第七十九話 狂う必要がある
第七十九話 狂う必要がある
「きょ、教授……!?」
「お待たせ京ちゃん!」
「エリナさん!?」
我ながらアホみたいに口を開けていると、教授の後ろからひょっこりと顔を出したエリナさんが何かを投げてきた。
咄嗟に受け取ると、それは『炎馬の指輪』と念話用のイヤリング。
もしやと思いすぐさまイヤリングを装着すれば、聞き慣れた声が聞こえてくる。
『ヘルプミー…ヘーループーミー……』
「アイラさん生きてたぁ!?」
「姉さん!」
半泣きな様子で聞こえて来た声に、大きく胸を撫で下ろす。肩からどっと力が抜けた。
「無事だったんですね」
『無事じゃな~い……!凄く寒いんだぞ、この檻の中……!』
「檻?」
予想外のワードに、首を傾げる。
『現在地は途中気絶していたのでわからんが、氷の建物の中だ、氷で出来た鳥かごみたいな檻に入れられている。他にも捕まっている人間がいる様だが、1人につき1つの鳥かごなのか、他がどうなっているのかよくわからん。向かい側の壁に鳥かごがたくさんぶら下がっている。檻のサイズは広いが、冷たすぎておよそ快適とは言えないよ。というか寒い!』
早口でまくし立てるアイラさんに、教授が呼びかける。
「アイラ」
『え、その声はババ様!?』
「最初に言っておきます。必ず助けに行きますから、それまで諦めてはなりません。いいですね?」
『……ババ様にそう言われては、嫌とは言えないな』
「よろしい。では、以降念話は可能な限り切らない様に」
『了解。う~、さっぶ……』
イヤリングから指を離し、教授が自分を見る。
「先ほどはああ言いましたが、本来あなた達……特に京太君に参戦を頼める道理などありません。この場にいるのは私以外未成年。それでも」
「アイラさんを置いて帰る気はありませんよ、絶対に」
失礼を承知の上だが、今は時間がないのだ。教授の言葉を遮って自分の方針を断言させてもらう。
一市民としては、こういう事は警察や自衛隊に任せるのが正しい。しかし、これまでの経験的に早期の救助は期待できないだろう。
彼らの能力がどうこうという話ではないはずだ。『市街地での戦闘』というのは、自分が考えている以上に難しい決断なのだろう。
だから、僕らが行く。
「私もです!姉さんを助けないと!」
「忍者は仲間を見捨てない。見捨てる忍者はクズだって古事記にもそう書いてある!」
「……わかりました」
自分達の言葉に苦笑を浮かべた後、教授は表情を引き締めた。
「では、これよりアイラの救出に向かいます。エリナ、2人に持って来た荷物を」
「ほーい」
軽い調子で頷いたエリナさんが、アイテムボックスから大きなボストンバッグとケースを取り出した。
両方とも見覚えがある。彼女から受け取れば、ズシリとした感触が伝わってきた。
「京ちゃん、事後報告でごめんだけど」
「いや、ありがとう。起動させるから、引き続き周囲の警戒をお願い」
「わかった」
ジッパーを開けてみれば、予想通り中には分解状態の『白蓮』が入っている。
エリナさんが自分の家から持って来てくれたらしい。部屋に入られたのは気になるが、状況が状況だと割り切ろう。
自分が白蓮を組み立てている間に、ミーアさんは紙の地図を受け取っていた。
「家で印刷したやつだから、ちょっと見づらいかも」
「いえ、十分です。姉さん、そこがどういう場所かもう少し詳しく教えてください。まずダンジョン内ですか、外ですか?」
『……恐らく外だ。スマホを確認したが、弱いながら電波が届いている。ネットはやたら重くて繋がらんが』
「では、建物の素材は?全て氷ですか?」
『これも恐らくと前置きする事になるが、既存の建物の中とは思えん。まるで宮殿の様だ』
「宮殿……」
そんな建物は、当然この辺りにはない。
ダンジョン内でもないのなら、クエレブレがその氷の宮殿を作った事になる。
信じがたい話だが、あり得ないと断じる事も出来ない。そもそも6月の末に吹雪が発生している段階で、今更だ。
「となるとかなり広い空き地があったか……」
「どこかの建物を破壊してその上に作った、という可能性もありますね」
「姉さんが連れ去られて、それほど時間は経っていません。クエレブレの速度を時速150キロ前後として……」
何やら教授とミーアさんが話しているが、よくわからん。いや位置を割り出そうとしているのはわかるけども。
頭脳労働はお任せしよう。手早く白蓮を組み上げ、起動の為の魔力を流し込む。次に武器ケースの鍵を開けて中身を……。
「こっちかぁ」
思わず苦笑を浮かべてしまう。中に入っていたのは、鎖付きの鉄球であった。
だが、相手は空を飛んでいる。戦斧と盾の組み合わせは汎用性があるが、リーチを考えればこちらの方が良いかもしれない。
最初はデザインに文句をつけたくなったが、今度大山さんにはお礼を言うべきだろう。
「……そう言えば、クエレブレの襲撃が減った?」
「だね。さっきより飛んでいる数が少なくなっているよ」
こちらの問いかけに、空へと鋭い視線を向けていたエリナさんが答える。
『逆にこちらはギャアギャアと五月蠅くてかなわん。私含め捕まっている人間は皆静かだが、クエレブレどもの大合唱が地味にうざったい』
「それだけ『巣』に密集しているという事ですか」
「経路の確認をしました。出発します。皆さん準備は良いですか?」
ミーアさんの問いかけに、頷いて答える。
「アイラさん。今から向かいます」
『うむ。頼むよ君達』
余裕を感じられる声。しかし、僅かに震えているのは寒さか、恐怖か。
たぶんどちらもだろう。具体的な気温はわからないが、間違いなくマイナスだ。吹雪もまだ続いている。
自分達ですら寒いのだから、アイラさんの場合命に関わる気温だ。
……冷静になると、アイラさんよりエリナさんや教授の方が寒そうな服装だが。
エリナさんは言わずもがな。教授の方は競泳水着じみたインナーに革の胸当てとノースリーブの丈が短いジャケット。そしてホットパンツに腰布と、とても雪の中にいて良い格好ではない。あと何故かインナーの臍部分がひし形にくりぬかれて素肌が見えているし。
何にせよ、アイラさんの体力は普通の非覚醒者より少し低いのだ。これは、かなり急ぐ必要がある。
「吹雪で見えづらいですが、どうにかナビをします」
「了解。目印になる物を言ってくれれば、僕が確認します」
「まずはあっちの方角に前進してください。地図だと大きなパチンコ店があるはずですが……」
「目視しました。行きましょう」
ミーアさんにそう言って、白蓮と先頭を走りだそうとする。
しかし、教授が軽く肩を掴んできた。
「走るのなら便利な道具があります。それを使いましょう」
「はい?」
どういう事かと首を傾げている間に、彼女は虚空へと腕を突き入れた。金色の粒子がふわりと広がる。
あれは『空間魔法』か?だがエリナさんが使うそれとは、違う魔力の流れ方をしている。
疑問符を浮かべる自分をよそに、教授は燐光を放つ10枚の蹄鉄を取り出した。かと思えば、雪の積もった地面へと放り投げる。
それらは奇妙なほど綺麗に2枚ずつでわかれ、玄関で揃えられた靴の様に横一列で並んだ。
目を白黒させていると、有栖川教授がその蹄鉄の上に立つ。すると、魔力が流れたかと思えば蹄鉄が変形。彼女の履くサンダルに一体となった。
「使い捨てかつ時間制限つきですが、使えば足が速くなります。これで向かいましょう」
「魔道具ですか?」
「こういう時の為に用意しておきました。さあ、早く」
「わ、わかりました」
言われるがまま蹄鉄を踏み魔力を流し込めば、『魔装』に張り付いてくる。足を持ち上げて確認すると、蹄鉄型の魔道具は靴裏の形に合わせる様に変形、融合していた。
「全員装着しましたね。では、向かいましょう」
「了解」
言いたい事は幾つか浮かぶが、時間がない。疑問は飲み込んで、走りだす。
すると、猛烈な速度で身体が前へと押し出された。地面を蹴りだす力が強化されているらしい。
雪上かつ初めての魔道具だというのに、不思議と違和感もなかった。自分でも不気味なほど、足に馴染む。
他のメンバーどころか白蓮まで同じ様で、全員が揃って雪を蹴散らして高速道路を走る車以上の速度を出していた。
「このまま直進後、大きな交差点で右に曲がってください!」
「はい!」
雪煙をあげて疾走する中、エリナさんがイヤリングでアイラさんに呼びかける。
「パイセーン!何か喋ってぇ」
『無茶ぶりが過ぎないかねエリナ君!?』
「アイラ。貴女の状況だと喋っていた方が良いという意味です。その様子からして、看守がいるわけではないのでしょう?」
『あ、そういう事か。では今気づいた良いニュースと悪いニュースを』
「2つ纏めて喋りなさい」
『OK。辺りを鑑定してみたが、この鳥かごは中にいる者の魔力をゆっくりと吸い上げるらしい。すぐに食べられる心配はなさそうだが、魔力の供給先が一点に集中している。よほど燃費が悪い代わりに、すこぶる凶悪なものがありそうだ。注意してくれ』
「わかりました」
魔力を吸い上げて、か。
今までの経験的に、ボスモンスターしか浮かばない。『デーモン』の様に余所から魔力を持って来て運用するタイプの敵か、アイラさんの言う通り単に燃費が悪いのか。
どちらにせよ、多くの魔力を必要とするのならそれだけ厄介な敵となる。内心で警戒心を引き上げた。
吹雪で視界が悪い中、しかし建物の配置や信号からここがミーアさんの言う交差点だと察する。
「右に曲がります!」
「わかりました!」
勢いを強めた風に負けぬ大声を出し合い、疾走。
時折雪の上に散らばる赤い物を意識して無視して進んでいれば、エリナさんが警告を発する。
「進行方向から、何かたくさんこっちに向かって来ている音がするよ!50体以上!」
「方角からして『巣』の迎撃部隊ですね。京太君、姉さん。何か作戦は?」
「……このメンツで、まともに連携できると思えません」
『だろうね。私もそう思う』
「なので」
息を深く吸い込めば、冷たい風が肺を冷やす。
血の臭いが混ざったそれを、全て吐き出すつもりで吠えた。
「白蓮はミーアさんの援護!それ以外は各々の判断で敵を蹴散らし、前進!片っ端からぶっ殺せ!!」
落ち着き始めていた脳みそに、意識して再点火させる
素面で竜の巣に跳び込めなどするものか。この身は、ただの冒険者に過ぎないというのに。
故に、狂う必要がある。不幸中の幸いで、怒り狂う材料なら有り過ぎた。
雪の地面を蹴りつけ上昇。更に風を蹴りつけ加速すれば、蹄鉄型の魔道具の力はここでも発揮された。
ありがたい。旋回性能の差は、速度で誤魔化せる。
『GGGAAAAAAA───ッ!!』
「どぉぉけぇぇえええええええ!!」
迫るクエレブレの群れへと、剣を手に突撃した。
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