者を人とは思っていないと裏で噂されていたが、それが証拠付きで明るみになったのだ。
当然、海外で活動している反覚醒者団体は鬼の首を取ったように騒ぎ立てるだろう。実際、これは問題として提起しなければならない話であった。
国内にいる覚醒者へ不満や不安を抱える者達にも連鎖し、大規模な反覚醒者運動に発展していた可能性がある。
現在覚醒者によってダンジョンから守られている状況だが、そもそも覚醒者によって虐げられているのなら意味がない。それが、反覚醒者団体の主張である。
そして、彼らは『覚醒者の管理を国連が全面的に行う』事を求めていた。その内容は覚醒者に対する徴兵と実験への強制的な参加要求であり、当然覚醒者達からすれば受け入れられるものではない。
あるいは、最初に無茶な要求を出して……という、交渉の駆け引きなのかもしれない。
だが、そんなジャブが爆弾の起動スイッチに直撃してしまう可能性が高かった。
そうなっていれば、『覚醒者VS非覚醒者』の構図がより明確なものになっていただろう。
『最大手の覚醒者団体』の手で非覚醒者を救い、犯罪に手を染めた覚醒者と敵対する姿勢を見せなければ。
「そう言う意味ではあの3人……今は4人組には感謝していますよ、ええ」
「たしか、彼女らの提示した見返りは自分達が『ウォーカーズ』の下につく。というものだったか?」
「はい。ですが、あの子達はやり方こそ過激過ぎましたが、正しい事をした。その上で大人を頼ってくれたのです。それを、見返りだの何だの言うのはおかしいじゃないですか。丁重にお断りしましたよ」
「本音は?」
「あんな暴走特急抱え込みたくない……!」
「わかる……」
たしかに彼女らは戦力として非常に魅力的である。
だが現代兵器も真っ青な蛮族集団とか、控えめに言って関わりたくなかった。
「ま、頑張りたまえ。なぁに。あともう少しすれば、世間の注目は『トゥロホース事件』より『海上ダンジョン』の方に移るよ。一応は解決した事件より、現在進行形の問題の方が重要だからね」
そう言って、副会長は窓の外に向けた。
ブラインドで見えないが、薄っすらと大勢の人間の声が聞こえている。
「『ウォーカーズ』は『トゥロホース』の本部を襲撃した!これは私的な暴力だ!」
「彼らがいなければ『トゥロホース』の暴虐は続いていた!腰抜けの政府には任せられない!」
「正義か悪かの話じゃない!彼らは法を軽んじた犯罪者だ!逮捕されろ!」
「そもそも『ウォーカーズ』が仕掛けたという証拠はないだろ!」
「犯罪者!犯罪者!山下博は犯罪者!!」
「救世主!救世主!山下博は救世主!!」
現在『ウォーカーズ』のビル前では、連日アンチと信者が激しい罵り合いをしていた。
最初は数十人規模だったのが、次第に増えていって統制が取れなくなっている。熱狂が更なる熱狂を呼び、彼らは脳内麻薬の供給に酔っぱらっていた。
幸い暴力沙汰は起きていないが、何故かお互いリズムよく自分の主張を大声で出すようになっている。
遠目に見れば、お祭りの一種にしか見えない。
「あれ、そんなすぐに解散しますかね……」
「民衆というのは飽きっぽいものさ」
「そうですか。あいつら対消滅しないかなー、って思う日々から解放されるんですね……」
「思ったより参っていた様だね」
「そりゃあそうでしょう。これから、68人の今後も考えないといけないんですから」
「……?」
山下の言葉に、副会長が首を傾げる。
「彼らの今後?それはもはや、君の領分ではあるまい。そこから先は国に任せて良いはずだ」
「言いたかないですけど、氾濫の被害地域に対する補償もままならない状況で68人の未来を国に任せるとか、無理ですよ。一度彼らの身柄を引き受けたんです。取り調べやら裁判やらが終わった後、復学や就職について面倒みなきゃ……」
ぐったりとした顔のまま、デスクの資料に手を伸ばす山下。
その姿に、副会長がまた面白そうに笑う。
「おいおい。私との会話中に別の仕事をする気かね。しかも自分で増やした仕事を」
「いいでしょう。もう身内みたいなもんですし。あんたらにも働いてもらいますからね」
恨みがましい視線を向けてくる彼に、副会長は一層嬉しそうに肩を震わせた。
「まったく、君は……なんと青臭い。本当に成人しているのかね?」
「わかっていますよ。バカで失礼な小僧って事ぐらい」
「そうかね。自覚があるのなら結構。だが、老人にあまり火をつけてくれるなよ?」
「はあ……?」
眉をしかめて疑問符を浮かべる山下に、副会長は小さく首を横に振った。
「さて。これ以上は私も我を忘れて君の猫耳を甘噛みしながら、この新しいケモ化薬を無理やり飲ませたくなってしまう。次の話題に移ろう」
「そうですね移りましょう。あともう少し離れてもらって良いですか?」
ドン引きして『魔装』を部分展開する山下に、副会長は背筋を伸ばした。
「民衆は飽きる。そして、本来全力で対応しなければならない問題を思い出すだろう」
「……『海上ダンジョン』ですか」
「左様。これは、日本の……世界の物流を壊しかねない凶報だよ」
山下が苦虫を100匹ほど噛み潰した様な顔をする。
「本当に洒落になんないですよ。これ、まさか空にまで出来たりしないですよね?そうなったら本当に」
「ああ、そちらは問題ない。海上ダンジョンの発生も極めてレアケースだろうから、『増える』可能性は低い」
「……は?」
副会長の言葉に、山下は目をパチクリと動かした。
「なんで言い切れるんですか?そんな事」
「調べたからな」
「……なにを?」
「各地のダンジョンを。特に『トゥロホース』が隠していたダンジョンは自衛隊ではなく警察が暫く管理していたからな。会長の手引きでスムーズにいったよ。データは国にも送っている」
「何してんですかあんた達。いや、それはこの際良いですけど、確かなんですか?さっきの話」
「うむ。ダンジョンの発生地域を正確に予想する事は出来ない。しかし、共通点はわかった」
さらりと大発見について報告してくる副会長に、山下頬が引き攣る。
この変態、優秀ではあるのだ。それもすこぶる。
「地脈……人によっては龍脈とも呼ぶな。この星自体にも魔力があり、それが血管の様に張り巡らされている。ここまでは良いね?」
「ゲームや漫画でよく聞く話なので、納得はできます。理解できたかは別として」
「それを人間が利用するのは今の所極めて難しい。技術も物も足りていないからな。だが、ダンジョンはどうもその地脈の上に出現する様だ。あの海上のダンジョンは、比較的浅瀬で海底から近い位置に現れた。地脈から魔力を組み上げられる、限界の距離と言って良いだろう」
「そ、そんな話、今聞いたんですけど……!?というか、ダンジョンって地脈から魔力引っ張っていたんですか!?」
「初耳で当たり前だ。なんせ我々がそう結論を出したのは今朝だからな。久々に徹夜をしたよ」
どこか楽しそうに語る副会長に、もはや山下も口をあんぐりと開けるしかない。
「以上の事から、空にダンジョンが出現する事はない。海上のダンジョンも、日本の地脈との関係でごく限られた場所にしか出現する事はないだろう」
「それは、良かったですけど……そこまでわかっていて、発生地域の予測は出来ないんですか?」
「無理だ。日本は地脈が多すぎる。これまで同好会メンバーや協力者を海外に派遣して調べてきたが、ここまで地脈が国全体に広がっているのは日本だけだったよ」
「……エロゴーレム以外にも、研究していたんですね」
「訂正しなさい。私達が研究しているのは『ホムンクルス嫁』だ。そして地脈の測定はその研究の一端でもある。製造工場に一番適した土地を探す必要があったからな!」
「あ、はい」
拳を力強く握る副会長に、山下は遠い目をする。
『錬金同好会』。能力も行動力も非常に高い組織だが、行動原理は下半身にしかなかった。
「だがこれでも十分危険な事態ではあるのだよ。少ないが、海上にダンジョンが現れる可能性がある。これは貿易で国を回している日本の価値を更に下げる大問題だ」
「ええ。また円が安くなったと、事務の人がぼやいていましたよ」
「それに、『メガフロート計画』にも支障が出てしまったからな」
「何ですか、その計画」
「『地上にダンジョンが出来るのなら、海上に住めばいいじゃない』と言う発想のもと極秘裏に進められていたプランだ。抽選という名のオークションでそこに小金持ちは移住する予定だったんだよ。いやー、資金集めしていた政治家や企業が全員顔を真っ青にしていてね」
「聞きたくなかったそんな話」
「世の中そんなものさ。……それだけ、日本は『国土』に問題を抱えている。国としての条件を満たせなくなる日も、あり得なくはない。胃の痛くなる話だ。家族と一緒に逃げる国はもう決めているが、出来れば今更海外暮らしは避けたいものだよ」
「ですね……」
2人揃って、大きくため息をつく。
沈黙が支配した室内に、着信音が鳴り響いた。山下のデスクに備え付けられた電話からである。
「はい、山下です。はい……ああ、大丈夫です。通してください」
秘書からの電話に、彼は頷いて返した。
そして数分後、ギルドマスター室の扉が開きゴーレムで大きな台車を2つ押す黒ずくめの男が入ってきた。
「やあ、待たせたね2人とも」
「会長、お疲れ様です」
「お久しぶりです。どうしたんですか?警察は今かなり忙しいと思いますけど」
「いやなに。我らが同盟者である山下君が、心労に絶えない生活を送っていると聞いてね。少しでも癒しを与えようと思ったんだ」
「感謝したまえ、山下君。これは私達がそれぞれ手ずから作り上げた逸品だぞ」
「……あ、なんか嫌な予感がしてきた」
「せー」
「のっ!」
おっさんと爺さんが、頭巾の下で無駄に元気よく息を合わせる。
そうして布が取り払われた台車の上には。
「どうだね山下君!君はまだ初心者だからね。まだ完全なブ■リーは早いと思い王子と同じ身長体重の女の子型を作ってみた!腹筋は勿論シックスパック。君もゆっくりと階段を上り、私と同じく岩盤を見ただけで勃●できる上級者になろう!」
「笑止!他者の性癖を否定しないのが同好会のルールだが、それでもあえて言わせてもらおう。この私が作り出したケモ娘の方が素晴らしいと。どうだね山下君。君に合わせて猫型だよ?しかもまだルーキーな事を考慮してケモ度は『2』にしておいた」
「 」
台車に載せられた、2体のゴーレム。その姿は片や『腹筋の割れたスポーティーな短髪美少女』、片や『全身を体毛で覆われた猫と人が混ざった様な少女』である。
どちらもガラス玉の様な瞳を正面に向けており、口元はほんのりと笑みを形作っていた。ちなみに、服装は公平を期す為か両者ともスポブラとスパッツである。
「さあ!まだ理想のホムンクルス嫁には届いていないが、溜まったものを吐き出すのには十分だぞ!」
「私達の調べで君は童貞だと判明している!遠慮する事はない。存分に楽しみたまえ。そして感想を聞かせてくれ!」
「すぅぅ……ふぅぅ」
山下が『魔装』を全て展開し、得物を振りかぶる。
「こんっっのバカどもがぁ!!」
「いかん!流石に弄り過ぎた!」
「誰かぁ!男の人呼んでぇ!」
「往生せぇや変態どもぉおおお!!」
* * *
東京某所。とあるバー。
駅からは少し離れた位置にあり、街の喧騒からは遠い場所。隠れ家の様にひっそりとした佇まいで、秘密の名店といった雰囲気だ。店内には数組のカップルがおり、思い思いに過ごしていた。
そんな中カウンターの隅で1人、グラスを揺らす白人男性の隣にスーツ姿の男が座る。
「やあ。久しぶりだね、ユウスケ」
「ええ。お元気そうで何よりです、ジャック」
赤坂部長と互いに笑みを浮かべる、ジャックと呼ばれた男。彼がマスターに視線を向けると、すぐに酒の入ったグラスが置かれた。
「久々に友人と会えた事を祝して、私に奢らせてくれ」
「それはありがとうございます。では、遠慮なく」
にこやかに笑いながら、酒を一口あおる赤坂。彼は氷を鳴らしてグラスを置き、視線をジャックに戻す。
「それで。こちらが貴方を信用しているのは、今の一口でわかっていただけたと思いますが」
「まったく……君は相変わらず情緒というものがないな。紳士たるもの、駆け引きを楽しみたまえよ」
「こういう態度の方が好まれる相手にしか、やっておりません」
「それは本当かい?どうやら私は君に口説かれていたらしい」
軽く肩をすくめて笑う彼を前に、赤坂も笑みを崩さなかった。
だがしかし。彼に一切の油断はない。なんせ、この店自体が相手の縄張りなのだから。
スパイの天国と言われる国、日本。そこには、無数に海外の工作員用の拠点がある。この店もまた、英国所属のそれであった。
「単刀直入にいかせていただきます。『トゥロホース』は壊滅しました。そして、貴方達の目論見も破綻した」
「何のことだい?危険な武装組織が壊滅したとは聞いていたが、それが私達に何の関係が?」
「そういう体でいたいのなら、私が一方的に喋ります」
しらを切るジャックに、赤坂は続けた。
店内に流れるクラシックに紛れて、ぼそぼそとした声で。
「英国の狙いは、『トゥロホース』が暴れる事だった。これにより、国際社会に覚醒者の危険性を大きく喧伝する。そして、彼らが暴走し日本政府へ致命的なダメージを与えた頃、国連を率いて日本を分割統治。複数の国で『ダンジョンの所有と調査』をする予定だった。無論、その中には英国も含まれる」
「酷い妄想だな。君、物書きには向いていないよ?」
「貴方達にとって、『トゥロホース』が暴れてくれるのなら勝とうが負けようがどちらでも良かった。勝ったのなら、テロリストに支配された国として世界初の国連軍……とはいかずとも、多国籍軍を送り込む。負けたのなら、危険思想の者を逃がし仮想敵国に送り込んでまた暴れさせる。そして、制御可能な者達は自国に引き入れ結局日本は国連の統治下になる」
早口でまくし立てる赤坂に、ジャックは不思議そうな顔で自身の顎を撫でた。
「ふむ……その妄想だと、私達は随分と迂遠なやり方をしている様に思えるな。もっとシンプルかつ、スマートなやり方なんて幾らでもあるだろう。そもそも、国連は最近別の国の独壇場さ」
「貴方達が矢面に立たせるのは、常に別の国でしょう。『ローリスク・ミドルリターン』。これは、幾つもあるプランの1つに過ぎない」
そこまで言って、赤坂はもう一口酒をあおった。
唇を濡らし、彼は続ける。
「だが、安牌だと思っていたそのプランは失敗に終わった。『トゥロホース』が貴方達の想定より早い段階で潰れた上に、『ウォーカーズ』が動いた事で思ったほど覚醒者への偏見は発生していない」
「……君の妄想に付き合ってあげよう。先ほど、複数あるプランの1つだと言ったね。では君は、たった1つの失敗をあげつらう為にここへ来たのかい?だとしたら残念だ。激務のせいで、君は随分と錆びついてしまったらしい」
「いいえ、ジャック。私がここへ来たのは、貴方達と手を組む為だ」
そう言って、赤坂部長は店内に視線を巡らせる。
いつの間にか、他の客達は全員グラスから手を離し、視線を2人に向けていた。腕の片方は赤坂から見えない位置にあり、両手を出しているのはマスターとジャックのみ。
彼らがその気になれば、今夜中に赤坂雄介は消される。警察も彼について調べる事はなく、仕事帰りに酔っぱらって事故死したと処理されるだろう。
そうなった時の保険は用意してあるが……ジャックらはその様な軽挙妄動に出ないと、赤坂は知っていた。
「面白い話があります。我々と手を組むかは、それを聞いてからで良いはずだ」
「まだ妄想が続くのかね。本当に面白い話なら良いのだが」
苦笑を浮かべるジャックに、赤坂が笑みを浮かべて顔を近づける。
「ダンジョン発生に関する情報は、貴方達も欲しいはずだ。『その先』にあるものも」
「………」
「このままだと、アメリカに1人勝ちされますよ?なんせ───最初にスイッチを押したのは、かの国なのだから」
「……っ!」
ようやく、ジャックの目が真剣みを帯びた。
その事に表情を変える事はなく、赤坂はグラスを手に取る。
「美味しいお酒をありがとう、ジャック。今日は楽しく語り合いましょう」
「……そうだな、ユウスケ。今日は君の妄想に、とことん付き合おう。私も酔って妄想を口にしてしまうが、許してくれよ?」
小さく乾杯をした男達は、同時にグラスを傾けた。
* * *
五体満足で店を出て、昔の伝手で用意した信頼できる運転手と車で家へと向かう赤坂。
彼が自宅に帰るのも、何日ぶりか。数えるのも馬鹿らしいとなりながら、赤坂はスマホで愛娘へと電話する。
ワンコールで繋がった電話先から、華やかな声が響いた。
『パパ!どうしたの?今日はもうお仕事終わり?』
「ああ。今から帰るよ。夕食はもう済ませてしまったけどね。帰りにケーキを買っていこうと思うんだ」
『本当!?嬉しい。ママにもそう伝えておくね!』
「はっは。それでね、我が愛しの娘よ」
『なぁに?私の愛しのパパ!』
「君と、君のお友達がやった『やんちゃ』について、ちょっと聞きたい事があるんだ」
『コヒュ』
電話越しに笑顔で告げる赤坂部長。彼の愛娘が、喉からかすれた息を漏らす。
『な、なんの事かしら。もしかして花火を使って銃撃戦ごっこをした事?やっぱり高校生にもなってやんちゃ過ぎたわよね!反省しているわ!』
「あのね」
『はい』
「私は、娘だろうと容赦するつもりはない。家族と国なら、国をとる駄目な父親だ。……美味しいケーキを食べている間に、喋ろうね?」
『はい』
通話を終え、スマホをポケットにしまう赤坂部長。
彼は、運転手にそっと声をかけた。
「すまないが、途中でケーキ屋さんと……ドラッグストアに寄ってくれるか?」
追加の胃薬が必要になると、今から胃がキリキリと音をたてていた。
読んでいただきありがとうございます。
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