第九十二話 家族みたいなもの
第九十二話 家族みたいなもの
「すまん」
『白蓮』の装備一式の用意と『大車輪丸』の修理が出来たと聞いて、大山さんの工房に到着したところ。
彼女の作業スペースに入ってすぐ、
「お前の素材を使った武器が、1つ紛失した」
赤毛の少女と黒髪の麗人が深々とこちらに頭を下げてきた。
「え、えっと……?」
困惑している自分に、顔をあげた毒島さんが説明してくれる。
「実は、先日私と雫さんでダンジョンに行ったところ、『トレイン』に遭遇しまして」
「えっ、大丈夫だったの!?」
エリナさんが目を見開き、慌てた様子で彼女らの全身に視線を走らせる。
ただ呆然としている場合ではないと、自分も気合を入れ直した。トレインとは、随分と物騒な単語が出てきたものである。
「はい。『木蓮』が盾となってくれたので、私達に怪我はありません。前に頂いた卵型の魔道具もありましたし」
「突っ込んでくる群れに対抗して、矢川の素材を使った槍を木蓮に投げさせてな。それである程度は数を減らして、どうにか撃退する事が出来た。だが、その槍が元の場所に戻ってもなかったんだよ」
「……事情は正直まだよくわかりませんが、取りあえずお2人が無事で何よりです」
「本当だよ~。命あっての物種だからね!……ね。本当の本当に怪我とかしていないよね?」
「おい、くっつくな。服をめくろうとするんじゃない!」
大山さんをべたべたと触るエリナさんから目を逸らし、毒島さんと視線を合わせる。
「最初から詳しく状況をお聞きしても?」
「はい」
「ふん!」
「あふん!」
自称忍者が頭に拳骨を受けた横で、毒島さんが話し始めた。
……結論から言うと、事故ではなく『事件』としてのトレインにあったらしい。
昨日2人はコボルトのダンジョンにてレベル上げ兼ドロップ品を集めていた所、突然3人組の冒険者が走って来たらしい。
そいつらは『魔装』ではなくツナギに目出し帽姿で、『Eランク冒険者』とは思えぬ俊足で走って来たとか。
突然の事に混乱しながらも警戒して武器を構えた彼女らに、そいつらは突然掌にすっぽりと入るサイズの小袋を投げて来たという。
その中身は、モンスターの塩だった。
咄嗟に木蓮が盾で受けたものの、そいつらを追いかけてきていたモンスターをなすりつけられてしまう。
どうにか防戦しつつ、塩を落として撤退。その際に自分の素材を使って作ったという槍を投擲し、先頭集団を削ったのだという。
彼女らは逃げながらの戦いでコボルトを全滅させ、どうにか無事に生き残った。
しかし木蓮は中破。おまけに出口へ向かう途中トレインに巻き込まれた場所を通ったが、槍も、それを使い倒したモンスターのドロップ品も見つからなかったという。投げつけられた小袋も、だ。
その後、出口に到着し起こった事を自衛隊員に伝えストアに帰還したらしい。
「あのダンジョンは冒険者の出入りが多く、『魔装』の識別も出来ない事から犯人を特定するのは時間がかかると言われてしまいました……」
「お前が自分の素材を使った装備を、不特定多数に使われるのは嫌だっていうのは知っている。一応加工の際にアレを基点に矢川へ呪いの類が飛ばせない様にはしているが……どこかで、知らない誰かがあの槍を使うかもしれない」
「いや。毒島さん達に責任はないでしょ。悪いのはそのトレインやった奴らですし。槍の事も気に病む必要はありません。仕方がなかった、というやつです」
「そうだよ!犯人を見つけ出して、けちょんけちょんにした後警察に突き出さないとだね!」
「いや見つけ出すのも捕まえるのも警察の仕事だよ。出しゃばんな、マジで」
「えー」
えー、じゃねえよ。何が悲しくて殺人未遂犯どもに近づかねばならんのだ。恐いし危ないじゃん。あと『けちょんけちょん』とか久々に聞いたわ。
それにしても、コボルトのダンジョンって……呪われているのか、あそこ。前にも山下さん……だっけ?彼らがモンスターに追いかけまわされていたし。
「事情はわかりました。ただ、犯人グループは毒島さん達を狙ったのか、それとも誰でも良かったのか……。それによって、今後の危険度とか変わりますけど」
「わかりません。ただ、同様の被害が他のダンジョンでも起きているらしいので後者かと……」
「アタシらだから狙ったというより、ドロップ品目当てだろうな」
むすっとした様子で、大山さんが続ける。
「エリナじゃねぇが、見つけたらただじゃおかねぇ。前歯へし折ってやる……!」
「ははは……」
人の悪意にさらされて不安になっていないか心配だったが、彼女の場合それは杞憂らしい。
ならばと、毒島さんの方を見る。
「その、毒島さんは大丈夫ですか?」
「はい、問題ありません。心身共に健康です。……いえ、少し見栄を張りました」
そう言って、彼女は己の右手に視線を落とした。
手が震えている。拳を強く握って抑えようとしているが震えは止まらず、左手で自身の体ごと抱きしめる様に押さえた。
「恥ずかしながら……今になって恐怖が来たようです。あはは……ちょっと格好悪いですね」
眉を八の字にして苦笑する毒島さんに、首を横に振った。
「恐くって当たり前ですよ。命を狙われて、恐怖を感じない方がおかしい。恥ずかしがる必要はありません」
「……ありがとうございます」
「そうだよアーちゃん!」
「きゃぁ!?」
突然毒島さんにエリナさんが抱き着き、彼女から小さい悲鳴があがった。
エリナさんは気にした様子もなく、笑顔で毒島さんの頭を撫でる。
「いいこ、いいこ。よく頑張ったね」
「……もう。子供ではないんですから」
そう苦笑する毒島さんの手が、震えていない事に自分も胸を撫で下ろす。
隣で見ていた大山さんも相変わらずの仏頂面だが、心なしかその視線は柔らかい気がした。
そして、エリナさんの目が大山さんにも向く。
「シーちゃんもぎゅーってしてあげるね!」
「は?いらんが?」
「問答無用!アーちゃん、京ちゃん!トリプル忍者アタックだ!」
「やらんが?」
「えっと、じゃあ……」
「おい、こっちくんな馬鹿ども!」
わちゃわちゃとする3人に、何だか自然と口元が緩みそうになる。
───むにゅう。
───ふにぃ……。
……でも巨乳2名の柔らかく形を変えるお胸様達を見て変な気分になりそうだから、あまり直視しない事にした。
我ながらここで『生理現象』は空気読めなさすぎなんよ。
気を紛らわせるためにも、真面目な方向に思考を向ける。『トレイン』と聞いて、真っ先に山下さんが死にかけた一件を思い出した。
あの事件は今、どうなっているのだろう。テレビ等で続報を聞かないが、犯人は見つかったのだろうか?
本人に連絡して聞いてみたいが、生憎と彼の電話番号なんて知らない。
『ウォーカーズ』の事務所に電話したら山下さんに繋げてくれるだろうか?……2回命を救ったわけだし、ワンチャンあったりする?
物は試しだ。後でかけてみよう。
「そうだ!もしも法律とかで大変だったら、相談してね!お婆ちゃまか、パパにお願いして良い弁護士さん紹介してもらうから!ちょうどパパがもうすぐ帰ってくるし!」
「おう。そん時は頼むわ。つうか離れろ……!」
「はい。私も雫さんも、法律には疎いので……そろそろ離れてもいいのでは?」
2人がかりで引き剥がされたエリナさんが、不満そうに唇を尖らせながら戻って来た。
「ぶー。2人ともつれないなー」
「まあまあ……」
「あ、それでね京ちゃん!」
「はい?」
相変わらず表情と話題をコロコロと変えるエリナさんが、満面の笑みをこちらに向けてきた。
「3日後にパパとママが日本に帰って来るの!」
「ああ、うん。良かったね?」
「京ちゃんの事を紹介したいから、一緒に会ってほしいな!」
「……はい?」
会う?誰が?誰と?
僕と?エリナさんのご両親が?なんで?紹介の必要、なくない?
「いやいやいや。一家団欒に部外者が混ざっちゃまずいでしょ」
「京ちゃんは部外者じゃないよ?大事な仲間だもん!それに、お婆ちゃまから『最近物騒だからボディガードにもなる京太君を紹介しなさい。もう家族みたいなものですし』って言われているんだよ」
何言ってんの有栖川教授。確かに何度も共に死線を潜り抜けた仲だが、『家族みたいなもの』は言い過ぎだろう。言っても『戦友』あたりが相応しい。
外国の人って、その辺の感覚が自分とは違うのだろうか?『パーティーは兄弟!パーティーは家族!』みたいな。
「え、いや……仲間兼護衛に適している人なら、ミーアさんも該当するのでは?あの人がいれば僕は別にいらないでしょう。ダンジョンじゃあるまいし」
あの人も修羅場を一緒に駆け抜けた仲間だ。何より、エリナさんの血縁である。
親戚という事で、自分よりも相応しいはずだ。
「うーん……あのね。私のパパとパイセン達って、少し気まずい仲なんだー。お互いに嫌っているわけじゃないんだけどねー」
「あー……」
そう言えば、前にアイラさんが『自分は彼らに嫌われている』とか言っていたのを思い出す。
今思い出すと、もしかしなくとも彼女らの母親の件が原因か。確かに家庭内不和を引き起こすには十分過ぎる出来事である。
しかも、確かエリナさんのお父さんは有栖川教授の妹さんの子供。
彼女らの母親とは義理の姉弟になるわけで……びっくりするほど、拗れる要素しかねぇ。
「な、なら!ちょうどここに大山さんと毒島さんが……!」
「いや。アタシらにこいつとその家族の護衛とか無茶言うな」
「流石に荷が重すぎるので……今回は辞退させていただきますね」
「い、いや。別に護衛だけじゃなくって、友達としてですね」
「京ちゃん。昨日襲われたばかりのシーちゃん達にそういうの頼むの、どうかと思うよ?2人とも今はあんまり外出したくないだろうし」
「くっ……!すみません……!」
何という正論。反論のしようがない。
ぐうの音も出ない自分に、エリナさんが不安そうな顔でこちらを見上げてきた。
「もしかして嫌だった?それともその日、もう予定あるのかな」
「いえ、そんな事は……」
「じゃあ受けてくれる?」
キラキラとした、期待の籠った視線。
じりじりと近づいてくるエリナさんに顔を反らしながら、どうにか断る理由を考える。
だって絶対に気まずい。友達が、友達の家族と、久々の一家団欒。そこに混ざる自分。
どう考えても肩身が狭い状況だ。これがコミュ力の高い人なら上手い事馴染んでしまうのだろうけど、自分には無理だと断言できる。空気に徹するのが限界だ。下手をするとエリナさんのご家族にまで気まずい思いをさせてしまう。
本音を言うと凄く行きたくないのだが……。
「わかった。同行する」
「わー!ありがとうね京ちゃん!」
こちらの手を掴み、ぶんぶんと振るエリナさん。それに口を『へ』の字にしながら、当日の事を考える。
どうにか『パーティーメンバー兼友人』として無難に挨拶して、以降は全力で気配を消そう。自分は窒素と言い聞かせるのだ。
……今だけは、僕も忍者になりたい……!エリナさんが言う忍者ではなく、ガチの方の……!!
「楽しみだね、京ちゃん!4人でたくさんお買い物とか、遊んだりしよー!」
「うっす……」
不安だ……!!
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