第九十三話 呪い
第九十三話 呪い
自宅に帰り、早速スマホで『ウォーカーズ』の電話番号を検索する。
大きな組織だとは聞いていたが、どうやら自分の想像以上らしい。番号を調べる最中に公式HPを少しだけ見たのだが、事務関係の人達も含めると構成員数千人規模のクラン……いいや『ギルド』だという。
その上、提携という名の傘下となっている冒険者クランが20以上。しかもあの『錬金同好会』とも組んでいるのだ。こと『覚醒者の組織』として見れば、『トゥロホース』すら上回る規模である。
あの猫耳さん、凄い人だったんだなぁ……。
自分が思った以上の大物を2回も救っている事に、ちょっとだけ自尊心がくすぐられる。まあ、2回とも1人で助けたわけじゃないのだが。
しかし、そうも偉い人が相手となると何だか緊張してきた。そんな人に、アポなしで電話なんてして良いのだろうか?
だが毒島さん達の安全も心配である。ないだろうが、もしも山下さんを襲った犯人達と彼女らが遭遇した奴らに繋がりがあったら何かわかるかもしれない。
トレイン行為は『殺人行為』と同義だ。友人として、使えるコネがあるなら使いたい。その為に、エリナさんとミーアさんに予め『あの名前』を使う事に関して許可を貰っている。彼が恩を覚えていてくれたらいいが……。
意を決して番号を入力し、『ウォーカーズ』へと電話をかけた。
───5分後。
結論から言うと、意外なほどすんなりと山下さんと話す事ができた。
というのも、最初は当然『アポもなしに突然電話をかけてきた失礼な若者』扱いだったのだが、『インビジブルニンジャーズ』のメンバーだと名乗ったらすぐに彼へとつなげてくれたのである。
以前、山下さんに自分がきちんと名乗った覚えはない。だが、彼が妖精の森で『インビジブルニンジャーズ』と叫んでいた事は記憶している。
正直この名前を出すのは不本意だったが、事が事だ。我慢しよう。
だが、電話を対応してくれた人にまであのパーティー名が広まっていたのは地味にショックだった。痛い奴だって思われているよ、絶対……。
閑話休題。無事に山下さんと話す事が出来たのだが……正直、よくわからなかった。
彼はこちらの質問に対して、
『あの時の犯行はトゥロホースが関わっている』
『今回の相次ぐダンジョントラブルも彼らの下部組織が、本部から突然無茶な上納品を要求されたから』
『もうすぐこの一件は決着がつく』
『彼らには近いうち然るべき罰が下る。だから決して焦った行動をとらないでほしい』
と、すらすら答えてくれた。それはもう不自然なぐらい、あっさりと。
だがしかし。正直どこまで信用していいのか、わからなかったというのが本音である。
こちらは命を2回助けたとは言えただの高校生。そんな自分にこうも重要な話をしてくれた事に、いくら何でも違和感を覚える。
その事に質問したら、『どうせ隠しても無駄でしょう?』なんて逆に聞き返された。いったいどういう事だろうか?そう思って再度尋ねたものの、はぐらかされただけ。
ただまあ、『トゥロホース』はもうすぐ罰を受けるという事だけは何度も言っていたので、あの組織に捜査の手が入るのだろう。
なにせ『警察の人からそう聞いたんですね』と、彼がお巡りさん達とストアで話していたのを思い出し尋ねたところ、『……察してください』って返ってきたし。
捜査情報を一般人に教えるとか、本当は絶対にダメな事だからな。そう納得し、通話を終えようとしたところ。
『貴方は、貴方達は、彼らに報復などを考えているのですか?彼らと、戦うつもりなのですか?』
と質問された。
彼なりに無茶な事を若者がしないか、不安だったのだろう。だから安心させるために、電話越しながら大きく頷いた。
『僕らはこの件に首を突っ込むつもりはありません。この国の司法に全てお任せして、いつも通りの活動を続けます』
そう返事をしたあと、お礼を言って通話を終えた。
自分達は、というか覚醒者とはいわゆる『超人』である。程度の差こそあれ、誰も彼も超常の力を持っているのだ。
故に、己を神話の英雄と錯覚し無茶な事をしたり尊大になる事もある。自分とて、そういう部分がないとは言い切れない。
だが、今回は違うだろう。
場所がダンジョンで、手口がモンスターを使ったものだから特殊な事例に思えるのだが……『覚醒の日』前の価値観で例えると、
『友人達が鉈を振り回す集団にスマホを盗まれた。そのスマホには、もしかしたら自分の個人情報も入っているかもしれない』
という話である。
これで、『警察なんて知らねぇ!自分で捜査するぜ!』なんて人はそうそういない。普通、警察に任せる。
この辺の常識を失うつもりはないし、失いたくない。
無論、こちらにも害が及ばないか不安ではある。しかし、だからと言って何ができると言うのか。
生憎こちらは武力だけあるただの高校生。コネと呼べるのも大学教授で元公爵令嬢な有栖川教授ぐらいだし、そっちの方はもうエリナさんから話がいっているだろう。教授から弁護士さんとかに相談がいくかもしれないが、一般人が出来るのはそこまでだ。
彼女にも言ったが、出しゃばる事じゃぁない。事件は警察に任せれば良いのである。
それにしても、山下さんとの電話は緊張した。
ネットの情報曰く、『ウォーカーズ』は結成からまだ3カ月も経っていないという。
そんな短期間で、最初たった4人しかいなかった組織を日本有数の覚醒者団体に成長させたのだ。山下さんは経営者としてかなりのやり手なのだろう。
自分も将来あれぐらい立派な社会人になり……たくもないな。うん。
だって、責任とか凄く重そうだし。自分は出来るだけ心身ともに楽できる仕事につきたい。生活や趣味に困らない程度のお金がもらえれば十分だ。
何なら、今のうちに冒険者として働いて後は悠々自適なんて事も……。
そんな風に思考が脱線するのを、頭を振って正気に戻す。
何にせよ、『トゥロホース』がいい加減年貢納め時な可能性が高い。それが大規模な抗争にならない様祈りながら、自分に出来る事をするとしよう。犯人逮捕は警察の仕事だが、自衛に関しては自助努力だ。
まずは、『木蓮』の修理。代わりに『白蓮』の武装に関してまけてもらう約束なので、きちんとまた戦える状態に仕上げよう。
───プルルル。
「うん?」
そんな風に思っていたら、スマホに着信がきた。画面を確認すると、毒島さんの名前が表示されている。
「はい、矢川です」
『もしもし。毒島です。すみません、今お時間いいでしょうか?』
「はい、大丈夫です。何かありましたか?」
『いえ。実はお尋ねしたい事がありまして』
「はぁ」
どうやら毒島さんも何やら聞きたい事があるらしい。
自分も山下さんに質問したばっかりなので、少し変な気分だ。今度はこちらが尋ねられる立場である。
『実はあの後家に帰ってから思い出したのですが……木蓮が槍を投げた時に、私もモンスターに魔法を無茶苦茶に放っていまして』
「まあ、トレインされたらそうもなりますよね」
『その1つが、もしかしたら槍の柄に当たったかもしれず……雫さんからは、あの槍の『概念干渉』の力は穂先にだけあるそうでして……。柄の部分に着弾した呪いが、そのまま残っているかもしれないのですが、後から『概念干渉』が柄まで広がって呪いが解除される可能性はありますか?』
「すみません。僕も魔法に詳しいわけではないので、ちょっと……。でも、その場で何の反応もなかったのなら『概念干渉』の影響は受けていないと思います」
『やっぱり……』
「どうかしたんですか?」
そう問いかけると、毒島さんは少し気まずそうに告げた。
『たぶん、あの呪いは触れた相手を不幸にする……という類の呪いだったと思うんです。先頭の敵が転んでくれたら、後ろのコボルトも躓くと思って』
「なるほど。その呪いって、どのぐらい運が悪くなるんですか?」
『1回きりで、最初に柄を触れた人に発動すると思うのですが、かなりの不幸に見舞われるかと……。それも、周囲に影響が出るタイプの呪いです』
「あー……」
『その、もしも犯人の人達があの槍を回収していた場合、呪ってしまった可能性がありまして……』
「正直犯人の自業自得だし、別に毒島さんが気にする必要はないと思いますが」
『でも、もしも相手が死んでしまったらと思うと……』
そんな強力な呪いかけたの……?
少し引くも、本来モンスターを相手に放ったのだと考え直す。であれば、仕方がない。
「大丈夫ですって。魔道具にかけられた魔法なんて、反発して大抵が弱体化します。せいぜい、『家の戸の立て付けが悪くなる』とかその程度になっていますよ」
『そう、だと良いのですが……』
嘘ではない。たしか、そんな話が同好会の資料にあった気がする。
魔道具に別の魔法を付与するのは、普通の物体に行う以上に難しい。ただ形を変えるだけならともかく、別の効果を与えるとなると相応の準備が必要だとか。
「呪いから相手の位置の追跡も出来ないんでしょう?なら、術が弱まっている証拠ですって。むしろ、犯人に何かあっても『ざまあ』って思うぐらいで丁度いいですよ。たぶん」
『……ですね!そうします。ありがとうございました』
「いえいえ。じゃあ、そういう事で。あ、木蓮の修理は終わり次第大山さんにお届けします」
『はい、お願いします。それでは失礼しますね』
「ええ。じゃあこれで」
そうして通話を終え、一息つく。先に山下さんと話していたせいか、反動でいつもより自然に喋る事ができた。仕事モードだったのも影響したのだろう。夏休み明けも、このコミュ力を維持したいものだ。
しかし、山下さんからの情報を彼女らに伝えるか少し迷うも、ペラペラ喋って良い話でもない。本当にもうすぐ警察が『トゥロホース』の本部に乗り込むのなら、その時に伝えればいいだけだ。
そう思い、木蓮を修理するため白蓮の予備パーツをクローゼットの奥から取り出す。
これも随分と少なくなってきた。また材料を集めないといけない。卵型の結界発生装置の材料も取りにいかないと。
やる事は山ほどある。まずは、直近の問題から順に片付けなくては。
木蓮の修理に、結界用の魔道具の作成。夏休みの宿題と、海に行く準備に、何より……。
「はあ……」
緊張するなぁ。エリナさんのご家族に会うの。
天井を見上げながら、ため息を吐く。
お願いだから、何事もなく終わりますように。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。創作の原動力にさせていただいておりますので、どうか今後ともよろしくお願いいたします。
Q.なんで大山さんは槍をコボルトの群れに投げたの?
A.彼女は『大車輪丸』が予想以上の破壊力を出した瞬間を見ていますからね。危機的状況に同じ現象を期待して木蓮に投げさせました。おかげで襲ってきたコボルトの半数以上が吹き飛んだので、彼女らは五体満足で生存できました。やらなかったら?たぶん手足の1つ2つ失っています。最悪死んでいました。
Q.主人公は槍の紛失に怒らないの?
A.
京太
「いや。万が一を考えて自分の素材を使った武器が他人の手に渡るのは恐いけど、それ以上に友達が死ぬ方がきつくない?確定で武器から自分の秘密にまで行きつくとは限らないし」
Q.京太達は『トゥロホース』と戦わないの?
A.はい。戦わないですね。今作のコンセプトは『ダンジョンものなんだからモンスターと戦おうぜ!』なので、対人戦はかなり少ないし、あっても模擬戦か半分ギャグの消化試合になるかと。
Q.槍の呪い大丈夫……?
A.ご安心ください!あれ『1個』じゃ覚醒者相手に大した効果は出ませんから!
なお、半分パニックになって毒島さんはあの時呪いを連射していた模様。本人忘れていますけど、あの場には既にドロップ品が複数転がっていたわけで……。
きっと呪いが原因で直接の死人は出ませんから、セーフ!




