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閑話 回る車輪、流れる星。そして三銃士は走りだす

閑話 回る車輪、流れる星。そして三銃士は走りだす




サイド なし



 埼玉県、某所。


 山間の決してアクセスが良いとは言えない土地に、周囲の自然豊かな風景とはかけ離れた建物が存在した。


 その形状は、西洋の城と呼んで差し支えないだろう。分厚い城壁が囲い、4つの尖塔を備えた城だ。


 もしもこれだけ見たのなら、バブルの頃に建てられたテーマパークの名残と思うかもしれない。


 しかし、実際にこの場へ来ればその様な感想は抱かないだろう。特に、覚醒者は。


 城壁を形作る石1つ1つに魔力が宿り、不可視の結界が何重にも張り巡らされていた。その強度たるや、ミサイルの直撃にも耐えるほどだろう。


 それに守られた城自体も多数の結界を張っており、物理、魔法の両方においてあまりにも強固な防御を固めていた。


 ここは『トゥロホース』の本部。全国から集まった、覚醒者達の理想郷。


 内部は空間拡張の魔法で広げられ、東京ドーム28個分のスペースを持っている。


 その中央にて、数人の男女が集まっていた。


 人間、獣人、エルフ、ダークエルフ、ドワーフ。様々な種族の覚醒者が、円形の机を囲んでいる。


 彼らこそが覚醒者の権利を守るために設立されたNPO法人、『トゥロホース』の主要メンバーである。


 そんな彼らが何をしているかと言えば。


「では次の議題に移ります。各パーティーの予算についてですが」


 普通に会議をしていた。


「……笹山さんのパーティー、これ本当に数字あってます?」


「あっているぞ。何度も計算したし、秘書にも確かめたからな」


「いやぁ、凄いですね。かなり効率が上がっていますよ」


「しかし、その分安全性は低下していないか?壁役を減らした分、攻撃役の身が危険だぞ」


「その分防御用の魔道具で固めているが……使い捨てだからな。もしも波状攻撃されたら、新しい魔道具を出すまでに死ぬ可能性があるんじゃ?」


「否定できんな。俺の場合は固有スキルでどうにかなるが、他の奴では危険かもしれん」


「ですが専用の戦闘方法と考えれば良いですね。最初はかなり予算を使うなと思って心配でしたが、これなら問題なさそうです」


「それで片山さんのパーティーですが……安定していますね」


「ええ。やはり戦士と魔法使い、狩人と回復役のパーティーは王道で」


 和やかな雰囲気で会議は進み、時には談笑も混ざる。


 時には予算の配分について言葉に棘が出るも、互いに妥協してそれ以上持ち越す事はなかった。


「それで……これは悲しい報告なのですが」


 そう言って、円卓の上座にいた男が立ち上がった。


「先日、クラン『アリスィダ』の方たちが『トゥロホース』からの脱退を申し込んできました」


「なんと……」


「それは……」


「非常に残念ではありますが、彼らを止める事はできません。去る者は追わず来る者は拒まず。全ての覚醒者の権利を守る為、我々が掲げた行動理念だ。たがえる事はできません」


「彼らは今どこに?」


「予定通りなら、中国の港についた頃ですね。彼らの新しい人生に期待しましょう」


「そうですね」


「元々木偶の集まりだ。あっちの方が成果をだせるだろう」


「笹山さん、そんな言い方は……」


「そうですよ。同じ覚醒者の仲間なんだから!」


「……すまん。奴らは俺の部下達だったからな。少し感情的になり過ぎた」


 眉をしかめて謝罪するドワーフの男に、上座の男は笑みを浮かべた。


「人間、誰しも苛立ちを覚える事はあるものです。仕方のない事ですよ」


「そう言ってもらえると助かる」


「さ、会議は終わりです。皆さんお疲れ様でした」


「お疲れ様でした」


「じゃ、自分はこのまま直帰するので」


「ああ、下山さんは今日お子さんの授業参観でしたっけ?」


「そうなんですよ。いやぁ、あの子学校でちゃんとやれているか少し不安で」


 会議室から最後に出た男。上座の席にいた彼もまた、穏やかな笑みを浮かべて自室に向かった。


 軽い足取りで向かった部屋には幾重にも防御魔法と電子錠がかけられ、並大抵の事では侵入できない様になっている。


 それもそのはず。この部屋こそ、『トゥロホース』代表の部屋。



矢車瞬(やぐるましゅん)』の自室であった。



 甘いマスクを緩め、鼻歌まじりに彼は鍵をあける。


「やあ、ただいま!皆おとなしくしていたかい?」


 爽やかに告げる彼を、見目麗しい女性達が出迎える。


「う、ぁぁ……ぅぅ」


「あー……あー……」


 その全員が、虚ろな目をしていた。


 動きはどこかよたよたとしており、口からはまともな言語が発せられる事はない。


 一見すれば、薬物中毒か何かに見える状態。しかし肌も髪もよく整えられており、身だしなみは重度のジャンキーとは思えぬほど綺麗だった。


 そんな彼女らに対して彼は笑みを浮かべたまま、一番近い女性を抱きしめる。


「お待たせ。待ちきれなかったのかい、テトラ」


「あー……あー……」


「それにノナも。ふふっ、皆しょうがないな。ようし。まだ日は高いけど、これに応じないのは男がすたるってものだね!」


 そう言って、矢車は乱暴にネクタイを脱ぎ、続いて着ていたスーツとワイシャツを床に放り投げた。


 あらわになった、細身な身体。そこには無数の噛み後がある。どれも歯形は小さく、女性のもの。


 彼は両手で『テトラ』や『ノナ』と呼んだ女性達の肩を抱きながら、ベッドルームへ向かう。


 脱ぎ捨てられた衣服を拾う『家具』たちは、死人の様に青い顔をしていた。指先を小さく震えさせながらも、決してミスをしない様に。決して声を出さない様に。


 だって、自分達は『家具』だから。そうでないと示した時、彼が自分達を抱き寄せて愛を囁くのだと知っているから。



 矢車瞬───『LV:38』の、ネクロマンサー。



『トゥロホース』


 それは、覚醒者の為のNPO法人。覚醒者にとっての理想郷。


 非覚醒者に、人権はない。



*    *     *



 アメリカ、ワシントンD・C。


 ホワイトハウス。その一室にて、スーツ姿の男性たちがいた。


 1つだけあるデスクと、そこに備えられた革張りの椅子。そこに、堂々とした面持ちで座る男がいる。


 第48代大統領、ファッジ・ヴァレンタイン。


 金髪碧眼に透き通るような白い肌。60歳とは思えぬ肌の張りと、活力に満ちた瞳が特徴的な人物だった。


「……それで。彼の所在は未だに掴めないのか?」


 重々しい彼の言葉を受け、しかし問いかけられた男は怯んだ様子もなく淡々と返す。


「はい。一度は公安が確保し内々に処分する予定でしたが、逃げられました。現場に残された道具から、中国が関与している可能性はありますが、偽装である可能性も捨てきれません」


「例の情報が公開された形跡は?」


「ありません。日本政府協力のもと、SNSを含め全て監視していますが例の計画については一切漏れていません」


「……だが、奴が逃げるのを協力した何者かは既に知っている可能性がある。絶対に探し出せ。手段は問わん。しかし、秘密裏にだ。日本政府にも詳細は報せるな」


「はっ」


 頷いた男の横で、別の男が額に浮かんだ汗をハンカチで拭う。


「しかし大統領。あの国では他の国々の工作員が活発に行動しています。それの目がある以上、やはり日本政府にもっと積極的な協力をあおいだ方がよろしいかと」


「ダメだ。あの国の防諜能力では、日本に話した情報は全て別の国に流れると考えた方が良い」


「私も同感です。あの国はスパイの天国だ。しかし、だからこそスパイの敵はスパイという事になる」


「そうですか……」


 汗を拭う男が、ため息をついた後に大統領へと視線を戻した。


「しかし、時間がありません。あの計画は別にしても、ホワイトハウスへの抗議活動が増えています。特に反覚醒者運動が日に日に勢いを増しており、いつ銃撃戦が起きてもおかしくはありません」


 現在、アメリカでは覚醒者を排斥する動きが盛んになっていた。


 ある団体は、神の意志に反した存在だと覚醒者を糾弾し。


 ある団体は、覚醒者を危険な存在として国連の管理下にすべきだと叫び。


 ある団体は、覚醒者の雇用に多大な予算を使うのをやめ国内の問題に取り組めと訴えている。


『覚醒の日』からもうすぐ2年と3カ月。


 その間に、米国を始め様々な国家が強力な覚醒者を勧誘してきた。その方法は表には出せない強引なものから、金銭やハニートラップなどのよくある手法まで様々である。


 それだけ強い覚醒者というのは貴重だ。米国が、中国が、その他多くの国々が、札束で殴り合っている。


 更にはダンジョンで経済的にも窮地へ立たされている日本への、多大な支援もあるのだ。無論ただの善意ではなく見返りあっての事だが、財政を圧迫している事には変わりない。


 日本から送られてきた魔道具でより効率的な発電方法などが研究されているものの、世界的に余裕がなくなっていた。


「わかっている。そこの所はどうなっているのだ?博士」


『順調ですとも。大統領』


 大統領が視線を向けた先。机の上に固定されたモニターには、白髪頭をオールバックにした鷲鼻の老人がいた。


『各地で行った実験は概ね予想通りの結果を出しています。私がそちらに帰る事が出来るのも、そう遠くないでしょう』


「わかった。後で詳しい資料を送ってくれ」


 小さくため息をついた後、大統領は立ち上がった。


 彼は窓際に立ち、防弾ガラス越しに日の光を受けながら外を眺める。


「……諸君らは知っているかね。ニューヨークに住んでいる平均的な男性と同じ暮らしを世界中の人間がするには、地球の資源を全て使っても足りないそうだ。それこそ、地球があと4つか5つは必要なほどに」


 ヴァレンタイン大統領は、自慢の金髪を弄りながら続ける。


「新しいフロンティアが必要だ。宇宙開発では遅い。愚かな人類は増えすぎたのだ。再び開拓者となり、自分達の故郷を新たに作り出す必要がある」


 彼は、部下達へと振り返った。


 その瞳は希望に輝き、まるで後光の様に太陽が彼を照らす。


「アメリカがその先駆者となる。ならねばならない。それが人類の為だ。どうか、人の未来の為に協力してくれ」


「はっ!」


「勿論です、大統領」


 部下達の返答に大統領は満足気に頷き、視線を再びモニターの先にいる老人に戻す。


「貴方にも期待しているぞ。テスラ博士」


『その名に恥じない結果をお約束します。大統領』


 恭しく一礼する老人。彼の本名は別にあるが、今回の計画にちなんでその様に呼ばれていた。



「開拓こそがアメリカの魂。今こそそれを世界に……否。あらゆる世界に示そう」



*     *     *



「……うーん」


 埼玉県。とある山中にて。


「迷っちゃったね!」


「迷っちゃったね、じゃないわよ!」


 長い髪をツーサイドアップにした少女に、灰色の髪をポニーテールにした少女が怒鳴る。


「あんたが、『こっちから助けを求める声がした』とか言うから山に入ったんじゃない!どうすんのよ!何故かスマホも通じないし、完全に遭難じゃない!」


「そうなんだね!」


「………」


「ごめんなさい!謝るから武器はやめよう武器は!」


『魔装』を展開し大鎌を構えた友人に、ツーサイドアップの少女が『どうどう』と手を向ける。


「落ち着きましょう。夜になれば星の位置で大まかな方角がわかるはずです」


「あ、今日は午後から翌朝まで雨だって天気予報で言ってたよ」


「もう駄目です!私達はここで死ぬしかないんです!!」


「あんたが落ち着け」


 わんわんと子供の様に泣き出したエルフの少女に、灰色の髪をした少女がげんなりとした様子で頭を抱える。


「っとに……ダンジョンの外で使いたくないけど、『眷属』で辺りを調べるしかないかしら」


「それしかないね。ガンバ!」


「あんた言っとくけどアタシの方が先輩だからね?年上よ、年上」


「おっす!頑張ってくださいっすパイセン!」


「なんか腹立つわね……」


 灰色の少女が、仏頂面で大鎌の石突を地面につけた時だった。


 ───ガサッ。


 一瞬で、全員が『魔装』を展開。それぞれが大剣を、大鎌を、錫杖を音がした方向へ油断なく構える。


 彼女らの瞳に、一切の油断はない。幾度も命のやり取りをした戦士の様に、ひりつく様な気配を放っている。


 そして、ガサガサと葉っぱを掻き分けて姿を現したのは。


「……何してるのよ、貴女達」


 1人の、髪をショートボブにした少女だった。


「委員長!()()()()()!!」


 すぐさま大剣を消し、ツーサイドアップの少女がその少女に抱き着く。


 その姿に他2人が視線を先ほど以上に鋭くした事に気づいた様子もなく、ツーサイドアップの少女は瞳を輝かせて『委員長』と呼ばれた少女を見上げた。


「なんで委員長がここにいるの?はっ、まさか私達の友情パワーが……!」


「違うわよバカ。私は……個人的な調べものがあっただけ」


 少しだけ頬を赤くして、委員長はそっぷを向く。


 そして、話を逸らす様に視線をエルフの少女達に向けた。


「貴女達こそ、なんでこんな所に?キャンプ場とかもないわよ、ここ」


「迷子よ」


「迷いました!」


「そうなんです!」


「………はあ」


 あまりにもストレートな返事に、委員長はツーサイドアップの少女を引き剥がしながら頭痛をこらえる様に頭を抱えた。


「なんで貴女達はこう、タイミングが良いんだか悪いんだか……とにかく、麓まで送るわ。まだバスは1本だけあるはずだから、それで帰りなさい」


「ううん。せっかくだから委員長を手伝うよ!何か探しているんでしょ?コンタクト落とした?」


「……貴女達一般人が気にする事じゃないわ。放っておいて」


 頭を抱えていた手で、そのまま髪をかき上げた委員長。


 それに対し、3人は真剣な面持ちで答える。


「一般人って、委員長も私達と同じでただの高校生兼冒険者だよね?」


「中二病ですか?高校生でそれは少し痛いですよ?」


「アタシは先輩よ?敬いなさい」


「黙りなさい!あと貴女は留年しているから正確には先輩じゃないでしょ!帰って勉強しなさい!」


「言ってはいけない事をッッッ!!」


「わー!わー!落ち着いて!」


 大鎌を投げ捨て拳を構えた灰色の少女に、ツーサイドアップの少女が組み付く。


 むにゅり、と。小柄な体格に見合わぬ巨乳が押し付けられた。


「■■■■■■■───ッ!!」


「なんかこの前戦ったモンスターみたいな声に!?」


「いけません!水平線の様なペッタンコの彼女には逆効果です!すぐに離れて!代わりに私へカモン!巨乳同士仲良くしましょうそうしましょう!!」


「ねえ、それ余計に悪化させない?」


「■゛■゛■゛■゛■゛■゛───ッッッ!!!」


「ほらぁ」


 もはや人の言語を忘れた灰色の少女に、委員長が大きくため息をついた。


「わかった。わかったわよもう……」


「委員長。ため息ばっかだと幸せが逃げるよ?」


「うるさい。誰のせいだと……まあいいわ。私もパ……お父さんに内緒で来ているんだし、お節介はお互いさまって事にしとく」


「パパって呼んでも良いと思うよ?」


「う、る、さ、い!」


 地団太を踏んで委員長は吠えた後、小さく咳払いをする。


「ちょっとした調べものをしたら、すぐに帰る。私はその予定だから、貴女達もそうして。いいわね?」


「うん!」


「遭難しなくて良いのなら構いません!」


「■゛■゛■゛■゛■゛■゛………!!」


「……貴女は、そろそろ放してあげなさい」


「あ、はーい」


 3人組の少女達と、赤坂という苗字の委員長。


 彼女らが、その足を同じ方角に向ける。


「目指すのは『トゥロホース』の本拠地。お父さんの悩み事……1つでも解消してあげるんだから!」


 そう意気込む委員長に、他3人は温かな笑みを浮かべた。


「委員長って結構ファザコンだよね」


「微笑ましいですね」


「先輩として忠告するわ。ファザコンも大概にした方が良いわよ」


「やっぱり殴ってでも送り返すわよ3馬鹿ぁ!」


『魔装』を展開して暴れ始めた委員長に追いかけられ、3人の少女達は走りだした。









読んでいただきありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。


Q.アリスィダってなに?

A.ミーアさんを勧誘していたクランですね。彼女を引き込むのは無理となって、『ノルマ』を果たせないと『トゥロホース』から脱退した様です。


Q.彼らは今どうなっているの?

A.たぶん中国マフィアとリアル鬼ごっこ中です。



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― 新着の感想 ―
ちょっと待って。外道っぷりに目を奪われてすぐには気づかなかったけど、ネクロマンサー(名前忘れた)で全身に女の歯形って、 すごい上級の変態じゃないか?
主義主張に関わらず、予算会議からは逃れられない! 悪の組織にだって事務員や経理担当者がいたりする、のかもしれませんね……。
委員長、あなたの留年と隣の3人組もおそらく赤坂部長の悩み事ですよ
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