第九話 自然に飲まれた迷宮
第九話 自然に飲まれた迷宮
免許取得から初めてのダンジョンを踏破した、翌日。
「いえーい!しまっていこー!」
「お、おー……」
再びダンジョンへと来ていた。
先日とは別のダンジョンであり、出てくるモンスターも別種。今回は、『戦闘』になるだろう。
更衣室の前で、エリナさんが拳を突き上げたのでこちらも小さく腕を上げる。
ストアの人達の視線が痛い……!
『2人とも元気でよろしい。連日という事で心配だったが、大丈夫そうだね!』
「逆になんで貴女が元気なんですか……?」
こっちは『心核』の影響で肉体的には疲れ知らずだが、この貧弱ハーフエルフ飲兵衛は謎過ぎる。
本当にスキル2つだけなんだよね?なんか耐久系のスキル持ってない?
『何を言っているんだね京ちゃん君。私がたかがストゼ▢の10や20で翌日に影響を出すわけなかろう』
「ウワバミですか貴女」
そこは影響出しとけ人として。
……いや、そう言えば覚醒者ってやたらお酒に強いって話をネットで見かけた様な。
代謝がいいのか、はたまた純粋に頑丈なのかは知らないけど、飲酒量が増えたってスレがあった気がする。
「なーんかパイセンと京ちゃん仲良くなぁい?私も混ぜろ!!」
『いやはや。昨日彼とは長話をしてしまってね。おかげで打ち解ける事が出来たのさ』
「そっすね」
どちらかと言うと、この人に対して遠慮をするのが馬鹿らしくなっただけである。
これで高圧的な人だったのなら、単純に委縮していたと思うのだが……なんか、酔っ払いながら時々弱音を吐いたりするので、妙な親近感が芽生えたというか。
「なんと。私も京ちゃんとたくさんお話ししてるけどー?」
「いや、なんと言いますか……」
「私とパイセンの違いはなんだ!年上好きか!熟女好きなのか京ちゃん!」
『エリナ君。私は21歳だ。熟女ではない。くれぐれも、他の年上女性にはそういう事を言ってはいけないよ。戦争になるからね?』
「うっすパイセン!気を付けるっす!!」
『素直でよろしい。ふっ……私も昔大学の先輩にそれを言って、頭にたんこぶ出来たからね。懐かしい』
何やってんだこいつ。
はっちゃけコンビの会話を聞きつつ、ゲート室に向かう。
自衛隊の人に免許を見せ、魔装を展開。ランタンを剣帯に通し、軽く装備を確認した。
問題ない、はず。視線をエリナさんに向ければ頷きが返ってきたので、ゲートへと手を伸ばす。彼女の手も、前回同様にこちらの肩に触れているのも確認した。
『最後にもう一度確認だ。本当に2人とも大丈夫なんだね?昨日の様子から今日の探索も問題ないと私は判断したが、無論否定してくれて構わない。急ぎの調査ではないのだ。最優先は君達の安全だという事を忘れないでくれ』
「おー。私は大丈夫っすよ。パイセン」
「僕も、問題ありません」
『……わかった。武運を祈るよ』
「はい」
「うっす!!」
アイラさんの言葉に頷き、今度こそゲートを開いた。
3度目になる、ダンジョンへ入る際の違和感。この感覚は幾度経験しても慣れないんじゃないかと思いながら、迷宮へと足を踏み入れた。
カツリ、と。硬い感触が足裏に伝わる。
骨の様に白い石で作り上げられた、床と壁。もとは綺麗に積み上げられていたのであろう壁は、太い木の根が突き破り蔦があちこちに這っている。
木々に侵食された、石造りの建物の中。そう形容すべき姿のここが、今回のダンジョンだ。
根っこが邪魔なせいで照明を設置できないらしく、腰につけたLEDランタンの明かりがメインの光源となる。足元にも根や蔦があるので、注意しなければならない。
エリナさんに索敵を頼みつつ、白蓮を起動。石の床を薄く吸い上げる様に、ゴーレムの身体を形成する。
「あ、ちょっと良い?」
そこへ、エリナさんが声をかけてきた。
彼女はペンライトを点灯させ、ダクトテープで白蓮の頭に貼り付ける。器用なものだ。自分が前に兜でやろうとした時は、上手くいかなかったのに。
「よし!これでびゃっちゃんも転ばないね!」
「あ、はい」
実際ダンジョンで転ぶのはシャレにならないから、ありがたいんだけど。
それはそれとして、ゴーレムに『ちゃん』づけな事に慣れない。女子ってそういうものなのだろうか?
『準備は出来たかな?こちらも撮影機材は万全だ。2人が大丈夫なら、出発しよう』
「わかりました」
「うっす!」
アイラさんの言葉に頷き、白蓮に指示を出した後に前進を開始。少し進んだ所に自衛隊のペイントがされており、地図を見ている彼女のナビで探索をしていく。
そして、3分ほど経った頃にエリナさんが小声で警告をしてきた。
「ガサガサって音がするよ。数は2」
それに頷いて返し、右手に握る剣の感触を確かめる。
このダンジョンの通路は、マタンゴの時と同じ程度。普通に振る分なら、切っ先が引っかかる事もない。
左手でナイフを握りながら、向こうの角からやってくる影を待った。
『ギギギ』
枝が擦れる様な、耳障りな声。奇妙な足音と共にソレは現れた。
切り株に木製の手足を生やした様な、異形の怪物。背丈は160センチ前後だが、頭はない。
代わりに、胴体である切り株に目と口の様な窪みがあった。
『レッサートレント』
指の無い、鋭く尖った槍の様な腕をこちらに向けモンスター達が駆けだす。
まずはナイフと棒手裏剣による投擲。片方のレッサートレントに命中し、小気味良い音が響く。
だが倒れない。突き刺さったまま、構わず突進してきた。
「白蓮!前へ!」
のそのそと前進するゴーレムの隣で、先ほど攻撃した方のレッサートレントへと斬りかかった。
袈裟懸けの斬撃に、腕でガードをするレッサートレント。だが掲げられた左腕を風の助力もあって切断し、切り株の胴体へと斬り込みを入れた。
『ギィ!』
怪物は反撃とばかりに右腕を振りかぶるが、遅い。
胴体なのか顔面なのかわからない場所に、思いっきり左の拳を叩き込んだ。
バキリという音をたてて、木片を散らしレッサートレントの身体が大きく削れる。吹き飛んだその個体から目を逸らさず、『精霊眼』の広い視野を活かして白蓮の方を見た。
『ギ!ギ!』
大ぶりな白蓮の右腕を躱したレッサートレントが腕で突いてくるも、石の身体には効果がない。
左腕で頭部を守る白蓮も、相手のモンスターも決定打を出せていない様だ。全体的に動きが遅い。
だがそれで十分。先ほどの個体が塩になったのを見て、横合いから残るレッサートレントに斬りかかる。
『ギ!?』
ようやく相方がいない事に気づいた様だが、もう遅い。
一刀で振り回していた腕を切り落とし、返す刀で胴を剣で打ち据える。
両断とまではいかなかったが、深く刀身が食い込んだ。そのまま、力任せに振り回す。
すっぽ抜けて数メートル先に落ちたレッサートレントは、動かなくなった、そして数秒ほどで塩になる。
小さく息を吐きながら、白蓮の様子を横目で確認した。こっちも大きな損傷はないらしい。
取りあえず、上手くいったと考えていいだろう。
「お疲れ京ちゃん!びゃっちゃん!ぶっちゃけ2人の背中で私はよく状況見えなかったけど」
『同じく。京ちゃん君にも、もう少し大き目の鏡を着けてもらうべきかな?』
「あっ」
その辺の事は、すっかり失念していた。ちょっと反省する。
自分だと動きを阻害されそうだったので、急遽白蓮の胸に予備の鏡を貼りつけた。これで大丈夫か確認する。戦闘で割れなければ、撮影もできると思うけど……。
『まあそう気落ちしないでくれたまえ。うちの研究室は、戦闘データよりもドロップ品の調査が専門だ』
「はい……」
『それより、精神面は問題ないかね?マタンゴと違い、今回は敵の反撃があったが』
「あ、それは大丈夫です」
別に、虚勢ではない。
日常生活で不便に思う事はあれど、やはり『精霊眼』は非常に有用なスキルである。
相手の動きがハッキリと見えるので、当たるか外れるか一目でわかるのだ。おかげで、あまり恐怖心がない。
それに、直撃しそうになったら限定的な未来視もある。おかげで、必要以上に敵の攻撃で怯む事はなかった。
これがなかったら、終始へっぴり腰だった自信がある。
『それならば何より。今後も戦闘を頼むよ』
「はい」
レッサートレントが落としたコインを回収し、探索を再開。
それから5分ほどした所で、再び遭遇する。曲がり角から見た所今度は3体だが、エリナさんが先に見つけた事で相手はまだ戦闘態勢ではない。
「じゃあ、最初は右端の奴ね」
「わかった」
エリナさんと小声でやり取りをし、曲がり角から飛び出して右端の個体にナイフと棒手裏剣を投擲する。
自分のは残念ながら外れてしまったが、エリナさんの方は命中。木製の身体に突き刺さった。
『ギギ!』
すぐにこちらを見つけ走り出したレッサートレント達だが、まだ距離がある。
2人で再度投擲すれば、今度は自分も命中。計3本は流石にきつかったのか、その個体が仰け反る様に転倒した。
残り2体。片方を白蓮に任せ、もう1体へと斬りかかる。
『ギィ!』
振りかぶられる槍の様な腕。しかしそれより先に、こちらの剣が届く。
肩と呼べる位置で腕を切断、というよりかはへし折り、続けてもう片方の腕を斬り飛ばした。
両腕を失って怯んだレッサートレントの顔面に、左の拳を叩き込む。こいつの胴体は、剣で斬ると刃が食い込んでしまうので。
木片を散らして吹き飛んだその個体と入れ替わりに、ナイフや棒手裏剣が刺さったままの個体が立ち上がって近づいて来た。
『ギギギ!』
目の様な窪みを吊り上げたレッサートレントの突きを、剣で叩き落とす。そのままフックの要領で拳を叩き込み、右側の壁と挟む様にして粉砕した。
すぐに白蓮の方へ振り返れば、前回と同じ状況になっている。1体はゴーレムで抑え込めると見て、良いかもしれない。
横からの奇襲で手早く残る個体を倒し、塩になるのを確認した。
『いやー……やはり私達の目に狂いはなかったらしい。本当に強いね、京ちゃん君』
「はい?いえ、別に……」
『謙遜する事はない。レッサートレントは『F』ランクの中では強敵の部類だ。それを『LV:1』の段階で圧倒出来るのだから、才能に溢れていると言って良いよ』
「そうだぞ京ちゃん!胸を張れ胸を!」
「そう……ですか」
ちょっと照れる。
他の冒険者が具体的にどれぐらいなのかは知らないが、『駆け出し』の中では強い方らしい。
目立つのは苦手だが、人並みに承認欲求はあるので普通に嬉しかった。
『この調子でガンガンいこうか!えいえいおー!』
「お、おー!」
「いや慎重にいかなきゃダメだよ?レッサートレントは普通に危ないからね?」
「あ、はい」
『ふっ……まったくその通りだね!!』
思わず突き上げた左腕を下ろし、真顔なエリナさんからそっと目を逸らす。
言われたらその通りだ。レッサートレントの槍の様な腕で突かれたら、胸甲や兜はともかく鎧の隙間だと絶対痛い。
厚手の服だけで防げると思えないし、慎重さは大事である。
気を引き締め直して、探索を再開した。
読んでいただきありがとうございます。
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