第八十六話 試される理性
第八十六話 試される理性
「お前ら呪われてんじゃねーの?」
大山さんの心無い言葉が、僕達を傷つけたぁ……!
彼女のお父さんがやっている町工場。その一角にある、『職人』としての大山さんが持つスペース。
そこには、ほぼ鉄くずと成り果てた『白蓮』の鎧と鎖付き鉄球。そしてエリナさんの『大車輪丸』が作業机の上に置いてあった。
……というか、何気にスペース広がってない?
前は原形をほぼ留めていないとは言え、プレートアーマーを載せられる大きさの作業机なんて置けなかったはずだ。
心なしか作業道具も増えている気がする。どうやら、彼女は職人として上手くやっているらしい。工場自体も何やら活気がある気がする。
「その……仕事は受けてもらえるのでしょうか……?」
「あ?受けるに決まってんだろ。金はとるがな」
「それは勿論お支払いしますが……だいぶ盛況な様ですし」
分厚いカーテン越しでも機械の音や作業する音が聞こえてくる。これ自体は元々だが、やはりその『数』が多い。何より人の足音も増えている。
何より、作業スペースに入る前見た工場の人達が丁寧に盾や鎧を梱包していた。注文を受けて、依頼主に発送する所なのだろう。
エリナさんからそれとなく大山さんの工房が順調な事は聞いていたが、ここまで目に分かる形だったとは。
「はあ?」
「シーちゃん。京ちゃんは『忙しいみたいだけど、予約なしでOK?』って聞いているんだよ」
「ああ、そういう事か。予備の装備作れってんなら後回しにするが、お前らが探索で普段使いする物なら最優先だ。それに、アタシもエリナ達に頼みたい事があるしな」
「ありがとうございます。しかし、頼みたい事とは?」
「レベル上げだ」
大山さんが、椅子に座ったまま膝に肘をのせ頬杖をつく。
「今、アタシと愛花は『LV:13』だ。矢川から貰ったゴーレムでモンスターとの戦い自体は安定しているが、探索に行ける回数がそれほど多くねぇ。だからその分、質を上げたくてな」
「質、ですか。現在のランク以上には連れていけませんよ?」
「別にランク偽装なんて考えてねぇ。以前やってもらった形式でいい」
「ああ、あれですか」
6月にやったパワーレベリングを、また受けたいらしい。
それによりレベルを上げ、普段のレベル上げを効率化する……つまり、『筋トレの為の筋肉をつける』的な話だ。
「シーちゃんって今『Eランク』なんだっけ?」
「ああ。もうすぐ『D』に昇格するかって愛花と考えている所だ」
「……こういうとアレですけど、もう十分では?護身の為にレベル上げをしたいと以前聞きましたが」
こちらの問いかけに、元々仏頂面だった大山さんが更に唇を歪める。
「まだ安全と言い切れねぇからだよ。あの時より治安が悪くなってやがる」
「『トゥロホース』とか、他にも覚醒者の犯罪者集団とか増えたもんねぇ」
「たしかに……」
『トゥロホース』はまだ裏でかなり黒い噂があるとは言え、表向きは合法な非営利団体である。
しかし、それ以外に表立ってやらかし世間を騒がせる覚醒者が増えた。
各地の氾濫でこれまで以上に経済が悪化し、社会には不安の声が増えている。
それが影響してか、強盗や空き巣の通報件数が上昇中。覚醒者の犯行と思しきものも多く、警察が逮捕できない事件も多いとネットのニュースサイトで見た。
これに比例して『反覚醒者団体』とでも呼べる者達が海外でデモ行進をしているらしく、そのシンパが日本にもいるらしい。
まあ、国内の場合はネット上での活動以外はあまり見ないけど。『トゥロホース』みたいな団体に目をつけられて、スキルによる完全犯罪をされたくないのだろうと、テレビに出ていたよく知らない専門家さんが言っていた気がする。
閑話休題。兎にも角にも、現在日本の治安はあまり良くない。少し前に『闇バイト』による強盗事件が騒がれていたが、それが更に悪化している。
「アタシも最近、ネットで武器や防具を売って儲けているからな。狙われる理由は幾らでもある。警備会社と契約はしたが、自衛手段は必要だ」
「ごもっともです。僕が浅はかでした」
「……なあ。お前、前よりよそよそしくなってないか?」
ジロリと、大山さんが三白眼でこちらを睨む。
その瞳とガッチリ視線を合わせながら、仕事モードを維持して返答した。
「自分達はお忙しい所に無理を言って依頼をしに来た立場ですので。これぐらいの態度が相応しいかと」
「めんどくせぇ。普通にしろよ。アタシもお前らに依頼したいんだし」
「はぁ、その……善処します」
言えない。
学校が休みとなり、以降あまり会話していないから『この空白期間で貴女との喋り方忘れちゃいましたぁ!』なんて言えない。
元より女子と会話するのは苦手である。アイラさんやエリナさんは普段からゲームで遊んでいるし、何より『アレ』な所を知っているおかげで怖がらずに喋れるのだ。
しかし、大山さん相手は、その……爪を切られた時にガッツリ押し当てられたお胸様の感触とか思い出しちゃいますし?
今はとにかく、胸元に視線がいかない様に彼女の目を見る事を意識しているところである。
コミュニケーションって、難しい……!
「はいはぁい!シーちゃん、あのね?たぶん京ちゃん、シーちゃんと話すのに緊張しているんだと思うの」
「あ?夏休み前はわりと普通に喋れていたじゃねぇか」
ふっふっふ……本当にそうか?あの時も僕はハチャメチャに緊張していたぞ★
やだ、我ながらテンションがおかしくなってる。これ、このまま出力したら絶対キモがられるじゃん。
「京ちゃん、たぶんだけど少し会わない時間があると最初の時みたいに緊張しちゃうんじゃないかな」
「……そうなのか?」
「……はぃ。すみません……」
蚊の鳴く様な声とは、きっと今の自分みたいな声なのだろう。
エリナさんの的確過ぎる解説に、認めざるを得ない。言えるわけないとどうにか隠していたのだが、彼女にはまるっとお見通しだった様だ。
「よくわかるな、エリナ」
「エッヘンである!パイセンが前にそうなったのを見た事あるからね!」
アイラさんぇ……。
あと突然お胸様をはらないでエリナさん。揺れる。引き寄せられる。
桃色の着物に白い袴姿でボディラインが強調されているわけでもないのに、貴女のメロンに目が吸い寄せられるのでおやめください。
「だから、今度遊びに行こう!皆で!」
「えっ」
「おう、いいぞ」
「えっ」
待って、話に置いていかないで。僕のコミュ力はそのスピードについていけないから。
「お婆ちゃまにお願いして船を出してもらってぇ、パイセンと先輩、当然アーちゃんも誘って海に行こうね!」
UMI!?
「海に行くのに船出すとか、すげぇなおい」
「お爺ちゃまが昔買った島を、パパが今も管理しているからね。そこで水着で遊ぼう!」
MIZUGI!?
咄嗟に正面の大山さんの胸元を見る。前傾姿勢な事も有り、シャツの隙間から深い谷間が僅かに覗いていた。
そして、横のエリナさん。『精霊眼』の広い視野を活かし、着物越しでもわかるほどの巨乳をチラ見する。うん、やはりでかい。ミーアさんがスイカならこの人はメロンだ。
「楽しみだね、京ちゃん!」
「はい!!!」
「良いお返事!」
───正直、それほど海が好きなわけではない。
自分は海に行くよりも家でテレビやゲームをしている方が、よほど楽しいと思ってしまう人種である。
だがしかし!のるっきゃないこのビッグウェーブに!2名を除いてビッグボインなこの大波に!!
……あ、でもやっぱ後悔してきた。水着につられた感満載で気持ち悪がられない?嫌われたり、虐められたりしない?
というか、女子だけの空間とか長時間耐えられるのか?どうしよう。今からでも『やっぱなし』って言った方がいいいかな……。
「大丈夫だよ、京ちゃん」
「エリナさん……?」
まるでこちらの内心を察したかの様に、彼女は優しく微笑んで肩に手をのせてきた。
エリナさんの掌から、ほんのりと熱を感じる。それが、自分の不安を解きほぐしてくれる気がした。
「ちゃんと忍具『水蜘蛛』は人数分持って行くからね……!」
「やっぱ不参加でも良い?」
ちょっとドキってした僕が馬鹿だったよ。
「ダメでーす!さっき『はい』って言ったのを私は忘れないからね!」
「アタシもハッキリ覚えているからな。ボディガード兼荷物持ちとして付き合え」
「荷物なら私が持つよ?」
「良いんだよ。『見物料』って事で持たせてやれ」
「はい。誠心誠意つくさせていただきます……!」
「ほえ?」
大山さんには先ほどの視線が見抜かれていたらしい。いや、彼女の動体視力で自分の目の動きについて来られたとは思えない。ことチラ見に関して、『精霊眼』は最強である。
となると、純粋に会話の流れと元気過ぎる返答で内心を読まれたか……!
ニヤニヤと意地悪く笑う大山さんと、純粋な瞳で疑問符を浮かべるエリナさん。くっ、逆らえない!
「ま、船を出すんなら今週中とかは無理だろ。まずはお互いの依頼をこなしてからにしようぜ」
「そうだね!あ、これが昨日電話で言った持ち込みの材料だよ」
エリナさんがアイテムボックスから大きな段ボールを取り出し、机の上に置く。
蓋は閉じられておらず、この前ステュパーリデスからドロップした青銅の板が綺麗に並べて入れてあるのが見えた。
大山さんがその内の1枚を手に取り、瞳を輝かせながらも苦笑を浮かべる。
「マジで持って来たのかよ、お前ら。それもこんな大量に」
「うん。びゃっちゃんの装備と、私の『新しい忍具』の材料にしてほしいの!」
「それとミーアさん……新しいパーティーメンバーからの依頼も預かっています」
あのダンジョンを出た後、3人とも売却はあまりせず装備に変える予定だと判明したのである。
自分とミーアさんはゴーレムの装備。そして、エリナさんは『新しい忍具』を大山さんに作ってもらうのだと言っていた。
ミーアさんは大学の講義があるので今日来られないから、エリナさんが依頼の書類を代わりに持ってきている。
「わかった。アタシもこれを加工するのは初めてだから、少し時間がかかるぞ」
「それは構いませんが、本当に良いのですか?他の仕事は……」
「ちゃんと注文に空きは作ってある。エリナから……クエレブレだったか?あの氾濫があってすぐに電話を受けたからな。修理に来るだろうって、準備はしてある」
「ありがとうございます」
「どやさ!」
ドヤ顔で再びエリナさんにも、頭をさげる。普段ふざけた人だが、こういうところは本当にしっかりした人だ。
というか、自分が知らなかっただけで一応予約自体はしてあったのか。だいぶ直近だけど。
「さて……それはそうと、だ」
大山さんが、その三白眼をこちらに向けてくる。
手には、いつの間にか爪切りが握られていた。
「矢川ぁ……そろそろ爪が伸びてきたよなぁ。矢川ぁぁぁ……」
「ひぇ」
ボクハ、ニゲダシタ!
シカシ、エリナサンガ、セナカヲオサエテイル!
って、自称忍者貴様ぁ!?いつの間に人の背後に!?
「剣を振るなら爪のお手入れは大事だよ、京ちゃん!」
「そうだぞ矢川ぁ……これはお前の為でもあるんだぞ、矢川ぁ……」
「わ、わかりました!今回こそ自分で切りますから!」
「馬鹿野郎、素人に任せられるか」
「爪切り自体は貴女も素人でしょう!?」
「観念してお縄につくんだよ、京ちゃん!」
「わかったから放してくれませんか!?危険が危ない!」
「どゆこと?」
疑問符をあげる自称忍者。当たってるんだよ!エリナさんのお胸様が、こちらの背中に『むにゅぅ』って!
自分の耳が、頬が、とても熱い。それでいて神経は背中に集中し、足に上手く力が入らなかった。
振りほどく事もできず、生理現象が発生しない様に素数を数えようとする。
「逃がさんぞ、矢川ぁ……!」
───むにぃ。
「 」
そすうって、なんだっけ。
こちらの右腕を脇に抱えた大山さんの横乳が、前腕に押し付けられた。もはや、立っている事は叶わない。
前傾姿勢となって、誘導されるまま椅子に座るしかなかった。
エリナさんのお胸様は背中から離れたものの、その両手は肩の上だし後頭部スレスレに未だその存在感がある。このままでは理性が危ない。
どうにか別の事を頭に浮かべるべきだ。タイプの違う巨乳美少女達のオッパイの事ではなく、何かシリアスな事を考えよう。そうすれば、自然と煩悩は遠のくはずだ!
氾濫の度に遭遇した、強敵たち。その力を借りようと、思考を巡らせる。
───駄目だ。まったく役に立たない。情けないボスモンスターどもである。
理性をグラインダーにかけられながら、ただ爪切りが終わるのを待った。
結論だけ言おう。僕の理性は、オリハルコンだった。
精霊眼&ボスモンスター一同
「起訴も辞さない」
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
Q.そう言えば、刀剣を作るのって色々と資格とか必要じゃないっけ?
A.はい。ただし、ダンジョン法により『冒険者資格』を有し、なおかつ追加で有料の講習と試験を受ければ大山さんみたいな女子高生でも鍛冶師として仕事が出来ます。
また、そういう職人が作った刃物などを輸送する場合は一旦ダンジョン庁に送り、その後に依頼主へと届く仕組みになっています。法律とか登録の関係で。
ただし、自分の足で直接工房から武装を受け取りに行く場合などはそのチェックは市役所への申請のみで良いとなっています。人手と予算不足で、わりとガバガバにならざるを得ない感じですね。
……あと、作中の政治家先生方がその辺にあえて穴を作ったという噂も……。
Q.大山さんの家の工場、儲かってるの?
A.正確には大山雫さんが儲かっています。というか、工場自体段々と彼女のサポートメインで動き始めているというか……。魔力の宿った武器防具の、一番重要な部分は当然彼女がやりますが、既存の技術だけで良い部分は工員の人達が整えていますね。実際、彼らの方が鉄の扱いには慣れているので。
たぶん、大山さんのお父さんはとても複雑な顔をしていると思います。