第四章 エピローグ 上
第四章 エピローグ 上
竜たちを打倒し、大団円……といった雰囲気だが、現実というやつは『敵を倒したら終わり』というわけにはいかない。
色々とやらなければならない事。やった方が良い事もあるわけで。
「よっこいしょ」
雪をかきわけ、露出させたアスファルトの上。有事という事でそこらの店からお借りしたビニールシートの上に、レイ・クエレブレの魔力源として囚われていた人達を並べていく。
戦闘の余波で氷の宮殿は崩壊寸前だ。あの場に放置するわけにはいかない。
そんなわけで、こうして下敷きにならない位置にまで運んだわけだが……。
「かなり具合が悪そうですね、皆さん」
囚われていた人々は揃って、顔を真っ白にさせ唇を青紫色にさせている。
運ぶ時に少し触れたが、まるで氷みたいに冷たかった。自分が今しがた運んだおじさんなんて、悪夢でも見ているかのような苦悶の表情である。
彼らの様子に、有栖川教授が自身の顎に指をあてながら眉間に皺を寄せた。
「低体温症……だけではありませんね。恐らく『魔力欠乏症』にかかっているのでしょう」
「ああ、そう言えばそんな症状を聞いた事がある様な……」
確か、その名の通り魔力を使い過ぎるとなる状態だったはず。冒険者講習で習ったが、固有スキルの関係上あまり馴染みがない。
たしか、この状態は免疫力が下がったり病気が悪化しやすいのだったか。魔力切れ単品なら死ぬ事はそうそうないが、低体温症と同時にというのは結構まずい……はず。
「老若男女問わず、そして覚醒者か否かもバラバラに連れて来られたようですね。強いて共通点をあげるのなら、髪の色でしょうか。救急車が到着したら、非覚醒の方を優先してもらう必要があるかもしれません。後でアイラに見てもらいましょう」
「はい」
それにしても、囚われていた人達は全員金髪か銀髪である。
キラキラした頭が好きだったのだろうか、クエレブレって。……カラスか?
「ババ様。警察と消防にやっと繋がったが、救助はまだかかるそうだ」
そんな話をしていると、スマホを片手にアイラさんが近寄って来る。
「雪のせいですか?」
「いや。それもあるのだが……東京と青森、香川でもダンジョンの氾濫が発生しているらしい」
「……は?」
思わず、間の抜けた声が出る。
いや、そんな事ある?確かに以前も似た様な事があったが、アレは『覚醒の日』に出来たダンジョンが一斉に限界を迎えたからだ。
しかし、今は各自治体で空き家への強制調査が行われている。山間部では未だに森や山の中のゲートを探しに苦戦している様だが……流石に4つの県で、同時にそんな事が起きるか?そもそもこの辺りに山も森もない。
「疑問はもっともだが、私にだってわからない事はある。ハッキリしているのは、自衛隊は暫く来ないし、警察や消防は雪で道が通れないって事さ。救急のヘリが来る予定だが、それにもまだ準備がいる。要救助者はここにいる人間だけではないからね」
「……致し方ありません。このまま低体温症と魔力欠乏状態を併発させていては、彼らの命に関わります」
そう言って、教授が虚空に生み出した黄金の粒子へと腕を突っ込んだ。
彼女がそこから取り出したのは、銀色の魔法瓶。外側は変哲の無い市販品の様だが、内側から薄っすらと魔力を感じる。
「おやババ様。良いのかい?」
「本来、科学的に原理が解き明かされていない薬など自分はともかく他人には飲ませませんが……ここで死なせるよりはマシです」
「いや。単に『自作の魔法薬』だから、純粋に自腹を切る事になるって意味さ」
「それならばなおさら気にする事ではありません。人命が最優先です」
おどけた様に言うアイラさんに、有栖川教授がキッパリと言い切った。
自作?この人、魔法薬まで作れるのか……。
「経口摂取でなくとも効果があるはずですが……」
そう言って、有栖川教授が彼女の一番近くに横たわっている女性へ魔法瓶を傾けた。
一滴、淡く輝く水色の液体が額に落ちる。ただそれだけだと言うのに、効果は劇的だった。
みるみる顔が生気を取り戻し、唇は桃色に。気絶はしたままだが、一見して健康そうに見える。
「凄い効果ですね……!」
「ええ。ですが代わりに、あまり使い過ぎると後で強烈な『魔力酔い』が発生します。車酔いを10倍酷くしたような感覚、とでも言いましょうか。一滴程度なら効果も雀の涙な分、反動も少なく済むはずです」
「あー……」
それはまた、中々にきつい副作用である。ダンジョン内で乱用して良い物ではないな。
頬を引き攣らせていると、アイラさんが小声で話しかけてくる。
「……他人事のように言っているが、あの人随分と派手に魔法を使っていたそうじゃないか。恐らく、自作の魔法薬をがぶ飲みしながら戦っていたのだろう。後で強烈な反動がくるはずだ。エリナ君達がいる時なら良いが、彼女らがいない時は運ぶのを手伝ってくれ」
「わかりました」
「聞こえていますよ、2人とも」
囚われていた人達に1人1滴ずつ魔法薬を垂らしていく教授。
彼女がこちらを、正確にはアイラさんの方を見る。
「心配は無用です。普段のフィールドワークで愛飲しているので、この程度苦ではありません」
「……ごめんよ、ババ様」
「謝る必要もありません。私が私のしたい様にしたまでです。ですが、エリナやミーア。そして京太君にはしっかり感謝するように」
「はい……」
いつになくしおらしい様子で、アイラさんが有栖川教授を見る。
それに対し教授は軽く肩をすくめて、再び治療に戻った。
ここでアイラさんに気の利いた言葉でも言えればいいのだが、生憎とそんなコミュ力はない。
自分は自分で、懐から錬成陣を取り出す。
虚空に向けた状態で、魔力を流し込んだ。やる事は、以前サラマンダーによる火災を止めた時の応用。
日の光があるとは言え、現在は6月の終わり。周囲の雪で冷えた空気が漂う中、誰も彼も薄着である。
気休め程度かもしれないが、錬金術で多少は保温できないか試みた。
ゆっくりと大気に魔力を循環させていく。クエレブレやレイとの戦いで幾らかレベルが上がった影響もあり、スムーズに全体を包み込む事ができた。
囚われていた人達、約40人。彼らの周囲から、冷気を遠ざける。
……本当に気休め程度で、薄い掛け布団以下の効果だが。
「ほう。やはりというか、京ちゃん君もすっかり錬金術師だねぇ」
「褒めないでください。ないよりはマシ程度のものですから」
「いやいや。その少しで人の運命は変わるものだよ。現に、滅茶苦茶寒くて震えそうだった私が若干元気になった」
「あー……」
いつも通りに振る舞っているが、アイラさんも少し前まで氷の宮殿で囚われていたのだ。しかも、覚醒者と思えないぐらい貧弱な身体で。
逆に、救助するまで意識を保っていたのが不思議なぐらいである。
「しかし、アイラさんはよく無事でしたね。他の人と比べて、やけに元気というか」
「そりゃあ君ぃ。私はレベルのわりに魔力が多い方だからね。まあ、京ちゃん君のおかげでもあるのだが」
「僕ですか?」
首を傾げていると、アイラさんは懐から卵型の魔道具を取り出した。
護身用の結界発生装置だが……罅割れている上に、内包する魔力が随分と減っている。
「鳥かごの魔力を吸い上げる箇所にこれをかざして、私自身から取られる魔力を抑えていたのさ。いやはや、『鑑定』でどの位置に術式があるのか発見できなければ、今ごろ彼ら同様倒れていたね」
ケラケラと笑い、懐にしまい直すアイラさん。
「だから、改めて礼を言おう。ありがとう、京ちゃん君」
「いえ。役に立ったのなら何よりです」
元より、知り合いに死んでほしくなくって作った物だ。アイラさんを守ったのなら、これ以上語る事はない。
そう、和やかな空気で話していると。
「む……アイラ、少しこちらへ来てください。京太君も」
有栖川教授に鋭い声で呼ばれたので、駆け足で近づく。
「どうしたんだい、ババ様」
「この人物なのですが……顔に魔法薬をかけた途端『顔が変わりました』。何かの呪いではないと思うのですが、スキルで確認してください」
そう言って有栖川教授が見つめる先には、白人男性と思しき人物が苦悶の表情で横たわっていた。
というか、位置的にこの人って僕がさっき運んだ人では?
「ふむ……『鑑定』で見たところ、これと言っておかしな所はないが」
「こちらもです。おかしな魔力の流れは見受けられません」
「ふむ……この魔法薬には、魔力の回復以外にも治癒の効果があります。それが作用したのでしょうか」
「ああ、整形した顔が戻ってしまったわけか。ま、死ぬよりはマシだろう」
あっけらかんと言うアイラさんに、口には出さないが内心で同意する。
命あっての物種だ。それに、この男性は素の顔でも中々にハンサムである。若い時はさぞモテたに違いない。ケッ!
「………」
「どうしたんだい、ババ様。そんなじっと見つめて」
「いえ。どこかで見た覚えのある顔なのですが、誰かまではわからず……顔立ちからして、アメリカの方だとは思うのですが」
有栖川教授が、苦悶の表情を浮かべている彼に首を傾げている。
「お知り合いですか?」
「知り合いというほど親しい間柄でもないはずですが……誰か思い出せない以上、なんとも言えませんね」
「どうでもよくないかい?思い出せない顔という事は、どうでもいい相手という事だろうし」
「アイラ……」
頭痛を堪える様に、有栖川教授が眉間を押さえる。
「そういう態度だから、大学で友人の1人も出来ないのですよ?」
「うっちゃいわーい!」
「まあ今は良いでしょう。それより、貴女は『鑑定』で覚醒の有無を確認していってください。覚醒者の方には赤いテープで目印を」
「まったく……私はボッチではない。孤高なのだと何回言えば……」
ぶつぶつと言いながら、アイラさんが教授から赤いテープを受け取り倒れている人達を鑑定していく。教授も孫の様子に軽く肩をすくめて、治療に戻った。
なんとなく、もう一度倒れている彼を見る。
「……wy……th……」
先ほどよりは幾分かマシになったが、うわ言の様に呟かれる英語はくぐもっていて聞き取りづらい。
だがまあ、あんなハンサムフェイスを整形したぐらいだ。きっと何か訳有りだろう。
そういう事には関わりたくない。ドロドロは有栖川家の事情だけで十分だ。
思考を切り替え、視線を氷の宮殿に。未だ原形を留めてはいるが、いつ崩れるかもわからない空間。
現在エリナさんとミーアさんがそこにいるので、自分も向かうかと足を向けたのだが。
「おーい!」
破壊された正門から、エリナさんが右腕を掲げてこちらに歩いてきている。どうやら、要救助者は他に見当たらなかったらしい。
だが、彼女はその右手に変な物を持っていた。
「それは……?」
近づいてきたエリナさんに、首を傾げなら問いかける。
念のため腰の剣に手をかけ、いつでも戦闘態勢に移れるよう重心を少し落とした。
「先輩と一緒に取り残された人がいないか探していたんだけど、もう誰もいなかったからね。ついでだからボスモンスターの塩があった場所を調べたんだよ!」
「そうしたら、この鳥かごがあったのです」
2人の言葉に、眉をしかめながら視線をエリナさんが持っている鳥かごに固定した。
より正確には、その中身に。
「これが、あったんですか?」
「そうだよー。……京ちゃん、どうしたの?お顔恐いよ?」
エリナさんが鳥かごを軽く持ち上げながら、こちらを心配そうな顔で見つめてくる。
しかし、その様子にむしろ警戒心は更に上昇した。
「エリナさん、ミーアさん。貴女達には、この中に何が見えますか?」
そう問いかければ、2人とも不思議そうに顔を見合わせた後に。
「何も見えないよ?」
「強いて言うのなら、鳥が止まる様なブランコが吊るしてあるぐらいですが……」
彼女らの言葉に、自分は鳥用のブランコに『腰かけている』存在を睨みつけた。
「この『妖精』が、見えてはいないんですか……?」
じっと、こちらを見上げる金髪碧眼の少女……に似た、翅の生えた小人。
一見すればシルフそっくりだが、流れている魔力が明らかに違う。
これは───いったい何なんだ?
「え、京ちゃん君が『妖精さんが見えるぅ』って!?大丈夫かね、人として!」
心配しているのか馬鹿にしているのかわからない、気の抜けた声を出しながら駆け寄ってきたアイラさん。
その額にデコピンを放った自分は、悪くないと思う。
「ふんぬぉあああああああ!?」
奇声をあげる隣の残念女子大生には目もくれず。
謎の妖精は、ただ静かにこちらの瞳を覗き込んでいた。
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