第百三話 迷宮踏破
第百三話 迷宮踏破
殴り飛ばされた自分目掛けて疾走するミノタウロス。その斧が振り下ろされる寸前、高速で自分を抱え奴の間合いから離脱する影が現れる。
だが足りない。返す刀で追撃する黄金の刃に、こちらも地面を蹴って加速。辛うじて戦斧から逃れ、50メートルほど距離を取って剣を構え直した。
横目で、一瞬だけ隣に立つ人物を確認する。
「っ……!」
『魔装』は本来、その形状を大きく変える事はない。人体に流れる魔力の性質は、基本的に一定だ。外部から何らかの手段で供給されたとしても、それに染まる事はない。血液型が輸血で変わらないのと一緒だ。
だと言うのに、アイラさんの『魔装』は全くの別物になっている。
バイク乗りが着る様な、ボディラインが浮き出る革性の黒いボディースーツ。
その上から赤いコートを羽織り、長い銀髪は黒いリボンでポニーテールに結われている。
頭部には近未来的なヘッドギアが取り付けられ、黒いバイザーが目元を覆い隠していた。
右手には拳銃が握られているが、少し前に見た標準的なリボルバーではなく、武骨な直方体にグリップを取り付けた様な装飾銃になっている。飾りの一部なのか、銃口回りに牙の様な突起が並んでいた。
ただ衣装や武器が変わっただけではない。それこそ、骨髄移植なみに大掛かりかつ特殊な施術をしなければ、『魔装』がこの様に変化する事はありえない。
「この……気でも狂いましたか……!」
新手の参戦に警戒したのか、戦斧を構えこちらを観察しているミノタウロス。それに視線を向けたまま、隣のバカへ吐き捨てる様に問いかける。
だが、返答はいつもの飄々とした声。
「おや。今は月夜ではないし、躍る相手も悪魔ではなく可憐な妖精さんなのだがね」
「ふざけている場合ですか……!」
「そうだな。来るぞ」
「ちぃ!」
『■゛■゛■゛■゛■゛■゛───ッ!』
雄叫びを上げ、再始動する白の怪物。振り下ろされた戦斧が石床の破片が散らばる大地を打ち砕く。
舞い上がる土煙。襲い来る衝撃波に合わせて、津波の様に石の突撃槍が押し寄せてきた。
アイラさんを庇おうと前へ出るが、右肩を押される。
予想外の膂力にバランスを崩しながらも、迫る石槍を側転で回避。第二波、第三波を剣で打ち払いながら、視線を彼女に。
長い銀髪が翻る。
普段の様子からは想像もつかない俊敏さで槍の津波を掻い潜り、ミノタウロスを挟んで自分とは反対側に駆けるアイラさん。
その姿に、イヤリングへと吠える。
「戦えますか!」
『その為に舞台へ上がった!』
「なら合わせて!」
『リードは頼むよ!』
「気障な事を!」
『■゛■゛■゛■゛■゛■゛───ッ!』
自ら作り出した槍衾を踏み砕き、こちらへと距離を詰める怪物。文字通り瞬く間に眼前へと到達し、黄金の斧を横薙ぎに振るう。
風と炎を纏わせた剣にて迎撃。背後の空間を焼き尽くしながらも推進力として、戦斧と拮抗する。
膨大な熱に踏み込みで砕けた地面が溶けていき、両者の刃が火花を散らしてすれ違った。
空を切る刃は、即座に反転し切り結ぶ。一合、二合、高速で斬り合うも、徐々に、しかし確実に押されていく。
こいつ、やはりこちらの動きに対応を……!
剣と斧がぶつかる度、巻き起こる炎が大地を、観客席の残骸を引き裂く。篝火はとうに消し飛び、自分が振るう刃と、各所で散らばり溶け落ちていく石くれが光源となっている。
無事な足場などない。怪物に踏み潰され、炎によって赤熱する大地。
その中を駆ける、銀色の光。怪物が取るに足らぬと、戦力外した存在が高速で接近する。
有栖川アイラが、怪物の脇腹に銃口を叩きつけた。スパイクが毛皮に食い込み、銃身を固定する。
それだけでは、痛打には至らない。いかに身体能力が上がったとはいえ、このステージは早過ぎる。
だが、
───ガオンッ!!
人が化け物を獣に変える手段。それが、武器という物だ。
銃口から響き渡る轟音。およそ拳銃から発せられたとは思えない銃声と共に、鮮血が舞った。
『■゛■゛■゛■゛■゛■゛───ッ!?』
悲鳴とも驚愕ともとれる声を上げ、ミノタウロスが戦斧の柄頭を反動で仰け反ったアイラさんに振り下ろす。
させない……!
剣を振りかぶり接近した自分に、怪物は素早く斧を引き戻す。柄で刃が受け止められるも、更に加速。白い毛皮に空いた穴から、赤い血が溢れた。
跳びすさるアイラさんが、銃を『開く』。
排出される親指が2本入りそうな空薬莢。コートから次弾を取り出した彼女は、手前側の銃身末端にねじ込んだ。
単発式。連射性を捨てる代わりに、威力を取ったか。
『■゛■゛■゛■゛■゛■゛■゛───ッッ!!』
ミノタウロスは口端から血の混じった涎を振り撒きながら、雄叫びをあげる。
瞬間、彼女を囲う様に現れた石壁。強引に一騎打ちへと戻した怪物が、大上段から斧を振り下ろす。
右に跳んで避けた自分を追いかける刃。石くれが散弾となって放たれるも無視し、斧の先端だけを捉えた。
鎧で石くれは弾き飛ばし、戦斧を受け流して更に後退。視界の端で石壁に次々風穴が空く中、こちらもひたすらに交戦を続ける。
逆袈裟に振るわれた斧を跳んで避け、怪物の上スレスレを跳び越えながら体を反転。空を蹴り首狙いに刃を振るうも、その巨体をミノタウロスは大きく仰け反らせて避けた。
オーバーヘッドキックの様に繰り出された豪脚が脇腹を捉え、蹴り飛ばされる。激痛で意識が飛びかけながらも、コロシアムの壁面に背中から叩きつけられる事で目を覚ました。
突進してくるミノタウロスに刀身から炎と風を放出させ、横へ回避。轟音と共に奴の巨体が石壁の中へ消えた直後、幾つもの線が観客席の土台に走った気がした。
直後、一斉に弾け飛ぶ建造物。大量の粉塵が舞う中、白の巨体が宙を舞う。
『■゛■゛■゛■゛■゛■゛───ッッ!!』
降り注ぐ瓦礫の中、再び突進するミノタウロス。それに対し、こちらも吶喊。
頭上を通過する黄金の斧。スライディングの要領で足元を通過し、前転と側転を交えて体を起こしながら足裏で地面を削る。
反転しこちらへ駆けるミノタウロスの顔面に、走りながら左手を向けて炎弾を連射。ただの目くらましにしかならない攻撃を無視し、怪物は間合いを詰めた。
振り下ろす黄金の斧。それに、自分は剣を向けない。代わりに、刀身へありったけの魔力を注ぎ込む。
直後、横合いから飛び込んだ銀色が斧の腹を蹴り飛ばし、躍る様に柄を踏みつけながら半回転。花束でも差し出す様に銃口を怪物の顔へ突きつけ、発砲した。
轟音と共にミノタウロスの右目がはじけ飛ぶ。降り注ぐ絶叫を耳にしながら、怪物の左太膝に全体重を乗せた斬撃を叩き込んだ。
切断とまではいかずとも、深く肉を裂いた感触。駆け抜け、アイラさんと別方向に跳ぶ。
『■゛■゛■゛■゛■゛■゛───ッッ!!』
右目は抉られ、喉を貫かれ、脇腹と右膝から大量の血を流しながら。
しかし白の化け物は倒れない。
雄叫びの風圧でこちらを吹き飛ばした直後、背中を大きく反らして自分を見た。
瞬間、体を捻り走り出す。向かう先は、銀髪の彼女。
遂にミノタウロスが、あの人を『敵』と認識した……!
横合いから強襲するも間に合わない。振るわれる戦斧を紙一重でアイラさんが回避し、銃身で怪物の下顎を殴りつけた。
だが、効かない。無慈悲な裏拳が彼女の脇腹に直撃する───その未来が視えた瞬間。
長い足を折りたたみ、アイラさんは拳を回避する。
同時に廃莢と装填を済ませ、真下から顎に発砲。ミノタウロスは顔を傾け、弾丸は左角を掠める。
ほぼ同時に自分が斬りかかれば、怪物は巨体を跳ねさせ後ろへ避けた。
「護ってくれよ、京ちゃん君!」
「素直に護られてくれないくせに!」
後ろへ下がる彼女を背に、前進。魔力を燃焼させ加速し、剣を横薙ぎに振るう。それを斧が受け止め、弾き飛ばした。
止まらない。加速し続けろ。
左右に跳びながら斬撃を浴びせる。防戦となったミノタウロスが、斧の刃と柄で器用に連撃へと対応。その守りを崩す事が出来ない。
そこへ飛来する弾丸。不思議といつ来るのかがわかり、横へ避ける。自分が先ほどまでいた場所を通った鉛玉を、しかし怪物もまた避けた。
攻めきれない……!これだけ傷を与えて、未だ奴の闘気は衰えず、全身を循環する魔力が漲っている。
対して、アイラさんが後どれだけ動けるかもわからない。いつ反動で血反吐を吐いてもおかしくない状態だ。
『■゛■゛■゛■゛■゛■゛───ッッ!!』
「このぉ!」
幾度目かの衝突。ビキリと、刀身が異音を発する。
このままでは……!
『安心したまえ』
イヤリングから、声がする。
『騎兵隊の到着だ』
あらぬ方向から、轟音が響き渡った。
そこから、見知った気配がなだれ込む。
「跳んで!」
「応っ!」
鋭く響いた声に跳びすされば、脇を通り過ぎる巨大な手裏剣。咄嗟に受け止めようとしたミノタウロスの眼前で、迷宮が魔力を発して壁を作ろうとする。
だがそれを巻き取り、4枚の刃が纏う風は嵐へと変わった。
『■゛■゛■゛■゛■゛■゛───ッッ!!??』
寸前で横へ逃れる怪物。その頭上に影がさした。
ミノタウロスよりも更に巨大な柱。それに赤い布を巻きつけたエルフが、全身を使って振りかぶる。
「はぁ!!」
叩きつけられた石の柱が、怪物の頭に直撃して砕け散った。白い体毛に覆われた足が、僅かにふらつく。
それでも踏みとどまった蹄が、突如毒の沼に取り込まれた。
『■゛■゛……!?』
まるでスポンジが水を吸う様な勢いで、毒々しい紫色が白い巨体を侵す。
短く驚愕の声をあげるミノタウロスの腹に、棘付きの鉄球が叩き込まれた。怪物は身体は『く』の字に曲げるも、鉄球を掴み握りつぶす。
ようやくうまれた、明確な隙。そこへ跳び込む、自分ともう1人。
「トリオと行くかね!」
「そういう所ですよ!」
やはり、護られてはくれないではないか。
銀色と並走しながら駆ける自分達と、追撃を叩き込もうとする仲間達。それを全て蹴散らさんと、ミノタウロスは喉から血を溢れさせながら地面に斧を叩きつけた。
瞬間、足場が崩壊する。辺り一面が土煙に覆われ、踏みしめるべき地面は罅割れ傾いた。
だが、走れる。風を足場に疾走する、自分と彼女。
『精霊眼』が見せる世界を、きっとアイラさんも見えている。
土煙を引き裂いて迫る横薙ぎの刃。稲光を押し固めた様な黄金の斧へ、左手を突き出した。
片腕で、ましては拳での迎撃など本来なら無謀の極み。されど、腕は1つなれど放たれた迎撃は2つ。
───ガオンッ!!
鉄拳と弾丸が刃と衝突し、競り勝った。直後に振るったこちらの刃がミノタウロスの腹を僅かに裂き、振り抜いた自分の背に両手をついた彼女が揃えた両足でその傷口を蹴り飛ばした。
『■゛■゛■゛■゛■゛■゛───ッッ!?』
悲鳴をあげたたらを踏むミノタウロス。その頭上へと、アイラさんが自分を投げる。
一瞬で20メートルほどの高さに到達し、体を反転。空を踏みしめ、大地を見下ろす。
白目もなく、青く輝く怪物の瞳と視線をぶつけた刹那、足場とした風を蹴りつけた。
『■゛■゛■゛■゛■゛■゛……!!』
斧での迎撃は間に合わぬと、鋭い黄金の角を突き上げるミノタウロス。だが、ああ。気づいているか?
その角は、彼女の弾丸がかすめ、その祖母が殴りつけた箇所だと言う事に。
「ぶっ、た切れろぉおおおおおお!!」
回転し遠心力を加えた刃と、天へと上る雷の様に突きだされた牛の角。
拮抗は数秒。風と炎が刀身を焦がし、右肩を焼きながらも刃を押し込む。
───バキン。
あまりにも軽い音を響かせて。
『──────』
ミノタウロスの角がへし折れ、赤熱する刃が首元に食い込んだ。
胸辺りまで深々と食い破った刀身。分厚い筋肉の鎧も骨も断ち切って、心臓に届いた剣。
限界まで魔力を籠めた刃が限界を迎え、半ばからへし折れた。同時に、怪物の身体に残された切っ先側が爆発する。
暴風と灼熱の炎が吐き出され、自分の体が吹き飛ばされた。
もはや、瞬時に体勢を立て直す気力すらない。それでも、地面に片膝をついて顔をあげた。
濛々と上がる土煙。構図は、奴の首を穿ちながらも仕留め損ねた時とそっくりだった。
やがて、白い巨体が姿を現す。
左肩が消失し、胸までもが抉れている胴体。千切れかけの左腕はだらりとぶら下がっている。
だが、蹄の足は前へと踏み出した。
それを見つめながら、こちらも立ち上がる。
しかし、迎撃の必要はない。自分はただ、寝そべったまま見送るのが何だか嫌だっただけだ。
左膝の傷が広がり、怪物の足が地面に突き立ったまま置いていかれる。
瞳からは青い輝きが消え失せ、片足となり血まみれの巨体は膝をついた。
それでもなお、右手の戦斧を振り上げ……全てが塩へと変わり、崩れ落ちる。
ガラリ、と。地面に落ちた稲光の斧。それも同じように白く染まり、散らばった。
ゆっくりと崩れていく怪物の瞳は、最後までこちらを睨みつけ、そして消える。
残されたのは小さな山となった、同質量の塩のみ。その光景を見て、静かに息を吐く。
奴は間違いなく、死ぬ瞬間……死んだ後さえも、戦うつもりだった。
まったくもって……自分が戦う怪物どもは、どうしてこうも『戦士』なのだか。
黙祷を捧げたくなるが、そんな余裕はない。衝撃で脱臼した右肩が治ったのを確認し、アイラさんに向き直る。
「とんだ無茶をしてくれやがりましたね……」
「おいおい、怒られる筋合いはないぞ?この選択以外、お互いに死んでいたのだからな」
「パイセン……その格好ってもしかして……」
右手足を失った『白蓮』に大山さんと肩を貸しながら、エリナさんが問いかける。
教授とミーアさんも固唾を飲んで見守る中、アイラさんは肩をすくめた。
「そう心配した顔をするな。案外、精霊と融合しても大した事は───」
彼女の言葉が、不自然に途切れる。
瞬間、ビクリとその身体が跳ねた。外的要因ではなく、明らかに内側からノックでもされた様な反応。バイザーでよくわからないが、その口は大きく開かれ声にならない空気を吐き出している。
どう見ても尋常な様子ではない。全員が彼女の元へと駆け寄る。
「アイラさん!」
「パイセン!」
「姉さん!」
「アイラ!!」
自分と彼女の家族に囲まれ、その手が届く寸前。
「ギエピー!!??」
なんかわけわかんない声と共にぶっ倒れた。
直後、あの不可思議な格好でも『魔装』でもなくシャツとジーンズ姿に戻るアイラさん。
大きな瞳は白目をむき、口からは盛大に泡を吹いていた。精霊が入った鳥かごが、彼女の背中にちょこんと乗っている。
……え、ごめん。ちょっと理解が追い付かない。
「……」
鳥かごをどかした教授が、アイラさんを抱えて素早く触診していく。
「……ふむ」
「教授、これはいったい!」
「全身のあちこちで肉離れと亀裂骨折がありますね。直ちに命が危険という事はありません。京太君。この子の魔力はどうなっていますか?」
「……普段通りです。少し流れが滞っていますが、たぶん激しい頭痛と吐き気がするだけかと」
……なんか、重傷ではあるけど思ったより軽傷だった。
死ぬかもしれないと危惧していた中でのコレに、困惑しながら鳥かごを拾い上げる。
こちらをジッと見つめる精霊は、随分と魔力を消耗している様に見えた。
「まさか……ダメージの大部分を肩代わりしてくれたんですか?」
───コクン。
小さく頷いた精霊に、取りあえず指先を差し出す。そこから魔力を吸う彼女に、小さく頭をさげた。
「感謝します。本当に」
「よくわかんないけど、パイセンは大丈夫そうだね!ヨシ!」
「いえ、普通に重傷ではあるので……」
胸の下で腕を組み、大きく頷くエリナさんと、心配そうにアイラさんを見つめるミーアさん。
「これで一件落着……でしょうか」
「脱出手段がまだわかってないけどな」
毒島さんと大山さんの声に振り向くが、すぐに顔を元の方向へ戻す。
「あの、毒島さん」
「はい、なんでしょうか?矢川君も大丈夫ですか?私達が到着するまで、有栖川さんと2人で戦っていたようですが……」
「なんとか、大丈夫です。怪我はもう治りました」
「良かった。途中からダンジョンの道が入れ替わらなくなって、真っすぐ進める様になったんです。貴方達がボスモンスターの意識を自分達に向けてくれたからですね」
「……すみません。まず、あの、服装をですね」
「……あっ」
痴女であった。どう見ても痴女であった。
黒い布地からこぼれてしまいそうな小ぶりな胸。眩しいほど白く細いお腹に、股間あたりもローライズ過ぎて乙女の秘所が見えてしまいそうである。
『魔装』が解除されたのを魔力の流れで感知し、視線を彼女らに戻す。
毒島さんが耳まで真っ赤になり、涙目でふるふると小刻みに震えていた。なんというか、ドンマイ。
「そこの痴女はともかく」
「雫さん!?」
「矢川。なんか脱出の手段とか知らんか?あとまた白蓮壊した。すまん」
「ゴーレムの事はお気になさらず。元よりその為の物ですし。あと、脱出の手段は……」
塩の山に近づき、ドロップ品を拾い上げる。
それは、細かい線が幾つも入った水晶玉だった。その模様は糸玉を彷彿とさせる。これこそが、ミノタウロスのドロップ品の様だ。
彼女の予測が正しいのなら、これが脱出の鍵となる。そう思いアイラさんの方へ足を向けると、魔法瓶から垂らされた魔法薬によって、アイラさんがちょうど目を覚ました。
「はっ!私はスーパー美女のアイラちゃん!ここはどこだ!」
「元気そうですね。早速ですけどこれを鑑定してもらって良いですか?」
「おう、京ちゃん君。よくわからんが、よかろう……。特定のダンジョンの操作?なんだこれは……思い、出したッ!」
なるほど。これがここで働いていた人間用の救済措置らしい。
試しに魔力を注ぎながら、ゲートを思い浮かべる。すると、ダンジョン全体に魔力が走った。
正直気持ち悪い。神経が無理矢理広げられた様な感覚だ。
崩壊したコロシアムの一角。比較的無事だった壁が突如開き、その先には出口となるゲートが覗いている。
「……どうやら、無事に帰る事が出来そうです」
「待てぃ!このまま帰ればそのアイテムは没収され、ダンジョンも自衛隊の管理下になる!その前にあるだけの資料を回収するぞぉ!」
「調査する申請も許可もなしにそんな事が出来ますか。帰ってきちんと治療しますよ」
「酷いぞババ様!?こんなチャンスは二度とないのに!?」
「二度もあってほしくありません……」
「ミーアまで!?」
「私のアイテムボックスにゴムボートあるから、海上に出ても大丈夫だよー」
「エリナさんなら、私達を連れて転移できますものね!」
「やっと帰れる……」
「既に帰る雰囲気だな女子高生組!?」
「アイラさん」
「京ちゃん君!君はわかってくれるよな!なっ!」
「帰りますよ」
アイラさんの腕を掴み、左右から教授と拘束して歩き出す。
「ぬおおおおおおお!HA☆NA☆SE☆!サナ君!もう1回融合だ!私にパワーを!このゴリラ2名を振りほどく力を!!」
「誰がゴリラか」
「後でお説教ですので、覚悟していなさい」
「あぁんまぁりぃだああああああああああ!!」
こうして、あまりにも濃密な夏の旅行は終わりを迎えた。
アイラさんがいつもの残念美人である事に安堵する日が来ようとは。人生、何が起きるかわからないものである。
ゲートを潜り、やたらでかいゴムボートの上に立ちながら。
眩い太陽を見上げた。
「まだだ!まだ終わらんよ!私の研究者魂が真っ赤に燃えるぅうう!!」
「黙れ。マジで」
締まらねぇなぁ、本当に!?
読んでいただきありがとうございます。
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