第七十七話 急転直下
第七十七話 急転直下
ミーアさんが仲間に加わり、3人。アイラさんを含めると4人になった新生『インビジブルニンジャーズ』。
名前はさておき、その記念すべき初任務。それは……。
「また……騙された……!!」
この残念女子大生を運動させる事である。
市の『覚醒者訓練施設』。その入口にて、ジャージに着替えたアイラさんが両手両膝をついて慟哭している。
相変わらず頭が良いのか悪いのかわかんねぇな、こいつ。
涙と鼻水と涎を流しながら、アイラさんがエリナさんを睨みつける。あらやだ顔から出るもの全部出てらっしゃるわこの人。
「だま゛じだな゛ぁ!エ゛リ゛ナ゛ぐぅん゛!!」
「パイセン。はい、ちーん」
「ちーん!」
エリナさんの差し出したティッシュで鼻をかむアイラさんの涙と涎を、ミーアさんがハンカチで拭っていく。
ようやく元の美人顔に戻った残念女子大生が、すっくと立ちあがった。
かと思えば、ズビシと自称忍者を指差す。当の彼女は謎のポーズでドヤ顔を浮かべていた。
「私は夏に備えて水着を買いに行くと聞いたから、この小さなお尻をあげて外出したわけだぞ!?」
「小さい?」
「そこぉ!うるさいぞマイシスター!君よりは小さいから小尻だ!」
「わ、私のお尻は関係ないでしょう!?」
姉妹揃ってエチエチなデカ尻だと思います。
「ミーアにどんなエッチな水着を着せようか考えていたのに!」
「!」
「マイクロビキニか、スリングショットか、生き恥ウエディングか……!」
「!!」
「あの魅惑のドスケベボディを、どんなエッチな水着で彩ってやろうかと!自慢の巨乳を揺らして楽しみにしていたんだぞぉ!!??」
「!!!」
アイラさん……一生、ついていきます!
一瞬、ほんの一瞬だけミーアさんの爆乳と言うべきお胸様や、それを支えるには華奢な腰に視線を走らせた。
……やっぱ今からでも水着屋さんいかない?
「残念だったなぁ!ご褒美は運動の後だぁ!」
「ちくしょおおお!!ちぃぃくぅしょおおおおお!!」
人気がない場所だからまだ良いけど、普通なら殴ってでも黙らせないといけない大声である。
「せっかく京ちゃん君の水着も私が見繕ってやろうと思ったのに……!」
「!」
「嫌です」
「ブゥゥメラァン!な水着を履かせるつもりだったのに!」
「ブゥゥメラァン!?」
「嫌です」
「違うよパイセン!京ちゃんが履くのは褌だぁ!」
「ふん、どし……!」
「嫌です」
誰が見たいんだそんなもん。こっちに飛び火すんじゃねぇ。
しかし、やけにミーアさんが赤い顔でこちらの身体を見てくるが……いったいどうしたのだろうか。
「さあパイセン!そんな嬉し恥ずかしな水着選びの為にも、運動をするんだYO!」
「I☆YA☆DA☆」
「というわけで連行しまーす。先輩、そっち側持って。京ちゃんは扉お願ーい」
「わかりました。ほら、行きますよ姉さん」
「うっす」
「HA☆NA☆SE☆」
この後めちゃくちゃ有酸素運動させた。
* * *
「エリナ君……遺書の代筆を頼んでいいかね……」
「わかった!弁護士先生に電話するね!」
「待てや」
「大げさな……」
ミーアさんが運転する車内にて、後部座席で残念2名がアホな事を言っていたので止める。
なお、車自体はアイラさんの物だ。訓練施設をエリナさんはマーキングしていないので、車を出してもらったのである。
無論、行きもミーアさんである。アイラさん?アイマスクして寝てたよ。
「私が死んだら……パソコンとハードディスクのデータを全て消してくれ……!」
「忍者っぽいね!任せて、どこの組織にも情報はもらさないよ……!」
「遺言として定番すぎません?」
「それが定番なのはネットの中だけかと……」
そんな馬鹿な話をしていると、渋滞にひっかかってしまった。
前の車の、更に前。青信号だというのに前進する様子はなく、その前にもトラックの荷台が見えている。
「珍しいですね。この辺でこんな渋滞」
「そうなんですか?私はあまりこちらに来ないのですが……」
「はい。バスで通るだけですけど、そもそもこの辺りって言うほど人口もなければ、観光名所なんて物もないので」
どこにでもある、特徴の無い地方都市だ。少し行ったところには田んぼや畑があるし、駅前はシャッターだらけ。
一応国道とかはあるから、アクセスが悪いわけじゃないのだけど……とにかく、珍しい物がない。
そんな町だというのに渋滞。となると、原因は……。
「たぶん、どっかで工事とかしているんじゃないですかね」
「運が悪かったですね……」
ミーアさんが小さくため息をつく。
こんな田舎だが、別に渋滞が全くないわけではないのだ。そういう時は、決まって道路とか水道管の工事中なのである。
タイミングが悪かったと、諦めるしかない。
「……妙だな。君達、行きの時もこの道を使ったんだろう?その時に何か看板とかはなかったのかい?」
「なかったよー、パイセン。これはきっと何かの陰謀だね!」
「はいはい。そうだと良いですね」
「京ちゃんノリわるーい」
「そうだそうだー。このどうてー」
「わかりました。後でボコります。格ゲー以外で」
童貞は関係ないじゃろがい。
だいたい、こんな田舎で陰謀なんぞ誰が企てるのか。そういうのは東京の地下とか、アメリカのエリア51とかだろう。
でもそういう妄想するのが面白いのは同意だ。
「それより、すみませんミーアさん。疲れてないですか?免許がないので、運転を代わる事は出来ないですけど……前の車が動いたら教えるとかは出来るので、少し休んでもらっても大丈夫ですよ?」
「いえいえ。運転中はサイドブレーキをかけても、ハンドルは手放さない主義です。と言っても、まだまだ免許を取って間もないんですけどね」
苦笑するミーアさんに、こちらも苦笑で返す。我ながら、驚くほど普通に会話が出来ていた。
……まあ、シートベルトのパイスラに視線を落としたら顔を見る事すら出来んのだけども。
グレートダイナマイッ……!
「ん?」
目のやり場に困って、前の車に視線を移す。すると、ふわりと白い物が降ってきた。
「……雪?」
思わず首を傾げる。
今は6月の終わりも終わり。冬ではないし、そもそもこの辺りは1月でも風花が舞う程度だ。
しかし見間違いではない様で、徐々に見えてくる雪の量は増えていく。
明らかに異常気象、いいや異常事態だ。全身に意識と魔力を行きわたらせながら、周囲に視線を走らせる。
「エリナさん、何かわかる?」
「ううん。さっぱりわからない。でも気温はどんどん下がってるよ」
「いったい何が……」
「さみゅい……」
困惑しているのは自分達だけではなく、前の車も助手席の窓が開いて細い手が出てくる。確認する様に掌を上に向けて、驚いた様に引っ込んだ。
それ以外でもちらほら歩道にいる通行人達も、空を見上げて怪訝な顔をしている。
自分達だけに見えている幻覚の類ではない。そもそもこの身にそういう『魔法』は効かないのだから、これは気象自体に何かが起きている。
何にせよ、面白い状況ではない。念のためシートベルトを外す。
「……皆、一応シートベルトは外しておいてね」
「エリナさん?ですが、運転中ですし」
「ミーアさん。僕からもお願いします」
「ええ?」
「……どうやら従った方がよさそうだぞ、ミーア」
車は前後に挟まれているので、何かあった時すぐには動けない。だったら、まだ跳び出せる様にしておいた方が良い……と、思う。
正直自信がなかった。3度も嫌な経験をしたせいで、なにかと過敏になっているのではと。
しかし、その判断が正しかった事を──ほんの2秒後に知る。
「っ!?」
『精霊眼』が、数秒後の未来を予知した。
「外へ!」
「え?」
「ごめんパイセン!」
「ぐげっ」
短く叫びながら、部分展開したナイフでミーアさんのシートベルトを切断。彼女の二の腕を掴みながら、風で扉を吹き飛ばす。
車の床をひしゃげるほどに蹴り、2人で歩道へと跳び出した。直後、轟音が響く。
──ガシャアアアアアンッ!!
何の音かなど、考えるまでもない。
目の前で車が潰されていた。見るも無残に、巨大な『氷塊』によって。
紫色をした、およそ自然界には存在しない物体。そちらに目を奪われそうになるも、降って来た『赤い物』によって意識が上にむく。
降りしきる雪に、ドロリとした血が混ざっていた。白い地面に赤い池がぽつぽつと出来る。
見上げた先、灰色の雲の下。肌を刺すような寒風の中、蝙蝠の様な翼がゆったりと羽ばたいていた。
水色の被膜をもった1対の翼に、岩の様な色をした鱗。それを纏い、丸太の様に強靭な後ろ脚をもった竜。
ワイバーンに似た姿ながら、前にダンジョン庁のホームページで見かけた別の存在ではないかと感じ取る。
「『クエレブレ』……!?」
ミーアさんの震える声に、ソレがなんであるかを確信した。
クエレブレ。スペインの伝説で語られるドラゴン。
そして───『Bランクモンスター』。
武力を持っていようと、民間人である冒険者が戦ってはいけない相手。自衛隊が現代兵器をふんだんに用いて、ようやく戦える神代の怪物。
この場にいるはずのない怪物が、雄叫びをあげた。
雪は、吹雪へと変わり始めている。
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