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第四章 エピローグ 下

第四章 エピローグ 下




サイド なし



「生きてるって、素晴らしいね……」


「本当にそうだな……」


「なあこのやり取り何回目だっけ」


「忘れた」


 各地でダンジョンの氾濫があった、3日後。


 神奈川県。とある居酒屋の個室で、4人の男女がぐったりとした表情で座っていた。


 この辺りの人間ならば知らぬ者などいない、クランならぬギルド。『ウォーカーズ』の創設メンバーにしてギルドマスターと幹部たちである。


「まさか、東京に行ったら『Bランクモンスター』の氾濫に巻き込まれるなんてな……」


「今でも信じられないよ……前にも助けてくれたあの3人娘が偶然居合わせなかったら、間違いなく全員死んでいたって」


 そう、この4人。またもダンジョンの氾濫に巻き込まれていた。


 主な傷はギルドメンバーにいる治癒魔法使いや、所持していた魔法薬により完治している。


 しかし、巻き込まれた直後は全員傷だらけの死にかけであった。


 だがただ逃げ回っていたわけではない。ひたすらに逃げ遅れた一般人の避難を支援し、最寄りの避難所まで連れて行った後は他の覚醒者達と必死に防衛戦をしていたからこその負傷である。


『覚醒者と非覚醒者を繋ぐ存在になる』


 その目標に、本人達としては予想外の道筋ながら近づいていた。


「明日、避難所防衛の感謝状が授与されるんだっけ?」


「おう。だから全員、くれぐれも飲み過ぎるなよ」


「まあ普通の酒しか出ねぇから、二日酔いの心配はねぇけどな」


 そう笑った後、山下の幼馴染、省吾が声をひそめる。


「それより……大丈夫なのか?暗殺とか」


「ああ、大丈夫だ。この店は赤坂部長と、『錬金同好会』の会長からもお墨付きを貰っている。そうですよね、副会長」


 山下がそう言って天井を見上げたかと思えば、


「ほう、気づいていたか」


 くぐもった声が、天井裏から響いた。


 目を見開き咄嗟に『魔装』を展開する山下の仲間たち。しかし彼らが武器を抜くのを、リーダーが手をあげて制した。


 ガコリ、と音をたて、天井の一部がはずれる。そこから、黒い頭巾に覆われた顔が覗いた。


「油断していない様で安心したよ」


「これでもこの耳と鼻で生き残ってきたので。貴方の息遣いはすぐにわかりましたよ」


「ふっ……ちょっと発言がきもちわるいな」


「あんたが言うな」


 にゅる~ん、と天井から降りてきた副会長が、山下の隣に座る。


「それで。そろそろ私の事を不審者の様に見る君の仲間達へ説明をしてくれないかね」


「不審者なのは正解でしょうに。皆、大丈夫だ。この人は飲み物と食べ物にさえ注意すれば無害な変態だ」


「変態ではあるのかよ」


「注意事項がある段階で無害じゃなくない……?」


 真顔でツッコミながら、しぶしぶと言った様子で『魔装』を解除する山下の仲間たち。


「そう緊張しないでくれ。彼に……いいや、君達に忠告をしたらすぐに帰るとも」


「それを聞いて安心しました」


「言うようになったね、山下君」


「これぐらい言わないと、貴方達と付き合うのは無理だと気付いただけです」


 笑顔の山下だが、その瞳は冷たかった。


 その視線からそっと目を逸らし、副会長は話を続ける。


「さて。屋根裏に密偵や盗聴器がない事も確認したので、話すとしよう。まず、無事の生還おめでとう。縄張りから出るなとは言ったが、組織として東京に行く必要がある日だったのも理解している。そこで巻き込まれたのは不運としか言いようがない」


「まったくですよ。でも、貴方達に貰った魔法薬のおかげで助かりました。ありがとうございます」


「それは重畳。道具は使われてこそ意味がある。次に、この前君を襲った覚醒者集団についての報告だ」


 彼の言葉に、部屋の空気が張り詰める。


 モンスタートレインにより、山下が殺されかけた事件。その『本当の実行犯』の捜査が進んだのかと、彼らの瞳に期待が混ざる。


「忙しい会長殿に変わって私が現在わかっている事を、『噂話』として教えよう。結論から言えば、奴らは『トゥロホース』のメンバーである可能性が高い」


「なっ……」


 動揺する山下達に、副会長は淡々と続ける。


 その声音に、一切の感情はのっていない。


「断定までは出来ていない事を忘れてくれるな。あくまで状況証拠に過ぎない。『出来る者達』の中で、『動機』と『金の動き』から一番怪しいのが彼らというだけだ」


「……副会長さん。金の動きが分かっているんなら、それで十分じゃないのか。どうせ碌な金じゃねえんだろ?」


 省吾が声を低くして問いかける。


「残念ながら、随分と入念に洗浄した金だ。恐らくそうだろうというルートは見えるが、海外の銀行はその辺り確認が難しい。とりわけ、日本とは仲が良いわけではない国の銀行が複数使われていてね。正直、このルートを辿って法的に裁ける証拠を掴むのは難しい」


「……わかりました。では、『トゥロホース』が第一容疑者として頭に留めておきます」


「そうしてくれ。今後も彼らと接触する機会があるかもしれないが、くれぐれも注意するように」


 副会長の忠告に、山下達は頷く。


 特に省吾はやる気に満ち溢れていた。山下兄妹とは小さい頃の付き合いで、ほとんど家族の様な間柄である。


 その友情に若干テンションをあげる喜利子だったが、流石に今回は煩悩を振り払った。


「そして、今回君達が巻き込まれた氾濫についての情報だ。これなんだが……『ないはずの場所にゲートが出来た』らしい」


「……どういう事ですか?」


 先ほどとは違い、歯切れの悪い言い方の副会長に山下が首を傾げる。


「今回氾濫が発生した場所は、全て各自治体が調査した空き家だった。取り壊しも決定している所ばかりだったよ。しかし、そこにいつの間にかゲートが出来ていた。それはまだ、良い。そういう事もあるだろう。だが……」



「ゲートが出来てすぐ、氾濫が起きた……?」



 副会長の言わんとしている事に、山下は愕然とした。


 もしもそれが本当なら、とんでもない事である。これまでダンジョンの出現から氾濫まで、最低でも半年。長ければ数年単位の猶予があると見なされていた。


 しかし彼の言う通りだとすれば、もう間引きをする時間すらない。防ぐ事が出来ない災害である。


「これも確定情報ではない。何故この様な事になっているのか、警察も把握できていないそうだ。くれぐれも、この話を外に漏らさないでくれ。市民に不要な混乱を与えたくない」


「不要な混乱って……でも、知らないと対策もできないじゃないですか!」


 山下の妹、明美の言葉に、副会長は首を横に振る。


「そこは日頃の避難訓練を信じるしかない。何より……この『可能性』が知られた段階で、とんでもない被害がこの国を襲うだろう。まだ潰れられては困るのでな」


 日本は現在、戦後最大の危機に瀕している。


 それはモンスターによる人や物への損害もあるが、経済的な影響も計り知れない。


 円の価値は最近僅かに回復したが、それでも『覚醒の日』前よりも低いまま。各地の復興予算に四苦八苦し、国内の主要な道路もダンジョンのせいで幾つか使えない状態にある。


 第一次産業の従事者もゲートの出現などでこれまで以上に減少し、ダンジョン発生で避難区域となった土地の住民たちの保障もままならない。


 ここで更に『出現してすぐ氾濫するゲート』などという物が現れれば───日本は、終わる。


 そうなった時、発生する死者数は想像すら出来ない。


「……そう言って、お金持ちばかり国外に逃げちゃいそうですけど」


「そんな事はとっくに起きている。政治屋含め金持ちは大概円をドルに換えて、国外の避難先を確保しているよ。かくいう私も、万が一の用意はしている」


 あっさりと言い切った副会長に、明美は言葉を失った。


 そんな彼女の肩を喜利子が抱くのを見て、山下は視線を黒ずくめの不審者に戻した。


「ゲート出現の条件は、未だに分かっていないんですね?」


「ああ。だが、気になる事が2つある。他の新たに発生したゲートはこれまで通りな事。それと、もう1つは……」


「もう1つは?」


 一呼吸だけ挟んで、副会長は告げた。



「米軍だ。同好会お抱えの占星術師が、今回全ての氾濫箇所で米軍の姿を確認している」



*      *     *



 東京、某所。


 ダンジョンの氾濫により大きな被害を被ったが、()としての機能は維持されている。


 被害地域への支援物資の運搬や、パンク済みの病院から負傷者の移動。その他諸々、官民問わず誰もが動き回っている。


 ダンジョン庁も例にもれず、ここ数日は遂に貫徹が続いていた。


 その大忙しのダンジョン庁職員達の中で、どうにか仮眠時間を捻出し小綺麗なスーツに着替えた者が3人。とあるタワーマンションの廊下を歩いている。


 赤坂部長と、その側近2人だ。


「……本当なんですか、例の人物がここにいるって」


「ええ。公安が確保し連行している所を、脱走させました」


 タブレットを不安そうに抱えた男性職員に、先を歩く女性職員が振り向く事なく返答する。


「良かったのか。公安は君の古巣だ。何より、これが露見すれば君は」


「私も、ただ取り調べをするか『かの国』に送り返すのなら何もしないつもりでした。しかし、うち御用達(ごようたし)の処刑場に連れていくのを知ってしまった以上見過ごす事もできません」


 心配げな赤坂部長に、女性職員は被せる様な早口でそう言った。


 それに対し、部長は正面を向いて足を動かしながら小さくため息を吐く。


「公安の処刑場か……陰謀論じみているが、実際にあるのか」


「あります。私も何度か使ったので、間違いありません」


「えぇ……」


 タブレットを抱えた職員が顔を青ざめさせるが、他2人は気にする事なく目的の部屋に向かった。


「……ここに、彼が」


「はい。体調はだいぶ回復していますが、精神的に衰弱しています。何より、ここで匿っていられるのも時間の問題かと。手短に済ませてください」


「それは相手次第だが、善処しよう」


 ネクタイを締め直しながら答えた赤坂部長に、女性職員は小さく頷いた後部屋の鍵を開ける。


 そうして素早く中に入り、すぐに鍵を閉めた。


「……このマンション、なんか特別な所なんですか?」


「私の知り合いがやっている所です。公安時代からお世話になっています」


「……ここがダメになったら、僕の方で物件紹介しますよ」


「お願いします」


 そんなやり取りをする部下達を背に、赤坂部長は静かな足取りで室内を進んだ。


 埃1つ落ちていない廊下を進み、彼は目の前の扉をノックする。


「入ってくれ」


 返答は、流暢な日本語。


 扉を開けた赤坂部長を出迎えたのは、綺麗な金髪をした初老の男だった。


 枕やクッションを並べ、背もたれにした状態で長い足をベッドの上に投げ出している。


 Tシャツにスウェットという出で立ちに、靴下も履いていない裸足。一見すれば随分とくつろいでいるが、右足の足首が手錠でベッドと繋がれていた。


 彼は新聞を畳んで近くの机に置くと、赤坂達に視線を向ける。


「今回もお迎えではなかったか。まったく、いつ殺されるか分からないというのは心臓に悪いな」


「……お久しぶりです。『クリス・マッケンジー』駐日大使」


 硬い口調で挨拶する赤坂部長に、初老の男、クリスはオーバーな仕草で手を広げた。


「久しぶりだな、ミスター赤坂。大使館での食事会以来かな?」


「ええ。アメリカで行われた『貴方の葬儀』には、出られませんでしたから」


「安心してくれ。あの棺に入っているのは見ず知らずの他人だよ。あの場に私はいなかった」


 流暢な日本語でクリスは喋っている。


 なんせ、アメリカから大使館員として送られた男だ。日本語以外にも5カ国語を喋る事ができる。


 他にも『色々』と器用な男で、多くの特技と伝手を持つ人物であった。


「この場に貴方がいる以上、その通りなのでしょうね」


 赤坂が、いつの間にか乾いていた己の唇を舌で濡らす。



「氾濫で死んだはずの、アメリカ大使本人なのだから」



 彼の言葉に、クリスはため息まじりに苦笑を浮かべた。


 5月に発生したダンジョンの氾濫。その際、彼は成田空港近くで死亡したとされている。


 米国からは『持病の悪化』と発表されていたが、外務省もダンジョン庁もそれを信じていなかった。


 しかし、実は生きていた、とも思ってはいなかったのである。それほどに、クリスの偽装は完璧だった。


 ()()()()以外には。


「私がゴーストではないのなら、だがな」


「足があるので、生きているのでしょう」


「そう言えば日本ではそうだった。まったく……整形までして本国から逃げていたというのに」


 彼は己の頬に触れる。そこには、若い頃はさぞや黄色い悲鳴を浴びただろうハンサム顔があった。


 クエレブレの檻に入れられていた時の様な、悪夢にうなされる苦悶の表情ではない。代わりに、自嘲するような笑みが浮かべられている。


「私を確保……いいや。助けてくれた集団。『インビジブルニンジャーズ』だったか。英国の秘密諜報部の一派という噂だが、本当なのか?私のかつての同僚に見抜かれる可能性は考えていたが、さすがはMI6と言ったところだな」


「さて。この場で質問する側なのは、私達です。そういった話にはYESともNOとも言えません」


 椅子を持って来た赤坂が、ベッドのすぐ近くに腰を下ろす。


「クリス大使。貴方が知っている事を全て教えて欲しい。見返りは貴方自身の安全だ」


「……ふぅ。現役の頃同様、ズバズバと言ってくれる。友達が少ないんじゃないか、ミスター赤坂」


「こういう言動を好む相手にしかしていませんよ、大使」


「元、だよ。元大使だ」


 気だるそうにそう言って、クリスは天井を見上げた。


 数秒の沈黙の後、彼は重々しく口を開く。


「……質問する側は君だと言ったが、これだけは教えてくれ」


「内容によります」


「あの日……あの日この国で起きた氾濫で何人が死んだ?」


「……貴方が保護された地域の死者は確認できている範囲で256人。他の地域で発生した氾濫の被害を含めると、約2000人です」


「……そうか」


 長い、それは長いため息を吐き出した後、クリス大使は英語で何かを呟く。


 それが聖書の一節である事に赤坂は気づいたが、指摘する事はなかった。


「……私が知っている事は、そう多くないぞ」


「それでも、アメリカが貴方を殺したがるほどの情報だ。是非教えていただきたい」


「本当にストレートだな、君は。確かに好みではあるよ」


 己の額を押さえた後、クリスはゆっくりと唇を動かす。


「コーヒーと……煙草を頼めるか。一服でもしながら話したい」


「コーヒーは自販機で買った物ですが、煙草は貴方のお気に入りを用意していますよ」


 そう言って煙草の箱を取り出した赤坂部長に、クリス大使は苦笑を浮かべた。





読んでいただきありがとうございます。

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やはりアメリカは世界の敵!
またしても何も知らない有栖川案件なの笑うで
遅ればせながら金賞おめでとうございます! たろっぺさんの日々の頑張りが報われて嬉しいです、これだけの期間毎日更新はとっても凄い 状況証拠からして有栖川教授が超絶怪しすぎるw、潔白わかってたのに脚の魔…
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