第九十話 物騒な話
第九十話 物騒な話
事が起きたのは、自分達がダンジョンに入った直後だったらしい。
埼玉県の山間部にある、『トゥロホース』本部。西洋の城の様な外観をした建物の周囲を、ぐるりと城壁が囲っている。
その裏門側で、突如大量の煙が発生した。
後からわかった事ながら、それはダンジョンストアで購入できる煙玉だったらしい。前にエリナさんが使っていたのを見た事がある。
一度に大量の煙玉を使用した事で、裏門周辺は煙で覆い尽くされた。しかも、何らかの改造がしてあったらしくショッキングピンク色の煙で。
そこに、こんな声が響いたらしい。
『毒ガスだ!魔法で作られた毒ガスだ!』
っと。当然、警備を担当していた『トゥロホース』の職員達はパニックになった。いかに覚醒者が毒への強い耐性を持っているとは言え、魔法となれば話は別である。
すぐに風や治癒魔法が使える覚醒者が集まったのだが、そこに『影で構成された狼型の使い魔』が大群で襲い掛かったらしい。
いかに冒険者が多数在籍する団体とは言え、ダンジョン以外での荒事に慣れている者ばかりではなかった。
結果、『毒ガス』と『襲撃』のダブルパンチで現場は大混乱。統制が取れなくなった所で、本部からすぐ近くにある『覚醒修行に来ている非覚醒者の集落』にて火災が発生。
どうやら謎の襲撃者達が家屋に火を放ったらしく、その上複数の爆竹を本部付近で鳴らす事であたかも銃が使われた様に演出。煙で視界が悪く、『襲撃』の二文字が頭に浮かんでいた職員達は大慌てで本部に立てこもり迎撃態勢をとった。
ネズミ一匹入れないと、防御を固めた『トゥロホース』の面々。だが、この建物にそれ以上の攻撃はされなかった。
襲撃者達の狙いは、集落にいる非覚醒者達だったのである。
『トゥロホース』の貨物輸送用の大型トラック3台が盗まれ、そこに住民68名が乗せられて連れ去られたのだ。
運転は住民の一部が襲撃者に脅されてしたという情報もあり、彼らの行方は今もわかっていない。
また、狼型の使い魔……恐らく、襲撃者のスキルにより50人以上の『トゥロホース』の職員が負傷したとされている。集落にいた少ない覚醒者も手足を折られるなどの重傷だとか。
……というのが、『非公式』の見解。
公式というか、『トゥロホース』自体は一切の取材を拒否している。
なのに何故こんな詳しい情報が流れているかと言えば、『匿名』で複数のメディアや反覚醒者・親覚醒者のネット配信者達に情報が送られてきたからだ。証拠とばかりに、煙が上がる『トゥロホース』本部と燃える集落の写真つきで。
しかも、襲撃者が去ってすぐに複数のマスコミが『トゥロホース』本部へ取材に突撃。『トゥロホース』側は襲撃者の追撃をせず、ひたすらマスコミが集落や本部に近づくのを阻止するのに動いていたそうな。
……どう考えても、この襲撃者達が匿名の情報提供者である。
『トゥロホース』は公式のHPにて『ただの火災事故』とだけ表明するのみ。ネット上では多数の憶測が飛び交っていた。
「なんか凄い事件が起きたみたいだねー」
「うん……。それにしても、『トゥロホース』が本部どころか集落の方にまでマスコミを入れないのって……」
『十中八九、見られたらまずい物があるのだろうね』
イヤリング越しに、アイラさんが呟く。
『集落に残された個人情報を守るにしても、対応が異常過ぎる。何より、警察や消防すらも集落に入れていない事の説明がつかない。火事が起きたのは事実なのに、ね。恐らく、何らかの非合法なビジネスに関する証拠があるのだろう』
「流石に、憶測だけでそこまで言うのは……」
『ああ。良くない事だろうね。そして謎の襲撃者達も、これを狙って情報をあえてばら撒いたのだろう。この記事を見た者に疑念を持たせつつ、『トゥロホース』からの追撃を足止めする。連れ去った人数の多さといい、個人の犯行ではないね』
「ですよねー」
複数犯。間違いなく組織だって行動している。
入念な計画を練って実行に移したはずだ。集落側にも、もしかしたら協力者を作っていたのかもしれない。
まさか『ノリと勢いで偶然持っていた煙玉使ってやっちまったぜ☆』……なんて事はないだろう。
それはそれで、いったいどんな蛮族集団なのかって話だし。
「でも、もしも非合法なビジネスとか、ネットに散らばっている黒い噂が本当なら取材に行っている人達大丈夫なんですかね?」
『さてね。だが、私が『トゥロホース』のリーダーや幹部なら極力手を出さないよう指示を徹底するだろうさ。取材には応じないがね』
「その心は?」
『これ以上警察が首を突っ込んでくるリスクを避けたいから。このタイミングで記者が行方不明になったら、いよいよもって捜査の手が入る事になる。連れ去られた68名に関しては名前こそネットに出てしまっているものの、連れ去られたという証拠はない。だが、記者が帰ってこないとなればその家族から捜索依頼が出される可能性がある』
「なるほど。ただの火事ではなく、『事件』にまでしたくないと」
『そうだ。無論、強引に核心へ迫るような記者は致し方なく強引な手段をとるが……『トゥロホース』の戦力なら、魔法で怪我をさせずに追い返す事は可能だろう』
「そうですね。それこそ人避けの結界とか、幻覚を見せる魔法とか存在しますし」
それらすら突破する覚醒者の記者や動画配信者がいるかもしれないが、そこまで考えるとキリがない。
何より、『トゥロホース』には強力な覚醒者が多数在籍していると聞く。そう言った非殺傷の手段も高レベルに用意しているはずだ。
「ただ、これ……たぶん複数犯。それもかなりの人数ですよね?組織だった場合、下手したら『トゥロホース』相手に内乱まがいの武力抗争とか起きるんじゃ……」
『あり得るね。いやはや、物騒な世の中だ。連れ去られた68名の安否も不明だしね』
「ええ……」
『トゥロホース』の正確な人数は知らないが、3ケタは行っていたはず。
そんな人数と、もしかしたらタメを張るかもしれない別の組織。もしも全員が『戦える覚醒者』だった場合、それはもう戦争だ。
自惚れかもしれないが、自分は装甲車にだって正面から戦いを挑み勝つ事ができる。……と、思う。
この身は覚醒者の中でも強い方だと思うが、上には上がいるものだ。そんな強者達が全力で殺し合えば、周囲への被害は尋常ではないだろう。
更に言えば、『トゥロホース』は悪い噂だらけだが構成員が一斉逮捕……となっても困る組織である。
反覚醒者団体への牽制もあるが、あそこは対ダンジョンにも力を入れているのだ。突然消えられると、あちこちの間引きに支障が出る可能性も……。
「んー。よくわかんないけど、たぶん連れ去られた人達は無事だと思うよ?」
「え?」
エリナさんの言葉に、彼女の方を見る。
「何か根拠が……?」
「だってこの襲撃をした人達、誰も殺してないもん」
「……?」
「連れ去るのが目的なら煙玉より警備の人を何人か殺した方がスムーズだっただろうし、もしも戦争がしたいのなら初手でたくさん殺すはずだよ。だから、きっと血が流れるのは本意じゃないんだと思う」
あまりにもあっさりと述べるエリナさんに、目を瞬かせた。
中二病患者特有のイキリ……には、見えない。不自然なぐらいの自然体で、彼女はしゃべっている。
……極まった中二病って、こうなるのかぁ。
「だからそう。襲撃者さん達は善なる忍者集団だよ!きっと、連れ去った人達を忍の里に保護しているんだと思うな!」
「エリナさんの発言は置いておくとして、やっぱりこの襲撃者達は再度『トゥロホース』を襲いますかね?」
『恐らく、ね。この襲撃者達も馬鹿ではあるまい。いずれ相手が報復に動くとわかっている以上、守勢に回る愚は犯さないだろうさ。叩くのなら、徹底的に叩く。手段は選ぶタイプだが、だからといって手加減もしないタイプと見た』
「……エリナさん。絶対に好奇心でこの一件に首を突っ込まないでね。フリじゃなく、マジだから」
「はーい」
「あとアイラさん。ミーアさんに勧誘していたっていう……名前なんでしたっけ?」
『『アリスィダ』の事かい?あそこを警戒しろと言いたいのだろうが、彼らはミーアがうちのお抱えと判明したら姿を消したよ。不気味ではあるが、直ちに影響はないだろう』
「そうですか……」
『だがそれでも心配という口実のもと、あの子と同棲……もとい同居する気は満々だとも!』
「先輩も一緒に暮らせたら絶対に楽しいよね!」
「あ、はい」
あまりの姦しさ……この人達の場合ストレートにやかましさで、有栖川教授の胃が若干心配である。
いや、だがあの教授がそれで胃をやられるタマかな……。むしろ、林間学校とか修学旅行中の先生のごとく指導へ回る気がする。
「そうだ!折角だから京ちゃんもうちに住む?部屋はまだ空いてるよ!」
やたら純粋な目をこちらに向けてくるエリナさんに、笑顔で答えた。
「僕を殺したいのかな?」
「なんで!?」
見た目は美女ばかりの空間に、恋人でもない男子高校生1人だけ放り込むとか鬼畜かな?
現実はね、エロ漫画やラノベとは違うんだよ。ただひたすらに気まずいだけなんだよ。
しかも万が一……ないだろうけど、もしも手を出したらその瞬間袋叩きにされる。物理的にも社会的にも。なんだこの理性の耐久試験。地獄かな?
『待てよ。京ちゃん君を監禁して24時間サナ君と一緒に研究させるのは有りか……!』
「なしだよ」
「一緒にお菓子食べながら徹夜でゲームしよう!あと枕投げ!」
「それ絶対に途中で有栖川教授が叱りにくるからな。マジで」
『流石に私ほどの美女と1つ屋根の下は京ちゃん君が獣になるリスクが……いや、この童貞コミュ障ヘタレ男子なら大丈夫か?』
「性的には襲わないかもしれませんが、脳天叩き割る為に襲うかもしれません」
『身の危険(物理)じゃないか』
「パイセン!後で白羽取りのコツを教えるね!」
『その前に助けてくれ』
「とにかく実践あるのみだよ!」
『誰かぁ!助けてくれぇ!』
「2択ですよ、アイラさん。僕か、エリナさんか」
『ようし。私は今日ババ様から絶対に離れないぞぅ』
ちっ。流石に有栖川教授の目の前で、アイラさんの脳天へ拳を叩き込むのは憚られる。
『というかだね。今しがたババ様からメールが来たのだが……』
「はあ」
『今日これから京ちゃん君を家に招いて解読作業は、君の帰りが遅くなってご家族に迷惑だからダメと言われてしまった……ぴえん。まったく、研究より大事なものがあるとババ様は言うのかね!それでも研究者か!』
「命拾いしましたね」
『ババ様。私は今、研究より大事なものを実感しています。自分の命です』
イマジナリー有栖川教授が頷いている気がした。
そんな馬鹿話をしながら、バスに揺られていく。
しかし、本当に襲撃者達は何者なのだろうか?エリナさんの言う通り、誘拐した人達に酷い事をしない人達だといいが。
何より、彼ら、あるいは彼女らと『トゥロホース』の抗争には絶対に巻き込まれない様にしよう。
命あっての物種だ。冒険者をやっていて何だが、危険な事は好きじゃない。
だが、まあ。
もしかしたら今以上に治安が悪くなるかもしれない。『自衛』には、一層力を入れなくては。
とりあえず、また『人工精霊のダンジョン』に行って、あの石を補充しなきゃなぁ……。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
Q.3人娘+αは計画的に事を起こしたの?
A.いえ。その場のノリと勢いでやらかしました。大量の煙玉と火種は普段から持ち歩いていたようですね。