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第九十四話 シンパシー

第九十四話 シンパシー





『木蓮』の修理やら、トレントや人工精霊のダンジョンで乱獲等をしていたわけだが、否応なしに時間とは過ぎ去るもので。


 約束の日は、必ずやってくる。


「……はぁ」


「なんだねその湿気た顔は」


 有栖川邸のリビングで、思わずため息を吐く。


 それに対し、隣にいるアイラさんがニヒルな笑みを浮かべて首を横に振った。


「朝から私の様な美女とこうして出会えた事に感謝こそすれ、何をその様に悲観する必要があるのかね。何なら今すぐ『アイラ様万歳!』『アイラちゃん超プリティ』とか叫んでも良いのだよ?」


 そういうアイラさんは、確かに言うだけの美貌がある。


 服装もいつものジャージ姿ではなく、白い半袖ワイシャツに短めの青いネクタイ。デニム生地のズボンと、そのスタイルの良さも相まってまるでモデルさんみたいだ。


 腰に手をあててポーズをとる彼女は確かに眼福だが、それに感謝するより先に恨みを視線にのせる。


「理由がわかっていてそれを言いますか」


「他人事だからな!」


「むしろ身内の事でしょうに」


 アイラさんとエリナさんは従姉妹。つまりこれから会うエリナさんのご両親は、この人の叔父夫婦である。


 自分より、この人の方が本来なら馴染める相手だ。


「ふっ……私が彼らに嫌われている可能性以前に、考えるべき事があるぞ。京ちゃん君」


「一応聞きます。なんですか?」


 アイラさんがその無駄に端整な面にドヤ顔を浮かべ、こちらに流し目を送ってきた。


「まず、そもそも私が親戚付き合いとか得意なわけないだろう」


「たしかに」


「常に部屋の隅にいるか、最低限の挨拶だけ済ませたら自室に引き籠る。それが私だ」


「すっごく想像できる」


 むしろ最低限の挨拶を済ませるだけ偉いと思ってしまった。恐らく、有栖川教授に無理矢理やらされていたのだろうな。


 それはそれとしてドヤ顔で言う事ではない。


 だが自分もあんまり人の事を言えるメンタルではないので、一旦流そう。


「やっぱり緊張しますよ……。友達の家族とか、何となく気まずいですし」


「は?私は友達とかこれまでいなかったからその感覚を知らんが?」


「なんかすんません」


 突然目のハイライトを消さないでほしい。どんだけ孤独な人生歩んでいるんだこの人。


「私にはババ様が、ミーアが、エリナ君がいた。そして今は君がいる。決してボッチではない。断じて!ボッチではない!」


「僕以外肉親……」


「うるさいぞ君ぃ。ミーアのバニー姿縄跳びを見せてやらんぞ?」


「は?え、いや。本気でやる気なんですか!?」


「応とも。ババ様に気づかれると私に雷が落ちそうなのでタイミングを選んでいるが、約束はなるべく破らない主義だ。君には我が妹のスケベ縄跳びを見せてやろう。泣いて喜びたまえ」


「べ、別に?興味とかありませんし?僕はそういうの、何とも思いませんけど?」


「だいぶ無理があるな京ちゃん君。……えい」


「ちょっ」


 アイラさんが、これ見よがしに両手で己のお胸様を持ち上げた。


 柔らかく形を変え、掌に乗りきらず少し溢れている巨乳。ハッキリと見て取れるその形に思わず凝視してしまうと、彼女は意地の悪い笑みを浮かべた。


「むっつり」


「なっ、馬鹿じゃないですか!?」


 耳が熱い。慌てて顔を逸らす自分に、アイラさんがやれやれと首を横に振った。


 ご丁寧に、胸から離した両掌を上に向けながら肩まですくめている。


「残念だったな京ちゃん君。私は天☆才☆だからね。君が私の美貌に理性が蒸発して『ジークボイン!』と叫びながら襲い掛かってきたとしても、すぐにエリナ君とババ様が助けてくれると確信あっての行動だよ」


「色々言いたい事はありますが、貴女の中で僕はどんな変態ですか」


「オッパイ魔人」


「くっ……!」


 宗派を言い当てられては、強く否定もできない。なんという卑劣な踏み絵だ。一揆起こすぞ。


 神はいる。オッパイが何故2つあるのか。それは片方に夢が、そしてもう片方に希望が詰まっているからだ。


 この夢と希望こそが、神の存在証明に他ならない。


 こんなエッチなものをこの世に作り出せるのなんて、神様しかいないだろう!神様ってオッパイなんだぜ!!


 ……いけない。僕は少し錯乱している。


「私でもわかるが、さては君。真面目な聖職者が助走をつけて殴りかかる様な事を考えているね?」


「は?むしろこの世の真理に至っていましたが?」


「お待たせー!」


 そんな声と共に、隣の部屋と繋がる扉が開かれた。


 現れたのはエリナさんだったが、その服装に思わず目を見開く。


 なんと、彼女が和服以外を纏っていた。


 濃い緑のリボンが巻かれたつばの広い白の帽子。黒いワンピースには白い襟やフリルで縁どられ、清楚さと可憐さを併せ持つ。


 腰には細いベルトが巻かれ、ワンピースの色合いもあってどこか引き締まった雰囲気だった。手足がスラリと長く、腰の位置も高いのでよく似合う。


 だが、お胸様が……!黒い布ごしに『みっちり』つまったお胸様の存在感が……!


 いつもはツインテールに纏めている髪をおろし、さらりとなびかせて。エリナさんがいたずらっ子の様に笑う。


「じゃじゃーん!ババ様に選んでもらったの!去年の誕生日にママからもらった帽子に似合う服!」


「ああ、それで微妙に古いセンスなのか」


「普段ジャージばかりの貴女が言いますか、アイラ」


 エリナさんに続いてやってきた有栖川教授が、軽くアイラさんを睨む。


 その後、こちらに視線を向けた。


「わざわざ付き合ってくれてありがとうございます。最近は色々と物騒ですが、京太君が一緒なら私も安心できます」


「い、いえ、そんな……」


「私は君達を駅まで送ったら帰るから、後のエスコートは頼むぞ。京ちゃん君」


「その……頑張ります」


 エスコートと言われても何をすれば良いのかわからないので、極力空気になるつもりだが。


 教授やアイラさんから目を逸らしてそんな事を考えていると、隣にやってきたエリナさんが帽子を脱いでこちらを見上げてきた。


 ニッカリと、太陽みたいな笑みが向けられる。


「今日はよろしくね!京ちゃん!」


「……うっす」


 どうにかそれだけ返して、小さく頷く。


 この人のこういう所。本当にズルいと思う。



*     *     *



 アイラさんに駅前の駐車場まで送ってもらい、車から降りる。


 助手席の窓が開き、運転席の彼女は自分達に敬礼をしてきた。


「ではな諸君!健闘を祈る!」


「オッス!了解っすパイセン!パイセンもお元気で!」


「うむ。この作戦が終わったら、私は妹とお洒落なカッッフェでお茶するんだ……」


「どこからツッコんだら良いのかわからないので、1つだけ言いますね?それ死亡フラグやぞ」


「パイセン!別に倒してしまっても良いんだよ!」


「何をだよ」


「強いて言うのなら、『†運命†』……かな?」


「かなじゃねぇよウインクすんな」


 無駄に顔がいいので『バチコーン!』ってウインクが似合うんだよな、この人。本当無駄に。


 大事な事なのでもう1回言おう。無駄に顔が良い。


「なんだね京ちゃん君。その物言いたげな顔は。さては私に欲情しているのだね!?このむっつりスケベ!」


「やっぱ言葉にして伝えます。アイラさんって、無駄に顔が良いだけで頭が残念ですよね」


「にゃんだとぉ。この天才美人女子大生ことアイラちゃんに何たる物言いだね」


「京ちゃん」


 そっと、エリナさんがこちらの肩を叩く。


「あんまり駅前の駐車場に車を停めとくのは駄目だよ。パイセンを引き止めちゃ悪いと思うな」


「え、これ僕なの?」


「そうだぞ京ちゃん君!いくら私と離れるのが寂しいからと言って!!」


「後で死亡フラグ回収してやろうか」


「ではな2人とも!ヴァルハラで会おう!」


「パイセン!ご武運を……!」


「なんだこれ」


 三文芝居の末に去っていくアイラさんの車。


 それはそうと、休みの日だというのに駅前は酷く空いていた。隣町でクエレブレが暴れるわ、学校ではデーモンが襲ってくるわで、この辺りも人が減ったものである。


 ……冷静に考えて起き過ぎだろこの地域での氾濫。呪われてんのか。


「じゃ、行こう京ちゃん!未知の冒険が私達を待っているよ!」


「待ってんのは貴女にとって既知の存在だよ」


 アホをぬかす自称忍者にそう返しながら、周囲からの視線に冷や汗を掻く。


 人は減ったが、消えたわけではない。何だかんだ駅前なのでまばらではあるが人通りはあり、その中でも彼女の美貌は目立っていた。


 黙ってさえいれば晴天の下で煌めく金髪を風になびかせる、深窓の令嬢。白い帽子の下で浮かべられた朗らかな笑みに、心を奪われる人もきっと少なくないだろう。


 あとスタイルが凄く凄いから。いや本当に凄い。


 語彙力を犠牲に理性を引き戻し、どうにか視線を彼女の美貌やお胸様から引き剥がす。


「取りあえず、駅に入ろうか」


「ういー」


 そんなこんなで、駅のホームに向かう。エスカレーターでは、一応自分が後ろに立った。


 ふっ。ネットでエスコートとやらについて調べてきたのである。残る知識は『歩く時は道路側』『荷物はこちらが持つ』『扉の開け閉めの際には先に動く』だけだ。


 ……やれるのか、僕!!


「あ、パパとママもう着いているみたい!」


「え、予定より1本早い電車に乗ったのかな……」


「だね!おーい!」


 上りのエスカレーターから降りて、エリナさんが手をぶんぶんと振りながら駆けていく。


 その先には、たおやかな黒髪美人と綺麗な金髪をした初老の男性がいた。


 女性の方はエリナさんと顔立ちが似ているし、男性の方は瞳の色が彼女と同じくエメラルド色だ。どう考えてもあの2人が彼女の両親だろう。


 そう思い小走りでエリナさんの後に続き、



「エリナ!1万年と2000年ぶりね!」


「何年生まれだね!?」



「ビッグバンだよママ!!」


「宇宙誕生は関係ないよね!?」



 ひしと抱き合う妄言母娘。うん、やっぱり親子だこれぇ!?


 その時、はっ、と金髪の男性と……黒髪の女性の発言にツッコミを入れた人と目が合う。きちっと整えられた金髪に、同じく金色のカイゼル髭。


 恰幅がよくスーツ姿も似合っている、見るからに自分とは住む世界が違う人。だと言うのに、不思議とシンパシーを感じた。


「その……大変そうだね」


「そちらも……」


 気づけば、2人揃って曖昧な笑みを浮かべていた。何故だろう。他人とは思えない。


「京ちゃん、紹介するね!ママとパパだよ!」


「ママの林崎里奈(りな)でーす!」


「父親の林崎エリックだ」


「初めまして。林崎さんと冒険者をやらせてもらっている、矢川京太と申します」


 慌てて背筋を伸ばし、全力の営業スマイルで名乗る。


 しょっぱなでトンチキな事が起きてしまったが、失礼のない様にしなければ。


「やはり、君が京太君だね。話をよく聞いているよ」


「なるほどなるほど。この子がエリナの『ボーイフレンド』ね」


「え?」


 エリナさんのお母さん……里奈さんの言葉に疑問符を浮かべる。


「ああ!日本だと誤解を招くわね!ボーイで、フレンド!お友達なのよね!」


「あ、はい。そうです」


「そうそう!『エリナのボーイフレンド』の京太君!」


「YES!京ちゃんは共に忍者の道を進む仲だよ!」


「違うが?」


「一緒に忍里を作ろうね!」


「作らないよ?」


「京太君」


 お父さんことエリックさんが、優しい笑みを浮かべてこちらの肩を叩いた。


「今日は頼むよ。ツッコミ役」


「辞退させていただけませんか!?」


「私もほら、歳だから……」


「見捨てないで!?」


 哀愁ただよう顔で目を逸らさないでお父さん!貴方アレ⇦とコレ⇩の夫で父でしょう!?


 責任とって!!


 願いが一部通じたのか、するりとエリックさんと腕を絡める里奈さん。


「あら。私は貴方一筋よ。そう、ボケとツッコミも、ね……!」


「夫婦と書いて漫才コンビとは読まないんだよ、里奈」


「夫婦漫才ね!」


「そういう事じゃないね」


「目指すわよ、天下を!」


「今の仕事の方が大事かな」


「そんな!私と仕事、どっちが大事なの!?」


「そうだよパパ!きちんと答えて!」


「助けて京太君!」


「無理です!!」


 エリックさんと腕を組み逃がさないと意思表示する里奈さんと、いつの間にかこちらの背を手で押さえて逃げ道を塞ぐエリナさん。


 なんなの、この人達……!


「まったく。2人ともはしゃぎ過ぎよ?駅であまり大声を出さないでほしいわ」


「そうわよ!!」


 なんなの、この人達……!!


 アレな美女達に連行される自分とエリックさんの間で、視線のみの会話が行われた。


『今日のホストは君達だし、ツッコミも任せていいよね……?』


『ダメです。責任とってください、お父さん……!』


 取りあえず、エスコートの知識とか全て無意味な事だけはわかった。






読んでいただきありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。励みになっております。創作の原動力となっておりますので、どうか今後ともよろしくお願いいたします。


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― 新着の感想 ―
せっかくのスケベ縄跳びが衝撃の家族で吹っ飛んだ。
京太君外堀埋められそうだな気づかないと完全にこんやくしゃにされちゃいそうw
のちにパイセンは思うのだった、あの時止めておけば、カップル成立できまづくなって一人寂しく酒を飲んだり、お婆様にエリナさん家もう三人目ができるようだけど貴方は?なんて聞かれる生活にならなかったんじゃない…
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