第九十八話 バカンスの終わり
第九十八話 バカンスの終わり
「うおおおおおお!水遁の術!水遁の術!」
「ちょ、エリナさん!1人で2丁使うのはずるいですよ!」
「ふははははは!忍者に卑怯は褒め言葉なのだー!」
「愛花、右から回れ!水鉄砲の数はこれで2対2だ!」
「2人がかりで我が忍道を阻むか。よかろう、相手になってあばばば!?」
膝辺りまで海に入り、水鉄砲ではしゃぐエリナさん達。ドヤ顔で自称忍者が語っている所に、左右から無慈悲な海水がぶつけられる。
両手の水鉄砲を盾代わりにして、巨乳を『たゆんたゆん』させて逃げるエリナさん。
「ずるいよ2人とも!?台詞の途中で攻撃なんてお約束違反だよ!」
「卑怯は褒め言葉なんだろう?」
「それは忍者限定だもん!はっ、もしや2人も忍者に!?」
「やっぱなしで」
「あの恥ずかしい名前はちょっと……」
「そんなぁ!?アーちゃんの『魔装』よりは恥ずかしくないはずだもん!」
「…………」
「にゃぁぁぁあ!?」
笑顔のまま無言で水鉄砲を連射する毒島さんから、エリナさんがバシャバシャと逃げ回る。
見えそうで見えない、見えては駄目な部分。体育座りのまま視線で追いかけていれば、金ビキニから着替えてしまったミーアさんが到着した。
「お待たせしました!今度は普通の水着です!」
せやろか?
水着の種類には疎いが、ミーアさんが着替えてきたのは白の『ハイネック』と呼ばれる水着である。
胸の上側まで覆うタイプの水着だが、彼女が身に着けている物は上部がシースルー素材となっていた。つまり、がっつり谷間が見えている。
更には爆乳と呼ぶべきお胸様のサイズにより、横乳、そして脇乳までも見えてしまっていた。
一見清楚に見えて、その実かなりスケベである。やはりドスケベ一族か……!
「ナイスタイミング先輩!へいパス!」
「おっと」
「ふふん!これで2対2のチーム戦だよ!」
「なるほど、そういう事ですか。では私も、大人気なく遊ばせてもらいましょう!」
「行くよ先輩!私達『インビジブルニンジャーズ』の力を見せてやるんだ!」
「裏切りごめん!」
「なんでぇ!?」
残当。
3人から水鉄砲を向けられ、逃げながらもキッチリ反撃していくエリナさん。
美少女達の艶姿に心が洗われていくのか、逆に汚れていくのか。もはや自分でもわからない。
強いて言うのなら、もういっそ自分はロッジの自室にでも籠った方が良い気がしてきた。
「どうだね京ちゃん君。ミーアの水着は」
「アイラさん」
ビーチパラソルの下。砂浜に敷いたシートの上で、水着の上から白いTシャツを着たアイラさんが隣に座っている。
手には相変わらずノンアルビールが握られており、ほんのりと頬が赤い。
ちなみに教授はビーチチェアーを持って来て、グラサンをかけ寝転がっている。まるで映画で見る海外セレブだ。
「最初に無茶な要求をする事で、次に出す要求を通りやすくする。交渉の基本だ。よく覚えておきたまえ。彼女は金ビキニを経る事で、もはや大抵の水着は着てくれる存在となった……!」
「アイラさん……ミーアさんには普通に喋れるから、そういう駆け引きできるんですね。内容はしょうもないけど」
「ほう。鼻の下を伸ばしながら言っても説得力がないぞ?京ちゃん君」
「……うっす」
ニヤニヤと笑うアイラさんから、そっと顔を逸らす。
彼女の恩恵を受けている以上、あまり強く言えない。眼福です。
「というか、アイラさんは遊びに行かないんですか?」
「ふぅ……京ちゃん君。そういう君がここに留まっている事を指摘しないでやる優しさが私にもあるが、それ以前にこの暑さの中で日陰から出るのが嫌なのだと察してほしいものだよ。私は生粋のインドア派なんだ」
「本音は?」
「酒の力を借りても、挑めないものはある。女子高生の集団に混ざるとか」
「納得しました」
「そこで納得してしまうのはどうかと思うのですが」
サングラスをずらしながら、教授がビーチチェアーから上体を起こす。
「なんだねババ様。盗み聞きとはお行儀が悪いじゃないか」
「聞こえていたのです。日差しが嫌なら、日焼け止めを塗れば良いでしょう。多少レベルのある覚醒者なら日焼けの心配はありませんが、貴女の場合は後が大変かもしれません」
「いや。後半を思い出してくれババ様。私にあの中へ飛び込む勇気はだね」
「京太君。これを」
「え、はい」
有栖川教授が金色の粒子を固めたかと思えば、そこに腕を突っ込み何かを取り出した。
これは……日焼け止めクリーム?
目の前に歩いてきた教授の生足に少しドキリとしながら、そのボトルを受け取る。
「アイラに任せたら適当に済ませそうなので、貴方が塗ってあげてください」
「え……はあ!?」
「お、おいおいババ様。本気かね」
「私が塗ろうかと考えましたが、最近研究で忙しいので。ここはゆっくりさせてもらいます」
「ば、ババ様!?ババ様ぁ!?」
アイラさんの声をガン無視し、ビーチチェアーに戻る有栖川教授。彼女は再び背もたれに身体をあずけると、その長い足を組んで動かなくなった。
……マジで?
「お、落ち着け京ちゃん君!ババ様が寝るのなら関係ない。塗った事にして誤魔化してだね」
「言い忘れていましたが」
「げぇ、起きてたぁ!?」
教授が、こちらを見ぬまま話を続ける。
「私の固有スキルは貴女も知っているはず。『過去視』できちんと貴女があの子達の中に溶け込めたか、確認しますからね」
「そこまでするか!?」
「では。私は本当に寝ます」
そう言って、今度こそ身体から力を抜いた有栖川教授。
……今さらっととんでもない事言わなかった?
「あの、『過去視』って」
「ババ様の固有スキル……『時空の魔女』の力だ」
苦々し気にアイラさんが説明してくれる。
本来勝手に他人のスキルを明かすのはマナー違反だが、彼女の性格からして教授が本気で嫌がるのならこうして話す事はしない。つまり、本人から特に口止めされていないという事だ。
「名前の通り、時間と空間を操る。『空間魔法』の上位互換と思ってくれれば良い。自分自身や放った矢の速度を加速させたり、逆に遅くして奇襲にも使える。前にクエレブレの時間を止めるのも見ただろう?まあ、時間停止の方は本人曰くあまり使い勝手の良いものではないらしいが」
「滅茶苦茶強いスキルですね……」
「ポテンシャルなら君に匹敵すると前に言っただろう。過去や未来を視る事も出来るらしいが、過去視はせいぜい1時間。未来視の方はばらつきがあり過ぎて、本人すらも何時の光景か分からない上にノイズだらけらしいがね」
「過去視だけでも、警察とかから引っ張りだこにされそうな気が……」
「犯行から1時間で一般人に現場を見せる許可が下りるのなら、依頼が山の様に来るだろうね。『空間魔法』で出来る事は大概出来る上に、『魔力節制』の影響で精密動作もお茶の子さいさい。ハッキリ言ってチートだよ」
「なるほど……」
なんか、凄い情報を凄くくだらない場面で聞いてしまった気がする。
いや、アイラさんに日焼け止めクリームを塗るか否かはとても重要な事なのだが。もっとこう、命を懸けた場面で情報共有するものじゃないのか、こういうのって……!
「さて……どうにか1時間小粋なトークで誤魔化したいのだが、無理そうだ。仕方がない。ボトルを貸したまえ」
「あ、はい」
アイラさんに渡すと、彼女は口を『へ』の字にした。
「まったく、ババ様も余計な事を。私が混ざっても、誰も得をしないだろうに」
「はあ……ん?」
何か、違和感を覚えた。
普段のアイラさんの言動と比較して、少し引っかかる所がある。
『誰も得しない』
……ちょくちょく、『私の様な美女に~』と言うくせに。
だがよくよく思い返してみると、この人ってもしかして──。
「なんだ京ちゃん君。ぼうっとして」
「え、いや」
「そんなに私の体をねぇ……っとりと触ってみたかったのかぁい?柔肌の感触を楽しみたかったのかぁい?」
「ばっ、何を言ってるんですか!?」
そういう感情がなかったとは言えば嘘になるけども!
巨乳美女に浜辺で日焼け止めを塗るとか、健全な男子高校生なら1回は妄想すると思うの。
だから僕は悪くない!
「ハーハッハッハッ!まあ?伏して懇願するのなら背中ぐらい塗らせてやっても構わんが?土下座して『お願いしますアイラ様!どうかそのお背中に僕の白いものを塗りたくらせてくださいませ!』とお願いしてみたまえよー」
「くっ……!そ、それ。アイラさんが自分の背中を塗れないだけじゃないですか?貧弱ですし」
「ほう。君は何か勘違いをしているようだね」
「はい?」
不敵に笑ったかと思うと、アイラさんがこちらに体を向けてきた。
かと思えば、大きく足を広げる。驚いた事に、約180度の開脚だ。思わず目を見開く。
「ふふん。常日頃エリナ君のストレッチに付き合わされた結果、こと柔軟性において私は凄いぞ。かなり凄い」
そう言って上半身を前に倒し、胸をシートにつけるアイラさん。なんという柔らかさだ。
──むにゅうぅ……。
シートに押し付けられたお胸様が、横に広がる。なんという柔らかさだ!
それと、Tシャツを水着の上から着ているせいでパッと見シャツ1枚に見えるので……。なんか、これはこれでエッチぃ。
足を開いた時はシャツの裾で股間は隠されていたけど、チラリと見えた尻肉とか、内腿のインパクトが……。
硬直する自分をよそに、アイラさんがドヤ顔で元の姿勢に戻る。
「どうだね。いつまでも私をか弱くて可憐なお嬢様だと思わない事だ。でも大事にはしてくれたまえ。ガラス細工より丁寧に」
「あっ」
「ん?」
咄嗟に体育座りのまま体を右に傾ける。直後、大量の水が自分達を襲った。
「あぶしっ!?」
哀れ直撃するアイラさん。体を横に倒したまま、犯人たちを見上げる。
「ふーっはっは!油断大敵だよパイセン!パイセンも遊ぼう!」
「姉さん。いつまでもパラソルの下じゃ勿体ないですよ?京太君も」
「くっ、避けられましたか……」
「相変わらず強いのかヘッポコなのかわかんねぇな、矢川」
ローアングルぅ……。
毒島さん以外お胸様で顔がほとんど見えねぇ。そして皆さん綺麗なおみ足をしていらっしゃる。
やっぱり心が汚れているな?今の自分はニュースで偶に見る、痴漢で捕まるオッサンみたいな思考回路になっている……気がする。
「ぺっぺ!何をするんだエリナ君にミーア!びしょ濡れだぞ!」
「海に来て濡れない方がおかしいと思うの」
「くっ……まさに、正論!」
このまま横向きだと脳が危ないと、体育座りをキープしたまま風で元の姿勢に。
そして、隣のアイラさんの姿が目に入る。
白い無地のTシャツが濡れ、布が肌に張り付いて薄っすらと透けていた。青色の水着がちょっと下着に見える。
何だか見ちゃいけないモノを見てしまった感が強い。本人が『張り付いて気持ち悪い』と言って、襟をぐいっと引っ張るものだから白い谷間が覗き込めてしまう。
……やはり、スケベ一族!!
「ほら京ちゃん!京ちゃんも海で遊ぼう!」
「……わかりました」
「え、敬語?」
「僕は海で遊びます。皆さんは水鉄砲で遊んでいてください。遠くには行きません」
「先輩!何か京ちゃんが変だよ!?」
「まあ、はい。そっとしておいてあげましょう」
「失礼します」
体育座りの姿勢を、今は崩せない。
故に、背筋と腹筋だけで前転。更に風で加速を得て、ゴロゴロと砂煙を上げながら一切止まる事なく海に。
「京ちゃん!?」
バシャバシャと転がり一定以上の水位に達したら、うつ伏せの体勢に移行。そのままバタ足で加速する。
約5秒。その間に浜辺から50メートルほどの距離にまで移動した。
後はひたすら、泳ぐ。多少の波などこの肉体には関係ない。
「京ちゃーん!あんまり沖合に行ったらダメだよー!」
「京太君!準備運動を怠ってはいけません!!」
「え、気にする所そこなんですか?」
毒島さんが代わりにツッコミ役をやってくれるらしいので、自分はひたすらビーチから一定の距離を泳ぎ続けた。
ここが、ようやく見つけた安全地帯。本来であれば危険な行為だが、これでも自分は覚醒者の中でも武闘派に類する者。危なくなったら空を走れば良い。
完璧だ……!これが僕の逃走経路よぉ!
なお。この後バナナボートと一緒に泳いでついてきたエリナさんに、滅茶苦茶けん引させられた。
まあ、『精霊眼』は背後まで見る事が出来ないから良いけども。
「ヘ…レま……か」
ビーチにいる教授が、サングラスを外して少し呆れた顔で自分達を見てくる。
オーダー通りアイラさんも一緒に遊び始めたので、あの人も満足なのだろう。はしゃぎ過ぎて、少し呆れられている様だが。
* * *
そうして、楽しい時間はあっという間に過ぎ去っていく。
晩御飯はロッジに予め持ち込んでいたという食材でバーベキューをし、その後は花火をして。
入浴は大きめの浴場があり、壁1枚向こうで美女達が全裸なのだと悶々としたり。お風呂上りで浴衣姿な彼女らにこれまたドギマギしたり。
寝る前にゲームやら何やらで遊んで、白熱し過ぎてもう寝なさいと全員教授に怒られた。
そうして一夜明け、教授が作ってくれた朝食に舌鼓を打った後。遂に帰る時間が来てしまった。
1泊2日の楽しい旅行も、これで終わりである。フェリーにある大きめの一室に教授以外が集まり、それぞれのんびりとしていた。
「いやー、海楽しかったね!あ、パイセン隙有り」
「ぬぅお!?背後から牛糞が!」
「姉さん。綺麗な海に心洗われた後に汚い言葉はちょっと……」
「何を言う。これはそういうゲームなんだしセーフだろう」
「初めてやりますけど、中々楽しいですね!」
「愛花。お前の牛車、なんか逆走してね?」
船からの景色は行きで楽しんだので、今はアイラさんが持ち込んだ『松尾レース』で大戦中である。
なお、ツイスターゲームの方は結局行われなかった。縄跳びとコスプレ衣装も。
もう少し……もう少し時間があれば……!
「なんか京ちゃんが鬼気迫るお顔でコントローラー握ってる……」
「本気で遊ぶのは良いが、壊してくれるなよー」
「うっす……」
そんなこんなでレースが終わり、時計を見て部屋の隅に置いてあったサナに魔力を与える。
ちなみに。実は海で遊んでいる間も、サナの入った鳥かごは教授のビーチチェアー横に設置された机の上にあった。
彼女曰く、必ず誰かしらの目の届く所に置いておきたかったとの事。それほど、貴重という事なのだろう。
指先から魔力を与えていると、アイラさんが横から覗き込んできた。
「うーむ。やはり私には空っぽに見えるね……」
「『精霊眼』をどうにか魔道具か何かで再現できれば良いんですけどねー」
「無茶言うな」
椅子に座ったまま、大山さんがこちらを見る。
「目……『魔眼』に類するものは、脳みそと結びついてんだ。霊的にもな。これはどっちかつうと錬金術の分野だろ」
「しかし、錬金術単品だときついんですよね……それこそ、クローンみたいな複製でも完璧な再現は難しい……というか、たぶん無理ですし」
それこそ、『心核』の力を使っても再現は難しい。
例え自分の目を抉りだしたとして、『精霊眼』の力が維持されるとは限らない。魔道具の素材としては使えるだろうが、それでもサナを目視できるかは不明である。
……あ。なんか想像して背中が冷たくなった。
冒険者になって、というか氾濫に何度も遭遇して何度も大怪我したけれど。それでも目玉をくりぬくなんて想像するのはきつい。
「つうか矢川ぁ……素材と言えばお前、ゴミ箱の中錬金術で消し炭にしたなぁ……?どうして金塊を底なし沼に鎮める様な真似をしたんだ、矢川ぁ……」
「どうしてシーちゃんは京ちゃんのゴミ箱から素材を取ろうとしたの?鼻水ってそんな魔力含んでないよね」
「同い年の友人に説明するのはちょっと……」
毒島さんがエリナさんの無垢な瞳から逃げている横で、大山さんが恨めしそうにこちらを見てくる。
「いや。誰かさんが人のゴミ箱漁ろうとしたからですが?」
「お前なぁ……!たとえ販売は出来なくっても、職人にとって貴重な素材で道具を作る事は大きな成長に繋がるんだぞ!?覚醒者の成長はレベルアップだけじゃねぇ!『気づいたら備わっていたスキル』を、全力で使う!閉じられていた羽を広げるあの感覚を奪うとか、人の心はねぇのかよ!!」
「貴女は最初出会った頃の心を思い出してください」
ゴーレムの受け渡しの時、他人の精液が使われた『ホムンクルス』とか嫌がっていたでしょうに。
何が貴女をそこまで狂わせるのか。いやマジで。
「いいか。難しい事を言っているんじゃぁない。凝り固まった手足を伸ばす。それに快感を覚えるのは生物として当たり前の事なんだ。スキルを錆びつかせるって言うのはな、寝返りを打たずに眠る様なもんなんだよ。それをわかれ!」
「別に僕の素材でなくてもよくないですか?」
「お前ぇ!自分をもっと大事にしろぉ!お前の素材を使って、私がどれだけスキルアップしたと思ってんだ!エリナの10倍だぞ、10倍!明らかにスキルの習熟度的なものが上がった気がするんだよ!マジで!」
「いや知らんがな」
正直いくら美少女とは言え、ゴミ箱の中を漁られるのは普通に恐怖である。
錬金術で火事を起こす事無く証拠の隠滅も、空気の循環も出来て本当に良かった。
「ん?」
そんな会話していると、大気中の魔力が少し濃くなった気がした。
どういう事かと周囲を見回していると、窓際にいたミーアさんが声をあげる。
「あ、霧が出てきましたよ。皆さん」
「え、本当?」
ミーアさんの所にエリナさんが向かい、自分も手近な窓から外を見る。
確かに、海上に白い霧が立ち込めていた。結構な広範囲だが、航行は問題ないのだろうか?
「そう心配そうな顔をするな、京ちゃん君。海上に霧が出るのなんて大して珍しくもない。GPSもあるし、この辺には岩もないから大丈夫だ」
「はあ、それなら良いんですが……。それより、この辺って魔力が濃くないですか?」
「え、この霧って誰かの忍法なの!?」
エリナさんが勢いよくこちらを向く。なんでちょっと嬉しそうなんだよ。
「いや、それはない。霧自体はただの霧だよ」
「なんだー」
「なんだー、じゃないですよ。誰かのスキルや魔法だったら恐いじゃないですか」
呆れる毒島さんの横で、大山さんが意地の悪い笑みを浮かべる。
「案外、幽霊船が出たりしてな」
「ちょ、恐い事を言わないでください!」
顔を青くする毒島さんに苦笑を浮かべた、直後。
『精霊眼』が、急激な魔力濃度の上昇を予知した。
「っ!?」
本来、何か身の危険が迫った時しか発動しない予知。ただ魔力の濃度が上がった程度では、この身に害などないはずだ。
しかし、同時に幻視した『石畳の景色』は──ッ!
「全員、近くの人と接触!戦闘態勢!」
「は?」
「え?」
傍にいたアイラさんの肩を掴み、すぐにエリナさん達に近づこうとする。
あちらも、エリナさんとミーアさんがそれぞれ毒島さん達に組み付き、ほぼ同時にミーアさんがもう片方の手でエリナさんの腕を掴んだ。
そして、自分とエリナさんの手が互いに伸ばされた瞬間。
足元が突然消えた様な、しかし浮遊感がない奇妙な感覚が襲い掛かる。
「これ、は……!」
気づいた時には、靴下で硬く冷たい床を踏みしめていた。
すぐさま『魔装』を展開し、左手に装着していた『炎馬の指輪』で掌に火の玉を作る。
あまりにも氾濫に巻き込まれるので外出時はつける様にしていたのが、功を奏すとは。出来れば、無駄に終わってほしかったのに。
「こ、ここは……」
隣で、アイラさんが呆然とした様子で呟く。彼女は両手でサナの入った鳥かごを抱えており、それ以外に持っている物はない。
誰の手も、握れていなかった。位置的に自分しか届かなかったのだ。
そして、この手もまたあの時エリナさんの指先に届いていない。もっとも、『5人以上』は確定でランダムに飛ばされる以上、アイラさんが単独にならなかっただけマシと思うべきだろう。
そう、ここは。
「ダンジョン……!」
どういうわけか、自分達は魔の迷宮へと踏み込んでしまっていた。
自衛隊が先に調査したわけでもない、何の事前情報もない場所にたった2人で立っている。
知らず、硬い唾を飲み込んでいた。喉から聞こえた音で、自分が飲んだのだと遅れて気づく。
冗談きついな、本当に。
光源が掌に生み出した火の玉だけの、真っ暗な空間。湿気た冷たい空気が、ゆっくりと身体を撫でる。
未踏破のダンジョン。死地としか呼べない場所へ、自分達は唐突に迷い込んでしまったのだ。
読んでいただきありがとうございます。
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