閑話 鳴り響く電話
閑話 鳴り響く電話
サイド なし
東京都、霞ヶ関。中央合同庁舎のとあるフロア。
今日も今日とて、ダンジョン庁では業務の隙間を縫い情報共有を兼ねた会議が行われていた。
広い部屋の角に置かれた長机。それを十数人で囲い、手元の資料やタブレットを難しい顔で見つめている。
「渋谷に出来たダンジョンの影響がやはり大きいな……」
「ですね。他のダンジョンも厄介ですが、やっぱり経済的な損害が最も大きいのはこのダンジョンです」
「連日避難範囲の店舗から、補償に関する問い合わせがきていますよ。それに渋谷区の区長からも」
「その辺りは都知事とも話し合うしかないが、やはり東京都でどうにか支えるしかないか……」
「しかし、東京都全体にも経済的な影響は出ています。あそこを通る線路や道路は現在大半が使えない為、都内の交通がほぼ麻痺していますから。また、都内の土地の値段も暴落しています」
「それに、渋谷は店舗数も凄いですが住民もいますからねー。そっちからの苦情と相談も凄い数ですよ。なんでダンジョンを見過ごしていた、きちんとした補償は出るのかーって」
「……国で支えようにも、地方への支援で手が回らない。どうにか都の財源で一時的にも対応する必要があるが……。どれも私達の権限を越えているな。各省庁との連携を密にしなければならないが」
「どこの省庁も今はデスマーチ中ですからねー。書類を読んでもらう時間さえまともに取れるかわかりませんよ」
「それでもやらねばならない。東京の経済が死ねば、日本全体の経済が死ぬ事になる」
「自分、地方出身なんで東京が優先されるのが嫌いだったんですけど……この数字を見ちゃうと、確かに最優先で対処しなきゃってなりますよ」
職員の1人が、苦笑を浮かべながら手元の資料を見る。というより、もはや笑うしかない数字がずらりと並んでいた。
経済を一カ所に密集させる事で、国全体の経済を発展させる。その考えのもと、日本では首都である東京を中心に力が集められてきた。
『覚醒の日』以前の東京都の都市別GDPは世界でもトップクラス。日本国内では約2割を占めていた。
そう。過去形である。現在、東京は、それどころか日本は経済的な意味で窮地に立たされていた。
「現在、モンスターの氾濫で破損した水道管やケーブルを始めとしたインフラ関係の修理が行われていますが、未だ復旧の目処がたっておりません」
「被害にあっていない他の県からも応援を呼びたい。官民問わず、人を集めるぞ。松田、梅島、頼めるか?」
「わかりました」
「大学時代の伝手しかありませんが、頼ってみます」
「頼んだ。では、一旦次の議題に移る」
赤坂部長がそう言って、資料をめくった。
「先日共有された自衛隊からのデータだ。内容は主に『ダンジョン内における基地建設』についてだな」
「まぁじで作る気なんすか」
「元々、戦闘ヘリをどうにかダンジョン内で使えないか検討されているとは聞いていましたが……」
「出来るんですか?そんな事」
部下達が思い思いに述べながら、目は資料やタブレットの画面を向けている。
「結論から言えば、まだかなり時間がかかるそうだ。やはり大型の重機やトラックを中に入れられない事が原因だろう。現物は入れられないので、分解した部品をどうにか内部で組み立てる必要がある」
「強力なモンスターが出るダンジョンほど通路が広い傾向がありますから、入れさえすれば道幅自体はなんとかなるんですけどね……」
「しかし、この重量制限はいったい?」
「恐らく、搭乗している覚醒者が『それを持ち物として扱えるか』というラインだろうな」
資料には、以下の事が書かれていた。
実験として低ランクながら大型モンスターが跋扈するダンジョンに、大量の建築資材を載せたトラックでゲートに接触するも、入れたのは『運転していた覚醒者のみ』だったという。
トラック自体は運転手がいない状態で直進し、ゲートを素通り。外部からのリモコン操作にて停車した。
荷台にも覚醒者の隊員が乗り込み、一部の荷物を抱えた状態で先ほどと同じようにトラックをゲートに接触させた所、トラックは前回同様素通り。運転手の覚醒者と、荷台にいた覚醒者がダンジョンに入った。その際、2人は別々の場所におり、また荷台にいた隊員は資材を抱えたままだったという。
この後バイクに乗った覚醒者はバイクごと侵入に成功。大型自動車に3人で搭乗し、身体の一部を触れさせながらゲートに接触した場合は車のみ素通り。3人はダンジョン内の同じ場所にいた。
その他、様々な検証の結果……。
・搭乗している乗り物がゲートに接触した場合、本人がゲートに触れていなくとも乗っていた覚醒者はダンジョン内部に放り出される。
・その際、慣性の法則は適用されずただダンジョンに降り立つだけ。
・持ち込めるのは、その覚醒者が『これは自分の持ち物である』と認識し、なおかつ単独で運べる大きさと重量の物のみ。また、ハンドルを握っている者にこのルールは適用される可能性大。
「本格的に、ダンジョン内部では覚醒者を重機代わりにしないといけない様ですね」
「元々自衛隊ではそうだったらしいですよ。レベルが『10』もあれば、馬とかクマ並みのパワーがありますからね。出口の建物も、そうやって作ったらしいですし」
「しかし、それでも人間だ。重機ほど効率的に大量の資材は運べないし、工事にも影響が出る」
「それに、基地の建設に回す資材が厳しいですよ。各地の復興がありますし、今は世界的に物不足です。ダンジョン内部の物を利用する方が……」
「やはり土木魔法使いへの協力要請をするべきか……自衛隊と話し合って、各ダンジョンストアに依頼を出そう。内部のゲート周辺に作った施設のノウハウも使えば、モンスターの攻撃さえ防げれば短期間で建てられるはずだ」
「依頼って、そんな予算ありますかね。土木魔法の使い手はどこも引く手あまたですよ?」
「今の相場を考えれば、ダンジョン外の資材を使うよりは安く済むはずだ。それでも足りない可能性については……ボランティアを募るしかない」
「無い袖は振れませんからねー」
タブレットを抱えた男性職員が、小さく肩をすくめる。
「だが、ダンジョン内に基地を作る計画が進めばこの不景気にも光明が見えるんじゃないか?」
そんな彼に、隣にいた別の職員が話しかけた。
「派出所型の建物があるだけでも、スタンピードや間引きの際にかなり有利になると聞いた。きちんとした基地が出来れば、より氾濫のリスクを減らせるかもしれない」
「『安全』ほど大事な買い物はないからな。明確に氾濫の減少が見られれば、離れていた投資家達も戻って来るだろう」
「なんなら、ダンジョン内での『栽培』にもこの技術を応用できるんじゃないか?」
「それは考えるのはまだ早いだろう。それより、『ダンジョンの刑務所化』も考えた方が良いかもしれない。捕まえた覚醒者の犯人が、通常の刑務所にとってかなりの負担になっている」
「それは人権侵害になるだろう。同意なしでダンジョン内に人を入れるのは違法だと、ダンジョン法でも決まったはずだ」
「……いっそ、ダンジョン内の『土地』を覚醒者に売るというのは?」
職員達が相変わらず早口で話し合う中、ポツリと発せられたその言葉に数秒だけ室内が静まり返った。
発言した比較的若い職員が、慌てた様子で他の職員達の顔を見回す。
「あ、いや。別に本気で言ったわけじゃ」
「……その案も、考えるべきかもしれない」
「部長」
眉間に皺を寄せながら頷いた赤坂部長に、隣にいた別の職員が待ったをかける。
「流石に危険すぎます。内部で何かあった場合、責任の所在がどこになるか……。なにより、それは『ダンジョンの私有化』に繋がります。より反社が力を持つ可能性が強いかと」
「ああ。やるとしたら最終手段だが、検討はしておくべきだろう。無駄になるとしても……むしろ無駄になるべき考えだとしても、考えてはおくべきだ。すまないが、もしも実施する場合に備えて幾つか案を用意しておいてくれるか」
「は、はい!」
先ほど発言した職員が、背筋を伸ばして頷く。
「一番いいのは、国だけで対応をしきる事だ。しかしそれが出来ないからこその『ダンジョン法』でもある。全員、最悪は常に想定してくれ」
「はい」
「あー。じゃあ僕からも良いですか?」
タブレットを見ながら、男性職員が手をあげる。
「覚醒者とダンジョンについてなんですが、『覚醒者のレベル減少』について一応データが来ています」
「聞かせてくれ」
「データは今それぞれの端末に送りましたんで、見ながらで話します」
職員達が自分のタブレットやスマホを見る中、彼は続ける。
「レベル『14』まで上げた覚醒者の話なんですが、彼は1年間ダンジョンに潜っていなかったそうです。結果、レベルが『13』に下がったようですよ」
「……この資料だと、そういった自然なレベル低下はレベルが『10以上』の者だけの様だな」
「ですね。これに関して協力してもらっている研究所からの報告なんですが、『筋肉と同様に使わなければ衰える可能性』が示唆されています。他の『ダンジョンに行かなくなった冒険者』も似た様なデータが取れていますよ」
「衰える、か。朗報と取るべきか、悲報と取るべきか」
「その仮説が正しいのなら、もしや自分より弱いモンスターを倒し続けた場合もレベルアップに支障が出る可能性もあるんじゃ?」
「筋肉を維持するにも、相応の負荷は必要ですからね」
「あまり仮説に囚われすぎるのも危険かと。まだ研究段階です」
「そうだな。しかし、これが正しい場合は『マタンゴだけ倒してレベル100』とはいかないわけか……」
「現役でダンジョンに通っている冒険者達からまだそういった報告はないので、どこまで自然に減少するかは不明ですが。少なくとも、刑務所への負担は今後多少ですけど軽くなるかもしれません」
「後はこの事を国民に周知するべきかどうか、だな。一応上に持って行く。この資料をそのまま使って良いか?」
「早さ優先で用意したので、手直しは必要かもしれません」
「わかった。それはこっちでやっておく」
「うーっす」
その後も、早口で議論が進む中。
議題は、『トゥロホース』で起きた襲撃事件に移った。
「では、『トゥロホース』への襲撃についてだが……。情報はどの程度集まっている?」
「ネットの方から追いかけていますが、さっぱりですね。警察の方も、『トゥロホース』自体が被害を否定しているので大っぴらに追えませんし」
「道路に備え付けられた監視カメラの映像から、3台のトラックが移動したのは確かです。乗り捨てられたと思しきトラックも、既に埼玉県と山梨県の県境で発見されています。ですが、以降の足取りは掴めていません」
「ちょうど県の境界線に放置されていたらしいですけど、やっぱり縄張り争いって起きるんですかね?」
「恐らく、今回の場合はむしろ押し付け合いが起きているかと。『トゥロホース』関係はどこも扱いたがりませんから」
ノートパソコンを開きながら、女性職員が報告を続ける。
「どうやら襲撃者の1人が人や物の姿を隠すスキルを持っている様です。カメラには一部黒い靄の様なものが映っていましたが、これだけでは誰のスキルか特定できません」
「消えた68人の行方については」
「そちらもまだ不明です。かなりの人数ですので、簡単に隠せないはずですが……」
「魔法でも使ったんですかね?いや、今の世の中だとマジで魔法が使われたのか」
「……何にせよ、この件をメインで追う事になるのは警察だ。我々はサポートに回る。状況が把握できていない以上、襲撃者は凶悪なテロリストである可能性を捨てきれない」
無意識に感じた胃の痛みを気合で無視しながら、赤坂部長は言い切った。
「それと、今後も『トゥロホース』には事情を聴き続ける。何かが起きたのは間違いないんだ。彼らには事情を話してもらわないとならない」
「わかっていますが、くれぐれも直接会いに行くのはやめてくださいよ。部長」
「そうですね。電話越しに今の所発動するスキルは少ないですが、直接顔を合わせたら洗脳も可能って覚醒者もいますし」
「ああ。十分に注意するよ」
「すいません。『トゥロホース』関係で私からも報告したい事が」
スマホを片手に持った職員の1人が手をあげ、それに部長が頷いた。
「言ってくれ。どんな些細な事でも良い」
「先ほどダンジョンストアから通報があったのですが、『モンスターの横取り』が横行しているらしくって。その被害報告が増えているそうです。それも、『トゥロホース』に襲撃があった日以降」
「自分の方にも似た様な報告が来ています。戦闘中に横槍を受け、ドロップ品を持って行かれたと」
「あっ!私の管轄のストアからも報告が!横取りだけじゃなく、『モンスタートレイン』まで起きている様で……!」
次々と、職員達が自身のスマホを見て報告する中。
───プルルル!!
けたたましい電子音が鳴り響く。
それは、デスクに備え付けられた固定電話。
───プルルル!!
───プルルル!!
次々と電話が鳴り出し、更には彼らが持つ仕事用のスマホにまで着信音が響き始めた。
突如として大合唱を始めた電話。その異常事態に、彼らの頬が引き攣る。
「各自、止まるな。まずは情報の収集だ。動け!」
「はい!」
部長の声でフリーズしかけた職員達が一斉にデスクへと向かい、彼自身も鳴り始めた仕事用のスマホに出る。
『赤坂部長!大変です、各地でダンジョン内におけるトラブルが……!』
「落ち着いてくれ。ゆっくりでいい。詳しく聞かせてくれ」
電話先の相手に優しく声をかけながら、彼は少しよれたスーツの上から己の胃をさすった。
ダンジョン庁の夜は、今日も長い。
読んでいただきありがとうございます。
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