第八十二話 雪上の決戦
第八十二話 雪上の決戦
レイ・クエレブレの鱗が剥がれ落ち、翼の延長の様に広がる。
直後、そこから十数本の光の槍が飛来した。同時に本体も全速力で斬り込んでくる。
全速力で右に避ければ、先ほどまでいた位置を囲う様に光線が着弾し、その中央を尾の先にある氷の大剣が大地を切り裂いた。
舞い上がる雪煙の中、間髪入れずに紫色の光が瞬く。予知を頼りにブレスを回避し、間合いを詰めるため前進。
だが間に合わない。竜は上空へ逃れ、旋回しながら鱗による光線を多数放ってきた。
こちらも雪の地面を蹴り上へ逃れ、風を足場に疾走。いつの間にか真下に潜り込んだ数枚の鱗による光線を加速で置き去りにし、直後に左からも放たれた光線はバレルロールで潜り抜ける。
一息に間合いを詰めた自分に、相手もまた横回転をしてからの前蹴りを放ってきた。
これまでにない動きながら、予知によりこれも避ける。すれ違いざまに、奴の右足を切りつけた。
だがやはり浅い。蹄鉄型の魔道具が消えた分、こちらの加速が減りそれが破壊力の低下に繋がっている。
いいや、低下ではない。戻っただけだ。
「しぃぃ……!」
前後左右から飛んできた光線を斜め上に避け、そのまま高度をあげる。
同じく斜め上に高度をあげていくレイ・クエレブレ。二重螺旋が衝突したのは、ほんの数秒後だった。
正面から放たれたブレスを軸に再び螺旋を描きながら間合いを詰め、頭部へと切りかかる。
眼球狙いの斬撃は相手が首を曲げた事で鱗に受けられ、そのまま頭上を超えようとした所で跳ね上げられた尻尾の先端が待ち構える。
「っぅ……!」
咄嗟に横へ避けたが、風圧で身体が流された。僅かにバランスを崩した所へ、新たに剥がれ落ちた鱗が殺到。至近距離で霜を纏い、光の槍を飛ばしてくる。
咄嗟に『概念干渉』を帯びさせた左の籠手で数本を殴り飛ばし、後に続く残りは上体を後ろに大きく反らす事で回避。
一時的に足場に回していた魔力を切って、両腕に供給する。直後、落下しながらレイ・クエレブレ目掛けて最大出力の風と炎を放出した。
『■■■■■■ッ!!』
だが、当然の様に避けられる。レイは真横へ高速移動しながら、吹雪の中で大量の霜の様な魔力を纏った。
それが晴れたかと思えば、竜の巨体が3つに増えていた。
幻影?違う。あれはパージした鱗でコーティングした氷の複製。つまり、あれ自体にも当然の様に質量がある。
本体と遜色ない速度で、2体の氷竜がこちらに向かってきた。ゆらゆらと僅かに異なる軌道を描きながらの突撃に、目で追えているのに身体が対処しきれない。
1つめ、2つめは避けるも本命である3体目の体当たりを避けきれず、左の籠手で鼻先を受ける。
「が、ぁぁ……!?」
かつて、『レフコース』の槍をくらった時以上の衝撃。左肩に激痛と違和感を覚え目の端に涙を浮かべながら、追撃の光線の嵐から逃げる。
まだか。まだ、あの人の作戦とやらの準備は終わらないのか。
脳を炙られる様な焦りを加速させるように、通常のクエレブレどもの声が大きくなってきた。奴らがレイの援軍に現れるのも近い。
逃げ出しそうな身体を理性で抑えつけ、再生した腕で光線を打ち払い続くブレスを回避。
直後、視界の端でエリナさんと『白蓮』が宮殿の割れた天井から跳び出すのが見えた。
彼女がゴーレムを連れどこかへ走って行く。レイの飛ぶ斬撃の対処に剣を振るっていれば、そこそこの距離と高さで魔力反応を感知。
あれは……自分が前に渡した結界用の魔道具?
遅れて、彼女の意図に気づく。あの自称忍者、囮になって雑兵を引き付ける気か!?
1人と1体では、あまりにも無茶過ぎる。エリナさんの正気を疑うも、上から急降下して距離を詰めてくるレイに意識を戻すしかない。
『■■■■■■───ッ!』
「このっ!」
蹴りを地面に向かって後退する事で避ければ、回し蹴りの要領で繰り出される尻尾の刃。
それを刀身で受ければ、激しい火花と共に自分の身体が吹き飛ばされる。
雪に埋もれた地面に凄まじい速度で落下しながら、体を反転。足裏を下に向け、どうにか風を蹴った。
四肢の痛みに悲鳴をあげそうになりながら、上から降り注ぐ光線の雨を掻い潜る。
直後、真横から風圧と魔力を感知。反対側へ跳びながら、剣を盾代わりに構えた。
いつの間にか至近距離に来ていたレイが、両翼を大きく広げた姿勢から一転。畳む様にそれらを振るってきた。
尻尾だけじゃない。翼からも魔力で固めた斬撃が放たれる!
一撃目を受けきり、間髪いれずに飛んできた二撃目でガードが崩され、身を捻って繰り出された尻尾による斬撃が胸甲を直撃した。
「が、ぁ……!!」
鎧がべこりとへこみ、肺を圧迫する。
呼吸が強制的に止められ視界が揺れる中、『精霊眼』は己へ迫る死の未来を幻視させた。
本能のまま全力で後退。意識の外、雪雲よりも上の高度から光の槍が降り注ぐ。
回避しきれなかった光線が兜を割り、視界に赤色が飛び込んできた。兜下の布も千切れ、飛んで行くそれを空中で掴み強引に目元の血を拭う。
同時に胸甲を部分解除。圧迫されていた肺が正常に稼働し、へし折れた肋骨が再生した。
「ひゅっ……!」
肺に流れ込んで来た冷たい空気に目を見開きながら、全身の傷が既に癒えている事を把握。
あの鱗……氷の分身に纏わせていた物か……!
どれだけの手札があるのだと舌をまくが、驚いている暇も与えてもらえない。すぐに次の攻撃がくる。
レイは再度鱗をばら撒き、制圧射撃の様に乱れ打ちしながらの突撃。角度をつけ斜め上から放たれる光線に、下へ逃れるしかない。
上を取った竜が、翼を大きく広げ口腔に魔力を集束させる。
直後放たれる、光の極光。両足から風を最大出力で放出し、『概念干渉』で蹴るのではなく自身を真っすぐに射出した。
寸前で軌道上から逃れた自分の横を、紫色のブレスが通り過ぎる。地面に着弾し轟音と共に雪煙が舞い上がるのを見て、咄嗟にそこへと急降下した。
ほんの一瞬だけこちらを見失った竜どもの君主。その隙に刃こぼれだらけの剣を放棄し、新たに片手半剣を再構築した。鎧まで出している暇はない。
頭と胴。人体の急所と言える箇所を覆うのは、厚手の布のみ。次ここへ攻撃を受ければ、間違いなく死ぬ。
その事実に背筋を冷たい汗が伝った瞬間、氷の巨剣が雪煙を裂いて眼前に現れた。それを両手で握った剣で上に受け流し、沈んで行く体を脚力で背後に押し出す。
続く回転切りの間合いから逃れながら、両手に覚えた違和感に眉をひそめた。
それが何なのか思考を巡らせながら、追撃の光線を回避。
分離した鱗の光線が、上と左右から放たれる。それらに対し地面を駆け、風を踏んで上昇し、剣で打ち払った所で違和感の正体に気づいた。
───内包する魔力量が減っている?
そもそも、先ほどまでは考える暇すらない猛攻が続いていたはずだ。まず思考を巡らせられた段階でおかしい。
『精霊眼』で敵の攻撃を注視すれば、確かに供給されている魔力が少なくなっていた。同時に、レイ・クエレブレと宮殿との間で繋がっていた『線』の様な物が途切れている。
『■■■■■■───ッ!!』
不快感を隠しもしない雄叫びと共に、竜の君主は視線を己の宮殿へと向けた。
その意味と隙を理解し、吶喊。喉元めがけて全速力で走る自分に、奴は上昇して距離を取ろうとする。
今度はこちらが追撃。風を蹴って高度をあげ、剣を握り直した。
レイ・クエレブレは『何らかの手段で膨大な魔力を貯蔵していた』。消費した魔力を少しずつ補給していた鳥かごから、囚われていた人々が逃れたのだろう。
もう奴は、残された魔力で上手くやりくりするしかない。その魔力残量も、あの大出力を維持するには心もとないだろうに。
レイ・クエレブレは魔力運用が上手い。されど、それでもなお振るえる力が大きすぎた。
「しぃぃ……!」
鉄臭い息を吐きながら、開かれそうな距離を維持する。
この竜は間違いなく馬鹿じゃない。己が戦うべき敵が、この身1つではないとわかっているはずだ。
それが教授達なのか、いずれ来る自衛隊なのかはわからない。しかし、もう牽制の光線は放てないだろう。
相手の『理性』を当てにしての行動。無理をしているのはこちらも同じ。距離をとられ宮殿にレイが戻らない様にするため、ひたすら喉元を狙い続ける。
加速を続ける両足が、先ほどから異常な痛みを発していた。
あぶら汗が額に浮かぶ。いかに再生するとは言え、破壊と治癒が繰り替えされ過ぎて脳が幻痛を感じていた。
集中力はもうほとんど切れている。『隙が出来れば一足で喉を狙える』と敵に誤認させるため、素知らぬ顔で走っているだけだ。
肉体は万全と呼べるまでに回復しているのに、心が挫けかけている。
こちらを振り切ろうと縦横無尽に飛び回り、急降下で地面すれすれまで高度を下げた竜の君主。
それを追いかけ急降下すれば、足の激痛が増した。否応なしに顔が歪み、剣を握る指が緩みそうになる。
耐えろ。耐え抜け。あと少し、あと少しで……!
『待たせたぁ!』
全てを賭けた相手からの念話が届く。
『宮殿の中に全速力で戻れ!!』
「遅い!!」
『これでも3分きっかりさ!』
剣を雪の地面に刺し、踵で雪煙を発しながら強引に方向転換。ほぼ直角に曲がり、宮殿へと走る。
背後で、竜もまた向きを変えたのを音で察知。無防備に背中を晒す自分に、奴は攻勢に転じた。
放たれた光線の数々。それを予知だけを頼りに左右のステップで避けながら、ひたすら走る。
肩をかすめ、脇腹が浅く抉られ、右耳の下半分が千切れながらも。
半瞬遅れてやってくる焼ける様な痛みに耐えながら、宮殿の中へと滑り込む。
減速の為に地面へつけた両手と左腕が大量の雪煙を巻き上げ、中央にあったボロボロの玉座に背中をぶつける形で停止。
痛みで乱れた息を整えながら、壁の大穴からこちら目掛けて飛行する竜を視る。
開かれた顎。ズラリと並んだ槍の様な牙から漏れ出る紫色の極光が、自分に向けられていた。
確実に当てる為か、あるいは『魔力の徴収施設』を失わない為か。レイは宮殿の中にまで減速せずに飛び込んでくる。
だが、奴には視えていないらしい。
『止まれ』
壁の断面に刻まれた、魔力の痕跡に。
数十の輝きが、レイ・クエレブレの巨体に伸びる。黄金の鎖が奴の強靭な肉体に巻き付き、葉脈の様にその魔力を浸透させた。
竜の身を縛るには、あまりにも頼りない太さの拘束。されど、時間そのものが止められれば如何にクエレブレどもの王とて容易く振りほどく事はできない。
身体の一部が止められれば、それだけで体内の魔力循環は乱れる。複数個所となれば、その影響は計り知れない。
少なくともブレスなど放てないほどに、奴の魔力はかき回された。
『■■、■■■■……───!!』
口の中で掻き消えた光と、代わりに発せられる低く響く苦悶の声。
だが、この宮殿の主への出迎えはまだ終わっていない。この程度で終わっては、あまりにも失礼だ。
そんな事を、あの英国淑女がするはずない。
『空間を繋ぎ合わせて、落下を繰り返した一矢』
左耳のイヤリングから有栖川教授の声が響き、視界の端で黄金の魔法陣が空中に出現する。
それは、当然の様に縛り上げられた竜に向けられていた。
『動く相手には当てられませんが……動かない的ならば、撃てます』
黄金の魔法陣から、鎖で縛られた1本の矢が射出される。
それは空中で花開く様に拘束から解かれ、自壊しながらもレイ・クエレブレの右目に直撃した。
ほぼ同時に、
『決めなさい、京太君!』
聞こえてきた声に、行動で返答した。
発生したソニックウェーブに吹き飛ばされそうになりながら、風で自身の背中を押しだす。
黄金の一矢は、竜の頭を文字通り半壊させた。右側を吹き飛ばされ、更には翼の付け根までも粉砕している。
尋常な生物なら致命傷。されど、これでその様な常識が通じないから『怪物』なのだ。
鎖で拘束されていた鱗が、一斉に弾け飛んだ。
武器としてパージしたのではない。皮膚もろとも剥がれ落ち、筋繊維が流血と共に剥き出しとなった。
血みどろになった竜は、残った左目を輝かせ口腔に再度魔力を集束させる。
もはや、あの竜も戦闘続行は出来ない。故に、あれは最期の一撃。
自壊する事すら厭わぬ魔力の奔流が、一点に集められた。狙う先は、あの矢を放った人物がいる方向。
そこにはきっと、大勢の人がいる。だが、思い浮かぶのは知り合いの顔だけ。それで良い。それが良い。
そうでなければ、足が砕けるほどの踏み込みなど出来るものか。
渾身の力を出しているのは、こちらも同じ。ブレスの発射よりも速く、懐へと跳び込む。
「おぉぉ……!」
勢いそのまま、両手で握る剣を上に向かって突き上げた。
狙う先は、喉元ただ一点。斑に残った鱗が急所を守る中、他と比べて柔いそこへと切っ先を叩き込む。
だが、貫けない。たとえ弱点であろうとも、それでもこれは竜の鱗なのだ。
自分だけの力では、これを突破する事はできない。地力があまりにも違い過ぎる。
故に。
「力を貸せ───」
極光が放たれる、3秒前。
「チャンピオン!!」
右腕に装着した腕輪が、朝焼けの様な輝きを放つ。
オレンジ色の光に包まれた両腕が、鱗を貫き刀身をその奥へと進ませた。
返り血を蒸発させるほどの炎を刀身から噴出させ、風を全身から放出し刃を袈裟懸けの要領で振り抜く。
『概念干渉』
生物的に重要な神経や血管だけではない。そこに集中していた魔力を、引き裂いた。
ブレスに回されていた魔力が、傷口から溢れ出る。今しがた裂いた喉からだけではない。皮膚を失った箇所から、矢で抉られた頭部や翼の付け根から光が漏れだした。
剣を振り切った姿勢から、全力で右に跳ぶ。だが、
「っ!?」
突如動いた竜の翼が、進路を遮る様に動いた。
こいつ、まだ……!
ギラギラと輝く奴の左目と、視線がぶつかる。
瞬時に身体を回転させ、黒い皮膜を焼き切った。その数秒の間に、もう魔力は臨界を迎えている。
飲み、込まれ……!
「させ、るかぁああ!!」
可憐な声には似合わぬ咆哮が、耳に届く。
刹那、自分と竜の間に割って入る幾つもの氷塊。
それが何なのかを理解するより速く、レイ・クエレブレの魔力が炸裂した。
衝撃で氷が砕け、内側に仕込まれていた卵型の魔道具が起動。障壁を展開し、自分に向かう光を遮った。
それもほんの一瞬の事。耐え切れずに打ち砕かれ、衝撃波が自分を殴り飛ばす。
「か、ぁ……」
数秒、意識が飛んでいたのかもしれない。背中に強い衝撃を受けたかと思えば、視界が明滅している。
激しくせき込みながら、どうにか首を巡らせた。
一角が完全に崩壊した宮殿。投げ出された自分の手足と、少し遠くに転がる片手半剣。背中や肩の感触から、自分は座り込む様な姿勢で雪の山にもたれかかっているらしい。
クッションになった……というより、ここまであの残念女子大生の計算の内か。
苦笑まじりに、正面へと顔を向ける。
先ほどから視界に入っていた存在と、視線を合わせた。
『………』
首だけ。それも半分しか残っていない竜がいた。
赤紫に輝いていた瞳と、僅かな間だけ睨み合い。
その光が失われ、雪と区別するのが難しい白い塩の塊へと変わっていった。
「京太君!」
雪に足を取られながら、こちらへ駆けてくるミーアさん。焦った様子の彼女がこちらへ辿り着くより先に、白いしなやかな腕が横から伸ばされた。
「……随分、近くにいたんですね」
「無論だとも。私にも無茶ぶりをした自覚はあったからね」
白黒の探偵服に身を包んだアイラさんが、不敵に笑う。
この残念貧弱美人は、タフなのかアホなのか。
苦笑を浮かべてその手を取る。そして、立ち上がろうとして。
「駄目です!」
「は?」
「ぬぉ!?」
ミーアさんが叫んだのと、支えにしようとしたアイラさんがバランスを崩したのがほぼ同時。
彼女の額が、こちらの頭頂部に直撃する。
「ふんぎゃあああああ!!??」
「こうなると思っていました……」
「ええ……」
し、しまらねぇ……。
絶叫をあげて雪の上を転がる残念美人と、それを見て眉間を押さえるその妹さん。
こちらも呆れて口を半開きにしてしまうが、すぐに状況を思い出した。
「そうだ、エリナさんを助けに……!」
「呼んだかね!!」
「うわ出た」
黄金の光と共に現れた自称忍者と、有栖川教授。どうやらアイラさんがアホやっている間に、教授が救助に向かっていたらしい。
だが、無事というわけでもなさそうだ。
「エリナさん、その腕……」
「ん。また脱臼しちゃった!」
左腕をぶらぶらさせながら、何故か笑顔で答えるエリナさん。それに、隣で見ていた教授が眉間に深い皺を寄せる。
「患部を動かしてはいけません。包帯を出すので、それで腕を吊るしますよ」
「はーい。あ、その前に京ちゃん」
珍しく気まずそうな顔で、エリナさんがこちらを見る。
そして、右腕でアイテムボックスからある物を取り出した。
「ごめん……私を庇ってびゃっちゃんが……」
「ああ」
出てきたのは、頭部を半壊させ左腕と右足を失った白蓮だった。兜に出来た亀裂の隙間から、フラスコが覗いている。
新調した鎧もズタボロだ。鉄球だけ何故か原形を留めているが、それ以外はもう総とっかえした方が早い。
「別に良いですよ。白蓮は役目を果たした。貴女が無事で何よりです」
「本当にごめんねー。そしてありがとうねー」
「請求はアイラさんにしますし」
「私愛車が潰れたばかりなんだが!?」
「黙れ残念女子大生」
額を押さえながら復帰したアイラさんに、口を『へ』の字にしながら自分も立ち上がる。
元はと言えばこの人を助けるためにこちらもかなり無茶をさせられたのだ。悪いのはモンスターだが、それぐらいはしてもらっても良いだろう。
「くぅ……!ババ様。後でお小遣いの前借をですね……」
「お小遣いではなく研究の協力費でしょうに……まったく」
エリナさんに包帯を巻き終えた教授が、ため息を吐く。
その光景に苦笑いを浮かべ、和やかな空気が流れる中。
自身の腰に手をあて、空を見上げた。
雪雲は消え去り、代わりに広がる晴天。白い雲を幾つか浮かばせて、さんさんと輝く太陽が地上を照らす。
陽光を浴びる氷の宮殿……だった物を見ながら、思わず苦笑した。
もう、竜たちの雄叫びは聞こえない。
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