第七十六話 新たなる仲間(既知)
第七十六話 新たなる仲間(既知)
「本っっっ……当に先日は申し訳ありませんでした……!」
「いえいえ、そんなお気になさらず……」
翌日、自分は再び三好さ……ミーアさんの家にやってきていた。
彼女曰く、意識自体は自分が帰ってから30分ほどで正常に戻ったらしい。しかし、なかなか電話する踏ん切りがつかず、連絡が来たのは今日の朝。
向こうからこちらに来るという話だったが、室内の偽装……もとい、出迎えの準備をする時間がないのでミーアさんの家にて再度話し合う事になった。
ただし、今回は車で来たわけではない。
「まったくぅ、しょうがないにゃぁ」
「やれやれだねぇ。仕方のない子だ」
エリナさんに転移で送ってもらったのである。
自身の隣に座るアイラさんに、ミーアさんがそれは綺麗な営業スマイルを向けた。
「それで。転移を使ってくれたエリナさんはともかく、なんで姉さんまでここにいるんですか?」
「ふふん。京ちゃん君から君の酒癖が悪いと聞いてね。姉として、正しい酒の飲み方を教えに来たのさ!」
「ぐぅ……!」
「いや、貴女は人に教えられる飲み方していないでしょう」
あと酒でもない。ノンアルである。ノンアルと信じたい。
「えー。パイセン行く時に『ミーアが心配で仕方がない』って言ってなかったっけ?」
「はーっはっはっはっ!エリナ君」
「なぁに、パイセン」
「そういうのは秘密にしようね」
「はぁい!」
「ン良いお返事ぃ」
色々手遅れだけどな。
「ね、姉さん……!」
「はいはいやめやめ!この話はここまで。それより!ミーア、君が京ちゃん君に依頼した内容を詳しく聞きたい」
アイラさんが手を叩きながら、強引に話題を変える。
「昨日は緊急時だったので後回しにしたが、京ちゃん君の副業について私達には知る権利がある。特にそこのエリナ君は、京ちゃん君とパーティーを組んでいるわけだしな」
「んー。私は別にどっちでもいいよ?京ちゃんは京ちゃんだし」
「エリナ君」
「はぁい!」
「あとでアイスあげるからちょっと黙っていてね」
「はぁい!」
買収されたエリナさんをよそに、アイラさんが真剣な瞳でミーアさんを見つめる。
「何か困った事になっているのなら、相談してくれ。ババ様もかなり心配していたぞ。それとも……私達には、言えない事なのか?」
「それは……」
ミーアさんが一瞬迷った後、こちらに視線を向けて来た。
正直、隠す事でもないと思う。家族だからこそ見栄を張りたい気持ちもわかるが、昨日殺人未遂事件に巻き込まれたのだ。アイラさんが心配するのも無理はない。きちんと事情を説明した方が良いだろう。
自分が頷いたのを見て、ミーアさんもまた頷いてくれた。
「……実は──」
そうして。ミーアさんから事情を聞き終えたアイラさんが、1度深く頷いた。
「モンスタートレインって立件は難しいよね」
「前歯へし折るぞ残念女子大生」
籠手を部分展開させながら拳を構える。
迷惑勧誘の断り方でそれが出てくるのはもう色々とやべぇのよ。
「HAHAHA!ジョーク!ただのジョークだよ京ちゃん君!」
「今言って良いジョークじゃありませんし、目がマジでしたよ」
「ん~?私の綺麗なおめめが何かあるのかな~?ほらほら、私の目をじぃーくり見て判断したまえよ~」
「くっ……!」
机に手を突いてこちらに顔を近づけて来たアイラさんに、僅かに体を逸らす。
普段と違いジャージ姿ではなく、黒の袖なしニットに青いロングスカートの装い。その為、白くて綺麗な肩がむき出しだし、前傾姿勢になると重力に引かれて巨乳が形を変える。
この女子大生……スケベすぎる……!
「良し、勝った……!」
「姉さん……」
隣の残念な生物に、ミーアさんが苦笑を浮かべる。
ちゃんとそこの残念女子大生の生態がわかった様で何よりだ。その人、確かに優秀だけどそれ以上に頭がアレだぞ。
「まあしかしだ。ミーアの考えではその相手は引かないと思うぞ?」
「うっ……」
「自分でも薄々感づいていたようだね。大学まで押しかけてくる様な輩が、『もうパーティーを組んでいるから無理です』と言われて引き下がるものか。京ちゃん君も含めて実力差を見せつけたとしても、2人とも取り込もうとするに決まっている」
「じゃあ、姉さんはどうすればいいと思うんですか……!」
「モンスタートレ」
「3、2」
「OK。真面目に考えるからカウントダウンはやめるんだ京ちゃん君」
そう言われて、一応籠手を解除する。
まあ、本当に殴る気はない。代わりに頭を掴んで拘束した後、有栖川教授に電話するだけである。
「ミーア。相手から名刺とか貰っていないかい?連絡先を書いたメモでも良い」
「前に押し付けられた物なら……」
そう言って、ミーアさんがリビングを出てどこかへ取りに行った。
「……エリナさん。そろそろ喋っても良いのでは?」
「ん、そうなの?」
いつの間にか椅子の上で座禅を組んでいたエリナさんが、足を解いて普通に座る。
相変わらずマイペースだなと思っていれば、ミーアさんが1枚の名刺を手に戻ってきた。
「これです」
「ふむふむ……」
アイラさんが手提げかばんから使い捨てのビニール手袋を出し、装着した上で名刺を受け取る。
わざわざそんな事をしなくてもと思うが、何やら真剣そうなので黙っておいた。
「……クラン『アリスィダ』、ね。これ、確か『トゥロホース』の傘下だぞ」
「え?」
驚いた様子でミーアさんが目を見開く。
「そんな事は一度も言われていませんし、名前を調べた時も出てきませんでしたが……」
「君が普段見るようなお行儀の良いサイトではなく、アングラな所でしかわからない情報だ。知らないのも無理はない。あそこの傘下はどこもギリシャ語のクラン名をつけているから、気を付けたまえ」
ギリシャ語のクラン名って……。
そういうクラン、『トゥロホース』関係なく結構いる気がする。他だとドイツ語とか。
「今京ちゃん君が考えた通り、単に厨二病拗らせてギリシャ語を使うクランも多いのだが」
「ナチュラルに人の思考を読まないでください」
「この『アリスィダ』は結構有名だよ。悪い意味でね」
「何か犯罪行為などをしているとかですか?」
「そこまでストレートな事はしていないね。だが、構成員たちがよくSNSで愚痴をこぼしているよ。やれ『ノルマがきつい』だの『勧誘が大変』だの」
そう言って、アイラさんが軽く肩をすくめる。
「おおかた、ミーアを誘ったのは上から『強い覚醒者を組織に引き入れろ』と命令されたか、『上に献上する為の素材稼ぎ要員』として欲しかったからだろうね。前者だった場合、京ちゃん君にもしつこい勧誘が行っていただろう」
「それは……」
申し訳なさそうな顔で、ミーアさんがこちらを見る。
「京ちゃん君の場合、ハニトラで乳でも押し付けられたらどこにでもついて行ってしまうかもだがな!」
「っ!?」
「京太君……」
思わず目を見開いた自分に、ミーアさんが呆れた顔を向ける。
いや違うんですよ。男という生き物は、たとえ罠だと分かっていても『ハニトラ』という単語に重力を感じてしまうものなんです。
昔の偉い人達もきっとそうだそうだと言っています。
「いや、まあそれでも流石にどこかへ連れ込まれそうになったら逃げますけど……」
「うむ。京ちゃん君にハニトラにわざと引っかかる度胸もないからな」
「マジで1回ぎゃふん言わせますよ?」
「おぉいおい!今どき本当にそんな事を言う奴いるわけないじゃないかぁ」
「具体的に言うと有栖川教授に告げ口します」
「ぎゃふん!?」
小馬鹿にした様な笑みから一転、残念女子大生が涙目で叫ぶ。
……これからも困ったら教授の名前出してやろうか。いや、流石にそれは可哀想な気もする。
「と、とにかくだねぇ。このしつこい勧誘をどうにかしたいわけだが……私としては、適当に冤罪でもでっち上げて警察に勧誘組を捕まえさせるとか浮かぶんだが」
「流石に冤罪は許せません」
「と、我が妹なら言うと思ったよ。ではどうするかだが……」
「はい!」
「はい、エリナ君」
勢いよく挙手したエリナさんに、アイラさんが指を向ける。
「先輩が私達のパーティーに入れば良いと思います!」
「えっ」
「採用」
「えっ」
混乱するミーアさんをよそに、残念美人2名が話を進めて行く。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「良いじゃないかミーア。ババ様も君が1人暮らしをしていると知って、心配していたぞ?せめて冒険者活動中ぐらい私達と一緒の方が、ババ様も安心できるとは思わないか?」
「うっ」
「そうだよ先輩!それに1人よりも2人!2人よりも3人だよ!3本の矢はチェーンソーで簡単に斬れるもん!」
「貴女は何を言っているんですか」
「冒険者業の稼ぎに関しても、私達と一緒の方が潤うぞ~。ババ様が若い頃の伝手でドロップ品を高く買ってくれる好事家を紹介してくれるし、研究室から協力費も出るからな」
「いえ、お金はべつに……」
「先輩の性格からして、生活費とか学費とかご両親に早く返したいって思っているでしょ?じゃあ『べつに』なんて言う事ないと思いまぁす!」
「た、たしかに……!」
「何より安全性!索敵と転移のエリナ君!魔法の広範囲攻撃とゴーレムの前衛を持つミーア!そして雑に強い京ちゃん君!君も、そして彼らもより安全な探索が出来ると思わないかね」
「う、うぅ……!」
誰が雑だ。
「先輩も一緒に忍者になろう!氷遁と土遁の使い手として忍者世界に旋風を起こすんだよ!」
「だから貴女は何を言っているんですか!?」
怒涛の勢いに飲まれそうになりながら、ミーアさんが机を叩く。
「だ、だいたい、肝心の勧誘を断る方法として正しいんですか!?京太君とペアだと、2人とも誘われるだけだと姉さんが言っていたじゃないですか!」
「おや聞いたかいエリナ君。京太君って何度も言っているよ、我が妹」
「昨日の間に何があったんだろうねパイセン。やっぱ好きな忍術談義?」
「きーきーなーさーいー!!」
女性が3人集まると姦しいと聞くが、これはもう姦しいの領域超えている気がするのだが。
ミーアさんに睨みつけられ、アイラさんがようやく落ち着いた声音で語りだす。
「相手が君を勧誘するのは、どこの組織にも所属していないからだ。しかし、エリナ君達と組めば『大学所属』となる。『トゥロホース』は覚醒者至上主義団体であり、既存の組織は軽視しているかもしれない」
「でもね、先輩。新興組織である『トゥロホース』は内心でどう思っていても、外面は気にすると思うの!」
「その通り。しかも、今動いているのは『トゥロホース』の本部ではなく、傘下である『アリスィダ』のみ。余計に無茶な事は出来ないはずだ。それでも何かしたのなら、大学から警察に通報が行く」
「先輩個人で相談するより、大学からの通報の方が警察も動き易いと思うよ!」
ドヤ顔で両手の人差し指をミーアさんに向ける、アイラさんとエリナさん。
そんな2人に、彼女は視線を逸らす。
「で、でも……」
「いいじゃないかぁ!どうしてそこまで嫌がるんだよぉ、ミーアぁ!」
「ひゃぁ!?」
ひし、と。アイラさんがミーアさんの腕に抱き着いた。
おお、むにゅうってお胸様が形を変えておられる……!
「もしかしてエリナ君の忍者トークが苦手なのか?それとも京ちゃん君の視線がいやらしくって嫌なのか!?そのうち改善させるから我慢してくれないかなぁ!」
こいつ、自分がウザがられている可能性をナチュラルにはぶいたな?
あと僕の視線に関しては指摘された場合土下座しか出来んが?
「ちょ、ちょっと、姉さん近いです……!」
「私は心配なんだよ君が!何年も疎遠になっていたんだぞ?その分を取り戻す勢いで喋ったり遊んだり触りっこしたりしようじゃないかぁ!あと一緒にお風呂入りたい」
「な、なにを……!」
頬を真っ赤にして、慌てるミーアさん。
更にアイラさんが密着し、2人のお胸様が『むにゅう……』と接触した。
……!これが、この世の神秘……!!
「京ちゃん、目が血走ってるよ?どうしたの?」
「心の底からごめんなさい」
深々と頭をさげる。あれっすかね。やっぱ土下座した方がいいっすかね?
だが自分の方など眼中にない様子で、美人姉妹は乳を押し付けあったまま会話を続けている。
いやこれ会話って言うか……。
「頼むよぉ~。なんなら今日からでもババ様の家で一緒に住もうよ~」
「……しょ、しょうがないですね!姉さんは!」
「受けてくれるのかい!いやー、良かった良かった!」
「パーティーの件だけです!ど、同棲に関してはまだ保留ですからね!」
「ふはははは!いつか攻略してやるとも、我が妹よ!」
「こ、攻略って……!私に、そ、そっちの趣味はたぶんありませんから!」
ハニトラって、こういう感じかぁ。ミーアさんが『同居』じゃなく『同棲』って言っている段階で、ねぇ。
理と情と欲で攻め落とす。本人に自覚があるのかどうかは知らないが、確かにこれは僕でも頷いてしまうかもしれない。
……『やっぱりちょっとだけハニトラ受けてみたいな』と思ったのは、内緒だ。
「んん!京太君」
「あ、はい。すみません」
「……?なんで謝るんですか?」
「イエ、ナンデモナイデス」
「大丈夫だよ先輩!京ちゃんが女の人のお胸やお尻を見て挙動不審になるのはいつもの事だから!」
「こひゅっ……」
笑顔で放たれた即死魔法に、一瞬呼吸が止まる。
おのれ自称忍者……!卑劣な暗殺術を……!
「そ、そうですか」
頬をほんのりと染めながら、ミーアさんがこちらを真っすぐに見る。
「姉さんとエリナさんが、私があなた方の仲間になる事に関して賛成なのはわかりました。ですが、京太君はどうですか?」
「勿論賛成だよなぁ京ちゃん君!君だってミーアのデカパイと美貌に夢中だろう!?」
「姉さんは黙っていてください」
「はい」
「京ちゃんなら絶対頷くよ!京ちゃん美人さんとおっきなオッパイが好きだもん!」
「エリナさんも黙っていてください」
「はい」
ねえ実はこの2人僕の事を社会的に殺そうとしてない?泣くぞ。
残念美人2名の言葉に照れた様子で、ミーアさんが少しだけ視線を彷徨わせる。
「その……どう、ですか?」
「……知らない人じゃありませんし、何より戦力として信用も信頼も出来る。断る理由はありません。一緒に探索をしてくださるのなら、心強い限りです」
どうにか仕事モードで答える。
ここで普通に頷いたら、馬鹿2名の言葉を肯定する様なので。
「そうですか……私は、信頼できますか」
はにかむミーアさんを横目に、アイラさんがこちらにサムズアップを決めてくる。
そして、隣からエリナさんもドヤ顔でピースサインをしてきた。
……うん。
まさか貴様ら、さっきの発言が援護射撃だったとか思ってないよな?
後でレースゲームにて決着をつけてやると誓いながら、ミーアさんが仲間になった事を心から喜ぶ。
これにて、一件落着と言えるだろう。
「よぉし!これで『インビジブルニンジャーズ』は4人組だぁ!」
「すみません。やっぱり今の話はなかった事にしても良いですか?」
「それはもう遅いよ、ミーア。ここまでの会話は録音済みだ」
「一緒に堕ちましょう……?ミーアさん……」
「流石にそのパーティー名は嫌なんですが!?」
「臥薪嘗胆……!臥薪嘗胆ですよ、ミーアさん……!」
「私が考えた最高に格好いい名前です!どやっ!」
このパーティー名をおかしいと言ってくれる人が増えた。
それが、彼女の仲間入りで一番うれしい事かもしれない……!
『インビジブルニンジャーズ』の名が消える日も、近い!
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
京太
「これにて一件落着!」
シナリオ部長
「そうだね。『勧誘』の件はもう大丈夫だよ。──だがこいつが許すかな!」
シリアス先輩
「有給ください」




