第八十一話 レイ・クエレブレ
第八十一話 レイ・クエレブレ
『■■■■■■ォォ───ッ!』
甲高くも腹の奥底に響く雄叫び。その余韻が未だ宮殿を揺らす中、こちらも剣を構えて走り出す。
ほぼ同時に、レイ・クエレブレの鱗数枚が突如として剥がれ落ち……否、分離した。
ひとりでに浮遊し、紫色の霜を帯びたそれらが───『矛先』を自分に向ける。
「っ!」
『精霊眼』の予知に従い全力で右へ方向転換。直後、集束された魔力がビームの様に放たれた。
摩擦熱で大気を焼き着弾地点の雪を解かす音がする中、鱗だけでなく本体も既に動いている。
『■■■■ァァッ!!』
その巨体からは信じられない速度で近づくレイが、長い尾を振りかぶる。
左足を軸に全身を捻っての尾による叩きつけ。その先端に氷で形成された刃が、袈裟懸けに振るわれた。
咄嗟に後退すれば、レイは更にもう1回転。ワルツでも躍る様な軽快さで再度斬撃を放つ。
それに対しこちらは左斜め前に全速力で退避。交差の瞬間視線がかち合ったかと思えば、竜の口腔に紫色の魔力が集束し始めた。
溜めは、2秒もない。
『──────ィィィィッ!!』
音を置き去りにした光の奔流。予知を頼りに回避すれば、背後から何かが砕ける音がした。
僅かに自分を追いかけた極光に、宮殿が切り裂かれる。建物がどれだけの被害を受けたのかを確認する間もなく、既に数枚の鱗がまた剥がれ落ち宙を待っていた。
紫の霜を纏うや否や、間髪いれずに放たれる光線。それらに対し、あえて前へ出る。
横や後ろにばかり避けていれば追い込まれるだけだ。懐に跳び込む!
複数方向から自分を狙う為に角度がついた光の槍は、内側にならスペースがある。そこに跳び込めば、レイは風を引き裂いて上昇。
十数メートルはある屋根ギリギリまで飛んだかと思えば、追加の鱗を射出。続いて斜め下に急降下し、人間の胴ほどもある逆関節の脚で床を掴む。
瞬間、上から鱗の光が、横から魔力を凝縮した『飛ぶ斬撃』が放たれた。
「ちぃ!」
予知だけで上からの攻撃は回避。ジグザグに走りながら、剣を飛ぶ斬撃に合わせる。
『概念干渉』
巻き取り、振りかぶる。間髪入れずに間合いを詰め斬りかかるが、紙一重でレイが斜め上に跳躍。魔力を巻き込んだ斬撃は、脇腹の鱗を掠めただけだ。
その上、硬い。今の一合で鱗の硬度が通常のクエレブレを数段上回ると確信する。
振り返った自分に、高度をあげ両翼を広げたレイ・クエレブレが鱗を展開。先ほどまでより更に多い、十数枚が一斉にこちらを向いた。本体は横移動しながら、光の槍が射出される。
また、距離を取られる!
「逃がすかぁ!」
前方、左斜め上、左方向から迫る光を三角飛びと螺旋起動を織り交ぜて回避。旋回が足りない分は、直線の加速で振り切る。
間合いを詰め、魔力の供給先を切り替え炎と風を纏わせた剣を一閃。巨体を捻り直撃を回避したレイだが、脇腹の鱗が数枚砕けその下の肉が焦げる。
通じる……戦える……!
相手は遥かに格上ながら、相性が良い。自分の機動性と攻撃力は奴にとって戦いづらいはずだ。
このまま削り続ければ、勝てる。
そう、実感を得た瞬間。
ビキリ、と。傷ついたはずの皮膚が再生し、新たな鱗が覆い隠した。
「なっ」
目を見開きながらも、全力で後方に跳ぶ。いつの間にか包囲していた鱗による光線を回避し、すっかり雪で覆われた床を蹴って剣を構えなおした。
再生能力!?かなり速い。あの再生速度、下手をすれば致命傷と呼べる傷を与えても……!
『■■■■■■───ィィィ!!』
レイ・クエレブレが再びブレスを吐き出すのと、鱗が展開されるのが同時。間合いを詰める隙がない。
舞い上がる雪煙に視界を塞がれながらも、魔力の流れと予知を視て回避を続ける。
持久戦となるかもしれないが、そうなれば不利なのはこちらだ。
床を蹴って走り回りながら、足裏から聞こえる小さな異音に冷や汗を流す。
教授から貰った蹄鉄型の魔道具が、そろそろ限界を迎えそうだ。元より移動用の使い捨て。こうなるのは必然だが、しかし今壊れるのは困る。
速度が、足りなくなる。そうなれば回避しきれない。
更に言えば。
『──────ィィィッ!』
横方向に薙ぎ払われる極光を上へ避ければ、一文字に宮殿の壁が引き裂かれた。建物全体に罅が入っていき、上から氷塊が降ってくる。
これだけの魔力、奴だけで賄えるのか?
自分は出来る。故に相手もそれが可能かもしれないが、道中で得た情報が確かなら……!
「アイラさん、大丈夫ですか!?」
『色んな意味で大丈夫ではない!魔力がやたら吸われるし、建物は揺れるし!もう少し静かに戦ってはくれんかね!?』
「無理です!」
『だよね!』
背後へ『Z』字に後退し、上から降り注ぐ光の槍を回避。
直後にレイが間合いを詰め尻尾の斬撃を放つのに合わせ懐に飛び込み、軸足を切りつける。
浅い。確かに鱗と肉は切ったが、腱を切れた感触がなかった。何より、切断までいかなければ無傷と変わらない再生能力がある。
常に全方位からの攻撃を警戒しなければならない。そのうえ、その全ての攻撃が必殺ときた。やば過ぎて笑いそうになる。
しかし、アイラさんの様子からして現在囚われている人達が干からびるほどの魔力は吸っていないらしい。
見た目に反し、やたら燃費がいいのか……それとも、既に別の『電池』を持っているのか。
宮殿の周囲にあった氷の建造物に人間の魔力は視えなかった。なら、どこに……。
そう思考を巡らせようとするも、猛攻は続いている。位置取りに気をつけねば、アイラさん達にブレスが飛ぶかもしれない。
必死に両手足を動かして防戦をしていれば、イヤリングからミーアさんの声が聞こえてきた。
『念話は聞こえていました!もうすぐ私達も宮殿に到着します!』
『揺れや戦闘音から、私や他の被害者がいるのは京ちゃん君が戦っている部屋の奥だ。外から回り込んで入れるか、ミーア!』
「エリナさん達は捕まっている人達の解放を!敵は魔力を吸って再生します!魔力源を断たないと、殺しきれない!」
何度目かのブレスを斜め前に駆ける事で避ければ、側面から鱗による光線が放たれる。
更に加速する事で避けるが、また蹄鉄からの異音が聞こえた。限界は近い。
『っ……外側からの侵入は無理です。壁が硬すぎる!』
『無茶な壊し方をすれば捕まっている人間を殺しかねません。アイラ、そちらから詳しい檻の配置を教えてください』
『無理だババ様。私の檻からだと下の方の鳥かごがどうなっているかわからん!』
『京ちゃん。そいつ、外に誘導できそう?』
エリナさんの言葉に、飛ぶ斬撃を切り払いながら一瞬だけ思考を巡らせる。
そして、頷いた。
「やれる!やってみせる!」
『お願いね京ちゃん!一撃だけ私も援護するから!』
「は?どうやって……」
『お婆ちゃま、手伝って!』
『いいでしょう。京太君、合図をしたらエリナが例の手裏剣を投げます。合わせてください』
「っ、はい!」
光線の雨を掻い潜り、ブレスに対して床に倒れ込む様な前傾姿勢で回避しつつ接近。
高度をあげたレイ・クエレブレに跳びかかり、首の付け根を軽く裂く。
狙いは喉元だったが、避けられた。他のクエレブレと同じ弱点をもつのなら、そこを突けば……!
『3、2』
カウントダウンに被せる様に、レイもまた大量の鱗をばら撒いた。
全方位から光線が殺到し、ぶれる様に体を揺らしながら回避しつつ視線を本体に固定する。
『1』
口腔に再び魔力が集束し、ブレスの発射体勢が取られていた。
鱗の猛攻もあって避けきれるかは五分。いざとなれば『概念干渉』で被害を軽減させるしかないが、
『0』
相方が、何かやってくれると信じている。
瞬間、黄金の粒子と共に宮殿上部に転移してきた金髪緑眼の自称忍者。
その姿勢は既に得物を大きく振りかぶっており、狙いは定め終わっていた。
ブレスが放たれる寸前、カーブを描き飛翔する『大車輪丸』。光の奔流の軌道上に飛び込んだそれが、『概念干渉』で大河の様な魔力の流れを巻き込んだ。
それに合わせて、自分も吶喊。光の中へと跳び込み、手裏剣と共にブレスへと切りかかる。
二重の『概念干渉』。単独ではデーモンの時の様に弾き飛ばされていたかもしれないが……!
「雄々ッ!!」
喉を震わせ、雄叫びと共に振り切った刃。極光は2つに引き裂かれ、揃ってレイ・クエレブレへと返される。
凄まじい反応速度で翼を丸めて防御体勢をとった怪物の巨体が、半壊した宮殿の壁に叩きつけられた。
たわむ様に壁が歪んだのは一瞬。轟音をあげ、レイは己の宮殿から弾きだされる。
宙に放られるも、奴は瞬時に両翼を広げ姿勢を制御。傷ついた両翼を広げながら、こちらを睨みつけ鱗による光線を放ってきた。
それを避けて大穴からの死角に隠れながら、チラリと上を見る。
同時に、こちらへ飛んでくる銀色の物体。反射的にキャッチすれば、それは魔力を帯びた腕輪……『オークチャンピオン』のドロップ品だ。
すぐに右腕へ装着し、軽く掲げてみせる。天井から鉤縄でぶら下がるエリナさんが、それにサムズアップを返してきた。
相手をこれ以上待たせるわけにはいかないと、直後に壁の切れ目から外へ飛び出す。足の蹄鉄は既に砕け、あとは自力での勝負。普段通りとなった靴裏で、雪に埋もれた道を駆ける。
さて。ここまでの攻防で、レイ・クエレブレは自分をどの程度脅威と判断しているのか。
何を置いても討つべき外敵なのか、それとも魔力の補給場所を守るのを優先するのか。
アイラさんを、そして捕まっている人々の救出には奴を釘付けにする必要がある。
はたして、その結果は。
『■■■■■■■■■■ッ!!!』
───どうやら、自分は竜どもの君主に敵として認められたらしい。
天地を震わせる咆哮を轟かせ、宮殿から距離を取ろうとするこちらをレイが猛追。光線の雨を左右に跳ねて回避し、他の氷で出来た建物を盾に一部をやり過ごす。
あっという間に砕け散る氷の建物群。その陰で必死に足を動かして距離を取り、雪原へ。
元は大きな道路で、車の通りも多かったのだろう。しかし、今はただただ白いだけの空間。
横殴りの吹雪が襲うなか、自分から数十メートルほどの位置で竜どもの君主が飛行する。位置取りとしては、奴を挟んで宮殿を見据える形だ。
故に見える。金髪を揺らし、開け放たれた正門から中に駆けて行く祖母と孫を。
大きく、息を吐く。本音を言えばもう帰って寝たい。酷使し過ぎた肉体は再生しても幻痛を訴え、魔力の消費と回復が激し過ぎて眩暈すらしてきた。
帰ったらあの残念女子大生に何か奢らせてやる。とにかく高い肉とか寿司とか、思いっきりたかってやろう。
ゆっくりと弧を描く様に飛びながら、こちらを見下ろすレイ・クエレブレ。自分もまた睨み返す中、遠くから他のクエレブレどもの声が聞こえてきた。
そして、耳に届いた声がもう1つ。
『やあ、京ちゃん君』
まだ2カ月程度の付き合いだと言うのに、随分と慣れてしまった彼女の声。
『即興かつ無駄が多いが、作戦を考えた。乗るかね?』
「勿論。全賭けしてやりますよ」
『良い返事だ』
イヤリング越しに、氷が割れる音がする。エリナさん達の救助が始まったのだ。
『3分間耐えろ。奴を墜とす』
「了解」
短いそのやり取りの後。
竜の雄叫びが、第二ラウンドの始まりを告げた。
読んでいただきありがとうございます。
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