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第八十八話 水の名馬

第八十八話 水の名馬





 必ずやあの邪知暴虐な自称忍者に復讐を果たすと誓った、翌日。


 後半は無心で巨大蜘蛛を殺す機械となっていた大山さんと、『呪毒魔法』の知識の影響かやけに虫型の生物を殺すのに毒島さんが手慣れていた事もあって、彼女達のレベル上げは1日で終わった。


 最終的に、2人とも『15』にまでレベルアップ。なんなら、このまま『Dランク』への昇格もできそうな仕上がりである。


 まあ、彼女らはあくまで自衛のためのレベル上げだ。それ以上は積極的に望んでいないだろう。


 ……エリナさんにダンジョンの選定をあれ以上任せたくなかったのも、あるかもしれないが。


 何はともあれ、『自衛』の為にレベル上げをしないといけないというのなら、自分も同じ事。


 今日も今日とて、ダンジョンへとやってきていた。


 ……夏休み中、やっている事が家でゲームかダンジョン探索だけな気がする。


 もっとも、それ以外の事をやろうとした結果クエレブレの氾濫に巻き込まれたのだが。


 はたして、自分は前世で何か悪行でもしたのだろうか?


「よーし、今日もやっていこうね!『インビジブルニンジャーズ』、出陣!」


『うむ。よろしく君達』


「はい」


「よろしくお願いします」


 更衣室の前。ミーアさんを含めパーティーで集まる。


 拳をつきあげるエリナさんを横目に、ミーアさんが小声で話しかけてきた。


「その……昨日はお疲れ様でした。大変な目にあったと姉さんからは聞きましたが……」


「あまり、思い出させないでください……」


「あ、はい」


 夜、あの足音が聞こえる気がして中々眠る事が出来なかった。身体がやたら頑丈なおかげで寝不足といった感じはないが、あの骨に伝わる感覚を早く忘れたい。


 今日戦うモンスターを斬る感触で、忘れる事ができるだろうか?


「……今回は、1体1体感触を確かめる様に斬ります」


「姉さん。京太君が凄く物騒な事を言っているのですが」


『気にするなミーア。私は君の声を録音したASMRで昨夜を乗り切ったが、彼にはそれがなかった。その違いだよ』


「ね、姉さんったら……!え、もしかして京太君にも、わ、私の声を聞かせた方が良いんでしょうか……!?」


「なんのはなしー?」


「今日の探索も頑張るって話」


「ならば良し!」


 腰に手を当てて胸をはり、大きく頷くエリナさん。


「では、ゲート室に向かいます」


『ああ。こちらも撮影機材は鏡の前に用意してある。いつでも大丈夫だ』


 受付を通り、ゲート室へ。


『魔装』を展開し最終確認を終えた後、彼女らに肩を掴んでもらって白い扉を潜った。


 出た先は、岩肌がむき出しとなった洞窟の中。しかし足元は薄く水が張っており、今回もミーアさんの魔法で水上に立っている。肺に、ひんやりとした湿った空気が流れ込んできた。


 通路はかなり広く、壁はまるで削りだした様に凹凸が激しい。足元に視線を向ければ、水はよく透き通っており水底の地面が良く見える。深さは人の足首程度で、まばらに藻の様な物が生えていた。


 一応腰のランタン型LEDライトや、『右近・左近』のヘッドライトがあるものの、水底に生えている藻の様な物が発光して足元を照らしてくれていた。


 天井に目を凝らせば、薄っすらと鍾乳石が見える。トロールのダンジョンで見たそれと違い、常識的なサイズだ。ストアの情報が確かなら、硬さも通常の物と同じはず。


 改めて通路の広さを確認すれば、大型トラックが通れそうな幅と高さがあった。剣を振るう事に問題はない。


 片手半剣を鞘から抜き、確かめる様に柄を握る手へ力を籠める。


「ダンジョンに入りました。移動を開始します」


『了解した。そのダンジョンは君達がこれまで行った『Cランクダンジョン』よりは、比較的だが人気のある場所だ。可能性は低いが、それでも他のパーティーとのトラブルや流れ弾に注意してくれ』


「わかりました」


 イヤリング越しに答え、自分が先頭となり歩き出した。


 水面を踏みしめ、波紋を靴裏で作り出す。ぴちゃり、ぴちゃりという足音が自分のブーツから鳴るのに、靴の中まで水気を感じないのはやはり不思議な感覚だ。


 外とは違い梅雨の初めの様な風が流れる洞窟の壁に、早速黄色のペイントで書かれたアルファベットと数字を発見する。


「アイラさん。『D-4』です」


『ふむ。ではそのまま真っすぐ進んでくれ。十字路が見えてきたら右に曲がるんだ』


「了解」


 短くそう答えた所で、エリナさんの鋭い警告が飛んでくる。


「足音が1つこっちに近づいてくる。正面……これは、人間のじゃないよ」


「わかった」


「右近、左近。戦闘態勢に」


 剣を握り直す自分の後ろで、ゴーレム達が盾と刺又を構える音がする。


 直後、自分の耳にも水を蹴り上げる足音が聞こえてきた。ばしゃり、ばしゃりと何かがこちらに疾走している。


 その姿が、水底に生える不思議な藻によって暗い洞窟の中に浮かび上がった。


 それは、水で形作られているかの様に綺麗な青色の馬。猛然とこちらへ駆ける姿は美しく、何よりも一目でわかるほどに強靭な肉体を誇っている。


 藻で出来た鬣をなびかせ、馬に関して碌な知識すらない自分ですら『アレは名馬なのだ』と確信するほど輝いていた。


 だが、あれは人食いの怪物に他ならない。不用意にその背へ飛び乗れば、深い川底へと連れ去られ食い殺される事だろう。


『ケルピー』


 高い知性を感じる瞳を爛々と輝かせ、青色の怪物馬は自分達へと突進してくる。


 真正面からの突撃に、凍てつく風をまき散らしながら幾本もの氷の槍が飛翔。それに合わせて、棒手裏剣がケルピー目掛けて飛んで行った。


 対する青色の名馬は、巧みなステップで氷の槍を回避する。それでいてほとんど減速した様子の見られず、むしろ加速すらしていた。


 だが、どうしても避けられないコースは存在する。それを狙い放たれた棒手裏剣が、ケルピーの額に直撃し───。


『ヒヒィィィィィンッ!!』


 一切の回避も防御行動もなく、嘶きをあげただけの馬は飛来する棒手裏剣を弾き飛ばす。


 勢いそのまま頭突きをしてきたケルピーを、剣で受け止めた。衝突の瞬間互いの足元が爆散した様に水が弾け、刀身に纏った風と『相手が纏っている水流』がせめぎ合う。


 この怪物馬の体表には、高速で水が流れているのだ。それにより大概の攻撃は弾き飛ばされる。正に攻防一体の鎧。


 されど。


『概念干渉』


 それがなければ、同ランクのモンスターどもより脆い!


 一閃。風と水流を纏った刃が、ケルピーの巨体を縦に叩き割った。風圧で分かたれた体が両斜め前に飛び、遅れて血の混じった雨が降る。


 数秒ほどで奴の身体から弾けてスプリンクラーの様に降り注いだ水は消え、残った身体はゆっくりと塩に変わっていった。


 それを目視で確認し、小さく息を吐く。


「お疲れー、京ちゃん。怪我とかない?」


「問題ないよ。周囲に敵は?」


「特に感じなーい」


「なら良かった」


 右近がドロップ品を回収し、エリナさんの所へ向かう。


 石の腕が握っているのは、貝殻の様な形のヒレだ。光の角度で違う色に見えるそれは、水中でも呼吸できる魔法薬の材料になるらしい。


 もっとも、魔法薬の素材になる類のドロップ品は高値で売れないのだが。これの場合美術品としてマニアに高く売れるそうな。


 だが今回の探索のメインはこのダンジョンにある文明の名残の方。このヒレについては小遣い稼ぎ程度に割り切ろう。


「最初は投げ慣れている方を使ったけど、やっぱり今回の相手はこっちの方が良いかな」


 そう言って、エリナさんが魔力を帯びた苦無を取り出す。


「ああ、それって確か」


「そう!京ちゃん装備だよ!」


「その言い方だと、僕が倒されて素材を剥ぎ取られたみたいなのですが?」


『全身京ちゃん君装備で固めたら何か効果とか出るのだろうか……』


「姉さん!探索中に破廉恥な事を言わないでください!」


『え?』


 残念姉妹は置いておくとして、あの苦無は大山さん作だったはず。アレにも『概念干渉』を付与する為に素材を使うと、彼女から連絡を受けていた。


 いつの間にか完成していたらしい。そう思って見ていると、エリナさんが謎のポーズを決めてくる。


「安心して、京ちゃん。私がこの前注文したおニューの特殊忍具は、これじゃない。もっと凄いのだよ……!」


「そっかー」


 バチコーンとウインクしてくるエリナさんにそう返し、足を前方に向ける。


「それじゃあ、探索を再開しましょう」


「ほーい」


「はい。しかし、私は今回攻撃役としては参加できないかもしれませんね……」


『相性的に仕方あるまい。ケルピーは君達がかつて戦ったレフコースに似た、『水吸い』というスキルを持っている。水系統の攻撃は相手に力を与えるだけだし、氷でも威力は半減すると考えた方がいいだろうな』


「そもそも、こうして水に足をとられていないだけで助かっているので。ミーアさんには感謝しています」


「そ、そうですか?まあ、私もやる時はやる女ですからね!どんどん頼ってください!」


 照れた様子で、その爆乳様を張るミーアさん。青い外套の下で深緑色のワンピースに包まれたお胸が『たゆん』と揺れた。


 くっ、あのワンピース……意外と谷間がガッツリ見える!


「どうしたの京ちゃん?なんかお顔赤いよ?」


 そう言って、心配そうにエリナさんが下からのぞき込んできた。


 逆にこちらは上から覗き込む形となり、ピッタリとしたインナーに包まれた彼女の巨乳に視線が行きそうになる。


 それを理性で抑え、顔を全力で背けた。


「……戦いと血に酔っているだけだよ」


「わあ、なんか格好いい!!」


『絶対違うぞ。そんな戦闘狂まがいの感想を京ちゃん君が抱くか。彼の頭は年中まっピンクだぞ』


 ちっ、やはりアイラさんには見抜かれるか!


 だがここで反論しては負けだと、さっさと歩きだす。


「真面目に探索を続けましょう。このまま進んで最初の十字路を右で、いいんですね?」


『うむ。これ以上は追及しないでやろう。聖女のごとき私の優しさに感謝したまえ』


「……うっす」


 そうしてなんとか誤魔化し、探索を再開。水の上を歩く違和感を抱きながらも、通路を進んで行く。


「ね、ね。先輩。京ちゃんがね、戦いと血に酔っているんだって!」


「それは……深く追求してあげない様にしましょう。きっと、中学2年生の頃の病気が再発したのです」


「え、京ちゃん病気なの!?」


「い、いえ!そういう事ではなくてですね。人には誰しも妄想と現実が区別できない時期というものがありまして……」


 ……なんだか新しい傷が出来た気がするが、誤魔化せたのでヨシ!


 真面目に、本当に真面目に探索をしよう。そう強く心に誓った。





読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
エリナさん口撃力高いな。
>『自衛』の為にレベル上げをしないといけないというのなら、自分も同じ事。 有する力の大きさと希少さゆえに『自衛』に求められるハードルが高い。 それに伴って諸々の危険度も高くなるというジレンマ。 >そ…
常時まっピンクのアイラさんには言われたく無いと思うね 京ちゃん君は男の子として正常よ 忌呪帯法をどちらかの腕に巻き巻きしてたら完璧なんだけどね
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