第十一話 覚醒者の身体能力
第十一話 覚醒者の身体能力
いかにダンジョンという『非日常』に通う日々が始まったとしても、学校という『日常』は続いている。むしろ、学業こそが本業と言うべき立場だ。
それ故に、
「はい。じゃあ2人組作ってー」
いとも容易く、即死魔法が放たれる。
しかし恐れる事なかれ。もはやこと『体育の授業』においては護身完了済み。当方に死角なし。
死神の鎌は、我が頭上を通り過ぎた。
だって体育座りしているから。1人で。
ちゃうねん。いやほんと、ちゃうねん。これには訳があるんやってホンマ。
結論から言おう。『お前危険物だから見学してろ』と、体育の先生から遠回しに言われた。
……覚醒者の身体能力には、大きな個人差がある。
エリナさんや自分の様にプロの軍人や自衛官を上回る運動性を示す者もいれば、『文系女子中学生にギリ殴り勝てるかもしれない』と豪語するアイラさんもいるのだ。
その覚醒者の中でも『上振れ』と呼ばれる者達は……うっかりで人を殺してしまいかねない存在なのである。
ある県の中学校で、『覚醒の日』から暫く経った頃に悲しい事故が起きた。
詳しい内容は、関係者が未成年。それも中学生だったので『テレビでは』報道される事はなかった。
ネットや週刊誌の方は……流石に見る気がしなかったので、知らない。
兎に角、覚醒者が体育の授業で全力疾走の最中転んだ結果、骨折等の重傷者が3人も出る事になったのである。
死者が出なかったのが不幸中の幸いとまで言われた出来事に、当然ながら教育委員会は上から下まで大混乱。
ある者は叫び、ある者は泣き、会議は踊ったという。
一部では『覚醒者は非覚醒者と一緒に運動させてはいけない』という声さえ上がるも、それはそれで教育上いかがなものかという批判も出て来てあちこち迷走した結果。
『各学校で、生徒ごとに個別の対応をせよ』
という、要約するとこの様な内容のお達しが出たわけである。つまり丸投げだ。対策も責任もその学校がどうにかしろ、と。
それで割を食うのは学校側であり、授業を監督する体育教師である。そんな彼らがどうするかと言えば。
『矢川。体調は悪くないか?そうか、元気か……。やっぱり具合悪いとかないか?実は体調不良を隠しているとか。先生はそういうので成績落とさないから、正直に言いなさい。顔色が悪い気がするぞ?生徒の安全が第一だからな』
コミュ力低い自分でも察するって、こんなん。
中学の途中から体育の授業は基本見学だぞ、僕。やばくね?
他の生徒が離れている状態なら気にしなくて良いんじゃないかって?覚醒者でもね、自分のパワーで怪我する場合があるんすよ。先ほどの事例、骨折した者の1人は覚醒者の子らしいので。
ついでに言うと、うちの高校はバイトをする場合学校に報告する必要がある。自分も当然規則通り、『冒険者になりました』と事務室へと言いに行った。
その際ランクも聞かれたので、素直に『Eスタート』と答えたのだが……これって後から考えると、『自分は覚醒者の中でもゴリゴリの戦闘型です』って言っている様なもので。
体育の先生が警戒するのも、わからないでもない。中学の頃は、うん。過敏だと思うけど。
そんなわけで、女子は体育館、男子はグラウンドな本日の体育の授業。わたくしは見学でございます。
わー。らくできてうれしいなー。けびょうでやすんじゃって、ざいあくかんがすごーい。
なお、まだ4月の終わりという事もあり体育の内容はレクリエーションも兼ねたバドミントン。この授業を通して、皆仲良くなってね。という趣旨である。
先生。今最もこの授業が必要な生徒が、貴方の斜め後ろにいます。授業開始から一切視線を向けていない方向に、助けを求めている生徒がいますよ。
などと考えるも、当然の様に体育教師がこちらに振り返るのは授業が終わる時のみ。
今日も今日とて、自分は孤独である。そろそろ『†孤高†』に進化しそう。いや退化か?
……いっそ、体調不良を言い訳に保健室にでも行ってスマホ弄るかなぁ。
そんな考えが脳裏をよぎる中、クラスメイト達がはしゃぐ姿を見つめていた。
* * *
『京ちゃんもか。私も忍法が授業中使えなくてガッカリしたぞ!!』
「絶対に参加させちゃいけない覚醒者もいるんだなぁ……」
まかり間違っても学校でスキル発動すんなよマジで。いやエリナさんのは周囲への被害少ないだろうけども。
放課後。家に帰ってからオンラインゲームでアイラさん、エリナさんの3人で遊んでいる。
通話は例のイヤリングだ。電話料金がかからなくってお得である。
『しかしいけないな、そういうのは。仕方がない面もあるとは言え、覚醒者な生徒の精神衛生によろしくない。他の生徒との確執も生まれやすいだろう』
「アイラさんが真面目な事を言っている……だと!?」
『今夜は雷が降るな!』
『どれ、本当に降らせてあげよう』
「え゛」
本日やっているゲームは、『超・松尾レース8☆デンジャラスX』である。
平安時代の京都にて、とある貴族の牛車の御者をしていた松尾が、主に黙って夜な夜な牛車で賭けレースに出場。
それがバレてクビにされたあげく、妻には逃げられ莫大な借金を背負う事に。
そんな彼は、安倍晴明主催の賭けレースへと参加して一攫千金を目指す……という、ストーリーのゲームだ。
出演キャラはただの町民から源頼光とその四天王。大江山の酒吞童子や茨木童子などの豪華ラインナップ。
ショートカットやコーナリング等の技術だけではなく、ルート上にある様々なアイテムが入った『籠』を取って一発逆転も出来る大人気ゲームだ。
マ●オカート?すみません、外国語はちょっと疎くて……。
兎に角、そんな松尾レースに出てくるアイテムの1つに。
『それ、電電太鼓だ』
「ぬぁああああ!?」
『ショトカ中はらめええええ!!』
自キャラ以外に雷を落とすアイテムもある。
サ●ダーじゃねえかって?すみません、何のことかさっぱり……。
『はーっはっは!最下位からのごぼう抜き!加速アイテムでショトカも華麗に決めて私が1位だ!まさにサクセスストーリー。私こそが京都の女王だぁ!』
『あら嫌ですわパイセン。女王様というには言葉づかいがお下品でしてよ!』
『なぁんとでも言いたまえ。勝者こそが正義!勝てば官軍だよエリナ君!』
『というわけでお上品にその覇道を止めてみせましてよ!!!』
斜め前を走るエリナさんのキャラが、茶色のアイテムを構えた。
『お牛糞をおくらいあそばせええええええええ!!!』
『上品さとは何かを君に問いたい!!』
コース上にばら撒かれる大量の牛糞。この人、さては連続で牛糞を引いたな?
それが直撃したアイラさんのキャラがスリップ。コースアウトして足が止まった所を、エリナさんが追い抜いた。
『おーっほっほ!!これが真の女王でしてよパイセン様!お上品バトルは私の勝ち!!下民はお帰り!!』
「高貴さの欠片もねぇ」
『おだまり!これで私がゴールイン!希望の未来へレディゴー!!』
「あ、ごめんこっちも牛糞出たわ」
『……お待ちになって京ちゃん様。わたくし達もっとお上品にプレイするべきだと思いますの事よ。牛糞だなんてはしたないですわよ』
『そうわよ!!!』
「いやぁ……僕こそがキングかつ勝者なので」
『こ、このびちくそ野郎がですわあああああああ!!』
『待ちたまえ!私まで標的にする事ないじゃないかああああ!』
前を行くエリナさんと、復帰してきたアイラさんに牛糞を直撃させる。『精霊眼』の動体視力、なめちゃぁいけない。
ぶっちぎりでゴール。勝者とは、孤高なものだな……。
「いやぁ、楽しいレースでしたね。7位と9位の人」
『ぐぬぬ。よもや神聖な戦いに牛糞を持ち出す外道がいるとは』
「最初に使ったのエリナさんだよね」
『ふっ……素晴らしい戦いだった。もはや君に教える事は何もない』
「師匠面しているけどアイラさん3回連続でドベですよ」
押し付けられる様にゲーム機を渡されたわけだが、何だかんだ楽しんでいた。
やっぱパーティーゲームはコミュニケーション道具として最強なんだなって。すごいなニン●ンドー。
『それにしても、京ちゃん君も随分と馴染んだね。学校でもこんな感じかい?』
『んーん。休み時間に会いに行くと、いつもの京ちゃんだよ』
「……いや、その、はい。画面越しと実際に会うのは別というか……」
物理的に距離が離れていると、気が大きくなる時ってあると思うの。
オンラインゲームだと荒っぽい言動になる人の気持ちが、今はちょっとだけわかる。
『さて。コミュ障な京ちゃん君。次は格闘ゲームとかどうかね』
「えー。それだとアイラさんが圧倒的過ぎるんですけど……」
『パイセンはリアルだと貧弱なのに格ゲーだと地味に強いんだ!!』
本当に謎である。反射神経とか動体視力では、こちらが圧倒していると思うのだが。
気づいたら画面端に追い込まれて、無限コンボ決められている。
『ふっふっふ。私は脳内シミュレーションなら100戦中98勝の女だよ、君達ぃ』
「イメトレで勝ち誇られましても」
『むしろイメトレで2敗してるんすね!!』
イメトレの良い所と悪い所は、『相手が思った通りに動くこと』なんて言われている。そりゃあ勝ち星も多いよ、と。
『うん。その2敗はリアルの京ちゃん君だね』
「僕ですか?」
『君は伸び率までSSRだからねぇ……』
彼女の言う『伸び率』とは、ステータスの成長具合の事だろう。
レベルアップでステータスが上昇するのは、覚醒者共通。しかし、どれぐらい増えるかは個人差がある。個人差ばっかだな、覚醒者。
これは実際にレベルが上がるまでわからないそうだが、基本的に上昇値は『レベル×1.X』だそうな。
覚醒者によっては『LV:10』の時、最初の数値から『11』増えている人もいれば『15』増えているも人いる。『12』や『13』も。更に、同じ人でも『筋力』や『耐久』で個別に違うとか。
帰りのバスで聞いたのだが、現在の自分のステータスは以下の通り。
『矢川京太』
LV:2 種族:人間・覚醒者
筋力:22
耐久:22
敏捷:25
魔力:25
と、いう具合。
レベルアップで全項目が『3』増えた自分は、『レベル×1.5』。これは『成長性:A』なのだとか。
全てアイラさん情報なので、何とも言えないけど。それでもむず痒くなる。
ただまあ……だからと言ってあまり調子に乗る事は出来ない。
レベルアップの成長力とて、上には上がいるかもしれないと、そのアイラさんに言われたのだ。
彼女の知る範囲で最大の伸び率だとしても、会った事もない覚醒者など五万といるわけだ。何なら実際の数字はもっと多い。
油断大敵。お山の大将にはなれるかもしれないが、己はそこ止まりと考えた方が良いだろう。
別に最強とか目指していないし、それぐらいの考えが丁度いい。
『私もレベルアップしたら凄い事になるからな!!見ていろよ京ちゃん!!』
「うっす」
『さて、それじゃあ早速『超・松尾兄弟大乱闘☆大江山の乱』をやっていこうか』
「あー、まあ格ゲーは格ゲーでもそれなら……」
『京ちゃん!私と組もうぜ!!ボッチパイセンを挟んでボコボコだ!!』
『おいおい。そんな誘いにフェアプレー精神の塊である京ちゃん君が乗るわけないじゃないか!ねえ、京ちゃん君!!あと私はボッチではない。何故ならそう……君達が、いるから!!』
「やりましょうエリナさん。この邪知暴虐な残念ボッチ女子大生を地獄に叩き落とす為に」
『あっるぇ?』
この後、2人がかりで挑んで10戦9敗した。
どんだけゲームやりこんでんだ、あの残念美人。
読んでいただきありがとうございます。
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