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第八十話 氷の宮殿

第八十話 氷の宮殿





 刀身に、炎を宿す。


 眼前から迫る竜の群れ。まるでゲームの世界にでも飛び込んでしまった様な光景は、しかし疑いようのない現実であった。


 故に踏破しなければならない。立ち塞がる蜥蜴どもを蹂躙し、生存と奪還を果たさなければならない。


「邪魔、だぁあああ!」


 一際強く風を蹴り、滑空に合わせて刀身に魔力を最大出力で供給。ぶわりと広がった風と炎を、纏めて正面へと解き放つ。


 暗い雪雲に覆われた空を、深紅が照らし出した。


 大口を開けて氷の槍を放たんとしていた竜たちが、10体前後飲み込まれる。一瞬で鱗は黒く炭化し、眼球は蒸発した。炎が通り過ぎた端から、クエレブレが黒煙を出して堕ちて行く。


 降り注ぐ雪さえ蒸発してできた道を疾走すれば、風圧に煽られて道を開けた他の竜どもが絶対に逃さぬと自分目掛けて殺到した。


 魔力の供給先を足裏へと変更。『概念干渉』で風を踏みしめる足が、蹄鉄型の魔道具によってより深く、より力強く、体を向かいたい方角へと射出する。


 唯一露出する口元に流れ込む冷気を、熱い呼気で押しのけて。前方へ加速からの急上昇。直角な軌道で高度を上げれば、一瞬だけ竜どもがこちらを見失う。


 無防備に首を晒す標的へ、体を上下反転させて吶喊。脚力と重力をのせた刃を長い首へと叩き込み、衝突の瞬間に刀身へと魔力を回す。


 刀身を風と炎が包み込み、鱗もろとも溶断してみせた。急接近する地面に対し、風の放出で身体の向きを調整。両足へと再び魔力を回す。


 急な下り坂でも駆け下りる様に宙を走れば、5体の竜が上空から猛追。数十の氷の槍が大地に突き立ち、着弾箇所で爆炎の様に白い雪が舞った。


 背後を取られるも、速度差で振り切らんとする。直後、迎撃から追撃に役目が変わった竜どもの後ろから巨大な手裏剣が命を刈り取っていった。


 クエレブレは何かの魔法を使い防御をしようとしたのだろう。だがそれは逆効果だ。信じられない速度で、手裏剣が頭上を飛び越えていく。


 吹雪の中に消えるかと思われた手裏剣の、中央にある持ち手である輪っか。『概念干渉』のスキルが組み込まれていないその箇所に、突如空中に現れた有栖川教授が黄金の鎖を巻き付ける。


 突如としてピタリと回転を止めた手裏剣。それを彼女はハンマー投げの様に鎖で1回転し、元来た方向へ投げ返した。


 再加速して戻って来た刃にまた1体の身体が両断され、敵の編隊が乱れた気配を感じ取る。


 それが硬質な音と共に動きを止めたかと思えば、自分とすれ違った教授が弓を引き絞る音。


 轟音と共に、魔力の反応が消えていく。


 減速は一切なし。あちらの3人は上手く連携し、『白蓮』もそれを助けているのだろう。


 であればやはり、自分は好きに走ればいい。


「しぃぃぃ……!」


 進路はこれで良いはずだ。なにせ、吹雪越しでもわかるほどに竜どもの群れが追加で現れている。よほどこの先には行かせたくないらしい。


 両手で柄を握りながら、2歩、3歩とスキップでもする様に跳ねた後、全力で跳躍。


『GAAAAAAAッ!!』


 人の頭蓋など容易く噛み砕く、開かれた顎。そこへ減速せずにすれ違いざま刃を滑り込ませ、両断。上顎を切り飛ばす。


 続けて前方から体当たりしてくる3体を左右の細かなステップで避け、4体目の顔面を蹴りつけて宙返り。


 一瞬で魔力の供給先を切り替え、体を横回転。刀身に纏った炎と風で強引に鱗もろとも首を切り裂いた。


 それに対しすぐさま方向転換し、こちらを球状に囲もうとするクエレブレども。やはり旋回性能では奴らが圧倒的に上か。


 構わない。教授のおかげで、速度は圧倒している。


 足場へ魔力を回しながら、横ステップで背後からの強襲を回避。続けて斜め上に跳ねて横からの噛みつきを避けるなり、逆方向からの体当たりへ剣を合わせた。


 身体を捻りながら翼を引き裂き、風を蹴って急降下。味方に当たるのも構わないと、氷の槍が先ほどまでいた場所に殺到する。


『京ちゃん君、聞こえているか!?クエレブレの弱点は喉元だ。東洋の竜が逆鱗をもつように、奴らの弱点もそこにある!』


「了解」


 なるほど。やけに柔らかいと感じた箇所はそれか。


 地面に背中を向けて落ちた自分に、上空から食らい付きにくる竜ども。雪の大地に身体が触れる直前で風を放出し、地面と水平に滑る様に移動。奴らもまた、雪原となった道路に衝突する事なく機首、否、()()を上げてみせた。


 だが追いつかせない。上体をあげながら地面を蹴って上に跳べば、空から挟み込む様に別の集団が口を開けて待っている。


 出迎える氷の槍襖を三角飛びの要領で回避。詰められた間合いに近接戦へとクエレプレどもが切り替えようとした刹那、手近な個体の喉に剣を突きたてる。


 やはり、喉元は柔らかい。深々と剣を刺したまま風で自分と竜の上下を逆転させ、脚力でもって再び跳躍。


 上から、数十のクエレブレどもを見下ろした。


 弱点は把握。だがそれを狙い続ける余裕もない。───故に、そんなもの関係なくただ蹂躙する。


「燃えろ……」


 指輪に魔力を通し、刀身を赤く燃え上がらせて。


「燃えろ……!」


 風を纏わせ、火の勢いを引き上げて。


「燃えろぉおおお!!」


 足場に回す魔力を根こそぎ攻撃に回し、真下目掛けて放出する。


 自分を追いかけ、地上から放たれた鏃の様に密集しているクエレブレども。しかし、奴らとて馬鹿ではないらしい。


 先頭の個体を中心に、紫がかった結界を展開。物理的な物ではない、魔法的な障壁を盾に炎の嵐を突き抜けようとする。


 鉄だろうと溶かす炎の乱舞は、しかし竜どもの纏う氷の様な結界を多少歪めた程度。あまりにも出力が違う。


 赤い壁を突破した竜の群れ。それが、至近距離に───剣の間合いに入ってくる。


『牽制』は十分。『本命』を叩き込む。



『概念干渉』



 置いていた刀身が、ずるりと結界を切り裂く。衝突の反動で体を上へと押し上げられ、息がつまる。喉元までせり上がってきた物を飲み込みながら、先ほどと同じだけの魔力を指輪と剣に流し込んだ。


 結界の内側で暴れ狂う、炎の嵐。吹雪の中灯台の様に輝いたそれは、数秒後に紫色の結界をガラスの様に粉砕した。


 大型トラックも埋もれそうな塩と、結界の残滓が地上に落ちて行く。


 それを生き残りがいないか念のため一瞥だけし、再び風を蹴って走り出した。


 自分の中で何かが上昇する感覚。戦闘開始から、2度ほど同じ感覚があった。恐らくレベルが上がったのだろう。


 何だかゲームじみているなと、今更ながらに思って。しかし道中見かけた屍山血河は幻でない事を知っている。あの車と共に潰れて死んだ一家も、現実なのだ。


 セーブもロードもありはしない。そういう所こそ、ゲームじみた世界であってほしかった。


 ……今は、こんな感傷を抱いている時ではない。


 頭を振り、冷静になりかける頭を再び狂わせる。少し痛いほどに冷たい空気を体内に取り込み、後続はどうなっていると背後へ視線を向けた。


 正面から向かってくる以外にも、周囲から敵が集まっているらしい。何体ものクエレブレが彼女らに襲い掛かっていた。


 だが、それらも鎧袖一触とばかりに撃墜されていく。


 クエレブレどもが放つ氷とは異なり、青色をした氷の塊。人の数倍はある巨大なそれらが、ミーアさん達の周囲を浮遊していた。


 障害物として攻撃も接近も阻害する氷塊に竜どもが散開して突破しようとするが、その裏側に張り付いて隠れていたエリナさんが飛びかかり眼球から忍者刀で脳を抉る。


 逆上がりの様に刀を軸に回転したかと思えば、竜の頭を踏み台に跳躍。鍵縄を使い氷塊から氷塊へと飛び移り、飛行ルートを限定されたクエレブレを仕留めていく。


 そして彼女がいない箇所を突破しようとするクエレブレの顔面に、白蓮が鉄球を投げつけていた。


 衝突寸前に竜が展開した結界に当たり、『概念干渉』で破壊力を増した鉄塊が鱗を飴細工の様に砕いて肉も骨も叩き潰す。


 流れ作業とまでは言わないまでも、危なげなく敵を倒していく2人と1体。しかし、彼女ら以上のペースで竜を屠る人物がいた。


 この中で唯一の『Dランク冒険者』であり、エルフとは言え実年齢は70を超える大学教授。


 その彼女が、まるで点滅でもするかのように消えては現れる。魔力の流れから『短距離転移』を繰り返しているのだとわかるが、魔法の発動間隔があまりにも短い。


 クエレブレどもは有栖川教授を追いかける事すらできず、気が付けば触れられるほどの距離にまで近づかれていた。


 重力にその華奢な身体が引っ張られるより先に、既に引き絞られていた矢が放たれる。


 まるで砲撃でもしている様な破壊音をさせ、教授は一矢一殺でもってクエレブレの喉を貫いていた。


 強い。『部分的な時間停止』と『短距離の連続転移』。あの人のスキルも、大概インチキじみている。


 そんな感想を抱いていれば、イヤリングから声が響いた。


『速いし鏡が小さいのでよくわからんが、もしやババ様わざわざ近づいて射っているのか?弓矢なのに?ああ、クエレブレが何か結界を』


『動く相手に当てるのは難しいからです。そもそも、私は『覚醒の日』まで弓を扱った事はありません』


『そうなのぉ!?』


 当たらないのなら、当たる距離で射ればいいと……。


 弓を使う意味を問いたくなるが、教授の放つ矢の威力を見れば黙る他ない。恐らく、あのリムに巻かれた赤い布が破壊力を引き上げている。


 何はともあれ、第一陣、第二陣を突破。残る敵戦力は不明ながら、本丸が見えてくる。


「あれが……」


 吹雪のせいで見えづらいが、確かにあれは宮殿だ。


 紫色の氷で出来た建物群。個々の大きさは中央のドームを除き、数階建ての家屋ほど。


 しかし、それらが発する荘厳な気配。何より濃密な魔力が実際以上に巨大な建造物に見せてくる。


 こんな状況でもなければ、見惚れていたかもしれない。人が作った物にも、自然に出来た物にも思えぬ氷の宮殿。


 だが、今は鬱陶しい違法建築物だ。叩き壊す。


「突入します」


『わかりました、先に行ってください!』


『おいおい、先行し過ぎるのはまずくないかね!?』


「そんな道理、踏み倒します」


 雪の中に散らばる瓦礫や『赤い染み』の間を駆け抜け、減速する事なく正門に直行。


 氷で出来た扉に勢いそのまま体当たりをすれば、蝶番が砕けて盛大な音と共に分厚い門が倒れた。


 耳をつんざく破砕音。滑らかな床が罅割れ、風通しの良くなった正門から吹雪が入り込んでくる。


 ドーム状の建物。その中には、『1つと1体』を除いて何もなかった。


 体育館数個分の広さをもつ空間に、ぽつりとある玉座。


 きめ細やかな装飾が施され、その人間が使う物とはかけ離れた巨大さも合わさり底知れぬプレッシャーを与える。


 だが、それも座している宮殿の主人と比べれば塵に等しい。


 バサリ、と。帆船のマストの様に両翼が広げられる。黒い皮膜には紫色の文様が刻まれ、流れる魔力により薄っすらと輝いていた。


 ゴツゴツとした漆黒の鱗で全身を覆い、深紅に輝く瞳でこちらを睥睨するドラゴン。


 強靭な2本脚で、通常のクエレブレより数まわりは大きな体躯を支えている。


 古い大樹の樹皮が割れた様に、怪物の顎が開かれた。



『■■■■■■■───ッ!!!』



 この世のものとは思えない雄叫びが宮殿を揺らし、どこからともなく猛吹雪が発生。瞬く間に内部を銀世界へと変えていく。



『レイ・クエレブレ』



 竜どもの君主が、この場の何よりも冷たい瞳で自分を見ていた。






読んでいただきありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。創作の原動力になっておりますので、どうか今後ともよろしくお願いいたします。



Q.『Bランクモンスター』と『Cランクボスモンスター』ってどっちが強いの?

A.基本的に『Bランクボス』>>>『Cランクボス』≧『Bランクモンスター』ですね。


 純粋なステータスだけなら、『Cランクボス』と『Bランクモンスター』はほぼ互角ですが、スキルや技量という点でボスに若干劣ります。ボスモンスターは基本、ワンランク上の通常モンスターと同等かちょい上ぐらい。

 もちろん相性次第では『どっちが強いか』は変わりますし、何より作中のランクはあくまで自衛隊が鑑定スキルや実際に戦って判断した『基準』でしかありません。

 なので、『レッサートレント』の様に後からランクが変更される場合もあります。



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